有能国王、王妃の機嫌を取ろうとして毎回暴走する(なお国政は完璧)
初のラブコメです。
「王妃、わしが悪かった!」
玉座の間に、国王の声が響き渡る。
なお、この時点で側近たちはすでに胃を押さえていた。
——また始まった。
誰もがそう思ったが、誰一人として口には出さない。出せるはずがない。
なにせ、相手はこの国の頂点に立つ王。
そして——その王をここまで取り乱させているのは、たった一人。
王妃である。
---
「……理由を聞いてもよろしいですか、陛下」
冷ややかな声が、玉座の下から静かに響く。
王妃は立っていた。
優雅に、凛と、そして——明確に怒っていた。
その表情は穏やかだ。
だが、それが逆に恐ろしい。
「もちろんじゃ!もちろん説明するとも!」
国王は慌てて玉座から立ち上がると、まるで裁きを待つ罪人のように一歩前へ出た。
宰相が、小さく天井を仰ぐ。
(終わったな)
---
「その……だな……」
王は言葉を選ぶように口を開く。
「昨日の、ロンメル国王との会談の件なのじゃが……」
その瞬間、側近たちの空気が変わった。
(ああ、次はなんだ)
(よりにもよって外交案件)
(逃げ場がない)
---
「……続けてください」
王妃の声は変わらない。
だが確実に、温度が下がっている。
---
「うむ……その……」
王は一瞬、視線を逸らした。
---
「ロンメル国王の……妻の、だな……」
---
沈黙。
---
宰相が目を閉じた。
財務大臣も目を閉じた。
軍務大臣は遠い目をした。
---
(終わった)
---
「……妻の、何でしょうか」
王妃の声は静かだった。
静かすぎて、逃げ場がない。
---
「……胸元に、目線の方がだな」
言い切った。
---
完全なる沈黙。
---
時間が止まったかのようだった。
---
(ギルティ)
---
「……そうですか」
王妃はゆっくりと目を閉じた。
怒鳴らない。
責めない。
ただ、それだけ。
---
それが、一番怖い。
---
「ち、違うのじゃ!」
王は慌てて手を振る。
「決してやましい気持ちではない!本当じゃ!」
---
「では、どのような気持ちで見ていたのですか?」
---
即座に返される。
---
「……揺れておったからじゃ」
---
沈黙。
---
そして。
---
「……揺れていた?」
---
「うむ!」
王は力強く頷いた。
---
「ほら、あれじゃ!狩猟の際、草むらが揺れたら視線が行くであろう!?」
---
誰も頷かなかった。
---
「それと同じじゃ!」
---
なおさら駄目だった。
---
(何を言っているんだこの人は)
(終わったどころじゃない)
(埋めろ)
---
「つまり——」
王妃が一歩、前へ出る。
---
「本能で見ていた、と」
---
「そうじゃ!」
---
即答だった。
---
宰相が頭を抱えた。
---
(なぜ認める)
---
「……」
王妃はしばらく沈黙した。
---
そして。
---
「陛下」
---
「はいっ!」
---
「それを——」
---
一拍。
---
「私の前で、堂々と言いますか」
---
「……」
---
詰んだ。
---
「ち、違うのじゃ!」
王は慌てて周囲を見渡す。
---
「なあ!そなたらも男なら分かるであろう!?」
---
指さされたのは——宰相。
---
「揺れたら見るじゃろう!?」
---
「巻き込まないでください陛下」
---
即答だった。
---
「財務大臣!」
「存じ上げません」
---
「軍務大臣!」
「敵影以外は何も見ません」「嘘つけ!」
---
完璧な裏切りだった。
---
(助けろよ!!)
王の目がそう訴えている。
---
(無理です陛下!!)
