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04:「桃太郎」  作者: 郡山リオ
第一章「出会い」
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2.鬼の子

 日が傾き始めている。でも、まだ沈むにはかなり時間がある。家から遠ざかり、村から一番遠い島の端を目指した。遊びに行くとは言ったものの、友達なんかいない。仕事が終わると、気分転換に誰も来ないような場所で、木にのぼり、空を見上げ、雲が流れていく中で昼寝をしていた。村には、近づかないようにしていた。何度か、村へ遊び相手を探しに行ったことがあるが、俺が行くとなぜか変な雰囲気に包まれた。大人たちとはよく目が合い、ひそひそと周りの人と話している姿を見る。さっきまで楽しそうに遊んでいた子たちが、動きを止めて、じっとこっちの様子をうかがっている。まるで、小鳥でにぎわうえさ場近くに鷹が来たかのように、じっと相手の出方をうかがっているようなそういう視線を感じるのだ。いや、むしろ、猫の子供たちがじゃれ合っている中にネズミである自分が飛び込んでいった、というのが正確なのかもしれない。やつらはうかがっているのだ、こっちの隙を。仲間にしてほしく、近づいていくと、子供たちはすかさず地面に転がっていた石を拾い上げ、こっちに来るなと、俺に言った。近くにいる大人たちは、目を合わせながらひそひそと話している。

 訳が分からず、一緒に遊ぼうよと、近づく俺に石が投げられた。狙いが悪く、擦りさえしなかったものの、俺は驚き、後ずさる。子供たちは何かをわめきながら、次々に石や折れた木の枝などを投げてきた。大人たちは止めるような様子もなく、それが当たり前のようにこっちを見ている。俺は、走って逃げた。家に帰った俺に、かあちゃんが友達はできたか? と、聞いてきた。俺は、うんと返事をする。すぐに仲良くなれた、と。父ちゃんは飯を食いながら、とくに何かを聞く訳でもなかった。寝る前に、俺はその日を思い返していた。俺が何をしたというのか、全く思い当たりがなかった。ただ、とうちゃん、かあちゃんを見ている限り、どうやらこの親が何かして、村からさけられている、というのが、最近考えついた答えだった。あれから、何度か村に行ったが、対応は変わらなかった。かあちゃんは、いろいろなことを聞いてくる、今日は何で遊んだのか、誰と仲良くなったのか、とか、そして、俺があたかも本当のことのように話していると、今度ご飯を食べさせたいからうちにつれてきなさいとか、言い出すのだ。はじめについた軽い嘘は、日が経つにつれて、どんどん大きな嘘になっていく。そういうやましさ、煩わしさ、しがらみのようなものから、抜け出したく、家からも、村からも遠い場所が俺の居場所になっていた。

 いつの間にか島の端に着き、あたりを見渡す。たまたま目に映った高い木に近づく。今日は松に登って昼寝をすることにした。いくら木に登っても空には近づかない。そのかわり、地面は遠ざかり、海が広く見えた。本当は、父ちゃんの船に乗って海に出たかった。だが、父ちゃんは船には乗せてくれなかった。時期が来たら、と一言だけで、触らしてもくれない。


 だから、俺は一人で、こんなところで昼寝をしているのだ。

 登った松の上で、目を閉じて、風を感じている。

 村での記憶に、いいものはほとんどない。だけど、一度だけいい思い出がある。迷子の子供がうちの近くで泣いているのを慰めて、村に連れて行ったときのことだ。そのときは初めて石を投げられず帰ろうとしたときに、砂を踏みしめる足音のような音がかすかに聞こえ振り返ったら、その子供の母親がお礼をいいながら、頭を何度も下げてきたのだ。なれない場面に、困った俺は、はずかしいような照れくさいような気持ちになって、走って逃げた。

