9 屋根裏の散歩者 中
「手前ら警察の家に忍び込むたぁ住居侵入でとっ捕まえてほしいってことでいいんだな。」
押し入れに隠れていたおれと修二に飛来刑事は激怒する。
「それはむりだよ、私が招いたんだもの。」
カツさんはひらひらと手を振る。
飛来刑事が住む長家を尋ねてきたおれたちを出迎えたのはカツさんなのだ。
カツさんはもとは飛来刑事の先輩で、今は飛来刑事とともにこの長家で住んでいるのだと言う。
先のやり取りをみるに、カツさんは吸血鬼だ。
飛来刑事はカツさんを匿って世話をしているのだろう。
「何言ってんだカツさん。
なんでこんな奴らを家にあげたんだよ。」
「お前の代わりに調書を書いてたの。
飛来、この子達はお前が抑えた現場に居合わせたんでしょう。
ちゃんと話を聞かなきゃだめじゃない。」
飛来刑事が修二とおれに顔を向ける。
「飛来刑事は犯人を追って出ていかれたから、俺と凛太郎は取り残されたのだ。」
「俺が戻ったらいなくなってたじゃねえか。」
修二は涼しい顔で「殺人現場には慣れていないのだ。怖くなって逃げてしまった。」と抜かした。
「だからって押し入れに入る奴があるかよ。」
青筋をたてる飛来刑事と対照的にカツさんはニコニコと上機嫌な表情を浮かべる。
「まぁ落ち着きなさいよ。
飛来が留守の間に私がこの子達と話をつけておいたから。」
座布団をすすめるカツさんに飛来刑事がおれ、しぶしぶ腰掛けた。
「飛来、噂の料理店にいったんだって?
私はやめとけって言ったのに。」
「必要なもんが手に入れられるって聞いたからな。
けど殺人に遭ったから逮捕した。
俺は騙されたみてぇなもんだ。
あんな方法で作られてると知ってたら行かなかったよ。」
飛来刑事はカツさんのための血を買うつもりだったのだ。
けれども血の生産のための殺人は許さない。
そこに飛来刑事の善悪の捉え方が見えた気がした。
「それでね、料理店の帳簿をみたこの子達がうちを訪ねてきたんだ。
血を買おうとしたならここに吸血鬼がいるに違いないと。
だからといって私もさぁどうぞと退治されるわけにはいかないさ。
私よりも優先して退治すべきやつがいると修二くんに教えてやったの。」
このカツさんは優しげに見えて食えない男だ。
吸血鬼に容赦のない修二がやり込められたのだ。
おれたちはカツさんの要望通り、そちらを先に退治することになった。
「誰だよ、その退治しなきゃならないやつは。」
「この長家の三号室に住んでる若林女医だよ。
私にあの料理店を教えたのは彼女だ。」
「おいカツさん、あの話を俺は若林さんから聞いたなんて知らなかったぞ。
カツさんが料理店のことを俺に教えたのは先週じゃねえか。」
「うん、私が若林さんから聞いたのは先週だからね。」
「そいつはおかしいだろ。
若林さんが自殺したのは先月だ。」
三号室の住人であった若林女医は、将来有望な若き精神科医であったのだそうだ。
しかし一ヶ月前に自殺したのだという。
それが蘇っているとなれば、吸血鬼で間違いないだろう。
「そのはずなんだけどね、つい一昨日も会ったんだよ。
彼女、私を人間に戻してやるって言ったのさ。」
それが修二が若林女医の退治を優先することにした理由だった。
カツさんの話によれば、蘇った若林女医はその才を吸血鬼の研究に費やしているのだ。
「そこの押し入れの天板を押すとね、屋根裏に上がれるんだ。
それで修二くんと凛太郎くんに三号室を調べてきてってお願いしたの。」
「覗きをやらせていいのかよ。」
「覗きにはならないよ。
若林さんはもう部屋にはいないはずでしょう。
死んだんだもの。」
カツさんは自身を法に従順だと形容したが、おれにはカツさんは何にも縛られていないように見えた。
カツさんにとって法とは善悪をはかる指標なのではないだろうか。
ぼんやり考えていると、修二がおれの肩を掴んだ。
「凛太郎、行くぞ。」
修二は押し入れの天板を押し上げ、ひょいと上がってそれからおれを引き上げた。
おれと修二の屋根裏の散歩が始まった。