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有能国王、王妃の機嫌を取ろうとして毎回暴走する(なお国政は完璧)

作者: モーヒアス
掲載日:2026/05/04

初のラブコメです。

「王妃、わしが悪かった!」


 玉座の間に、国王の声が響き渡る。

 なお、この時点で側近たちはすでに胃を押さえていた。


 ——また始まった。


 誰もがそう思ったが、誰一人として口には出さない。出せるはずがない。


 なにせ、相手はこの国の頂点に立つ王。

 そして——その王をここまで取り乱させているのは、たった一人。


 王妃である。


---


「……理由を聞いてもよろしいですか、陛下」


 冷ややかな声が、玉座の下から静かに響く。


 王妃は立っていた。

 優雅に、凛と、そして——明確に怒っていた。


 その表情は穏やかだ。

 だが、それが逆に恐ろしい。


「もちろんじゃ!もちろん説明するとも!」


 国王は慌てて玉座から立ち上がると、まるで裁きを待つ罪人のように一歩前へ出た。


 宰相が、小さく天井を仰ぐ。


(終わったな)


---


「その……だな……」


 王は言葉を選ぶように口を開く。


「昨日の、ロンメル国王との会談の件なのじゃが……」


 その瞬間、側近たちの空気が変わった。


(ああ、次はなんだ)


(よりにもよって外交案件)


(逃げ場がない)


---


「……続けてください」


 王妃の声は変わらない。

 だが確実に、温度が下がっている。


---


「うむ……その……」


 王は一瞬、視線を逸らした。


---


「ロンメル国王の……妻の、だな……」


---


 沈黙。


---


 宰相が目を閉じた。


 財務大臣も目を閉じた。


 軍務大臣は遠い目をした。


---


(終わった)


---


「……妻の、何でしょうか」


 王妃の声は静かだった。


 静かすぎて、逃げ場がない。


---


「……胸元に、目線の方がだな」


 言い切った。


---


 完全なる沈黙。


---


 時間が止まったかのようだった。


---


(ギルティ)


---


「……そうですか」


 王妃はゆっくりと目を閉じた。


 怒鳴らない。

 責めない。


 ただ、それだけ。


---


 それが、一番怖い。


---


「ち、違うのじゃ!」


 王は慌てて手を振る。


「決してやましい気持ちではない!本当じゃ!」


---


「では、どのような気持ちで見ていたのですか?」


---


 即座に返される。


---


「……揺れておったからじゃ」


---


 沈黙。


---


 そして。


---


「……揺れていた?」


---


「うむ!」


 王は力強く頷いた。


---


「ほら、あれじゃ!狩猟の際、草むらが揺れたら視線が行くであろう!?」


---


 誰も頷かなかった。


---


「それと同じじゃ!」


---


 なおさら駄目だった。


---


(何を言っているんだこの人は)


(終わったどころじゃない)


(埋めろ)


---


「つまり——」


 王妃が一歩、前へ出る。


---


「本能で見ていた、と」


---


「そうじゃ!」


---


 即答だった。


---


 宰相が頭を抱えた。


---


(なぜ認める)


---


「……」


 王妃はしばらく沈黙した。


---


 そして。


---


「陛下」


---


「はいっ!」


---


「それを——」


---


 一拍。


---


「私の前で、堂々と言いますか」


---


「……」


---


 詰んだ。


---


「ち、違うのじゃ!」


 王は慌てて周囲を見渡す。


---


「なあ!そなたらも男なら分かるであろう!?」


---


 指さされたのは——宰相。


---


「揺れたら見るじゃろう!?」


---


「巻き込まないでください陛下」


---


 即答だった。


---


「財務大臣!」


「存じ上げません」


---


「軍務大臣!」


「敵影以外は何も見ません」「嘘つけ!」


---


 完璧な裏切りだった。


---


(助けろよ!!)


 王の目がそう訴えている。


---


(無理です陛下!!)