全員が心の中で叫んでいた。
---
「……なるほど」
王妃が、静かに頷く。
---
「つまり陛下は」
---
「はい!」
---
「他国の王の妻を、“獲物”と同列に見ていたと」
---
「違う違う違う違う!!」
---
全力否定だった。
---
「そういう意味ではない!本能的な反応というかだな!」
---
「本能で見るのですね」
---
「いやだから違う!」
---
完全に泥沼だった。
---
「……陛下」
王妃が静かに呼ぶ。
---
「はい……」
さすがの王も、少し弱気になる。
---
「私は——」
---
一拍。
---
「不快です」
---
短く、そして的確な断罪。
---
王の顔から血の気が引いた。
---
「ま、待て! 本当に悪気はないのじゃ!」
「結果は同じです」
---
論破だった。
---
完全に。
---
「反省しております!」
王は勢いよく頭を下げた。
---
「だからこそ、すでに対策を——!」
---
「結構です」
---
「よくない!」
即答だった。
---
王は顔を上げる。
その目には、妙な決意が宿っていた。
---
(来るぞ)
(やめろ)
(やめてくれ)
---
側近たちが一斉に身構える。
---
「今回の件、深く反省した結果——」
---
王は大きく息を吸い。
---
「よし、ロンメルと戦争だ」
---
一瞬、誰も理解できなかった。
---
「……は?」
宰相が固まる。
---
「ロンメルを滅ぼせば、その妻の顔も見なくて済む!」
---
「違う違う違ーーーう!!!」
---
玉座の間に絶叫が響いた。
---
「なぜそうなるのですか!!」
「根本的解決じゃろうが!」
「なってません!!」
「この世から消してしまえば問題ない!」
「外交問題が爆発します!!」
---
地獄だった。
---
「軍を動かせ!」
「動かしません!!」
「準備を!」
「させません!!」
---
必死の抵抗。
---
「……陛下」
王妃の声が、静かに響く。
---
全員が止まる。
---
「はいっ!」
---
「私は——」
---
一瞬の間。
---
「そんなことを望んでいるわけではありません」
---
その言葉に。
王は、ぴたりと止まった。
---
「……違う、のか」
ぽつりと呟く。
---
その顔は、どこか困惑していて。
少しだけ——傷ついているようにも見えた。
---
(まずい)
側近たちは直感する。
---
この流れは。
さらに厄介な方向へ行く。
---
この王は。
**本気で間違えたと理解した時が、一番危ない。**
---
(次、何をやる……)
(読めない……)
(いや、全部やる)
---
張り詰めた空気の中。
王は、ゆっくりと顔を上げた。
---
「……ならば」
---
全員の神経が集中する。
---
「何をすればよいのだ」
---
真剣だった。
---
王としてではなく。
ただの夫として。
---
どうすれば、妻の機嫌が戻るのか——
本気で分からない男の顔だった。
---
王妃は、その姿をしばらく見つめていた。
---
そして。
---
「……そうですね」
---
静かに口を開く。
---
(頼む、軽いやつであってくれ)
側近たちは祈る。
---
「では——」
---
王妃の唇が、わずかに動いた。
---
その一言が。
この国の運命を、またしても揺るがすことになるとは——
この時、まだ誰も知らなかった。
---
「陛下には本日、“見られる側”になっていただきます」
---
「……うむ?」
王が首を傾げる。
---
側近たちは固まった。
---
(来た)
(絶対ヤバいやつ)
(逃げ場がない)
---
「具体的には」
---
王妃は静かに告げる。
---
「こちらをご着用ください」
---
差し出されたのは——ドレス。
---
「……」
---
沈黙。
---
「……これは何じゃ」
---
「ドレスです」
---
「それは分かる」
---
「着てください」
---
即答だった。
---
(終わった)
---
「待て」
王が手を上げる。
---
「なぜわしがこれを着る」
---
「“本能で見る”とおっしゃっていましたので」
---
「……」
---
「同じ条件で体験していただきます」
---
逃げ場ゼロだった。
---
「……着ればいいのじゃな?」
---
王、観念。
---
(早い)
---
* * *
---
数刻後。
---
そこにいたのは——
---
“妙に完成度の高い貴婦人”だった。
---
(なんで似合うんだよ)
(無駄に堂々としてる)
---
「では参りましょう」
---
「どこへじゃ?」
---
一拍。
---
「本日の外交晩餐会です」
---
全員、凍った。
---
(終わった)
---
「隣国の使節団も出席します」
---
追撃。
---
(狙い撃ち)
---
「……なるほど」
---
王の目が細くなる。
---
(ダメだ)
(変な理解してる)
---
会場。
---
音楽と談笑。
華やかな空気。
---
そして——
