★屋台のオヤジ
ネタバレあり。
今日も屋台を開く。
初めは防壁の壁に子供が通れるくらいの穴が開いているのを発見し、王様に修理するよう懇願書を出したが一向に修理に来る気配もなく早半年。
だったらと俺は自ら警護をしている。
ついでとばかりに趣味で始めた屋台も開いた。
ここいらの屋台ではちょっとした人気店に成りつつある。
今日も常連客のオヤジ達に俺の焼いた肉肉しいアルゴン肉を渡す。
味は人気店に成りつつあるぐらいだからうまいに決まっている。
そして仕事帰りのオヤジ達にはちょっとしたサービスでなるべく大きいアルゴン肉を渡すのが俺のささやかな『オヤジお疲れさまエール』だった。
そんな感じでいつもと同じく今日も終わるだろうと思っていたが今日は珍客があった。
俺はアルゴン肉を炭火焼きしていたため入ってきた客に気付いていたがすぐに顔を上げる事が出来なかった。
肉も丁度よい焼き加減になり、俺は屋台に入ってきた人物を凝視した。
子供だった。
それでも珍しいのにその子供はヴィルシュではありえない色の組み合わせ、目も髪も黒かった。
俺ははじめて見る色彩に驚いた。
そして、ヴィルシュ国出身の子供でもないことも一目瞭然だった。
子供の方は最初入って来たときに俺の方を見たきり肉に釘付けだ。
俺はその子供に「お譲ちゃん、見かけない顔だな。それに珍しい髪と目の色をしているな。ヴィルシュの出身ではないだろう。どこから来たんだ?イヴィン辺りか?」と聞いた。
子供は肉に釘付けのまま「東京」と応えた。
トゥキョウ?そんな国聞いたことない。かなり遠いところで島国らしいことが分かった。
俺はこんな小さい子供が偉い長旅をしてヴィルシュまで来たことに『頑張ったな』と思い子供が釘付けになっていた肉の塊を差し出した。
子供が?と首を傾けるたため俺は「小さいのに遠慮をするな。今日は奢りだ。」と更に子供に塊を差し出した。
子供は「ありがとう。」と一言いった。
パクリと肉にかぶりつき、「美味しい。」と子供が呟くのが聞こえた。
子供が肉の塊をものの2分で平らげた。
どんだけ腹がへってたんだ?そいやぁ親の姿が見えないが迷子か?
俺はは心配そうに子供を見つめた。
子供の顔が見る見る赤くなった。
「此処がどこだか分からないんです。」と子供が応えた。
やっぱり迷子だったかと俺は心の中で思った。
俺はこのお嬢ちゃんをどうするか思案しながらお嬢ちゃんの問いに答えた。
お嬢ちゃんは困った顔をしながら更に「日本では?」と聞き返してきた。
今度は俺のほうが聞いたこともない国だったので困ったが、小さい島国にはそいやあ小国がちらほらあるという渡り商人の話を思い出し「聞いた事のない国の名だな。でも、島国なんだろ?」と聞き返した。
お嬢ちゃんは「そうです。島国です。」と応えた。
俺はお嬢ちゃんに説明するように三大国が有名なのを教えた。
「それじゃあ、知らないのも無理ないな。お譲ちゃん、この国ヴィルシュ国と隣の国ガザイ国、更に海よりの国イヴィン国がこの世界の三大国として成り立ってんだ。周辺の小さな国や島々にも国はあるらしいがやっぱり三大国が主だからな。まあ、渡り商人とかに聞けば分かるだろうが、一番いいのはお譲ちゃん、両親に聞いてみろや。きっと、お嬢ちゃんが旅してきた過程でこの国に入ってきたんだろうからな。」
俺の話を聞いても理解できなかったのかお嬢ちゃんの眉が寄っていた。子供が理解するには早すぎたか?と思い俺は、よしよしとお嬢ちゃんの頭を撫でた。
俺がお嬢ちゃんの頭をよしよしと撫でていたら再び「アメリカ大陸は知っていますか?」と聞きてきた。
そんな大陸聞いたこともないことを伝えるとお嬢ちゃんは「地球上で最大に大きな国です。」と言ってきた。
この世界の大陸には三大国のヴィルシュ国と隣の国ガザイ国、更に海よりの国イヴィン国しか大きな国はないわけで、俺はお嬢ちゃんを見つめながら暖かな気持ちになった。
子供にはやはり夢をでっかく持たせてやりたい。