 全員が心の中で叫んでいた。


---


「……なるほど」


 王妃が、静かに頷く。


---


「つまり陛下は」


---


「はい!」


---


「他国の王の妻を、“獲物”と同列に見ていたと」


---


「違う違う違う違う!!」


---


 全力否定だった。


---


「そういう意味ではない!本能的な反応というかだな!」


---


「本能で見るのですね」


---


「いやだから違う!」


---


 完全に泥沼だった。


---


「……陛下」


 王妃が静かに呼ぶ。


---


「はい……」


 さすがの王も、少し弱気になる。


---


「私は——」


---


 一拍。


---


「不快です」


---


 短く、そして的確な断罪。


---


 王の顔から血の気が引いた。


---


「ま、待て! 本当に悪気はないのじゃ!」


「結果は同じです」


---


 論破だった。


---


 完全に。


---


「反省しております!」


 王は勢いよく頭を下げた。


---


「だからこそ、すでに対策を——!」


---


「結構です」


---


「よくない!」


 即答だった。


---


 王は顔を上げる。


 その目には、妙な決意が宿っていた。


---


(来るぞ)


(やめろ)


(やめてくれ)


---


 側近たちが一斉に身構える。


---


「今回の件、深く反省した結果——」


---


 王は大きく息を吸い。


---


「よし、ロンメルと戦争だ」


---


 一瞬、誰も理解できなかった。


---


「……は?」


 宰相が固まる。


---


「ロンメルを滅ぼせば、その妻の顔も見なくて済む!」


---


「違う違う違ーーーう!!!」


---


 玉座の間に絶叫が響いた。


---


「なぜそうなるのですか!!」


「根本的解決じゃろうが!」


「なってません!!」


「この世から消してしまえば問題ない!」


「外交問題が爆発します!!」


---


 地獄だった。


---


「軍を動かせ!」


「動かしません!!」


「準備を!」


「させません!!」


---


 必死の抵抗。


---


「……陛下」


 王妃の声が、静かに響く。


---


 全員が止まる。


---


「はいっ!」


---


「私は——」


---


 一瞬の間。


---


「そんなことを望んでいるわけではありません」


---


 その言葉に。


 王は、ぴたりと止まった。


---


「……違う、のか」


 ぽつりと呟く。


---


 その顔は、どこか困惑していて。


 少しだけ——傷ついているようにも見えた。


---


(まずい)


 側近たちは直感する。


---


 この流れは。


 さらに厄介な方向へ行く。


---


 この王は。


 **本気で間違えたと理解した時が、一番危ない。**


---


(次、何をやる……)


(読めない……)


(いや、全部やる)


---


 張り詰めた空気の中。


 王は、ゆっくりと顔を上げた。


---


「……ならば」


---


 全員の神経が集中する。


---


「何をすればよいのだ」


---


 真剣だった。


---


 王としてではなく。


 ただの夫として。


---


 どうすれば、妻の機嫌が戻るのか——


 本気で分からない男の顔だった。


---


 王妃は、その姿をしばらく見つめていた。


---


 そして。


---


「……そうですね」


---


 静かに口を開く。


---


(頼む、軽いやつであってくれ)


 側近たちは祈る。


---


「では——」


---


 王妃の唇が、わずかに動いた。


---


 その一言が。


 この国の運命を、またしても揺るがすことになるとは——


 この時、まだ誰も知らなかった。


---


「陛下には本日、“見られる側”になっていただきます」


---


「……うむ?」


 王が首を傾げる。


---


 側近たちは固まった。


---


(来た)


(絶対ヤバいやつ)


(逃げ場がない)


---


「具体的には」


---


 王妃は静かに告げる。


---


「こちらをご着用ください」


---


 差し出されたのは——ドレス。


---


「……」


---


 沈黙。


---


「……これは何じゃ」


---


「ドレスです」


---


「それは分かる」


---


「着てください」


---


 即答だった。


---


(終わった)


---


「待て」


 王が手を上げる。


---


「なぜわしがこれを着る」


---


「“本能で見る”とおっしゃっていましたので」


---


「……」


---


「同じ条件で体験していただきます」


---


 逃げ場ゼロだった。


---


「……着ればいいのじゃな?」


---


 王、観念。


---


(早い)


---


 * * *


---


 数刻後。


---


 そこにいたのは——


---


 “妙に完成度の高い貴婦人”だった。


---


(なんで似合うんだよ)


