14.長老
しばらく歩くと街の中心に来た三人は、通りの終わりへと辿り着いた。
開けた目の前では、わらわらと集まっている人が太鼓やら笛やらを鳴らしていた。
太郎は、チンとカンに引っ張られるままにずいずいと人混みへとわけいった。人の間をすり抜け歩く。ぶつかり、はぐれそうになりながら進むと、ふと人垣が消えた。カンとチンは太郎の近くには見当たらない。目の前には数人の年老いた老人がゴザの上にあぐらをかいて座り、おちょこについだものをちびちびと飲んでいるところだった。
通り過ぎた風に酒の匂いがした。うっと、太郎は鼻を押さえる。
真っ赤な顔をした何人かは膝をばしばし叩きながらガハガハと笑っていた。
と、その一人と目が合う。無意識に後ずさる太郎に、ニカッと笑った老人は、大きくなったのうと、一言いった。
初対面だと思った相手から言われた言葉に、太郎はぎょっとする。
そんな相手は、太郎を知ってか知らずか、酒をぐびっと飲みきり、ガハハと笑って、盛り上がっている隣の話しに加わった。
とりあえず、何処かへ立ち去ろうと向きを変えると、カンとチンの方がいた。
「……」二人とも唖然としたまま何も話さないので、太郎が口を開く。
「あの酔っぱらい、誰だか知っているか?」
太郎の後ろに視線を向ける二人。
カンは、無言で頭を横にふった。チンは、目を点にしていた。
「とりあえず、こっちに来るっす」
「おい、こら、いったいどうしたんだ」
今度は、あまり人気のない草むらだった。後ろにはカンがついてきていた。
「兄貴、あの方がこの村の長老っす!」
「あの酔っぱらいがか?」
「酔っぱらいなどと呼んではならないっす!」
カンは、その二人のやり取りを大人しく見ていた。
「一番の地主でさえ、あの方には逆らえないっす。もし、あの方に目をつけられでもしたら……」
チンがぶるっと震えた。
「とりあえず、無礼なことはしないに越したことないっす」と、太郎に念を押したのだった。
飲み食いが行われている村の真ん中では、3人にも食べ物は振る舞われた。大人たちは、酒を飲み、親しい仲間たちと言葉をかわし、盃を飲みきれば、笑いをこぼしていた。
いつしか時間を忘れ語り合い、食べ、笑っていた。宴もたけなわとなったとき、ひときわ大きな鐘がひと鳴り響いた。一斉に注目を集めたその中心に立っていたのは、さっきの老人だった。
「では、皆の者! 今年は豊作と言えないまでも、収穫を祝おうぞ!」
まわりから、おお!と声が上がった。太郎とチンが食べるのを止め、顔を上げる中、カンは黙々と食べ続けていた。
「では、今年多くの収穫を上げた家の名を下から順に読んで行く!」
ぱちぱちと、数人の拍手とはやし立てる声が響いた。
「房夫! 五郎!……」次々と上げられる名前に、一人一人立ち上がり、ぺこりぺこりと頭を下げる。
途中、カンの言っていた1番畑を持っている男が立ち上がると一瞬場は静まったが、次々と呼ばれる名にすぐ雰囲気は戻った。
カンは太郎の横で、その男を一目見て口に入っていた骨をぺっと地面に吐きつけていた。
読み上げられて行くごとに、盛り上がる空気。
そう言えば、まだチンの名前は読み上げられては居ない、と、太郎が横に座るチンの顔を見る。チンは、まっすぐと長老を見ながらガチガチに緊張していた。
「おさむ! ……そして、いよいよ今年一番の収穫をしたのは、……」
太郎には、チンの息を呑む音が聞こえた気がした。カンは黙々と食べていた。太郎は笑って、チンの背中を軽く叩いた。
「お前、こわばり過ぎだ」
「あ、兄貴~」
「ほら、呼ばれんぞ!」
「わかってるっす。わかってるっす……」
どっと最高潮に盛り上がった宴に、呼ばれた名は、「……太郎!」
立ち上がろうとしていたチンが固まる。
カンが口にくわえていた食べ物を落とした。
太郎は、え? と、間抜けな声を上げていた。
村人が全員、え? という顔をしていた。
「……俺?」
さっきまでの盛り上がりが嘘のように静まり返った中、食べ物を咥えたカンが、ぐいぐいと太郎を立ち上がらせようとした。
「わかった、分かったから……」
立ち上がると同時に、一斉に人々の視線が集まる。
「ど、どうもです」
あぁ、と一部から上がる声。
ぺこりと頭を下げて、座ろうとすると、長老から名前を呼ばれた。
「こらこら! 村一番の収穫をした物は、こちらに来るきまりじゃろ」
ぐいぐいと長老に向かって押すカンの横では、さっきの緊張した姿勢から全く動かないチン座っていた。
あぐらをかいて座る人々の間を通り抜け、長老の横まで来た太郎に、長老は一目見て、視線をさっきまで座っていた方へと向けた。
つられて、太郎も顔を向ける。そして、長老が口を開いた。
「このたびの天災は、本当に苦しい物であった。しかし、この者のおかげで救われた者がいったいどれだけいよう。自分の身だけを案じ、周りに手を差し出さなければ、この者の家が確実に村で一番になれるはずであった。特に、この者はある勝負をしていたと聞く。今回の収穫で3本の指に入れなければ、子分になるのだと。」
太郎がはっと顔を上げ、長老を見た。その横顔に見える目にはなんの迷いも無かった。
「……しかし、その勝負を捨ててまで、周りに手を差し伸べた。その男としての器、賞賛に値する! そして、もう一人じゃが……」
長老がぐるっと見渡し指を指した。
「こら! そんなところで、こそこそしとらんで、こっちに来い!」
その指の先、トンが座った人の中から居心地の悪そうにすっと立ち上がった。
三人が久しぶりに見たトンは、うっすらと砂埃で汚れている。
カンとチンが、目をぱちくりとする。横に立つトンを見て長老は言った。
「この者が今回、太郎が1番の収穫になるように影でいろいろと動いてくれていたようじゃよ」
ざわめく人々の中でひときわ大きな声で驚きを発したのは、太郎であった。