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「鏡よ鏡、この世界で一番美しいのはだれ?」
王妃は美しい笑みを浮かべ、鏡に向かって自信満々に問うた。
すると、鏡は仮面のような物が浮かび上がり、男か女か分からぬ容姿をしていた。
そして、鏡はこう答える。
「それは、シラユキ姫です」
美しい笑みを崩した王妃は鏡にしがみつき、思い切り睨みつけた。
「なんですって? シラユキは死んだはず……! 鏡よ鏡、この世界の生きている者で一番美しいのはだれ!?」
「それは、シラユキ姫です」
この鏡は決して嘘をつかない。以前は王妃の名を呼んでいたのに、この数年でシラユキと言うようになった鏡は今も尚シラユキの名を呼ぶ。苛立ちのあまり、王妃は鏡に向かって花瓶を投げつけて割ってしまった。
「あの狩人め……! よくもわたくしを謀ったな! 許さぬ!」
狂乱する王妃を止める者は誰もいなかった。逆らえば殺されるからだ。震え上がることさえ許されぬこの空間は、凍てつく王妃の怒りに染まり冬のような寒さを作り出した。
「今すぐフレッドをお呼び!」
「そ、それが、昨日から姿が見えなくて……」
「逃げたわね、おまえたちはフレッドをお探し!」
「かしこまりました」
フレッドはというと、アリスが王宮に上がる前、万が一の時を考えて作っておいた認識齟齬のかかった札を持っていたおかげで、誰にも見つかることなく領地へと戻ることができたのだ。
何かあってはいけないと、アリスの父はそのまま札をフレッドに持たせたのだった。
結局フレッドは見つからず、王妃は怒り狂って禁忌を犯してしまう。
***
ふらふらしながらもアリスに会いたいと願ったユキが辿り着いたのは、アリスのいる領地ではなく、小さな家だった。
なんとなく見覚えのある家だが、それが何だったか思い出せないユキは、おぼつかない足取りで家のドアをノックした。
城を飛び出してから一睡もせず、ただひたすらに歩き続けたユキの足は棒のように痺れており、もう歩くことすら難しかったのだ。
どうにか休ませてもらえないかと願いを込めて再びノックすると、ユキの腰ほどの小さなドアが軋んだ音を上げて開いた。
「あんたは誰じゃ?」
小さな玄関のドアから出てきたのは、これまた小さなおじいさんだった。そこでユキは見たことのある家の正体を思い出した。ここは、ユキの味方である七人の小人の家だと──。
安心したユキはそのまま意識を失い、どさりと倒れ込んだ。
額がひんやりする。そう思って額に手を伸ばすと、水に濡れたタオルがちょこんと乗っていた。頭の下には氷枕が敷かれ、誰かが看病してくれたのだと理解した。
視線を動かせば、ユキは小さなベッドを三台ほど使い寝ていることに気づいた。
むくりと起き上がると、一人が「起きたぞー!」と声をあげて仲間を呼んだ。
「おお、起きたぞ!」
「本当じゃ、よかったよかった」
七人の小人が口を揃えてよかったと安心の声を上げ、中には涙を流す者もいた。ようやく出会えた七人の小人は、意識を失ったユキを助けてくれたようだ。
「心優しいあなた方、私を助けてくれてありがとうございます。私はシラユキと申します」
ユキが名乗ると小人達は大変驚いたようだ。この国のお姫様の名前だと知っていた彼らは、姫様を救えてよかったと再び舞い上がっていた。
けほけほと咳が出るユキに彼らはあたふたと焦り、ユキは「実は流行り病にかかっているのです」となぜ自分が森を彷徨っていたのか説明した。
すると、小人の一人が「流行り病に効く薬草なら、わしが摘んで家にあるぞい」と言って、彼らは皆一斉にキッチンへと赴き、七人で協力して薬草を煎じてくれたのだ。
「姫様、どうぞですじゃ」
「ありがとうございます、ありがたく頂戴します」
とても苦い味がして飲めたものではないが、この薬を飲まないと最悪死んでしまうかもしれないので、ユキは少しずつではあるが何とか飲み干した。
彼らの厚意により、ユキの体調が快復するまでこの家で休んでいていいと言ってくれたので、ここは甘えることにした。
そして、アリスのことを気にしつつも今は動けないユキは、薬を飲み続け大人しく寝て過ごし、数日で快復したのだ。
ユキは小人達に心からお礼を伝えた。
「何か褒美を取らせましょう。何がよいですか?」
この国の王女の命を救った彼らは謙虚にも何も要らないとしか言わなかった。これだけひとがよければ、悪意のある人間にむしり取られてしまうだろう。ユキは彼らがずっと平和に暮らせるように願うことにした。
「それでは、私の魔法を使いましょう。私は願ったことが叶う魔法を使えるのです。『心優しいあなた達が、いつまでも平和に暮らせますように』」
心から願ったユキは、この魔法は必ず叶うと確信に近いものを感じた。
「おお、なんて優しい姫様なんじゃ。ありがとうございます」
七人は口々にありがとうとくり返した。命を救ってもらったのはこちらだというのに、やはりひとがよすぎるから心配になる。心の中で『優しいこのひと達が利用されたりしませんように』と、追加で願い魔法を使ったのだった。
「姫様、もう一つお願いしてもいいじゃろうか?」
「ええ、どうぞ」
「実は、わしらの仕事仲間の妖精が、人間と同じ流行り病にかかってしまったのですじゃ。ここいらでは採れない薬草が必要なのじゃが、遠くて採りに行けないのじゃ。姫様、どうかお助けしてはくれぬか?」
小人のうちの一人が小さなカゴの中でハンカチに包まっている妖精を見せてくれた。妖精を初めて見たユキは驚いた。人間が手のひらサイズになったような大きさだったからだ。
小さな妖精は女の子のようで、黄金色の美しい髪をしており、ケホケホと咳き込んで苦しんでいるのがよく分かった。この子のためなら魔法を使えるかもしれない、そう思ったユキは『この者の流行り病を治してください』と強く願った。
すると、今までひどく咳こんでいた妖精はぴたりと咳が止み、元気になったのか美しい羽をピクピクと動かしてユキの周りを飛んでみせた。
「あなたが治してくれたのね? ありがとう、とても辛かったの。あなた、人間なのに優しいのね。名前を聞いてもいいかしら」
「いいえ、こちらこそ力になることができてよかったです。私はシラユキと申します」
妖精も小人と同じように驚いた顔をしていた。「この国の王女様じゃない! 優しいプリンセスなのね、ありがとう」とユキの頬にキスをしてくれた。
「ありがとう、シラユキ。いつかあなたが困っていたら、今度は私が助けてあげるわ」
そう言って妖精は「またね」とどこかへと行ってしまった。ユキは「あの妖精さん出て行ってしまわれたけれど、大丈夫なの?」と小人達に尋ねると、彼らは「仕事に戻ったのですじゃ。ありがとうございます、姫様」としわだらけの顔で優しく微笑んでくれた。
「今日明日は大事をとって休まれた方がよいです。わしらは姫様がいることを歓迎しておりますので、好きなだけいてくだされ」
「では、お言葉に甘えさせてもらいますね。明後日の午後にここを離れようと思います。それまでよろしくお願いします」
今日はもう日没なので、七人の小人達と協力して夜ご飯を作って食事をしたユキは、大人数で食卓を囲うのは久しぶりのことで、この時間が大好きになっていた。