---
王(女装)が入った瞬間。
---
視線が集まった。
---
「……誰だ?」
「見ない顔だな」
---
男たちの視線。
---
値踏み。
観察。
興味。
---
露骨ではない。
だが確実に——
---
“見ている”。
---
「……」
---
王の足が、わずかに止まる。
---
(あ)
---
王妃は気づいた。
---
「どうされました?」
---
「……いや」
---
王は小さく息を吐く。
---
「なるほどな」
---
一拍。
---
「落ち着かぬ」
---
低い声だった。
---
初めての感覚。
---
理由もなく。
ただ見られる。
---
評価される。
---
勝手に。
---
そして。
---
一人の男が近づく。
---
「失礼」
---
軽い笑み。
---
だがその視線は——
---
真っ直ぐ、胸元へ。
---
「……」
---
王、硬直。
---
(来た)
---
「良い装いだ」
---
言葉は穏やか。
---
だが視線は動かない。
---
「……」
---
王のこめかみに、青筋が浮かぶ。
---
(効いてる)
---
「どうされました?」
王妃が静かに問う。
---
「……いや」
---
王は、ゆっくりと答える。
---
「……不愉快じゃな」
王が低く呟いた、その直後だった。
---
別の男の視線。
---
また、胸元。
---
さらに、もう一人。
---
露骨ではない。
だが、確実に——見ている。
---
「……」
---
王のこめかみに、青筋が浮かぶ。
---
(やばい)
(完全にスイッチ入った)
---
「陛下?」
王妃が静かに呼ぶ。
---
「……よし」
---
低い声。
---
(ダメだ)
---
「男どもの目玉をくり抜こう」
---
「違う違う違ーーーう!!!」
---
即座に宰相が飛び込んだ。
---
「なぜそうなるのですか!!」
---
「原因を排除するだけじゃ!」
---
「極端すぎます!!」
---
「視線の元を断てば問題ない!」
---
「国際問題どころでは済みません!!」
---
大混乱。
---
「ではどうする!」
王が苛立ちを隠さず言う。
---
「見られるのが不快なのじゃぞ!」
---
「それはそうですが!」
---
「ならば——」
---
一拍。
---
「瞼を縫えばよい」
---
「それも違う!!」
---
即否定だった。
---
「開けぬようにしてしまえば、何も見れまい!」
---
「発想が怖いです!!」
---
「合理的じゃろうが!」
---
「倫理が壊滅しています!!」
---
財務大臣も割り込む。
---
「陛下!なぜその発想になるのですか!」
---
「簡単な話じゃ!」
---
王は指を立てる。
---
「見なければよいのなら、見れなくすればよい!」
---
「そういう問題ではありません!!」
---
軍務大臣が頭を抱える。
---
「敵より危険ですこの人……」
---
「ではどうするのだ!」
王が吠える。
---
「この不快感をどう処理する!」
---
そのとき。
---
「陛下」
---
王妃の声が、静かに響いた。
---
全員が止まる。
---
「はいっ!」
---
王が即座に姿勢を正す。
---
「“排除”ではありません」
---
ゆっくりとした口調。
---
「“理解”です」
---
「……理解?」
---
王が眉をひそめる。
---
「はい」
---
一歩、近づく。
---
「今、何を感じましたか?」
---
「……不快じゃ」
---
「なぜですか?」
---
「……」
---
王は、少しだけ考える。
---
「理由もなく、見られる」
---
「うむ」
---
「評価される」
---
「うむ」
---
「……勝手に」
---
そこで、言葉が止まった。
---
「……」
---
沈黙。
---
王の表情が、わずかに変わる。
---
(あ)
---
側近たちは察した。
---
(今、繋がった)
---
「……なるほどな」
---
低く、呟く。
---
「わしは——」
---
一拍。
---
「同じことをしておったか」
---
その言葉に。
---
王妃は、静かに頷いた。
---
「はい」
---
短く。
---
だが、十分だった。
---
「……」
---
王はしばらく黙っていた。
---
そして。
---
「……よし」
---
(え)
---
(また何か来る)
---
「では全男性に視線教育を義務化する」
---
「違う違う違ーーーう!!!」
---
再び絶叫が響いた。
---
「なんで制度化するんですか!!」
---
「再発防止じゃ!」
---
「スケールがでかすぎます!!」
---
「国家的問題じゃろうが!」
---
「まずご自身からです!!」
---
完全に振り出しに戻った。
---
王妃は、ため息を一つついた。
---
(まだ足りないか)
---
そう判断する。
---
「……では、次に参りましょう」
---
静かに告げる。
---
(まだあるの!?)
