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追放聖女は温野菜で愛されます〜無能王子はビタミン不足で唇がひび割れる

掲載日:2026/02/10

「リリアーナ!

 君の『温野菜』などというふざけたスキルにはもう辟易だ!

 聖女ならば民に祝福を与える力をみせろ!このイザベラのように!」


夜会の場、大きなシャンデリアの下で、エドワード王子の罵声が響き渡った。

私は、身を守るように愛用の小さなセイロを抱きしめる。


王子の背後に立つのはイザベラ・パレード公爵令嬢。

美食家で知られる彼女は薄い紫のドレスに身を包み、余裕の笑みを浮かべている。


「お言葉ですが、王子。温野菜ほどの祝福はございませんわ。とてもあったかいですもの」

私は、王子のメンツを潰さないように、できるだけ穏やかに王子に答える。


「暖かいなら暖炉で十分だ!野菜を温めるだけのスキルなど召喚聖女として不足だ!」

「ですが、健康的な生活のためには、1日350gの野菜が必要です。

 温野菜なら『かさ』が減って食べやすくなりますし、栄養も満点ですわ」

「また、わけのわからぬことを!」

「いえ、これは厚生労働省の……」


私の懸命な説明をさえぎって、イザベラ嬢が、口を挟む。


「『コーセロードシオ』など聞いたことがございません。大方、異界の邪神の名ではありませんか?」


紫のドレスにかかる見事なブロンドを払いながら、王子の横に並び立ち、私に嘲笑を向ける。

淑女らしく、品よく、笑みを扇子で隠しながら。


「リリアーナ『元』聖女様、野菜を蒸しただけの料理など、とても料理とは言いませんわ。これをごらんなさい」

彼女が細やかな装飾の扇子で指ししめた先には、贅を尽くした料理が並ぶ。


バターの海に浮かんだ子羊のロースト、生クリームをたっぷり使ったベシャメルソースのパイ包み、フォアグラのキャラメリゼ、蜂蜜ソースとホイップがかけられたブリオッシュ。


たしかにおいしそうなメニューだが、どう見ても油脂と糖分と炭水化物の暴風雨だ。

体に良くは無いだろう。


「どうだ!リリアーナ、この豪華な料理を前にして何も言えまい!」


豪奢なシャンデリアの下、王子は勝ち誇った笑みを浮かべ、蜜蝋の光は鼻の頭のニキビを照らし、三日月のような影を落としていた。見れば、イザベラ嬢のおなかも、艷やかなドレスをぷっくりと押し上げている。さぞお通じも悪いのではなかろうか。


「素晴らしい料理だと思いますわ。ですが、お体にはよろしくないかと」

遠回しに警告をする。聞いてもらえるとは思えないが。


「はっ!負け惜しみか!そもそもお前のそのスキルは聖女としてのものではないだろう!

 誰でもできる調理技術ではないか!」


「そのとおりです。誰にでも温野菜は平等です。それこそ民への祝福ではありませんか?!」

私はセイロを差し出して、堂々と反論した。


「減らず口を!貴様のような芋臭い女、この王都には不要だ!聖女の座から追放する!

 今すぐこの国から出ていくがいい!」


こうして追放は決定され、私はセイロ一つを持たされて王都を追い出された。



次の日の朝、城門の外に出て、私は清々しい気持ちで、のっぺりした青空を仰ぎ見た。


「ついに追い出されちゃったわね〜しょうがないか……でも、この子(セイロ)がいれば大丈夫」


私、阿名 璃々(あな りり)は、現世の日本で自室のアパートで野菜を蒸している最中に、この世界に召喚された。手に持っていたのはこのセイロのみ。司祭の「あなたはこの世界を救う聖女様として召喚されました」という一方的な宣告に従って、聖女リリアーナとして生きてきた。