(無駄に堂々としてる)


---


「では参りましょう」


---


「どこへじゃ?」


---


 一拍。


---


「本日の外交晩餐会です」


---


 全員、凍った。


---


(終わった)


---


「隣国の使節団も出席します」


---


 追撃。


---


(狙い撃ち)


---


「……なるほど」


---


 王の目が細くなる。


---


(ダメだ)


(変な理解してる)


---


 会場。


---


 音楽と談笑。


 華やかな空気。


---


 そして——


---


 王(女装)が入った瞬間。


---


 視線が集まった。


---


「……誰だ?」


「見ない顔だな」


---


 男たちの視線。


---


 値踏み。


 観察。


 興味。


---


 露骨ではない。


 だが確実に——


---


 “見ている”。


---


「……」


---


 王の足が、わずかに止まる。


---


(あ)


---


 王妃は気づいた。


---


「どうされました?」


---


「……いや」


---


 王は小さく息を吐く。


---


「なるほどな」


---


 一拍。


---


「落ち着かぬ」


---


 低い声だった。


---


 初めての感覚。


---


 理由もなく。


 ただ見られる。


---


 評価される。


---


 勝手に。


---


 そして。


---


 一人の男が近づく。


---


「失礼」


---


 軽い笑み。


---


 だがその視線は——


---


 真っ直ぐ、胸元へ。


---


「……」


---


 王、硬直。


---


(来た)


---


「良い装いだ」


---


 言葉は穏やか。


---


 だが視線は動かない。


---


「……」


---


 王のこめかみに、青筋が浮かぶ。


---


(効いてる)


---


「どうされました?」


 王妃が静かに問う。


---


「……いや」


---


 王は、ゆっくりと答える。


---


「……不愉快じゃな」


 王が低く呟いた、その直後だった。


---


 別の男の視線。


---


 また、胸元。


---


 さらに、もう一人。


---


 露骨ではない。

 だが、確実に——見ている。


---


「……」


---


 王のこめかみに、青筋が浮かぶ。


---


(やばい)


(完全にスイッチ入った)


---


「陛下?」


 王妃が静かに呼ぶ。


---


「……よし」


---


 低い声。


---


(ダメだ)


---


「男どもの目玉をくり抜こう」


---


「違う違う違ーーーう!!!」


---


 即座に宰相が飛び込んだ。


---


「なぜそうなるのですか!!」


---


「原因を排除するだけじゃ!」


---


「極端すぎます!!」


---


「視線の元を断てば問題ない!」


---


「国際問題どころでは済みません!!」


---


 大混乱。


---


「ではどうする!」


 王が苛立ちを隠さず言う。


---


「見られるのが不快なのじゃぞ!」


---


「それはそうですが!」


---


「ならば——」


---


 一拍。


---


「瞼を縫えばよい」


---


「それも違う!!」


---


 即否定だった。


---


「開けぬようにしてしまえば、何も見れまい!」


---


「発想が怖いです!!」


---


「合理的じゃろうが!」


---


「倫理が壊滅しています!!」


---


 財務大臣も割り込む。


---


「陛下!なぜその発想になるのですか!」


---


「簡単な話じゃ!」


---


 王は指を立てる。


---


「見なければよいのなら、見れなくすればよい!」


---


「そういう問題ではありません!!」


---


 軍務大臣が頭を抱える。


---


「敵より危険ですこの人……」


---


「ではどうするのだ!」


 王が吠える。


---


「この不快感をどう処理する!」


---


 そのとき。


---


「陛下」


---


 王妃の声が、静かに響いた。


---


 全員が止まる。


---


「はいっ!」


---


 王が即座に姿勢を正す。


---


「“排除”ではありません」


---


 ゆっくりとした口調。


---


「“理解”です」


---


「……理解?」


---


 王が眉をひそめる。


---


「はい」


---


 一歩、近づく。


---


「今、何を感じましたか?」


---


「……不快じゃ」


---


「なぜですか?」


---


「……」


---


 王は、少しだけ考える。


---


「理由もなく、見られる」


---


「うむ」


---


「評価される」


---


「うむ」


---


「……勝手に」


---


 そこで、言葉が止まった。


---


「……」


---


 沈黙。


---


 王の表情が、わずかに変わる。


---


(あ)


