6.理由
太郎は、畑の真ん中に桶が運ばれているのを見つけた。そして、臭いの元が畑の中にいくつも列べられた桶からなのだと、そよ風が運んだ臭いで太郎は察した。これは、カンの仕業だ、と。
あの桶は、確かカンの家の前に置いてあった物に似ている。太郎がカンを見るとカンは自信満々に胸を張っているように見えた。
「あれはなんだ」
太郎は畑に目を向け、カンに聞いた。
「俺が家々の便所を回って集めてきたものだ」
カンが満足気に言うものだから、太郎は桶を指差し叫んでいた。
「どうしてそんなものが、畑にあるんだよ」
「それはな……」 カンは太郎を真剣な表情で見た。ゆっくりと話し始めるカンの声からは、今までにない真剣さが伝わってきた。これは、なにかしらの意図があるのかもしれないと、太郎は耳を澄まし、カンの話に聞き入った。
カンは話し始めた。まだ太郎に出会う前、トンや、チンとも、出会う前のことだ、と。
小さな頃から、家の仕事をして、親に遊んでもらうことはあっても、同じくらいの歳の者とは遊べなかった。一族の中では歳が離れすぎていて、村に遊びに行けば……。
一瞬、カンが言葉を詰まらせ目を伏せた。太郎がカンをじっと見ていると、目を伏せたまま唇をかんでいたカンは目を上げ、太郎の視線に目を合わせて気がつき、気まずそうな笑顔を見せて、話を続けた。
「罵声を浴びせかけた村人の中でも、一番最悪だったのは、この島で一番畑を持っている奴だった。俺は頭にきて、どうにか仕返しをしたいと思って、悩んだ。」
カンはぐっと拳を握りしめ、太郎を見た。太郎は気がついた。カンがにやけていることに。
「そして、何日も悩んだ末に、俺は思いついたんだ。」
太郎はなぜか、とてつもなく嫌な予感がした。家に石を投げられるよりも、ずっと大きな予感は、ほとんど不安だった。まさか、と。
「この重く臭い桶の中身を畑にまいてやろうと! そして俺は撒いた。」あっけらかんに言い切ったカンに、太郎は唖然とした。
毎日毎日、来る日も来る日も。なにより、海まで運ばなくて済むのが良かった。
ガハハ、と、まるでトンのように口を開けて笑うカン。
「なんてことをしているんだ」どうにか絞り出した声は、それだけだった。食べ物を育てる土に糞を混ぜるなんて、狂気の沙汰だ。笑い終えたカンは、太郎を見てニヤッと笑った。
「まあ待て、この話には続きがある」と、太郎の隣でカンが自慢げに口を開いた。
「まいた、といっても、気づかれたら誰がやったのかすぐにバレてしまう。気がつかれないようにするために、カンは穴を掘って、その中に集めてきたものを捨て、土でふたをして、バレないように隠してきたらしい。毎日毎日場所を変え続けてきたのだから、収穫も減るだろうと楽しみにしていたら、それどころか、今までよりも立派なものが採れるようになるじゃないか。俺は、おかしいと思って、家の近くのところで草木に同じように試してみると、そこでも立派なものが育つようになるじゃないか!」
カンは腰に手を当て、胸を張る。太郎は、呆然と話を聞いていた。太郎の頭に話の内容はほとんど頭に入ってこなかった。ひとしきり話し終えたのか、ガハハと、笑うカンに、太郎は提案をした。
「カンのやりたいことは、よく分かった。だが、とりあえず、少し待て。さすがに俺だけの判断でまくか、まかないかを決めることはできないだろ? チンの畑なんだし。だから、明日になって、相談するのが……」太郎は焦っていた。今は、とりあえず思いとどまらせなければ、と。
「ん? 判断するとか、しないとか……」ひとしきりに笑い終えたカンは、太郎を見て清々しい笑顔を作った。
「もう、ここにもまいといたぞ」
「なんてことをしてくれたんだ」と、一瞬の沈黙の後、口を開いた太郎は無意識に返していた。