とは言え、特に何をやれるでもなく、王都で蒸し料理を作って、勝手にスローライフを満喫してきた。

正直、追い出されるのも仕方ない。これからの日々をゆっくりと過ごせればそれでいい。


嫌な思い出を振り落とすように頭を振り、心新たに門出の一歩を踏み出す。

足が宙にある間に、背後から私を呼び止める声がした。


「ついにクビだな。聖女様」

からかうような気安い声。

「……カイル?」

私は驚いて振り返った。大柄な浅黒の男。私の元・護衛騎士カイル・ケストラ。

見れば、いつもの銀に輝く鎧ではなく、動きやすい革の胸当てにリュックを背負っている。

身体が大きいので、リュックも小さく見えるが、それでも大荷物だ。


「なんだよ。そのさっぱりとした顔。追放されたら悔しいとか見返してやるとかあるだろ?」

カイルは肩を落としつつ、首を振る。

聖女つき護衛騎士として私の担当だったカイルは、この世界で唯一気兼ね無く話せる人だった。

「別にいいのよ。私はどこかで野菜でも蒸して暮らせれば満足なの」

と、正直な気持ちを告げる。

「まぁお前はそういうやつだよな」

呆れたように言うが嫌味はない。

「わざわざ別れの挨拶に来てくれるなんて律儀ね。嬉しいわ。ありがとう」

私としてもカイルに一言も告げぬまま王都を去るのは心残りだったので、彼の律儀さがありがたかった。


「挨拶じゃねーよ。ボケナス。騎士は辞めてきた」

「へ?」

バカみたいな声を出してしまった。

護衛騎士はこの世界ではかなり格の高い地位だ。投げ出すようなものではない。

「お前についていってやる」

「いやいやいや……なんで?」

思わず手を振って全否定してしまった。

「お前みたいなぼんやりした女が、一人で城から放り出されて生きていけるわけねーだろ。ぼんやり女が野垂れ死んだら夢見が悪い」

「それで護衛騎士まで辞めてきたの?」

「悪いかよ?」

「悪くはないけど……」

私についてきても良いことがあるとも思えない。言葉を選んでいるうちに、彼はセイロをひったくるように奪い取って、先に立ち、歩き出した。

「俺は勝手についていく。文句あるか」

カイルは普段は我を出すタイプではないが、一度言い出したら聞かない。

「ありません。心強いわ。ありがとう」

彼の背中に笑みを向ける。

本当は、見知らぬこの世界で一人で生きていけるか不安だったのだ。

「でも、カイル。私についてきても、豪華な料理は食べられませんわよ?」

「かまわない……たまにあの『豚肉とキャベツの重ね蒸し』でも作ってくれればそれで良い」

カイルは振り返りもせずに答えた。

召喚された頃に作った料理をカイルが覚えているとは思わなかった。

「もちろん!」

私は大きな背中を頼りに、歩みを速めた。



王都を離れて数日。私とカイルが辿り着いた南の村は陰気に静まり返っていた。

「……この村、様子がおかしくない?」

「健康的とはいいがたいな」

すれ違う村人たちは皆、土気色の顔色、虚ろな目でこちらを見ている。

「おい、大丈夫か」

カイルが建物の入口でぐったりとする老人に声をかける。

「おお、旅の方、わざわざ来てくれてすまないが、この村は呪われている……すぐに立ち去りなされ……」

そういう老人の肌はひび割れ、明らかな栄養不足だ。

「これは温野菜の出番ね!」

勢いよく腕をまくり上げた私をカイルが制する。

「いや、ここには野菜なんてないぞ!?今年は凶作がひどかったんだ!」

カイルが指し示す村の周囲の畑は、みるからに荒れ果てており、落穂拾いの鳥すら見えない。

「大丈夫!私にも聖女としてのスキルがあるんだから!」

私は、荒れ果てた大地に両の掌を当てて、霊力をありったけ注ぎこむ。

王宮では使う機会がなかったスキル『豊穣の土(ハーベスト)

自分が食べたことがある野菜を自在に育成できる能力だ。


大地に黄金の光が走ると、次々と芽が吹き出し、蔓が伸び、辺りには新鮮な野菜があふれ出した。

玉ねぎ、かぼちゃ、キャベツ、サツマイモ……早速、両手いっぱいに野菜を収穫する。


「お前、こんな能力持ってたのかよ……」

両手いっぱいに野菜を持つ私を見て、カイルが目を見開く。

「そういえば……王都には野菜を作るスペースがなかったから、あんまり見せたことなかったかも……」

野菜を引っこ抜きながら答える。


「この能力を王子に見せてたら、追放されなかったんじゃないか?」

呆れたように言いながらも、カイルは野菜を運ぶのを手伝ってくれる。お陰であっという間に野菜がうず高く積み上がった。村人たちは呆然としながら、新鮮な野菜の山を見つめている。


