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04:「桃太郎」  作者: 郡山リオ
第二章「仲間」
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11.風のゆくへ

 太郎は水をまき終え、汗を拭った。新しく畑まで伸ばした竹からは、わき水のようにちょろちょろと水が流れ、畑の真ん中に置いた桶に少しづつ溜まっていく。途中、遠くの川から水をまき、なんとか間をつないでは、日が暮れる前に、元通りにできたので、三人は、安堵のため息とともに地面に座った。茜色の光が木々の葉の間からこぼれる。暑さは涼しくなり始めた風に消えていた。水を溜める桶を前に太郎は、しばらく考え込んでいた。もうすこし、楽にできないか、と。


 水をまき、雑草を抜き、葉についた虫を見つけては投げつつ、太郎は余った時間で少しずつ改良を加えていった。

今まで岩場まで桶に溜めていたものを、一つに集めるようにし、岩からの水滴も、より広いところから集められるように、竹をいくつも重ね固定した。一カ所に集まった水は、ちょろちょろとだが、湧き水のように流れるようになった。

暑さが厳しいまま、雨は降らない。太郎には心無しか、チンの家の周りに生える木々の葉が元気なく見えてきていた。

「兄貴、下の畑では、川のそこからすくうように桶で水を汲んだのを撒いていたっす」と、チンが言ってきた。

「魚が手でとれた」と、カンが数匹の魚をザルに入れて持ってくる。

それでも、太郎は黙々と畑にいた。


日が沈み、また昇る。それを繰り返したある日、太郎が畑に向かう途中に二人か三人の人影を見つけた。反射的に、道をそれ森の中に潜み、太郎は様子を伺った。

チンと同じような格好をしているが、どうやら、チンを訪ねにきたような様子ではなかった。太郎は、息を潜ませる。森へと入っていく三人についていくように、太郎もこっそり森へと距離を保ちながら入っていった。

畑の手前でしゃがみ、中で作業をするチンたちに気がつかれないように、何か話し合っているようだった。

風が通り抜ける。畑に緑の波が抜けたとき、三人の人影は、こそこそとほかの畑がある方向へと進み、森の中へと消えていった。

太郎は森の茂みから外へ出た。しばらく人影が消えていった方向を見ている間、手は硬く握り締められていた。ちくしょう、という呟きが、こぼれ、小さく広がり、消えていく。



太郎は、なにか仕返しをしたいと思っていた。ただ、そう思うものの、何も思いつかず、畑に時間だけが過ぎていく。

すぐにでも、壊された分のなにかを仕返すことならできたはずだった。太郎は、迷っていた。どうして、こんなことをするのか、というあのときの衝撃の前に、少なからず立ち止まってしまったようだった。

殴られたら殴り返す、盗られたら取り返す。そういう単純な毎日の中で、難しいことは何も考えずにやってきたが、今度のは少し違っていた。

相手は、太郎と同じ子供ではなく、もっと立派なはずの大人の仕業なのだ。どうして、自分よりも賢いはずの大人がこんな幼稚なことをしたのか、太郎がいくら考えても、大人の仕業には思えなかったのだ。


畑仕事は、雑草を抜くことと、水を満遍なくやることに限られ、手が空くようになってきていた。たまには、と太郎は、水撒きを終え、桶を片付けながら、チンとカンに言った。

「ほかの畑を見に行こう」

チンとカンは顔を見合わせ、うなずいた。

「おう」


空は赤く染まり始めていたが、まだ日差しは衰えず、乾いた風は熱を保っている。

チンの畑の下、斜面になっている森を隔てた向こう側には、緩やかな段々畑が広がっていた。

その段々畑の上の森の中から、3人は島を見渡した。下に広がるゆるやかな段々畑の下に小川が通り、小川の向こうは広く平らな畑が広がっていた。その畑の向こうに小さく村が見え、そのさらに向こうに薄く広がっているのが海だった。