---


 側近たちは察した。


---


(今、繋がった)


---


「……なるほどな」


---


 低く、呟く。


---


「わしは——」


---


 一拍。


---


「同じことをしておったか」


---


 その言葉に。


---


 王妃は、静かに頷いた。


---


「はい」


---


 短く。


---


 だが、十分だった。


---


「……」


---


 王はしばらく黙っていた。


---


 そして。


---


「……よし」


---


(え)


---


(また何か来る)


---


「では全男性に視線教育を義務化する」


---


「違う違う違ーーーう!!!」


---


 再び絶叫が響いた。


---


「なんで制度化するんですか!!」


---


「再発防止じゃ!」


---


「スケールがでかすぎます!!」


---


「国家的問題じゃろうが!」


---


「まずご自身からです!!」


---


 完全に振り出しに戻った。


---


 王妃は、ため息を一つついた。


---


(まだ足りないか)


---


 そう判断する。


---


「……では、次に参りましょう」


---


 静かに告げる。


---


(まだあるの!?)


---


 側近たちの顔が引きつる。


---


「陛下には、もう一段階“理解”していただきます」


---


「うむ」


---


 王は真剣な顔で頷いた。


---


(やめろー!)


(次はもっとヤバい)


---


 そして。


---


 王妃の次の一手が——


---


 さらなる混乱を招くことになる。


---


「……では、最後です」


 王妃の一言で、空気が張り詰める。


---


「陛下には、“嫉妬”をもう少し理解していただきます」


---


「……うむ」


---


 王は真剣な顔で頷いた。


---


(まだやるのか)


(ここからが本番だな)


---


「そこの騎士」


---


 呼ばれたのは、先ほどと同じ近衛騎士。


---


「は、はい!」


---


「少し前へ」


---


 騎士が進み出る。


---


「そのまま立っていてください」


---


「……?」


---


 王妃は、侍女に視線を送る。


---


 次の瞬間。


---


 騎士の腰回りに、さりげなく布が整えられ——


 その下に“何か”が仕込まれた。


---


(あ)


(やめろ)


(それはやばい)


---


 見た目は整っている。


 だが——


---


 “妙に目立つ”。


---


 不自然に。


---


「……」


---


 王の視線が、止まる。


---


(気づいた)


---


 王妃は、そのまま何事もないように騎士に話しかけた。


---


「本日は、ご苦労様です」


---


「は、はい!」


---


 会話は普通。


---


 だが。


---


 王妃の視線が——


---


 時折、下へ落ちる。


---


 ほんの一瞬。


---


 だが確実に。


---


「……」


---


 王の眉が、ぴくりと動く。


---


(効いてる)


---


「訓練の調子はいかがですか?」


---


「問題ありません!」


---


 騎士、必死。


---


 だが。


---


 また、視線が落ちる。


---


 一瞬だけ。


---


「……」


---


 王の拳が、ゆっくりと握られる。


---


(やばい)