材料は揃った。調理器具はもちろん手持ちのセイロ。後は場所と水が必要だ。

「カイル!薪と水をもらってきて!」

「はいはい。人使い荒い聖女様だな」

「元・聖女ね!」

「自分で元って言うな!」


カイルが村人から借りてくれた台所で、火を起こし、簡単な蒸し料理を始める。取れたばかりの玉ねぎの上下を切り落とし、皮を剥く。上部に十字の切り込みを入れて、湯気が上がったセイロに入れ、10分待つだけ。本当はバターでもあればコクがあっていいのだが、まずは塩だけでも十分美味しいはずだ。


セイロのフタを開けるときは、いつだってドキドキする。

満たされた白い蒸気が、小さな雲となって、あたりをささやかな幸せで満たす。


この湯気だけでも弱った心に温もりを与え、村人の固い表情を和らげることができる。

それが温野菜だ。


私は蒸された玉ねぎを皿によそって、村人に渡す。


村人がおそるおそる玉ねぎにフォークを入れると、すっと沈む。

その柔らかさに皆が驚く。


そして滋味滴る一片を口に運ぶ。

それは大地を凝縮したような優しい甘み。

僅かな塩が甘みをさらに引き立てる。

際立った甘みと熱さが渾然一体となって、食道を潤し、胃に落ちる。


「ただの玉ねぎがこんなに甘く……!

 塩が玉ねぎの甘さを引き立てているのですね!?

 なんと素晴らしい!さすが聖女様だ!」


滋味深い味は弱った身体に染み渡り、村人たちは、活力を取り戻していく。


「ひさしぶりに食べたが、いいもんだな!」

カイルもご満悦だ。

「リリアーナ様!どうか、どうかこの村に留まってください!」

村長が涙ながらに懇願する。

「カイル、どうしましょう?」

「……まあ、ここにいたほうが野垂れ死ぬ可能性低そうだし、いいんじゃないのか?」

確かにそうだ。私が安全に暮らせれば、カイルも王都に戻って騎士に戻れるはずだ。

「決まりね。ここでお店を開きましょう!」

こうして、私のレストラン『リリの蒸し処』が始まった。



カイルが村人から借りてくれた廃屋は、彼の手によって見違えるほど綺麗になっていた。

わずか三つのテーブル。こじんまりとしているけれど、私の大切な城。

「これならやっていけそう。ありがとう、カイル。……これであなたも、安心して騎士に戻れるわね」

新しい門出に胸を張る私に、背後から低い、不満げな声が降ってきた。

「……はぁ? なんで俺が騎士に戻る話になってんだよ」

振り返ると、そこには白いシャツ姿のカイルが立っていた。

眉間にシワが寄り、その瞳にはかすかな苛立ちが混じっていた。

「え? だって、私が野垂れ死ぬ心配がなくなれば、あなたはまたお城に……」

「おいおいおい……。お前、マジで言ってんのか?」

カイルは呆れたように天を仰ぐと、大きな手で自分の顔を覆った。

けれど、その指の隙間から覗く瞳は、笑っていない。

「この格好見て、まだ分かんねーのかよ。俺はここでウェイターをやる」

カイルはその大きな掌を、シャツの胸元へ当てて見せた。柔らかな生地越しでも分かる、鍛え上げられた肉体の輪郭。大仰な護衛騎士の鎧よりも、かえって存在感を放っているようだった。