---
側近たちの顔が引きつる。
---
「陛下には、もう一段階“理解”していただきます」
---
「うむ」
---
王は真剣な顔で頷いた。
---
(やめろー!)
(次はもっとヤバい)
---
そして。
---
王妃の次の一手が——
---
さらなる混乱を招くことになる。
---
「……では、最後です」
王妃の一言で、空気が張り詰める。
---
「陛下には、“嫉妬”をもう少し理解していただきます」
---
「……うむ」
---
王は真剣な顔で頷いた。
---
(まだやるのか)
(ここからが本番だな)
---
「そこの騎士」
---
呼ばれたのは、先ほどと同じ近衛騎士。
---
「は、はい!」
---
「少し前へ」
---
騎士が進み出る。
---
「そのまま立っていてください」
---
「……?」
---
王妃は、侍女に視線を送る。
---
次の瞬間。
---
騎士の腰回りに、さりげなく布が整えられ——
その下に“何か”が仕込まれた。
---
(あ)
(やめろ)
(それはやばい)
---
見た目は整っている。
だが——
---
“妙に目立つ”。
---
不自然に。
---
「……」
---
王の視線が、止まる。
---
(気づいた)
---
王妃は、そのまま何事もないように騎士に話しかけた。
---
「本日は、ご苦労様です」
---
「は、はい!」
---
会話は普通。
---
だが。
---
王妃の視線が——
---
時折、下へ落ちる。
---
ほんの一瞬。
---
だが確実に。
---
「……」
---
王の眉が、ぴくりと動く。
---
(効いてる)
---
「訓練の調子はいかがですか?」
---
「問題ありません!」
---
騎士、必死。
---
だが。
---
また、視線が落ちる。
---
一瞬だけ。
---
「……」
---
王の拳が、ゆっくりと握られる。
---
(やばい)
---
三度目。
---
ちらり。
---
「……おい」
---
低い声。
---
空気が凍る。
---
「誰か」
---
一歩、前へ出る。
---
「わしの剣を持って来い」
---
「陛下落ち着いてください!!」
---
宰相が全力で止めに入る。
---
「何をするおつもりですか!!」
---
「決まっておる」
---
一拍。
---
「原因を断つ」
---
「違います!!」
---
即ツッコミ。
---
「男は全員去勢じゃ」
---
「違う違う違ーーーう!!!」
---
玉座の間(※仮会場)に絶叫が響いた。
---
「なぜそうなるのですか!!」
---
「視線の問題じゃろうが!」
---
「だからといって極端すぎます!!」
---
「根本解決じゃ!」
---
「国家が終わります!!」
---
大混乱。
---
「ではどうする!」
王が吠える。
---
「今のは何だ!」
---
「ただ会話していただけです」
王妃が淡々と答える。
---
「違う!」
---
即否定。
---
「明らかに見ておった!」
---
「はい」
---
あっさり肯定。
---
「なぜだ!」
---
「気になったからです」
---
シンプルすぎる答え。
---
「……」
---
王が言葉を失う。
---
「特に意味はありません」
---
一拍。
---
「ただ、視界に入ったので」
---
その一言が——
---
刺さる。
---
「……」
---
王の表情が、ゆっくり変わる。
---
「……なるほどな」
---
低く呟く。
---
「理由など、なかったのか」
---
「はい」
---
「……」
---
沈黙。
---
「ただ“見ただけ”でも」
---
王妃が続ける。
---
「受け取る側には、意味が生まれます」
---
「……」
---
「それが、不快や不安になることもあります」
---
静かに。
---
だが、確実に。
---
核心を突く。
---
「……わしは」
---
一拍。
---
「それを、お前にしておったのか」
---
「はい」
---
短い肯定。
---
「……」
---
王は、しばらく動かなかった。
---
そして。
---
「……すまん」
---
今度は、はっきりと謝った。
---
先ほどよりも、ずっと深く。
---
(おお……)
(これは効いた)
(今度こそ終わるか?)
