1.チンとカンと太郎と
太郎はカンに連れられ、チンの家の前に来た。朝日は昇ったばかりで村人はおろか、チンも起きていないようだった。
カンは何も話さず、太郎も無言で近くの石の上に座っていた。来たことのない場所に太郎は居心地の悪さを覚えながら、近くに広がる畑を見渡す。
畑から吹く風は土臭い。耕したばかりなのか、それとも種まで埋め終えているのか、はた目から見ている太郎は分からなかった。
しばらくして、カンが朧気な足取りで家の外まで歩いて来るまで、太郎とカンは無言だった。
太郎が手持ちぶさたに足元の蟻の巣を砂責めしていたとき、カンが出てきたので、太郎は、立ち上がり、ようっと声をかける。
「あっ、兄貴! こんな朝早くからどうしたんですか」と、チンが欠伸をする。
ちょうどチンがカンの横に来たので、交互に顔を見比べた。
相変わらず顔が土か何かで汚れているカンにまだ眠そうに欠伸をしているチン。
「いや、特になにかあるわけじゃあないんだけどな」と、太郎は頭をかく。その先の言葉を頭の中で選びながら口にしようとしていると、カンが先に話していた。
「太郎は、チンの家を見に来たんだ。」
太郎がキッと鋭くカンを見ると、カンは知らん顔をして、サッとそっぽを向いた。太郎は、もっと別の言い方をすれば良いのに、と奥歯を噛み締め、キョトンとしているチンに言う。
「ああ、まだ一度も他の家に上がったことがなかったからな」
それを聞いた、チンはニカっと嬉しそうに笑った。
「そんな、兄貴が遊びに来てくれるなんて、俺、嬉しいっす。」と、言って、綺麗にして来ますと家の中に飛び込んだチンが、あっという間に、どうぞはいってください、と太郎とカンを招き入れる。お邪魔します、と中に入り、太郎は自分の家とそんなに変わりないことに、安心した。
太郎の家と違うのは、漁をする道具がないくらいだ。
太郎が興味深く周りをキョロキョロしていると、チンが照れ臭そうに口を開いた。
「そんなに物珍しいものなんて何もないっすよ」
はずかしそうに頭をかくチンを見た後、ふと気配のないカンが気になり、振り返る。すると、太郎の真後ろで何を見ていたのか、振り返った太郎と目が合う。じいっと、何かを見定めるようなカンの視線のあと、カンがふんっと鼻を鳴らして、顔を背ける。太郎はあっけに取られた後、なんなんだこいつは、と心の中でぼやいた。
3人は、適当に座った。とくに見ることもなく、やることもなく、のんびりとしていた。チンの両親はもう働いているらしく、しばらくは家に帰ってこないとチンが言っていたのを聞き流しながら太郎は、出入り口から見える外の景色を眺めていた。鳥の声が聞こえてくる。ざわざわと風が家の中に土の匂いを運んで来た時、チンが口を開いた。
「俺んち、百姓なんすよ」
太郎とカンは、チンを見た。チンはぽつりぽつりと話し始める。