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王妃はもう一度ユキが死んでいることを確認し、それはそれは美しい微笑みを浮かべた。
「これで一番美しいのはわたくしだ。そして、玉座も手に入れてやるわ……!」
王妃は自分の手下を連れてきていたので、わざわざ用意しておいた棺桶に遺体を収め、シュタイン城へと帰城する準備を整えた。
「おまえはよく役に立ってくれた、その褒美として命だけは助けてやる。どこへでも行くがよい」
魔法の力で拘束されていた妖精は、逃げるようにどこかへと消えて行った。それを見た王妃はフンと鼻を鳴らし、帰城した。
それを見ていた小人のうちの一人は六人の仲間に伝え、こっそりと後を追った。
王妃の手下である狩人ジオンの道案内により、無事に帰城した王妃一行は、泣きながら王女殿下の訃報を国王陛下と城勤めの者達に伝えた。
城の奥深く、施錠された部屋に閉じ込められたアリスに会いにきたのはマリーだった。声をかけられたアリスは怪訝に思いながらも普通に対応した。
「どうしたのですか、マリー」
「朗報よ、シラユキ姫様が見つかったわ」
自分がいない代わりに付けられたという王妃付きの侍女マリーがきちんと見ていなかったせいで、ユキは行方不明になったのだ。同じ侍女として失格であると王妃に弾糾したが、取り合ってもらえなかったのだ。
家から受け取った手紙もタイミング悪く遅かったし、アリスが書いたという偽の手紙のせいで逆にアリスの方が姫を唆したとして、幽閉されてしまった。
当然無実を主張したが、ユキのそばを離れ薬草を探しに行ったことは事実なので、濡れ衣を着せられてしまい牢獄へと収監されたのだが、アリスは脱獄するべく奮闘していたところによい知らせがきて喜んだ。
「本当ですか!? 姫様はどこにいるのです!」
「残念だけれど、ご遺体で発見されたらしいわ」
冷たい声のトーンでマリーが淡々と告げたのは、大切な人の死の知らせだったのだ。
「……そんな、嘘でしょう?」
嫌だ、信じたくない。泣きそうになりながらも、実際にこの目で見て確かめなければ。また王妃による罠なのかもしれないのだから。
「それなら自分の目で見ることね。王妃殿下のご慈悲であなたはここから出してもらえるのよ。感謝なさい」
マリーは施錠された鍵を開けると、監獄から出てきたアリスが近づくと鼻をつまんだ。
そして、「陛下の御前に行く前にお風呂に入りなさい」と言われ、アリスはすぐにユキのもとへ行けないことを悔しく思いながらも、急いで私室のシャワールームへと向かい綺麗さっぱりにおいや汚れを洗い流し、再びアリスとして城内を駆け巡る。
マリーからユキは大広間にいらっしゃると聞いていたので、マナーを気にするどころが全速力で駆け抜けた。
そして、開かれたままの大広間のドアの向こうには人がたくさん集まっていた。
「シラユキ、ああ、私のシラユキ……! 私を置いていかないでおくれ……!」
陛下は箱のようなものに縋りついて嗚咽しながら泣いていた。アリスは陛下の御前であるというのに礼もとらず、ただユキのそばに近づいた。
すると、そこには棺の中で指を組み瞳を閉じているユキがいた。
「姫様? 生きていらっしゃるのですよね?」
アリスは棺に縋りつき、脈を測ると何も動かない肌に絶望した。ユキは、本当に死んでしまったのだ。
「嫌だ、ユキ、ユキ……!」
アリスと国王は棺に縋りついてわんわん泣いた。他にもすすり泣きしている者や、王女殿下の死を悼む者が大半だった。王妃一派を除いて。
王妃はくずおれる国王に寄り添いながらハンカチで目元を拭う仕草をしていたが、涙は一滴たりとも出ておらず泣いているふりをしているようだった。
ユキの死は王妃によるものだと確信したが、証拠がないので詰めることもできない。用意周到に殺害計画を練るその執着心に、怒りと憎悪でいっぱいになる。
どうしたらこの女狐の尻尾を掴めるのか、どうしたらユキとシラユキ、母の復讐を果たせるのか。
(俺は、どうしたら──。)