---
——その瞬間。
---
「……よし」
---
(え)
---
(まだあるの?)
---
「では」
---
一拍。
---
「国内の服装規定を見直す」
---
「違う違う違ーーーう!!!」
---
再び絶叫。
---
「だから制度にするなと言っているでしょう!!」
---
「再発防止じゃ!」
---
「まずご自身です!!」
---
完全にループだった。
---
王妃は、静かに目を閉じた。
---
(……ここまでか)
---
そう判断する。
---
「……陛下」
---
最後に、静かに呼ぶ。
---
「はい」
---
「私は」
---
一拍。
---
「あなたに見てほしいのです」
---
空気が、止まる。
---
「……」
---
「他ではなく」
---
「……」
---
「私を」
---
それは——
---
今までで一番、単純で。
---
一番、重い言葉だった。
---
王は、ゆっくりと顔を上げる。
---
そして。
---
「……ああ」
---
短く、頷いた。
---
その目は——
---
もう、迷っていなかった。
---
「……ああ」
王は、短く頷いた。
---
その目には、迷いがなかった。
---
先ほどまでの苛立ちも、混乱もない。
---
ただ、まっすぐに——王妃を見ている。
---
「……すまなかった」
---
静かな声だった。
---
だが、今までで一番“届く”声だった。
---
「わしは……軽く見ておった」
---
一拍。
---
「自分の行動を」
---
言葉を選ぶように続ける。
---
「本能だの何だのと、言い訳をしてな」
---
自嘲するように、わずかに笑う。
---
「だが、違った」
---
ゆっくりと、首を振る。
---
「相手がどう受け取るかを、考えておらんかった」
---
王妃は、何も言わずに聞いていた。
---
「……不快にさせた」
---
「不安にもさせたのだろう」
---
「……」
---
その言葉に。
---
王妃の瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
---
「……ああ」
---
王は、小さく息を吐く。
---
「それが“嫉妬”なのだな」
---
「はい」
---
静かな肯定。
---
「そして」
---
王は一歩、近づく。
---
「それを感じさせたのは、わしじゃ」
---
逃げない。
---
言い切った。
---
「……」
---
王妃は、しばらく黙っていた。
---
そして。
---
「……はい」
---
小さく、頷いた。
---
それだけで、十分だった。
---
「……ならば」
---
王は、さらに一歩踏み出す。
---
距離が縮まる。
---
「どうすればよい」
---
王としてではなく。
---
ただの夫として。
---
「……」
---
王妃は、その顔を見つめた。
---
しばらく。
---
本当に、しばらく。
---
そして。
---
「……簡単です」
---
静かに、口を開く。
---
「他を見ないことです」
---
「……うむ」
---
「そして——」
---
一拍。
---
「私を見てください」
---
まっすぐな言葉だった。
---
飾りも、駆け引きもない。
---
ただ、それだけ。
---
「……ああ」
---
王は、頷く。
---
迷いなく。
---
「それならば、できる」
---
即答だった。
---
(早いな)
(迷いないな)
(シンプルすぎる)
---
だが、その目は本気だった。
---
「ならば——」
---
王は、深く息を吸う。
---
そして。
---
「これより」
---
一拍。
---
「わしはお前だけを見る」
---
宣言した。
---
堂々と。
---
玉座の間で。
---
「……」
---
王妃が、わずかに目を見開く。
---
そして。
---
「……そうですか」
---
ほんの少しだけ。
---
ほんの少しだけ、笑った。
---
それは。
---
今までで一番、柔らかい表情だった。
---
(あ)
(これ、もう終わりでいいやつだ)
(綺麗にまとまった)
---
側近たちが安堵しかけた、そのとき。
---
「よし」
---
(あ)
---
(来た)
---
(終わらない)
---
「では」
---
一拍。
---
「国内の女性は全員、男装なおかつ丸坊主じゃ!」
---
「違う違う違ーーーう!!!」
---
玉座の間に、再び絶叫が響いた。
---