風が真っ向から吹いてくる。


見渡す畑を前にカンが、指を指した。

「あの坂のない畑の半分が、嫌なやつの畑。」

指が少し横に動き、止まる。

「嫌なやつと仲のいい、二番目に大きな畑を持つ二番目に嫌いなやつの畑。」

そこでカンは腕をおろした。

「と、どうでもいい三番目に大きな畑を持つやつの畑。」と、興味なさそうにカンが口を動かす。

太郎がチンとカンに何度かやり取りして分かったことは、広く平らな畑はこの島で三本指に入る家の畑になるらしい。

その畑から目をそらし、足下に広がる畑を見たとき、チンがつぶやいていた。

「枯れているっす。」

太郎がチンに目を移す。畑に生える枯れ草を眺めているチン。緩やかな段々畑の上はほとんど秋の色に染まっていた。

「手が回らなくなったところから枯れていったんだ。」

カンが枯れ草を撫でながら呟いていた。

風で足元の砂が後ろに飛ばされていく。

いつになく乾いた風が、綺麗な青空の下吹いていた。

太郎は無意識にだった。

「手伝いにいくぞ」

太郎の声に、カンとチンが顔を見合わせ、太郎に向く。

「それはダメっす」

「やめろ」

反対する二人に太郎は、ためらいながらも分かりきっていることを聞いた。

「どうして、手伝いに行かないんだ」

「このままいけば、兄貴が一番になれるんですよ」

チンの言葉にカンは無言でうなずく。


太郎は、二人から視点をそらし、足下に広がる畑をみたまま口を開いた。

「人が死ぬかもしれない。死ななくても、このまま助けにいかなければ、辛い思いをする人がたくさん出るんじゃないのか。」

チンは言った。

「そうかもしれないっすけど、俺たちが一番になるためには、しょうがないことっす」

太郎が捨てるように言葉を吐いた。

「俺たちが一番になるなんて、どうでもいいんことじゃないのか」

風が止まる。一瞬の沈黙をチンが破った。

「じゃあ、俺たちはなんのために今まで畑を広げて、育てて、枯れないように水をまきつづけているんっすか」

太郎が二人の顔を交互にみた。チンとカンは黙ってまっすぐ太郎をみつめていた。太郎は軽く息を吸って、口を開いた。

「確かに勝ちたい。絶対に負けたくないし、トンの子分になんかなりたくないから、今まで毎日、畑を手伝ってきた」

じっと耳を傾ける二人を前に、言葉を続けようとする太郎の頬を風が撫でた。

「勝ちたい。このまま何も手出ししなければ勝てるかもしれない。勝ちたいけれど、でも、そこまでして勝ったとき」

言葉を切り、太郎はつばを飲み込む。「……俺たち自身が惨めにならないか。」

太郎は、二人に言った。他人をかえりみずに自分の畑の収穫に執着して一番の収穫を上げたとして、他人からどう見られるのか。全然収穫も上げられず、明日の生活すら真っ暗な島の人間から、どうみられるだろうか、と。

「なんて汚い人間なんだ、と思わないか。自分たちのためだけに、他人を見捨てて。みな一所懸命に生きている。今やることは、助け合うことだ。邪魔したり、自分たちのことだけをするんじゃない」

黙る二人。太郎は、つぶやいた。

「自分のために誰かを邪魔するような人間に、俺はなりたくないんだ。」

太郎の心の中にずっとあった違和感への答えでもあった。

振り向けば、吹き飛んだ砂が森の前で舞いあがっていた。

黙ったままの3人の耳元で、風が鳴っていた。


三人はすぐに桶を取りに戻ったあと、斜面を降り、枯れて底の土が割れている川をまたぎ向こう側に渡り、人の集まる井戸へと向かった。井戸の数は、少なかった。人が並び、水を待つ列で太郎が思わずこぼした。

「井戸は他にないのか。」

カンが答えた。

「この辺りにしか井戸は掘れないんだ。海に近いと、水が飲めないからな。

チンも前に並ぶ列を見て不安気に言葉をこぼした。

「これ、いつまでならぶんですか。」

ずらっと並ぶ島の人の中には、チンのような土まみれの服装から町の方から来たようなこぎれいな服を身にまとう人もいた。

炎天の下、じりじりと井戸に近づくが、まだ水を汲めそうにない。太郎が空を見上げる。日差しは強く、雲は見当たらない。後ろに振り向けば、いつの間にか太郎たちからさらに後ろへと列は伸びていた。桶を持った男たちが汗をにじませながらふらふらと並んでいる。

しばらく並び、カンが言った。

「こんなんじゃ、らちがあかない」

太郎が頷く。

「俺もそう思う。」

乾いた大地に湧き出た汗が滴り落ちた。もうやだと言わんばかりに、チンが地面に座り込んだ。

「じゃあ、どうするんすっか、うちの畑の水でも汲みに戻るって言うんすか」

カンと太郎が顔を見合せた。何度か瞬きをして、ハッと思いつき、太郎とカンは同時にチンをみた。

「なんっすか、なんっすか」と、二人の顔を交互に見ながら、チンが構える。

太郎とカンが、同時に言っていた。

「それだ!」

チンが言葉に、びくっと驚き、片手を後ろについた。

「なんなんっすか」弱々しいチンの声は乾いた空気に、溶けて消えた。


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