13
ユキが目覚めると、そこにはアリスがいなかった。一人にしてくれと言ったのだから当然だろう。アリスは約束を忠実に守ってくれる人だから、悪いことをしたと反省したユキは、謝りたくて彼女を呼ぶ。
「アリス」
いつもなら呼べばすぐに来てくれるアリスだが、今日はそれがない。やはり不愉快な想いをさせてしまったのかと不安になると、見知った別の顔がユキの寝室へと現れた。
その者は、王妃付きの侍女であるマリーだった。
「マリー? なぜあなたがここにいるの? アリスはどこ?」
マリーは「アリスは領地へと戻りました」と温度もなく答えた。
もはや一心同体であるとまで考えていたアリスの帰郷にユキは動揺した。戸惑うユキをよそに、マリーは手紙を差し出した。
そっと中を確認すると、驚きのことが書かれており、ユキはこれ以上ないほど後悔した。
──拝啓 シラユキ姫様
あなた様のわがままに振り回されて、私は疲れてしまいました。突然のことで戸惑われるでしょうが、もう我慢の限界です。今までお世話になりました。さようなら。
敬具──
アリスにしてはそっけない手紙で、感情すら込められていない文章にユキは泣き崩れる。
マリーはハンカチを差し出して「王女殿下にあるまじき振る舞いは避けてくださいませ」と冷たく言った。
眠ったおかげで身体は少し楽になったが、心は苦しくてたまらない。
確かにマリーの言う通り、侍女が一人辞めただけで泣き崩れるのは王女には相応しくない振る舞いだ。
けれど、主従を超え異性として好きになってしまったエリスに見放されたのかと思うと、どうしてもショックで立ち直れない。
熱でろくに考えることのできないユキは、普段のアリスならこのようなことは絶対にしないと断言できるのに、病で心細くなり傷つける言葉を言ってしまったがために、正常な判断ができなかったのだ。
涙が止まらないユキに、マリーはそっと囁いた。
「今なら間に合うかもしれませんよ」
「え……? どういうこと?」
「アリスの領地は森の奥を超えたところにあるのです。本来なら森を迂回して領地へと行くのですが、時間がない今森を通って行けば間に合うかもしれません」
にこりと微笑むマリーの甘言に唆されたユキは、「行くわ」と言ってマリーに支度を整えてもらった。
「マリーはお母様の侍女だから、連れて行くわけにはいかないわ。お願い、私のことは見逃してくれる?」
「もちろんですとも。今はシラユキ姫様の侍女です、あなた様のおっしゃることなら何でも従いましょう」
ユキは熱でおぼつかない足取りの中、森の奥へと一人アリスを追って探索に出かけた。
アリスを見つけたら、謝りたい。また一緒に朝市に出かけたい。デートじゃなくてもいいからそばにいたい。
***
「王妃殿下、シラユキ姫様は森へと向かわれました」
王妃にそう報告したのは他でもないマリーだった。知らせを受けて、王妃は美しい顔を歪ませほくそ笑む。
「フレッドを呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
王妃の呼び出しに応じたフレッドは、黒髪に白髪の混じった中年男性だが、元々は狩りの名手として王宮に仕えていた過去がある。
今はアリスの領地で領主一家に仕えているが、王妃の命令で呼び出され再び王宮仕えとなった。
アリス宛てに送られた『薔薇園が枯れたという』手紙の真の意味は、フレッドが王妃からの呼び出しで屋敷を出たと示していたのだ。
「待っていたわ、フレッド。顔をお上げ」
フレッドは顔を上げ王妃を見つめると、彼女はたった一言だけ言葉を発した。
「シラユキを殺し心臓を持ってきなさい」
「御意」
***
王妃から命令を受け、森の奥深くまでやってきてようやく薬草を探し出したアリスは急いで帰城すると、離宮のまわりには人が集まっており、そこには国王陛下もいた。
嫌な予感がしたアリスは王に近づくと、彼も気づいたのか王が口を開いた。
「シラユキがおまえの帰りを待ち切れず薬草探しに出かけたそうだ。アリスよ、シラユキを見てはおらぬか?」
「姫様は見ておりません。ですが、薬草を見つけたのですぐに帰城しました」
「そうか、おまえも見ておらぬか……。シラユキはマリーが目を離した隙に、アリスの後を追うと置き手紙を残したらしい。だが、よくぞ薬草を見つけて戻ったくれた。早速薬剤師達に調合させよう」
なかなか帰ってこないアリスを眠りから目覚めたユキが心配するのは分かる。かといって、そんな考えなしの行動を取るほどユキは馬鹿じゃない。
しかし、アリスの代わりに付けられた侍女が王妃の命令通りに従い唆し、不安を煽るようなことを言ったのであれば話は別だ。
陛下を支えるように寄り添う王妃は心痛な面持ちをしていたが、内心ほくそ笑んでいるに違いない。
アリスは手に血が滲むほど強く握り込んだ。
アリスと入れ違いになったユキを探すべく、捜索隊が組まれ森へと向かったが、丸一日経ってもユキが見つかることはなかった。
ユキは行方不明になってしまったのだ。
そして、フレッドは『心臓』を持ち帰り王妃へと進呈した。