「なんでそうなるのですか!!」
---
「他を見なければよいのじゃろう!男装して丸坊主だったら安心なんじゃもん」
---
「じゃもん、じゃないですよ!極端すぎます!!」
---
「心配せんでも補助金は出す」
---
「国が終わります!!」
---
財務大臣、全力ツッコミ。
---
「ではどうする!」
---
王が真剣に問う。
---
「約束は守らねばならぬ!」
---
「普通に意識でやってください!!」
---
「できる気がせん!」
---
「さっきできるって言いましたよね!?」
---
混乱再び。
---
だが。
---
「……陛下」
---
王妃が、静かに呼ぶ。
---
「はい」
---
「そこまでしなくて結構です」
---
「……そうか?」
---
「はい」
---
一歩、近づく。
---
そして。
---
王の腕を、そっと掴む。
---
「こうしていれば」
---
一拍。
---
「十分です」
---
軽く、寄り添う。
---
「……」
---
王が、固まる。
---
数秒後。
---
「……なるほど」
---
深く頷いた。
---
「これならば、他は見えぬな」
---
(物理的に解決した)
---
(でも正しい)
---
(結果オーライか?)
---
「では今後は常にこの状態で——」
---
「それも違います」
---
即否定。
---
「む……」
---
「ですが」
---
一拍。
---
「たまには、悪くありませんね」
---
王妃が、小さく笑う。
---
「……そうか」
---
王も、わずかに笑った。
---
ほんの少しだけ。
---
柔らかく。
---
「……ならば」
---
一拍。
---
「もし守れなければわしのすべてをお前にやろう」
---
「急ですね」
---
「だが」
---
王は、堂々と言い切る。
---
「すべての中にわしも入っているからよろしく頼む」
---
側近たちが、一斉に天を仰いだ。
---
(結局それか)
---
「国はどうするのですか!!」
---
「任せる!」
---
「誰にですか!!」
---
「お前たちじゃ!」
---
「無茶振りです!!」
---
最後まで、ブレなかった。
---
だが。
---
「……ふふ」
---
王妃が、笑った。
---
本当に楽しそうに。
---
「では、考えておきます」
---
「うむ!」
---
満足げに頷く王。
---
その様子を見て。
---
側近たちは思った。
---
(この国、終わりそうで終わらないな)
---
(むしろうまく回ってるのが不思議だ)
---
(王妃がいる限り大丈夫か)
---
そう。
---
この国は。
---
有能すぎる王と。
---
それを完璧に操る王妃によって。
---
今日も、奇跡的な均衡を保っている。
---
そして——
---
その裏で。
---
「……陛下」
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「なんじゃ」
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「次に他を見たら——」
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一拍。
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「どうなるか、分かりますね?」
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「……気をつける」
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即答だった。
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それが。
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この国で最も強い“抑止力”であることは——
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言うまでもなかった。
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(完)
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