「そうか、そうか。お譲ちゃんの夢の国か何かか。お嬢ちゃんは将来本を書ける職業に就けるといいな。」
俺はお嬢ちゃんの夢が叶うように再びお嬢ちゃんの頭をわしわしと撫でた。
*****
ついつい俺はお嬢ちゃんの髪の感触がサラサラしてて触り心地が良かったため永くお嬢ちゃんの頭を撫で回しすぎていたらしい。
気づいたときにはお嬢ちゃんの反応が無くなっていた。
俺は心配になり、「どうしたんだ?」と聞いた。
お嬢ちゃんは今にも泣き出しそうな声で「帰る家が無くなりました。」と呟いた。
俺は「やっぱり迷子か?」と再び聞いていた。
お嬢ちゃんの反応がないため「お譲ちゃん、帰り道分かるか?」と質問を変えた。
お嬢ちゃんは素直に「わかりません。」と答えた。
俺はどうするかなと思案していたらお嬢ちゃんの方から「大丈夫です。帰れます。」と言われた。
どうやらお嬢ちゃんは聡いらしい。
俺の困ったという顔に反応しての対応だろう。
俺はこのままお嬢ちゃんに笑顔で嘘を言わせるのがなぜか嫌で席を立ち、どこかへ行こうと出ようとしたお嬢ちゃんの腕を咄嗟に掴んだ。
「お嬢ちゃん、小さいのに嘘は駄目だぞ。帰り方わかんねんだろ。待ってろ。今、店番を交代してくるから。そしたら一緒にお嬢ちゃんの両親を探しにいこうな。」
俺はこれ以上お嬢ちゃんの悲しい顔も見たくない。
このまま、一人で外に出しても迷子には変わらない。
だったらと、俺は屋台の裏へ引っ込み、親父に店番を頼むとお嬢ちゃんを抱き上げ肩に座らせた。
お嬢ちゃんは驚いた顔をしていたが嫌ではないらしい。
特に何も言われないのを良い事に俺はそのままのお嬢ちゃんを肩に乗せお嬢ちゃんの家を探すことにした。
俺の肩に座らせたお嬢ちゃんの足はそこら辺の子供より遥かにきれいな足をしていた。
いいところのお嬢ちゃんだろうか?
そう思いつつもお嬢ちゃんは裸足だった。
靴を何故履いてないのかと俺が聞くと「始めっから履いてません。」という答えが返ってきた。
俺は「悪いことを聞いちまったな。」とすまなそうに言った。
子供は分かっていないようでしきりに首を傾けていた。
俺はお嬢ちゃんを肩に座らせて色々なところを周った。
その度に「知っている所に出たか?」「見知った場所はないか?」と何度も聞いたが「知りません。」や首を横に振られた。
その内、お嬢ちゃんの表情も芳しくなくなり、何か痛みに耐えるような表情をするようになった。
そしてお嬢ちゃんが何かに悩んでる様子も俺には手に取るようにわかったがお嬢ちゃんが何も言わない以上俺も聞くことはなかった。
更にお嬢ちゃんと歩き回っていると前方の方からドタドタドタと言う複数の馬が走る音がした。
俺は急いでお嬢ちゃんの腰を両手で掴み肩から落ちないよう固定すると建物の壁に寄った。
人ごみの端に寄ったため此処ならば誰にも気づかれはしないだろう。
お嬢ちゃんは走る俺の頭に両腕を回し、揺れに耐えていた。
俺の走る波動でお嬢ちゃんの両腕が不安定だったための咄嗟の行動だと思うが、お嬢ちゃんの年齢からすると不似合いな胸が俺の頭に押し付けられていた。
騎士達が居なくっても俺は呆然としてしまい動かなかった。
お嬢ちゃんが心配そうな顔で俺を覗き込んだ。
お嬢ちゃんは俺の肩に座っているためお嬢ちゃんが俺の顔を覗きこむと両者の顔は近過ぎるくらい近くにあった。
俺はお嬢ちゃんの顔を凝視した。
お嬢ちゃんの顔は島国の特徴なのだろうか。ヴィルシュの人々と顔のつくりから違っていた。
卵顔の中に丸い大きな黒目が夜と星を連想させる。
不思議で神秘的。
何時まででも見ていたくなる。
この瞳に囚われたらさぞや幸せだろう。
そしてその両目を彩る黒く長い睫がより、瞳を輝かせていた。
眼の下にある頬は白く柔らかそうでつい手で触れてみたくなる。
そしてその下にあるローズ色の唇もやはり柔らかそうで、手で触れて、啄み、更に濡らして見たくなる。
そこまで考え俺ははっとした。
「………。」
俺は自分の思考に驚いた。
こんな少女に対して俺は今何を思った?