 風に混じり、砂を踏みしめる足音のような音がかすかに聞こえてくる。そうそう、こんな音だったと思ったとたん、何かが松に当たり、軽い衝撃が伝わった。俺は目を開け、急いで何事かと周りを見る。「ちっ、外しやがって」と、子供の声が聞こえた。

 その衝撃の正体は、子供たちが持っているものを見て分かった。石だ。三人の子供の一人が松から少し離れたところから石を投げて、松に当たったのだ。

「後少し右だったのにな」と、肩をまわしながら、次は当ててやる。と、足下の石を拾い上げた。

 俺は起き上がり、子供に向かって叫んだ。

「お前ら、何をする!」

 子供たちは一瞬、体をこわばらせるようなそぶりを見せた後、何事もなかったかのように、石を投げてきた。

「やい、鬼の子! 島から出て行け!」

「そうだ、そうだ、島から出て行け!」



 俺は急いで木から飛び降りると、木の影に身を隠して石から逃げた。

「おい、危ないから止めろ!」と叫ぶが、石の当たる音は続く。しばらくして、子供たちが投げるのを止めたのか静かになった。ほっとして木から出ようとしたとき、一人の子供が大声で叫んだ。

「な、やっぱり鬼の子は、弱虫だ! 弱虫だった!」

 がはははと笑う声を聞いて、太郎の頭にかっと血が上るのがわかった。気がついたら木から飛び出ていた。

「よし、今だ!」と、三人組みの一番大きな太っちょが二人に命令する。その二人が走って近づく俺に向かって石を投げてきた。

 俺が走ってくる姿を見たガリガリに痩せた気の弱そうな子供は「ひいっ」と悲鳴のような声を上げながら投げた石は見当違いな方へと飛んでいく。

 その横のがっしりした子供は狙いを定めているのかまだなげない。ギリギリまで引き付けて投げる気なのだろうか。太郎はとっさに地面の砂を掴み、石を投げようとしていた子供に向かって投げた。

「うわっ」と短い悲鳴の後、こちらから目を反らす。今しかない。俺は一気に距離を縮め、その子供の足を思いっきり蹴った。子供は目を閉じたまま、地面に転がり声にならない音を出しながら足を押さえていた。ガリガリはあたふたしながら、太っちょの後ろに隠れようとして、太っちょに役立たずめ、と言われ殴られてよろけて草むらに倒れてこんだ。


 ちっ、と太っちょが舌打ちをして俺を見る。目が合うと太っちょは不敵に笑い、俺は奥歯を噛み締める。太っちょがずしずしと近づいて来る、俺は横に動きながらちょうどいい距離を保った。一気に突っ込んで来るのか、それとも掴みかかろうとするのか……。お互いにずりずりと動くものの、向かってこないなと思った時、視界の隅で何かが動いた。しまったと、地面の砂を掴みながら太っちょの横を見るとがっちりはよろよろと起き上がろうとしているところだった。三人の中で残るは、ガリガリだ。

「今だ!」と太っちょが叫ぶ。草むらからすっと現れたガリガリが石を投げようと振りかぶった。何かするにはもう遅い。なら、無駄なあがきにでもと俺はガリガリに向かって低い声で叫び、にらみつけた。

「おい!」

「ひいっ」とガリガリの動きが一瞬止まる。

「びびってるんじゃねぇ、やっちまえ!」と、太っちょが苛立ちながらガリガリに叫ぶ。

 またガリガリがびくっとしてから振りかぶり、石を投げようとしたところに俺は手に握っていた砂を思いっきり投げつけた。間に合うはずはなかった。


 ガリガリが石を投げながら、ひいっと悲鳴をあげながら目をつぶり顔を背ける。手から放たれた石は、大きく空に上がって太陽の光に消えた。遅れてガリガリに砂が届き、何か叫んでいるのが聞こえた。

 石が俺に当たらないとみるや否や、太っちょは怒りのあまり顔を真っ赤にしながら俺に飛びかかろうと走り始めた。その瞬間、どすっと鈍い音をたてながら太っちょに何かが当たった。

