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04:「桃太郎」  作者: 郡山リオ
第二章「仲間」
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9.蝉しぐれ



蝉の音が二人の沈黙をかき消すように、音量を上げた。

太郎は頭をかき、許してはくれなかったか、と肩を落とした。じゃっ、またな、と口を開きかけたところで、カンが太郎の言葉を遮った。

「俺の方こそ悪かった、ごめん」カンは、うつむいていた。

太郎は、ほっとして、歩いていき、カンの横に座った。

そよ風がすぎていくのにも、二人は気がつかなかった。高く昇っていた日が、落ち始めた頃に、太郎が立ち上がった。

「さて、そろそろ仕事をするか」

太郎とカンは、お互いに謝り納得していた。

「俺は、ここで休んでるよ」と、カンはいう。ああ、と太郎が返事をする。

落ち始めた日差しはそれでもまだ高く、じりじりと日差しの下に出た太郎の肌を焦がす。カンの足下が土で汚れていたので、太郎は今日も畑を手伝ってくれたのだと気づいていた。カンに背を向け歩いていく背中にカンが声を掛けた。

「一つ、言うことを忘れていた」

太郎が、なんだ、と聞いた。

カンの言葉が途絶えたので、振り返る。カンが考えるように腕を組み頭を傾げていた。

「何を忘れていたんだ」と太郎が先を促してみると、カンは頭を振り、まあいいか、というような表情で太郎に言った。

「太郎と話さなくなってからだけど」

「ああ」

「喧嘩していたし、太郎が何を考えているのかもよくわからなかったから」

「ああ」

「夜に集めてきたものを広げた畑にも撒いといたぞ」

太郎の額についた汗がすすっと落る。目の横を通り、頬をすぎ、顎まで来ると、行き場を失い地面へと落ちていった。太郎には、汗が散る音が聞こえたような気がした。

「畑にも撒いといたぞ」カンが聞いているのか、というような表情で太郎の顔を覗き込み繰り返してくるので、太郎は、なんでそうなるんだよ、と全身で抗議した。

「だから、なんてことをしてくれるんだよ!」

予想通りの反応が返ってきたのか、カンは満足そうにうなずいた後、そんな太郎を見て、カンは清々しいほどの笑顔で、ニッと笑った。

「これは、ただの八つ当たりだ」

遠くに蝉の鳴き声が聞こえていた太郎は、それから一週間、カンと口をきかずに毎日畑を広げ続けた。


雲一つない空を太郎は見上げていた。

畑を広げ、種もまき、芽も出た。太郎は、視線を降ろし、周りを見渡す。

チンは雑草を抜いていて、カンは相変わらず昼下がりの木陰の下でうとうととしていた。

遠くに見える畑も、同じように収穫後の畑に種をまき、芽が出ていた。


「兄貴ー!」とチンが雑草を抜き終えたのか、声を掛けてくる。

太郎は、空から視線を戻した。チンの声で起きたのか、カンが大きく伸びをしている。

今日も、雲一つない青空だった。


「このままだと、兄貴は負けてしまうっす」

「ああ、分かっている」太郎は、チンの言葉にうなずいた。カンは黙って聞いていた。

蝉時雨が、あらゆる音をかき消していく。陽は真上に上がり、暑さはいっそう厳しくなっていた。

汗でぬれた肌に吹き付ける風は、湿った暑さを含んで、さらに汗を呼ぶ。3人は休憩するのに移動して、チンの家の裏の岩場に移っていた。

空に向かって背伸びをする木の下は、畑の中の木陰と違い、ひんやりとしていた。

太郎を含め、3人は地面に座り足を伸ばして手を後ろについていた。

「今のままだと、太郎は負ける」カンは上を見上げながらつぶやいた。

「ああ、分かっている」黙る3人の間に蝉の鳴き声が入る。


最近は雨も降らず、ただの水やりですら人手が足りていないのは3人とも感じていた。

水汲みに往復しながら、顔を上げ他の畑を見れば、人はたくさん居るし、畑も手入れが行き届いている。

「俺たちの畑は、他の畑に比べて川から遠く、山のすぐ根元の岩だらけの場所にある。」

「他の家は、人手がたくさんある。」と、カンが言った。

チンは、頭をかきながら、言葉をこぼす。

「前に、とうちゃんが言っていたのだけど、俺んちより山側の森は岩がありすぎて畑には出来ないらしい。今の畑を広げるには、横にある林を燃やすか、切るかしかない。それか、他の畑のある方へ向かって、広げていくしか……」

太郎は、チンの言葉に返す。

「いや、もう畑を広げることはできない。ただでさえ手が足りてなくて、持て余し気味なのに、これ以上広げたら放っておくことになる。それに、林を切るにしても、燃やすにしても、根は残る。俺たちに、それを耕し種を植えるだけの時間は残されてはいないんだ」

そう話しながら、太郎は頭のなかで、他の家の畑の大きさを思い出していた。

太郎の畑は、一番広い畑をもつ家の半分ほどだった。広さだけなら、3本指の中に入るか入らないかにはなった。ただ、人の手では、上から5本指どころか、この島の下から5本には余裕で入りそうだ。

どうすれば、きちんと手を行き届かせられるのか、今のやり方では、到底無理だった。

毎日、休憩になる度、場所を変えて3人で話し合った。時には、チンのとうちゃんも話に加わった。

「小川は山頂近くから、わしの家の反対側に向かって他の家の畑のところまで曲がりくねりしながら通っている。わしらの立つこの場所からずっと下にある村へと続き、海に出る。わしらの畑は川から遠く、岩ばかりの森の近くにある」

3人は、黙って聞いていたが、ある疑問が浮かんだ。

「どうして、そんなところに畑を作ったの?」チンが、とうちゃんに聞いていた。

「さあな」とチンのとうちゃんは、頭をかしげた。

「見えない何かがわしをここに呼んだんだよ」そういい、チンのとうちゃんは笑っていた。


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