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04:「桃太郎」  作者: 郡山リオ
第二章「仲間」
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15.けじめ

 ふぉっふぉっふぉっと、気まずい空気の中、長老が笑い始めた。

「今回の賭けは、太郎の勝ちじゃな」

 何も言えないトンに、太郎はどうしたものかと頭をかく。

 太郎が視線を向けた先には、固唾を飲んで見守るチンと、視線は向けているものの食べ物を頬張るカン。周りから起きたざわめきに、少し経つとヤジが混じりはじめた。

「おい、どうするんだ」

「黙ってちゃ伝わらねーぞ」

 おとなしくしていたトンが、ざわつく村人の方へとにらみ、野次を飛ばした声の方へと叫んだ。

「うるせー! 静かにしろ!」

 一瞬の静寂のあと、一段とざわついた。

「あぁあ?」

「なんだと!」

 くるっと、横の太郎へと向いたトンが、居心地の悪そうにもぞもぞと口を開いた。

「や、……」太郎にはトンが何を言っているのか分からなかった。

「声がちいせーよ!」

「男だろーが!」

 そのとたん、トンがぎらりと目を光らせ、奥歯を噛み締めた。圧倒的な迫力の中、太郎に向かって口を開いた。

「約束は約束だ!」

 太郎は、トンのあまりもの剣幕にたじろぎ長老とチンとカンの顔へと目をそらす。

「俺はお前の子分になってやる!」

 おぉー! と、さっきまでざわついていた村人たちからは、は声があがった。

 太郎は特に何も無く、安堵から言葉をこぼしていた。

「そうか……」


 うなずく長老に、安心する二人。その周りからはじまった拍手はすぐ大きくなり、「いいぞ!」「よく言った!」と声が混じるようになってから長老がそれを制し口を開いた。

「では、今年の最も収穫のあった太郎には褒美じゃ!」

 止まぬ拍手の中で、長老が渡したものは、紙切れだった。

 太郎が視線を向けていると、長老が言葉を落とした。

「この場で金一封と米を贈ること。そして今まで太郎の家に誓約させてきたことを無効にする事が書かれている」

「ほれ、受け取りなさい」

「あっ……ありがたく、いただきます」

 急いで受け取った太郎に、長老は小さく呟いた。

「いい頃合いじゃったな」

 え? と太郎が聞き直すと、長老は、いやなんでもないと返してきた。

「最後に皆の者、何か言いたいことはあるか」

「おぅ!」と立ち上がったのは、これまた見たことのあるような無いような不細工な男だった。

「太郎とか言ったな、この前は本当にありがとうよ、助かったぜ。感謝の気持ちとして、俺からも米を少し贈らせてくれ」言うだけ言うと男はすわった。と、また別な男が立ち上がる。

「俺のうちで家族が待っていられるのも、お前たちのおかげだ。俺からも米を贈るぞ」

 言うだけ言うと男はすわった。すると、別の男が立ち上がり言うだけ言うとまた別な男が……。米だ、味噌だ、酒だ、着物だという贈り物が、気がつけばその場の雰囲気と熱気に勢いがついたのか、男たちはみな立ち上がり、競うように叫んでいた。

「それなら俺は荷車を贈る」「なら俺は、牛だ!」「俺は、俺は……家だ!」「そんなら、俺は、母ちゃ」最後の男はそばに立つ女に思い切り頭を叩かれていた。


 その場は熱気に包まれていた。異常とも言える言葉の応酬に、見栄が入ったのか跳ね上がる贈り物の数。たじろぐ太郎の横に気がつけば、カンとチンも来ていた。

「畑だ! 俺は畑を!」

「それなら、うちは、畑に牛もつけるぞ!」

 手を挙げ熱くなる男たち。太郎は、感じていた。血走った目がなにを訴えかけているのかを。

 そうだ、ここでは贈り物を断り、その気持ちだけ受け取るべきなのだ、と。

 殺気立つ村人たちから目をそらすと、チンと目があい、そしてお互いに、無言で軽く頷いた。そうだ、チンもわかっているじゃないか。

 この村人たちも、毎日生きるために生活や仕事をしているわけであり、贈り物に全てをつぎ込むためには仕事はしていないのだ。チンと頷き合えた太郎は、安心してカンを見た。

 カンは、太郎とチンを見ずにどっしりと立ち、ひまわりのような笑顔を作り、熱くなる男たちを見つめていた。口のなかに入った食べ物をもぐもぐと噛み締めながら男たちの声にうんうんと頷いている、そんなカンを見たチンは、まずいっす! と悲鳴にも似た声をあげた。

 太郎がカンを止めようと手を伸ばしたとき、ひと際大きく声が響いた。


「俺は、持ち物全部くれてやる!」


 びくりと、太郎とチンの体が止まる。男たちからの声が一瞬止んだ。

 その迫力の中、何事も無かったかのように口を開いたのはカンだった。

「ん? なんだ、くれるのか?」一斉に村人たちがカンの方を見る。太郎と、トンも、チンも、長老も、そこにいる全員が続く言葉を聞いていた。

「よし、それなら全部もらうぞ!」


 次の瞬間、太郎はその場から走って逃げ出していた。後方から感じる、ただならぬ殺気。

 後ろで暴れる気配。気がつけば、トンやチンやカンも後ろに続いていた。

 そして、太郎が全力で走る中、カンの声が聞こえた。

「……なんだ、くれると言ったではないか、嘘つきめ」

太郎は、ただただ、心の休まる場所を欲していたのだった。

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