---


 三度目。


---


 ちらり。


---


「……おい」


---


 低い声。


---


 空気が凍る。


---


「誰か」


---


 一歩、前へ出る。


---


「わしの剣を持って来い」


---


「陛下落ち着いてください!!」


---


 宰相が全力で止めに入る。


---


「何をするおつもりですか!!」


---


「決まっておる」


---


 一拍。


---


「原因を断つ」


---


「違います!!」


---


 即ツッコミ。


---


「男は全員去勢じゃ」


---


「違う違う違ーーーう!!!」


---


 玉座の間(※仮会場)に絶叫が響いた。


---


「なぜそうなるのですか!!」


---


「視線の問題じゃろうが!」


---


「だからといって極端すぎます!!」


---


「根本解決じゃ!」


---


「国家が終わります!!」


---


 大混乱。


---


「ではどうする!」


 王が吠える。


---


「今のは何だ!」


---


「ただ会話していただけです」


 王妃が淡々と答える。


---


「違う!」


---


 即否定。


---


「明らかに見ておった!」


---


「はい」


---


 あっさり肯定。


---


「なぜだ!」


---


「気になったからです」


---


 シンプルすぎる答え。


---


「……」


---


 王が言葉を失う。


---


「特に意味はありません」


---


 一拍。


---


「ただ、視界に入ったので」


---


 その一言が——


---


 刺さる。


---


「……」


---


 王の表情が、ゆっくり変わる。


---


「……なるほどな」


---


 低く呟く。


---


「理由など、なかったのか」


---


「はい」


---


「……」


---


 沈黙。


---


「ただ“見ただけ”でも」


---


 王妃が続ける。


---


「受け取る側には、意味が生まれます」


---


「……」


---


「それが、不快や不安になることもあります」


---


 静かに。


---


 だが、確実に。


---


 核心を突く。


---


「……わしは」


---


 一拍。


---


「それを、お前にしておったのか」


---


「はい」


---


 短い肯定。


---


「……」


---


 王は、しばらく動かなかった。


---


 そして。


---


「……すまん」


---


 今度は、はっきりと謝った。


---


 先ほどよりも、ずっと深く。


---


(おお……)


(これは効いた)


(今度こそ終わるか?)


---


 ——その瞬間。


---


「……よし」


---


(え)


---


(まだあるの?)


---


「では」


---


 一拍。


---


「国内の服装規定を見直す」


---


「違う違う違ーーーう!!!」


---


 再び絶叫。


---


「だから制度にするなと言っているでしょう!!」


---


「再発防止じゃ!」


---


「まずご自身です!!」


---


 完全にループだった。


---


 王妃は、静かに目を閉じた。


---


(……ここまでか)


---


 そう判断する。


---


「……陛下」


---


 最後に、静かに呼ぶ。


---


「はい」


---


「私は」


---


 一拍。


---


「あなたに見てほしいのです」


---


 空気が、止まる。


---


「……」


---


「他ではなく」


---


「……」


---


「私を」


---


 それは——


---


 今までで一番、単純で。


---


 一番、重い言葉だった。


---


 王は、ゆっくりと顔を上げる。


---


 そして。


---


「……ああ」


---


 短く、頷いた。


---


 その目は——


---


 もう、迷っていなかった。


---


「……ああ」


 王は、短く頷いた。


---


 その目には、迷いがなかった。


---


 先ほどまでの苛立ちも、混乱もない。


---


 ただ、まっすぐに——王妃を見ている。


---


「……すまなかった」


---


 静かな声だった。


---


 だが、今までで一番“届く”声だった。


---


「わしは……軽く見ておった」


---


 一拍。


---


「自分の行動を」


---


 言葉を選ぶように続ける。


---


「本能だの何だのと、言い訳をしてな」


---


 自嘲するように、わずかに笑う。


---


「だが、違った」


---


 ゆっくりと、首を振る。


---


「相手がどう受け取るかを、考えておらんかった」


---


 王妃は、何も言わずに聞いていた。


---


「……不快にさせた」


---


「不安にもさせたのだろう」


---


「……」


---


 その言葉に。


---


 王妃の瞳が、ほんの少しだけ揺れた。


---


「……ああ」


---


 王は、小さく息を吐く。


---


「それが“嫉妬”なのだな」


---


「はい」


---


 静かな肯定。


---


「そして」


---


 王は一歩、近づく。


---


「それを感じさせたのは、わしじゃ」


---


 逃げない。


---


 言い切った。


---


「……」


---


 王妃は、しばらく黙っていた。


---


 そして。


---


「……はい」


---


 小さく、頷いた。


---


 それだけで、十分だった。


---


「……ならば」


---


 王は、さらに一歩踏み出す。


---


 距離が縮まる。


---


「どうすればよい」


---


 王としてではなく。


---


 ただの夫として。


---


「……」


---


 王妃は、その顔を見つめた。


---


 しばらく。


---


 本当に、しばらく。


---


 そして。


---


「……簡単です」


---


 静かに、口を開く。


---


「他を見ないことです」


---


「……うむ」


---


「そして——」


---


 一拍。


---


「私を見てください」


---


 まっすぐな言葉だった。


---


 飾りも、駆け引きもない。


---


 ただ、それだけ。


---


「……ああ」


---


 王は、頷く。


---


 迷いなく。


---


「それならば、できる」


---


 即答だった。


---


(早いな)


