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約束していた日曜日の前日、ユキは楽しみにしておりどんな服装にするか悩んでいた。アリスの認識齟齬の魔法があれば、たとえどんな恰好をしていても『シラユキ姫様』が城下にいるとは気づかれないのだ。
ささっと動けるようなラフなドレスを選び、鏡の前に立ってあれでもないこれでもないと唸っていると、いつものティータイムの時間がやってきたようで、アリスが寝室をノックした。「どうぞ」と入室の許可を出すと、静かにドアを開けてアリスは入ってきた。
「このようにたくさん散らかして……。よほど楽しみにしていらっしゃるのですね」
苦笑しながらカップに紅茶を注ぐアリスに「いいじゃない、初めてのお出かけだもん」とユキは唇を尖らせた。
「そうでしたね、毎日頑張っていらっしゃる姫様には息抜きも必要ですね。出過ぎた真似をして申し訳ありません」
「いいよ、謝ってほしくて言ったわけじゃないから。楽しみにしてたんだよ。だって、私アリスのこと友達だと思ってるし、明日は友達と遊びに行くんだよ? こんなにわくわくすることってないよ!」
共闘の仲間であり、友達でもあると思っているユキは、思ったことをそのまま伝えた。アリスは瞬いて、くすりと微笑む。
「友達……ですか。私達は主従関係であり共闘仲間であり、友達でもある。色々な肩書きを頂戴し光栄です」
本来ならば、侍女と友人関係になることは許されないのかもしれない。けれど、信頼できるのがアリスしかいないのだから、自然と親しくなるのも仕方ないだろう。
「友達とのお出かけなんて本当に久しぶり。だから、アリスも楽しみだと思ってくれたら嬉しいな」
照れるように言うユキにアリスは再び瞬いた。そして、にこりと微笑み「楽しみにしてる、ユキ」と朗らかに笑って応えてくれたのが、なんだかこそばゆかった。
「こういう時だけエリスになるのずるいよ。私がエリスに弱いの知っててやってるでしょ?」
最近になって気づいたのだが、どうやらユキは『エリス』という絶対的な味方に弱くなっている。完全に二人きりの時、このティータイムの時間になるとエリスとしてからかうようになってきたのだ。
「姫様の反応がよいので、つい。申し訳ありません」
全く申し訳なく思ってない謝罪の言葉を口にするエリスに「はいはい、お子さまでごめんなさいねー」と返しカップに口をつけた。
明日着ていくドレスをまだ迷っているユキは何がいいかなと考えていると、不意にアリスが「こちらの青いワンピースはいかがですか」とユキに差し出した。
ユキはカップから口を離し、青いワンピースを受け取る。村娘風の装飾が少ないものではあるが、素朴ながらも可愛らしいデザインだし、アリスが選んでくれたのが存外嬉しくて、身体にドレスをあてて「似合う?」と聞いた。
「ええ、似合いますよ、姫様」
服も無事決まり、あとは明日に備えて早く寝るだけだ。寝坊なんてしていられない。
ユキはアリスに挨拶をして、すぐに眠りについた。
翌朝、いつもより早い時間にアリスに起こされたユキは、アリスの服装を見て笑顔になる。侍女の恰好ではなく、ユキ同様村娘風のワンピースを着ていたからだ。昨日アリスに選んでもらった青いワンピースと色や形が似ており、友達として楽しみにしていると言ったユキの気持ちを汲んでくれたことがとても嬉しかった。
それから素早く支度をして、アリスに認識齟齬の魔法をかけてもらった。本当の姿が見えているアリスは、いつもと違う顔形をしているユキを伴って城下へと連れ出す。
朝市は庶民で賑わっており、早朝だというのに人で溢れかえっていた。人にぶつかりそうになりながらも必死でアリスの隣に居ようとするが、人混みに慣れていないユキはこのままだとアリスとはぐれてしまうかもしれない。
不安になったユキの手を取ったのはアリスで、きゅっと手を握りしめてはぐれないようにしてくれたのだ。
ユキは小声で「ありがと、アリス」と呟くと「ユキとはぐれたら大変ですから」と笑って応えた。
アリスは前もって朝市を調べてくれたようで、何がおすすめなのか教えてもらいながら出店を練り歩く。
朝から串焼きを食べることになるとは思わなかったが、炭で焼いているからか、ジューシーで肉汁がたっぷりとしており美味しかった。
きのみのジュースを飲んで甘すぎないその味にクセになりそうだ。
隣を見れば上品に食べたり飲んだりするアリスがいて、目が合えばにこりと微笑んでくれる。
美人な女の子の姿をしていても本当は男の子なのだと思い出したユキは、これってもしかしてデートなのではと考えてしまった。そうすると繋がれた手の体温や優しい微笑みまで意識するようになり、とても心臓に悪い。
様子のおかしいユキを見てアリスは顔を覗き込み「体調が優れませんか?」と尋ねてきた。至近距離で見る青い瞳はやはり美しい。どうしてこんなに親身になってくれるのだろうと思ったが、ユキはプリンセスでアリスはその侍女。お仕えしているシラユキ姫様の心配をしているだけなのだと気づき、胸が苦しくなった。ツキンと痛む心に覚えがある。
しかし、それを認めてしまうと苦しくなるのはユキだ。それには気づかないふりをして、そっと微笑んだ。
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと人酔いしただけ」
「それならよいのですが……。そろそろ時間ですし、城に戻りましょう」
アリスに手を引かれ朝市を回り歩くのは楽しかったはずなのに、今は落ち込んでしまう。気にしないようにしなければならない。アリスはアリス、ユキはユキ。王妃を打倒すべく共闘を組んだ仲間なのだと自分に言い聞かせた。
恋心に気づきたくないユキの葛藤。