「えっ!? だって、カイルは立派な騎士様でしょ? ウェイターなんて……」

「なんだよ?俺じゃ不足なのか?」

カイルが、一歩、踏み出してきた。 迷いのない足取りに、思わず後退りする。

「立派なウェイターだって、勤めてやるぜ」

カイルは私に顔を近づける。

近くで見るカイルの瞳は、いつになくひたむきだ。

はだけた胸元から溢れ出す色気もあふれだす。

「言ったろう。お前についていくって」

逃げ場を塞ぐように囁かれた真っ直ぐな低音。その響きが、心を揺さぶり、出るべき言葉を奪う。

かろうじて絞り出せたのは、震える声を隠すための、精一杯の軽口だった。

「あ……ありがとう元・騎士様」

「どういたしまして元・聖女様」

すかさず返されたカイルの笑みは、野菜よりも彩り豊かで、セイロの蒸気より熱かった。



こうしてオープンした私のレストランの温野菜は、瞬く間に評判を呼んだ。


「まるごとブロッコリー蒸しで、長年の腰痛が治った!」

「キャベツのざく切り蒸しを食べたら、ドラゴンを倒せた!」

「彩り野菜のせいろ蒸しの『いろどり』を見ただけで、目が良くなった!」


と評判が評判を呼び、村の周辺だけでなく、近隣から様々な人……冒険者、吟遊詩人、商人、さらには他国の王侯貴族までが押し寄せた。


私は厨房で、野菜を蒸して蒸しまくり、カイルがウェイターとしてホールを切り盛りする。背筋の良い、白いシャツの美男子が、キビキビともてなす姿は、女性客の間でも評判になり、カイル目当ての客もでるほどだった。





一方、王都は悲惨な状況に陥っていた。

温野菜を失い、肉やお菓子の暴飲暴食に耽る人々。

特に、エドワード王子は深刻な体調不良に襲われていた。


「……うう、腹が張る。肌もボロボロだ……」


王子は鏡を見て絶望していた。

体重は増え、王都の至宝と呼ばれた美しい肌はかさつき、吹き出物まみれになり、重い便秘で動きも鈍くなっている。口さがない者は、これを「追放された聖女」の呪いだと噂した。


美貌のイザベラ嬢も、最近は肌荒れがひどく、寝室から出てこないという。


そんな中、不穏な情報が舞い込んだ。

南の地で、聖女リリアーナが温野菜で世界を支配しようとしているというのだ。


「リリアーナめ!追放で許してやった私の温情を忘れ、王国に牙をむくというのか!」


怒り心頭の王子が密偵を放って調べると、周辺国の王侯貴族たちがこぞってリリアーナの店に並んでいるという。


「おのれリリアーナ!なにが温野菜だ!

 卑怯な手で敵国と結託し、私と王国を危機に陥れるとは!兵を出すぞ!」


王子が歯を食いしばると、唇の割れ目から血が流れ出る。

ビタミンが足りてないのは明らかだった。


すぐに兵士が招集されたが、皆どこか元気がなかった。


「……王子、立ちくらみが……」

「……口内炎が痛くて声が出ません……」

「……疲れが出やすいのです……」


重たそうな鎧や槍に振り回されている弱った兵たちは、とても戦いに行けるようには見えない。

王子はイザベラの料理で、兵たちを元気づけることを思いつく。


「イザベラ!行軍の兵士を元気づけるために同行してくれ!」

「嫌よ!どうして私が兵と遠征に行かないといけないの?!」


王子はしぶるイザベラを説き伏せ、兵とともに、リリアーナの食堂へと向かった。

ビタミン不足の兵たちの行軍は遅く、南の村にたどり着く頃には、全員が這う這うの体だった。




「さーて、今日もがんばるわよ!」


私はたくさんのセイロの前で腕まくりをした。

カイルが見よう見まねでセイロを作ってくれたのだ。元の世界のセイロより、不格好だが、その分いいかんじで蒸気が逃げるので、使う分には問題ない。


「カイルが作ってくれたセイロ、いい感じよ!ありがとう」

「おぅ、なら良かった」


湯を沸かし、セイロに水蒸気が巡るのを待つ。その間、カイルの視線を背中に熱く感じていた。

開店前の調理準備の時間、厨房のドアに寄りかかって、私の作業を眺めるのがカイルの日課なのだ。

いつも飽きもせずに、じっと見つめている。正直なところ、視線が気になってやりにくい。

視線を意識しているのを気取られないように、普段通り、セイロにさつまいもを入れつつ、軽い口調で聞く。


「いつも見てて、よく飽きないわね?」

「あぁ、飽きないね。この時間が一番幸せだな」


ずるい。不意打ちで、そんな甘い言葉を浴びせるなんて。

熱っぽい瞳がそこにあると思うだけで心音が高鳴る。

私は振り返ることもできずに、セイロから吹き出る水蒸気の塊で顔色を隠す。


気まずい沈黙は、外からの荒々しい怒鳴り声で破られた。


「ちっ。こんな時間になんだよ?!」

カイルが苛立ちを露わにしながら、外に出る。


レストランは兵たちに囲まれていた。中央にいるのはエドワード王子、その後ろには紫のドレスのイザベラ嬢も見える。


「これは?」

いまさら王子が私に何の用だろう?兵まで引き連れて?