(迷いないな)


(シンプルすぎる)


---


 だが、その目は本気だった。


---


「ならば——」


---


 王は、深く息を吸う。


---


 そして。


---


「これより」


---


 一拍。


---


「わしはお前だけを見る」


---


 宣言した。


---


 堂々と。


---


 玉座の間で。


---


「……」


---


 王妃が、わずかに目を見開く。


---


 そして。


---


「……そうですか」


---


 ほんの少しだけ。


---


 ほんの少しだけ、笑った。


---


 それは。


---


 今までで一番、柔らかい表情だった。


---


(あ)


(これ、もう終わりでいいやつだ)


(綺麗にまとまった)


---


 側近たちが安堵しかけた、そのとき。


---


「よし」


---


(あ)


---


(来た)


---


(終わらない)


---


「では」


---


 一拍。


---


「国内の女性は全員、男装なおかつ丸坊主じゃ!」


---


「違う違う違ーーーう!!!」


---


 玉座の間に、再び絶叫が響いた。


---


「なんでそうなるのですか!!」


---


「他を見なければよいのじゃろう!男装して丸坊主だったら安心なんじゃもん」


---


「じゃもん、じゃないですよ!極端すぎます!!」


---


「心配せんでも補助金は出す」


---


「国が終わります!!」


---


 財務大臣、全力ツッコミ。


---


「ではどうする!」


---


 王が真剣に問う。


---


「約束は守らねばならぬ!」


---


「普通に意識でやってください!!」


---


「できる気がせん!」


---


「さっきできるって言いましたよね!?」


---


 混乱再び。


---


 だが。


---


「……陛下」


---


 王妃が、静かに呼ぶ。


---


「はい」


---


「そこまでしなくて結構です」


---


「……そうか?」


---


「はい」


---


 一歩、近づく。


---


 そして。


---


 王の腕を、そっと掴む。


---


「こうしていれば」


---


 一拍。


---


「十分です」


---


 軽く、寄り添う。


---


「……」


---


 王が、固まる。


---


 数秒後。


---


「……なるほど」


---


 深く頷いた。


---


「これならば、他は見えぬな」


---


(物理的に解決した)


---


(でも正しい)


---


(結果オーライか?)


---


「では今後は常にこの状態で——」


---


「それも違います」


---


 即否定。


---


「む……」


---


「ですが」


---


 一拍。


---


「たまには、悪くありませんね」


---


 王妃が、小さく笑う。


---


「……そうか」


---


 王も、わずかに笑った。


---


 ほんの少しだけ。


---


 柔らかく。


---


「……ならば」


---


 一拍。


---


「もし守れなければわしのすべてをお前にやろう」


---


「急ですね」


---


「だが」


---


 王は、堂々と言い切る。


---


「すべての中にわしも入っているからよろしく頼む」


---


 側近たちが、一斉に天を仰いだ。


---


(結局それか)


---


「国はどうするのですか!!」


---


「任せる!」


---


「誰にですか!!」


---


「お前たちじゃ!」


---


「無茶振りです!!」


---


 最後まで、ブレなかった。


---


 だが。


---


「……ふふ」


---


 王妃が、笑った。


---


 本当に楽しそうに。


---


「では、考えておきます」


---


「うむ!」


---


 満足げに頷く王。


---


 その様子を見て。


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 側近たちは思った。


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(この国、終わりそうで終わらないな)


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(むしろうまく回ってるのが不思議だ)


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(王妃がいる限り大丈夫か)


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 そう。


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 この国は。


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 有能すぎる王と。


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 それを完璧に操る王妃によって。


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 今日も、奇跡的な均衡を保っている。


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 そして——


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 その裏で。


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「……陛下」


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「なんじゃ」


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「次に他を見たら——」


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 一拍。


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「どうなるか、分かりますね?」


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「……気をつける」


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 即答だった。


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 それが。


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 この国で最も強い“抑止力”であることは——


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 言うまでもなかった。


---


(完)



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