 太っちょが膝から崩れるように倒れる。近くに石が転がり、太っちょの頭からどくどくと流れた血がすぐに赤い水溜まりを作りはじめていた。




「めそむそしてるんじゃねぇ、お前、男だろ」俺は後ろから着いてくるガリガリに叫ぶ。

 ガリガリは声をつっかえながら、どうにか「泣いてなんかねえよ」と返した。

 俺はどっしりを背負い、歩いていた。頭から流れる血は、がっしりの着物を破いて巻いて、どうにか止まったものの、まだ気を失ったままだ。がっしりは無言で横を歩く、俺と3人が向かっているのは、町よりも近い俺の家だった。


 ずれ落ちそうになり背負い直すたび、額の汗を拭おうとするたび、視界に入る空を意識した。青い海のような中を雲が動いている。冬よりもはっきりとしてきた雲の輪郭に強くなってきた日差し。松の木からずっと歩いてきて、そろそろ足が限界だった。足を止めると、がっしりが何も言わずに、がっしりを支え、降ろしやすくしてくれた。俺は、どうにかゆっくりとどっしりを降ろして、額の汗を拭う。息が上がっていた。と、気がつくとがっしりがどっしりを背負い始める。と、俺の目をまっすぐに見てきた。俺は、何となく言いたいことを察して、うなずき、がっしりの前を歩き始める。そんなに人通りの多くない道、まっすぐに家に向かって歩いてほしいのだ、と。


 途中、同じように何度か背負うのを交代し、どうにか俺の家が見えてきた。

 ガリガリが止まるのを足音で感じた。俺が気を失ったままのどっしりを背負いながら、立ち止まり振り返ると、不安そうに俺を見て、俺の家を見て、と視線を交互にしているのが分かった。

 俺は、またかぁ、とため息をつく。この顔は、町で俺を見てくるやつらと同じ顔だ。俺は、ガリガリを無視して歩き出そうとした。すると、横にいたがっしりがガリガリの方へと歩き出す。お前も、か。

 俺は、過去に何があったのかを知らない。だが、なぜ両親のことが俺にまで降り掛かってくるのだろうか、と理不尽さにいらだちを感じた。

「ちょっと、分かったから、ひっぱらないで」と後ろから弱々しい声が聞こえた。

 歩きながら振り返ると、がっしりがガリガリの襟首を引っ張りながら、問答無用に歩いてきていた。

 ガリガリはいやがっているが、こういうような状況にはなれているのか、半ばあきらめながらこちらむかって歩いてくる。おれは、ふんっと鼻を鳴らし、家へと向かう。家が近づき、出入り口に向かって、中にいるであろう、かあちゃん! と、大声で呼んだ。少しの時間をおいて、「なんだい、大声を出して」と、出てきたかあちゃんは、どっしりを背負う俺を見て「何があったんだい」と駆け寄った。がっしりの頭を巻く布切れに血がにじんでいるのを見ると、中につれていきなさい、と俺を促した。俺は家に入り、そっと降ろそうとするのをいつの間にか横にいたがっしりが手伝ってくれた。かあちゃんが俺たちを見た後に、ふと家の外へと顔を向ける。その先には家の外にいるであろう、ガリガリが映ったはずだ。

「なにしてんのさ! そんなところでぼんやりして入るんじゃなくて、早く町に行って、医者を呼んで来な!」と、叫ぶ。ひいっ、と悲鳴のような声の後、足音が遠ざかるのを感じた。疲労から、俺とがっしりが座り込み滝のような汗を拭っていると、「どうした」ととうちゃんの低い声が、家の奥から聞こえた。姿は見えない。がっしりがじっと声の方を見つめているのを感じた。母が何か言おうとする。それを遮るように、俺が口を開いた。