店の外に出ようとする私を、カイルは大きな腕で止め、首を振る。

「お前はここにいろ」


王子が、兵士たちを背に叫ぶ。

「リリアーナ!追放されたことを逆恨みし、王家に仇なすとは許せぬ!

 捕らえて一生幽閉してくれる!」


カイルが大きな声で反論する。

「何をおっしゃってるんですか?!エドワード王子!

 リリアーナはここで慎ましく蒸し料理をつくっているだけです!」

「貴様、護衛騎士のカイルか!王家に歯向かうつもりか!」

王子は高圧的にカイルに告げる。


私が、王子と相対そうとすると、カイルは王子と私の間に入り、私をかばった。


みれば王子の顔色は土気色で、肌荒れもひどい。

叫んだせいで、唇が割れ、うっすらと血が滲んでいる。


「エドワード王子。ご機嫌麗しゅう……と言いたいところですが、お顔の色が優れませんわね?

 ちゃんとお野菜を食べていらっしゃいますこと?」

「会う早々、イヤミか!」

王子は癇癪を起す。


「イヤミではありません。野菜は健康に大事だと申し上げたではありませんか。厚生労働省の基準では一日350gの野菜が……」


「またその呪文『コーセーロードシオノキジュンデハ』か!邪神の呪詛の言葉だな?!」

王子の思いもかけない難癖に、私は声も出ない。


「お前を捕らえ、王国の塔に幽閉し、この呪いを解く!命を取られないだけありがたいと思え!」

王子が剣を構え、私ににじり寄ってくる。


「王子!これは呪いではありません!ただの野菜不足です!温野菜を召し上がれば……」

必死の言い訳も切羽詰まった王子には届かない。王子は剣の先をゆっくりと上げる。


「何が温野菜だ!」

苛立ちをぶつけるように剣が振り下ろされる。が、その剣は金属音と共に弾き返された。


カイルが鉄の鍋で、私を守ったのだ


「騎士の身分で王家に歯向かうつもりか!」

王子は激昂する。

「悪いな。俺は騎士ではなく、リリアーナを守るただのウェイターだ」

カイルは黒い大きな鉄鍋を、軽々と振り上げ、王子への距離を詰める。


「黙れ!野菜ばかり食べてる虚弱な男が!」


王子の剣がカイルめがけて振り下ろされるが、カイルは軽いステップで王子をかわす。王子は剣に振り回され、たたらを踏んで態勢を崩す。


「王子の方こそ、随分弱られたのでは?」

カイルはその柔軟な筋肉を見せつけるように、かるくジャンプを繰り返しタイミングを図る。

鈍重な王子の動きとは対照的だ。


「ふざけるな!私は十分な栄養を取っている!」


王子は絶叫しながらカイルに襲いかかる。唇の裂け目はより広がり、血が流れ出した。


カイルはその必死の一撃を、こともなげに鍋で弾き飛ばし、そのまま鍋ごと体を預け、王子を地面に押し倒した。遠巻きに見ていた兵たちは、あまりの展開に動揺を隠せない。


「くそ!野菜料理ばかり食べてるお前にやられるとは!」

悔しそうに呻く王子の前に、カイルは堂々と立ちはだかった。


「リリアーナの『豚肉とキャベツの重ね蒸し』はなかなかイケるんだぜ」

「馬鹿な!温野菜は野菜だけではなかったのか!?」


私は王子に微笑みながら近づいた。


「セイロで肉を蒸してはいけないという法はございませんわ。

 肉と野菜を一緒に蒸した料理は格別ですのよ。」

「くそっ!ずるいじゃないか!」


エドワード王子は仰向けのまま、子供のように悔し涙を流した。

「あらあら。せっかくの美しいお顔が台無しですわ。これで顔をお拭きなさい」

私は王子に歩み寄り、温かな布を彼の顔にかけた。


「あ……温かい!これはいったい?」

「セイロで蒸したタオルですわ。血行が良くなり、心も落ち着きます」

「なに……セイロで……?……あぁ……」