俺は自分自身が信じられず、そのままお嬢ちゃんの顔を凝視したままだったことも忘れていた。
「どうかしましたか?」
お嬢ちゃんの声掛けに我に返り俺は「………いや。なんでもねぇ。」と答えるのが精一杯だった。
自分の思考を断ち切ろうと俺は言葉を切り、お嬢ちゃんの頭を誤魔化すかのようにわしわしと撫でた。
*****
更に1時間経過した。
時刻も深夜を回った。
屋台もちらほら片付けている処も所々あった。
「あっ!」とお嬢ちゃんが声を上げた。
俺が「どうした?」と聞き返すと「ありました!」とお嬢ちゃんが言った。
お嬢ちゃんはすぐに「家が見つかりました!」と嬉しそうに言った。
俺は何故か少々残念な気がしたがお嬢ちゃんの家が見つかったことは嬉しかった。
「おっ!そうか。見つかったか。良かったな。お嬢ちゃん。」
「はい!ありがとうございます!」
「いいってことよ。困った時はお互い様だからよ。それよりもお嬢ちゃん、家はどこだ?近くまで送ってくからよ。」
俺は笑顔でお嬢ちゃんが示した方角へ足を向けた。
「お嬢ちゃん、家はこっちで大丈夫かい?」
「大丈夫です。」
お嬢ちゃんの案内に従い俺達は屋台通りを抜け、噴水がある広場にでた。
俺は広場の周りの住宅のどれかがお嬢ちゃん家なのか。と思ったがお嬢ちゃんは更に先を示したため、広場も通り過ぎた。
広場を通り過ぎ、しばらく歩くと住宅街も抜けて更地に出た。
俺はこっちのほうに民家があったか?と思いつつ、お嬢ちゃんの「まだ、真っ直ぐです」と言う案内で更に歩く。
時間にして5分くらいした後、道の先に一戸建てが目についた。
お嬢ちゃんは「あそこです!あそこ!」と指を指た。
「お!やっと着いたか。」
お嬢ちゃんは「すみません」とぺこりと御辞儀をした。
俺は再びお嬢ちゃんの頭をわしゃわしゃ撫でた。
この子供は気を使い過ぎる気らしい。
俺はお嬢ちゃんの頭を撫で回していた手を止め「ところで家はどこだ?」と聞いた。
お嬢ちゃんは俺の言葉に首を傾げつつ、この更地に一件しか見当たらない一戸建てを指差した。
「あれです。」
俺はお嬢ちゃんが指した家を見て怪訝な顔をした。
俺の前に見える家には見覚えがあった。
家の中に入ったことも何度もあった。
目の前の家は俺の部下で第一騎士ジャイルの家だった。
俺が怪訝に思っていると「家まで送って下さりありがとうございます。」とお嬢ちゃんがお礼をした。
俺は怪訝に思いながらも肩に乗ったお嬢ちゃんの腰を持ち上げ地面に下ろした。
お嬢ちゃんはもう一度「ありがとうございます。」と言い明かりがついていない家の庭へと足を踏み入れた。
お嬢ちゃんは家のドアの前で立ち後ろを振り返った。
俺は「お嬢ちゃん、両親はどうしたんだ?」と聞いてみた。
「両親は私が小さい頃に事故で亡くなりました。」と答えが帰ってきた。
ジャイルの両親も小さい頃亡くなったと聞いた。
ジャイルはその所為か親戚でも顔見知りは少ないとも聞いたことがある。
俺は「…そうか。」とだけ言い、お嬢ちゃんに中に入れと手で合図を送った。
お嬢ちゃんが家の中に入るまで見届けるつもりだ。
今日は第一騎士副隊長のジャイルは仕事で家を空ける。
自分の代わりにだ。
『悪いことしたな』と思うも後悔先に立たずでせめてお嬢ちゃんが家に入るのを見届けてからとお嬢ちゃんが家に入るまでそこに留まった。
お嬢ちゃんは「ありがとうございました。とても助かりました。」と深々と頭を下げた。
俺が見守る中、お嬢ちゃんはドアノブを回していた。
「………。」
そいやあ…。
この家がジャイルの家だった事を俺はすかっり失念していた。
別にこの家に問題があるとかは別にない。
この家は至って普通の家だった。
問題なのは家人の方だった。
お嬢ちゃんはドアの周りを見渡していた。
そして、鉢植えに埋まっていたはずの鍵を取り急いでドアの鍵を開けた。
そして、再び俺の方を見て笑顔でペコリとお辞儀をして家の中に入っていった。
俺もお嬢ちゃんに笑顔で頷いた。
俺はお嬢ちゃんが家の中に入り、ドアを閉めたことを見届けると、もう閉じているだろう屋台へ向かって再び今まで来た道のりを戻った。
ただ少し、来た道のりより早くに屋台へ着く事になった。
なぜか消失感と共に。