「喧嘩して、友達を怪我させちまった」


 家の中が静まり返る。かあちゃんが、何か言おうと口を開くが、言葉は出てこなかったようだ。

 突然、何の前触れもなくとうちゃんが、部屋の奥からぬっと姿を現した。がっしりが息をのみ、体をこわばらせたのが分かった。とうちゃんに毎日会っている俺ですらただならぬ気配に、後ずさりそうになる。みな、動かずに、ことの成り行きを見定めようとしているだった。


「俺が、怪我をさせた」

 とうちゃんの目が、俺の目を見る。まっすぐに見つめてくる、ここでそらしたら、見破られるかもしれない。目をそらしたい気持ちを奮い立てて、まっすぐに見つめ続けた。いつの間にか握りしめている拳に、汗をかいている。


 両の目を交互に行き来した後に、とうちゃんの方が俺から目をそらし、足下の方へ向いたかと思うと、片手で頬をかいた。


「そうか」とつぶやくと、がっしりに顔を向け、すっと近寄った。

 がっしりが無言で後ずさる。警戒をしているのはあからさまに見て取れた。

 それにかまわず、とうちゃんは前に立つと、「これは、子供だけの喧嘩だったのだな」と、聞いた。

 がっしりが無言でうなずく。目は片時も離さないで、しっかりととうちゃんの行動を読み取ろうとしているようだった。

「すまん、申し訳ないことをした。」

 とうちゃんが息を吸い込む、何をするのか、と、周りが息を呑んだ。それは唐突だった。とうちゃんは、がっしりの前で頭を下げて、謝罪したのだ。俺の息子が、やりすぎた、と。これからも友達で居てくれ、とも言っていた。俺は、あまりにも予想外のできごとに、呆然と立ち尽くした。

 がっしりも同じように、何が起きたのか理解するのに戸惑ったようにしたあとに、困ったようなそぶりで頭をかき、一瞬だけ俺に視線を向けてきた。目が合い、お互いにそらす。頭を下げたままだった、とうちゃんは、謝り続け、気がつくと、謝り終え、俺の横に立ち、何かいうことがあるだろ、と、俺に促してきた。

 流れから、「ごめんなさい」と頭を下げる。と、がっしりは、頭を下げた俺に近づいてきた。警戒して頭を素早くあげた。と、肩に手を当てられる。そして、頭を横に振りながら、ぼそぼそと消え入るような声が続いた。

「おまえは、悪くない。」そして、無言のまま、俺の前で、がっしりが頭を深く下げた。

 俺がとうちゃんの顔をうかがおうとすると、とうちゃんの姿はそこにはもうなかった。かあちゃんが、一連の流れに、ほっと息を吐いた。ため息のような、安心したような息だった。

「頭を上げなさい。」と、かあちゃんが、がっしりに声をかける。だけど、がっしりはしばらく頭を上げようとはしなかった。


 それからしばらくして、慌ただしい足音が家に近づき、ガリガリと医者や村に住んでいる数名が駆け込んで、手当をした後に、何事かとかあちゃんを問いつめた。村の数名は、俺が怪我をさせたのだと決めつけたように食って掛かり、かあちゃんが言いくるめられそうになったとき、とうちゃんが家の奥から姿を見せると同時に、がっしりがかあちゃんの前に入り、両手を開いて、村の数名の人とかあちゃんを隔て、首を横に振った。

「じゃあ、誰が悪いんだ」と、俺の顔を見ながら言った言葉に、がっしりは遮っていた手を下ろし、手当が終わった後のどっしりを指差した、と、その指がもう一度動き、指の先ががっしり自身をさす。

 家に飛び込んできた誰もが、二人を交互に見た後に、かあちゃんと俺をどうしたものかという表情でみる。そして、手当の終わった子供を見ると、わらわらと家から出て行く。最後に残った医者が軽い怪我だと説明し、立ち上がると、かあちゃん、がっしり、俺の顔と、順に見て、ため息をはいて家から出て行った。

 なんなんだよと、俺は言ってやりたくなったが、その言葉をのど元寸前で飲み込む。拳を強く握りしめていた。


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