セイロと聞いてタオルを引きはがそうとするが、その温かさに抗えず身をゆだねる。

温かい布がかさついた肌をしっとりと包み込み、涙で濡れた眼にもじんわりと熱が戻ってくる。

温かな布は割れた唇の血も吸い取り、傷口を癒す。


「あぁ……これがぬくもりか……」

王子はタオルを掴んだまま、べそべそと泣き続けた。


物陰で見ていたイザベラ嬢がよろよろと出てくる。

「ふん……相変わらず貧乏くさい料理を作っているようね……」

「あらイザベラ嬢。ちょうどお芋が蒸し上がったところですの。おひとついかが?」

私は、手に持っていたセイロごと差し出した。

「イザベラ様。これを召し上がれ。さつまいもを蒸したものでございます。食物繊維が、あなたを救いますわ」

湯気に満たされたセイロの中で、イザベラの服と同じ紫の芋が、黄金色の中身を見せていた。

「バカにしないで!こんな、泥臭いもの……でも……」

と言いながらも、温かな水蒸気と優しい香りに耐えかねたイザベラは、震える手でそれを手に取り、口にした。

「あ、甘い……。ホクホクとした栗のよう優しい甘み……」

一口、二口と食べ進めるうちに、彼女の顔に赤みが戻っていく。

小さな紫のかたまりは、見る間に令嬢の口に吸い込まれてしまった。

そして。

「……っ!!」

イザベラの顔色が、劇的に変わった。

「王子、ごめんなさい! わたくし、今すぐ……どうしても、行かなくてはならない場所ができましたわ!」

彼女は淑女のプライドをかなぐり捨て、猛スピードで森の奥へと花を摘みに消えていった。


残されたのは呆然とする兵士と、仰向けで泣きはらす王子。

彼は弱々しく言った。

「リリアーナ、僕が悪かった。どうか王宮に戻って、温野菜を僕にふるまってくれないか?」

「ごめんなさい。私は王宮を離れて今とても幸せなのです」


そして、王子に拒絶の言葉を送った。

「私はここでカイルと共に、野菜を蒸して生きていきます」


王子は兵たちに助けられながら、王宮へと帰っていった。

イザベラの行方は杳として知れない。



嵐が去って、厨房に静けさが訪れた。

「リリアーナ」

後ろから声をかけられ、振り返ると、カイルが私を包み込むように後ろから抱きしめてきた。

「カ……カイル!どどど……どうしたの?」

「お前、さっきとんでもないこと言ったよな?」

カイルが私のうなじに顔を埋めた。彼の熱とわずかな汗の匂いが漂ってくる

「えっと?何言ったっけ」

「『ここで俺と共に生きる』って、そういうことで良いんだよな」

尻すぼみにかすれる声と裏腹に、腕の力が一段、強くなる。

自分の言葉を思い返して、首筋が熱くなる。

確かにそう言った、王子の誘いを断る意味で。


「俺はお前を離さない。ここで一緒に暮らしてくれるか?」

耳元で囁かれる決定的な一言。

眼の前ではカイルが作ってくれた不格好なセイロから、湯気が白い筋を作って吹き出している。

厨房を満たす水蒸気。でも、背から伝わるカイルの体温はそれよりずっと熱く、私の肌を、そして心の奥底までじわじわと熱していく。彼の甘やかな熱で、私の全てが蒸されていくかのようだった。

「は……はい」

消え入るような肯定と跳ね上がる心音。

カイルが私の頬に手を添えて、唇を重ねてくる。その穏やかで密な触れ合いで、蒸気で互いの唇が潤っていることを感じる。


厨房は幸せの白い湯気で満たされていた。


(完)

最後までお読みいただきありがとうございました!


「面白かった」「最近野菜が足りてない」と思っていただけましたら、【☆☆☆☆☆】で、ぜひ高評価をお願いいたします!


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