「欲深い人間の女がいるのはここか?」
唐突に凛とした声が大広間に響き渡る。声のした方を見れば、小さくても眩い輝きを放つ何かが空中に浮いていた。それは、アリスも初めて見る妖精だったのだ。
「そなた、何者だ!?」
国王陛下の声と同時に近衛兵が妖精を囲むように武器を構えた。
しかし、妖精は魔法を使い一瞬で近衛兵を吹っ飛ばしたのだ。
「わたくしは妖精の女王、ララだ。この国の王妃に我が同胞が痛めつけられたと聞き、人間へ制裁にやってきた! 許さぬぞ、醜い人間どもめ!」
妖精女王ララはたくさんの妖精を率いて城の者達を囲った。
そして、装いや同胞の魔力を感じ取った一人の女を見つけ、その美しい顔を怒りに震えさせながら大きな声を出した。
「美しさにこだわるおまえは醜く老いてしまえばよい!」
妖精女王は大きな魔法を使い、その魔法は目に見える形で王妃を包み込んだ。霧のような煙のような、形状しがたいものが霧散した時、そこにいたのは美しい女ではなく醜く痩せ細った老婆がいた。
「おまえ! わたくしに何をした!」
声も美しかった王妃はしゃがれた声で、容姿だけではなく声も美しくなくなっていたことに周りはどよめく。
嫌な予感がした王妃は隠しに入れてあるコンパクトミラーで己の姿を見て、そこに映っているのが美しい自分ではなく醜い老婆へと変化したことで、王妃は発狂してしまった。
「なぜわたくしがこんな醜い姿にならなければならないの!? 全てはシラユキのせいよ、おまえさえとっくに死んでいれば、このようなことにはならなかったというのに……!」
それから王妃はつらつらと恨み言を吐いた。その中に国王陛下毒殺未遂事件やユキを毒殺したことを認める供述をしたので、こっそりと着いてきて見守っていた小人は怒り狂い、王妃に向かい石を投げた。
「王妃よ、私はそなたを信じていたのに……! 我らを謀ったことは決して許さぬぞ!」
国王陛下に続くように、小人達は怒りを叫ぶ。
「おまえのせいか! 姫様はあんなにお優しい方なのに! なんて醜い人間なんじゃ!」
「おまえが死ねばよかったのだ! この魔女め!」
それを見た妖精女王は、あの心優しきドワーフがこんなに怒るほどこの国の王女の死を悼んでいることから、この娘だけは心優しい者なのだと認めた。
そして、妖精女王は醜い老婆となった王妃から魔法の力を奪い、ユキを苦しめた魔法である毒を使った。
それは、即死に至るものではなく、時間をかけてじわじわと死ぬ恐ろしい魔法を王妃にかけた妖精女王は、見た者がこおりつくような凍てつく表情をしていた。
「許さぬ……! なぜ、わたくしが……!」
王妃を助けようとした手下達は己の持ちうる魔法を使って解毒しようと試みるが、王妃に助力するものは皆敵だというように、王妃と同じ毒を受けていた。
死にゆく者達の嘆き声は悍ましく、また、恨めしいもので、アリスは内心早く死ねばいいのにと呪いのような言葉を吐いた。
そして、王妃らの声は聞こえなくなり、ようやく息絶えたのだ知る。
復讐を果たしたのにアリスは大切な人を失ってしまったことが悲しくて、再び泣いてユキに縋りつく。
「ユキ、ユキ……! 本当はずっとおまえが好きだった、おまえの好意に気づいていたのに知らないふりをして、恋心に蓋をしていたんだ。好きだ、お願いだから目を覚ましてくれ、ユキ!」
愛の告白をしながらアリスは平常心を保てなくなり、いつの間にかエリスの姿になっていた。そのことに気づかないエリスは周りが驚いていることにも気づかない。もはやユキしか見えていないエリスはユキが言っていた白雪姫なる物語のラストを思い出した。
「そうだ、王子がキスをすれば姫は生き返るんだろう? 頼む、戻ってきてくれ、ユキ」
そして、エリスはユキの赤くぷっくりとした唇にキスをした。唇を離しユキが生き返ることを心から望んだが、目を覚ますことはなかった。
「俺が王子じゃないからだめだということか……? 嫌だ、俺のユキ、目を覚ましてくれよ!」
エリスの悲痛な叫びは大広間に響くが、死んでしまったユキには届かなかった。




