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04:「桃太郎」  作者: 郡山リオ
第二章「仲間」
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12.提案

その日も、太郎は朝起きてから飯を掻き込み、すぐに網の補修にかかった。

日が高く昇るにつれて、じりじりと家の屋根を焦がした。風通しのいいはずの家も、日中に近づくにつれて、暑く生ぬるい風がよどむ居心地の悪い場所にかわる。

仕事をてきぱきと片付けた太郎は、昼飯を掻き込むと、外へと飛び出す。

山と海に沿うように砂利を蹴り、草を倒しながら道をそれていき、森に入ると葉を弾きながら進んでいった。

視界が開けたかと思うと、目の前にはチンの畑が広がっている。

咲いたばかりの花のにおいはしないが、風に乗って草の青いにおいがした。

早速、仕事を始めようとチンを探すが見当たらない。太郎は、小便にでも行ったのかと、いつもカンのいる木陰を見るが、カンの姿も見えなかった。

激しく降り注ぐ日差しの下、蝉の鳴き声で空気は満ちていた。


「あ、兄貴」

まだ水がまかれていないのか、太郎が水を汲みにいこうとすると、チンが家の裏から出てきた。

「チン、カンを見なかったか?」と近づくと、チンの表情が硬いことに太郎は気がつく。太郎は聞いた。

「どうかしたのか」

「なんでもないっす」あからさまに元気のないチン。その様子を太郎は不審に思ったが、今はとりあえず後回しにすることにした。

「そうか、ならいいんだ」と、チンの来た家の裏へ向かうおうとすると、チンが慌てた。

「そうだ、兄貴。確か、向こうでとうちゃんが呼んでいたような気が……」

太郎は振り返り、畑を見る。誰もいない中、風が緑の波を立てていた。

太郎は、チンに向き直り、口を開いた。

「後で、いいだろ。今は水汲みが先だ」

チンは、だめです、何か急いでいたようだったので、と慌てている。

怪しく感じた太郎は、チンを振り切り、家の森の中へと入ろうとした。

「ダメっす」

帯を引っ張るチンを振り切ろうとしたところに、目の前の森の中から誰か現れた。

「うるさいぞ、チン。もっと静……」

そこまで言い、カンは太郎と目が合うと黙った。驚きの表情から、困ったような表情に変わり、悲しそうな表情に変わったかと思うと、うつむいた。

「カンまでどうしたんだよ」

太郎は、足を止め聞いていた。

「何かあったのか」

「何も、ない」とカンがつぶやく。

太郎は、やれやれとため息をつき、二人を見てから、じゃあ、水汲みに行くぞ、と歩き始めた。

今度は、チンは止めなかった。カンが、行かない方がいい、と、元気無く言った。


岩ばかりの森を歩く時間にとても違和感を感じる。無言でついてくる二人。岩場のところに来て、どうして太郎を止めようとしていたのか、分かった。

「なんだよ、これ」太郎は立ち尽くした。壊されていたのだ、みんなで作った水を溜めるためのものが。

固定するためのひもは切られ、外された竹は散らばり、中には折られているものもあった。

太郎は、なぜだ、どうして、と頭のなかでぐるぐると言葉が繰り返していた。二人は太郎の様子をうかがっていた。太郎が言葉をうしなっているのを確かめたカンが、口を開く。

「光があるとこ、闇があり。いい人がいれば、悪い人がいる。みんながみんな、いい人なわけではないんだ」

太郎がカンを見る。横に立っていたカンは、折れた竹をまっすぐに見ていた。風がカンの横髪を揺らしていた。



「よくあることだ」と家の中で座るみんなにチンのとうちゃんが言った。

「畑を荒らされているわけではないし、壊されたものも、今日中に直る。ただのいたずらのようなものだ、気にするようなことでもない」

太郎は、ふざけるなと、言いそうになって、すんでの所でこらえる。喉まででかかっていたその言葉をなんとか飲み込んだ。

太郎の変わりに、横にいたチンが、どういうこと? と聞く。

しかし、その質問には答えず、チンのとうちゃんは黙った後に、ぽつりと呟いた。

「時には、どうしようもないことっていうのがあるってことだ。」


納得いかない、と太郎が竹をしばりながら言っていた。

「なんなんだよ、チンもなんか思わないのか。」

チンは何も言わなかった。カンも黙っている。

太郎だけが、ちくしょう、と悔しそうにしていた。

「一体どこの誰が、こんなことを」

「あいつだ」と、カンが答えていた。太郎が振り向く。カンは言ってから、しまったという顔をして、「やっぱり、知らない」と、そっぽを向いた。

それからしばらく、カンの言葉に太郎がしつこく食いついてくるので、意地を張って知らないと通していたカンは、観念したのか、言葉をこぼした。

「島一番の畑を持ったやつ。最近、良く見に来ていた。」

「そんなやつ俺は見たことないぞ」と太郎が言うと、チンが答える。

「朝の話っす。兄貴は朝のことは知らないと思いますけど、よく、見に来ている人が数人いたっす。俺が水汲みに行ったときに木の影に隠れているのを偶然見つけて。とくに気にしては入んなかったっすけど、それからも気がつくと、こそこそとこちらの様子をうかがっているみたいだったっす」

「その中に、俺の嫌いな奴もいた。たぶん、そいつ」と、カンは木に背中を預け立っていた。

太郎は、今すぐにでも、仕返しをしたい気持ちに駆られながらも、その場で竹を固定していた。

チンはチンで、あいつだったのか、と悔しさで奥歯を噛み締めているようだった。

事実は分からないが、その見に来た奴の中の誰かか、または数人、もしくは全員だろう。

「なにか、仕返しをしよう」と、太郎が竹を固定し終え、二人に言った。

チンは、仕返し、仕返し、とつぶやいていたが何もそれ以外には言ってこない。

カンは少し考えた後、太郎をまっすぐに見た。

「何か思いついたのか」

「うん」とカンがうなずく。いつになく、まじめな顔だった。

「これをやったやつら全員の家に」

カンの声が真剣だ。太郎は、生つばを飲み込む。

「火をつけよう」

「それはダメだ」

「見せしめだ」

「だから、ダメだって」

カンは、むっとした。

「見せしめだから、ちゃんと人が居ないときに火をつける。これは真剣だ」

「なお悪い」

かたくなにカンの提案を却下した太郎は、不機嫌になるカンを見ながら、たまに分からないところがあるな、と思った。手早く次々に壊されたものを直していくうちに、風は通り過ぎ、木々の葉が揺れ、高く昇っていた日は徐々に沈んでいった。

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