7 注文の多い料理店 下
おれと修二、そして飛来刑事は料理店のさらに奥へと進む。
廊下を通り過ぎ、扉を開ける。
次の部屋には、赤い瓶詰めが戸棚にずらりと並んでいた。
「なんだこれ。
ひとつひとつ値札が付いてる。」
修二は瓶を覗き込むと、確信した声で「まさしく血だろうな。少し薄まってるようだが。」と告げた。
「集めた血を売ってたらしいな。
これは吸血鬼むけの店だったというわけか。」
「風呂場の仕掛けをみるに、好意で寄付された血ってわけじゃなさそうだな。」
飛来刑事が舌打ちと共に吐き捨てた。
人喰い料理店の正体は、迷い込んだ人間の血を奪い、吸血鬼へと売り渡す店だったのだ。
「待て。」
修二がおれの腕をつかむ。
「むこうから物音がした。
あちらに誰かいるぞ。」
修二が指差すのはさらに奥へと続く扉だ。
飛来刑事は慎重にその扉をあけた。
小太りの男がこちらに背を向けて調理台の前に立っていた。
調理台には何か赤いものがある。
いや、血濡れた誰かが横たわっているのだ。
先の部屋の仕掛けで大怪我を負って血濡れになった人間が、ここへ運ばれたのだろうか。
男の手にあるのは斧だ。
止めるまもなく、その斧が振り翳された。
修二は男に向かって飛び蹴りを放つ。
地面に倒れ込む男に修二が馬乗りになり、心臓のあたりに杭をかざす。
「やめてくれ!死にたくない!」
男は情けない声で叫んだのを聞いて修二はニタリとする。
「やはりな。
お前、生きているな。」
「そうだよ、おいらは生きた人間だよ。
吸血鬼に脅されてただけなんだよ。」
泣き声をあげる男を「訳のわからねぇこと抜かしてんじゃねえ。」と飛来刑事が叱咤する。
「その手に持ってる斧はなんだよ。
殺したのは手前だろうが。
殺人の現行犯で逮捕してやらぁ。」
男はそれを聞くやいなや修二を突き飛ばし走り出した。
「待てこの野郎!」
すかさず飛来刑事が追いかけていく。
けれども修二は動かない。
「修二、追わなくていいのか?
それともどっかぶつけたのか?」
修二は「問題ない。」と差し出したおれの手を取って立ち上がる。
「殺人犯ならばすべきなのは退治でなく裁きだ。
刑事に任せるのが筋だろう。」
修二は最奥の部屋、支配人の部屋を指す。
「あの男は吸血鬼に雇われたと言った。
我々が倒さねばならぬ者はこの扉の向こうだろう。」
「新規のお客様かい。」
扉を開けると、モノクルをつけた老紳士が微笑んだ。
彼は赤い液体の入ったグラスを片手に、「よくきてくださった。私はこの店の支配人だよ。」と挨拶した。
男が飲むその液体は、血で間違いないだろう。
「さっきの小男を雇った吸血鬼があんたか。」
「おや、うちの従業員が何かご無礼を働いたかな。」
「いますぐこんな店やめろっていってんだよ。」
おれが怒鳴りつけると、支配人は目を丸くした。
「なぜやめねばならんのだね?
うちの商品を必要とする顧客はたくさんいるのだよ。
吸血鬼とて、理性はあるのだよ。
人を襲いたくない者が大半だ。
だから私は汚れ役を買って出て集めた血を販売しているのだ。
量を確保するために質はおちるがね。
吸血鬼にはみな、生きててほしいとねがってくれた者がいる。
私の仕事はそうした者たちを救っているのだ。
私の商品は、吸血鬼とそれを思う者の共存を可能にするのだ。
それでも辞めなければならないと思うかね?」
「やめねばならぬ。」
「何故だね?」
「吸血鬼はもう死んでいるからだ。
何人たりとも、訪れた死から逃れようとしてはならんのだ。」
「では君たちにはお引き取り願おう。」
支配人は杖で修二に殴りかかってくる。
がらあきになった脇腹におれは飛びついた。
「はなしたまえ。」
ガンガンと頭を殴られるが構わずしがみつく。
修二はその隙を逃さなかった。
一寸の狂いもなく、心臓目掛けて杭を打ち込んだ。
支配人の目がカッと開き、恐ろしい形相を浮かべ動かなくなった。
修二は深く息をついた。
おれを助け起こすと修二は「これで分かったろう、凛太郎。」と言う。
「吸血鬼は人間にとって捕食者だ。
此奴の言った共存は、人間を家畜としているにすぎない。
吸血鬼はいてはならぬのだ。」
少しだけ寂しそうにみえた。
いや、寂しかったのはおれだ。
修二のいう吸血鬼には、修二自身も含まれているのだ。
それがおれには寂しかった。
修二はオーナーのむくろを跨いで部屋の中央へと進み、机の引き出しを開ける。
革張りの手帳が入っていた。
中を開けば顧客の名前と住所がならんでいる。
血液の購入を予約した者の記録だろう。
今日の日付を開くと、名前がひとつ。
その名におれは驚愕した。
「修二、これをみてくれ。」
「だからいっただろう。
奴は信用するなと。」
そこには飛来刑事の名が記されていた。