6 注文の多い料理店 中
「おい、貴様ら何をしている!」
男の怒声におれは体をこわばらせた。
「聞こえなかったのか!
そこで何してる!」
突如現れた背広を着た男は、おれたちにむかって歩いてくる。
しかし修二は臆することなく「誰だ?」と尋ねる。
「警察だ。」
男は手帳をおれたちの眼前にぐいと近づけた。
乱暴なしぐさに修二は一瞬顔を顰めて、すぐに表情を消す。
「ちょうど警察を呼ぼうとしていたところだ。
たったいま死体を見つけてしまったのだ。」
「なんだと!」
男は足元の死体をみると「こいつは本物だ。」と呟いた。
「お前たちは第一発見者だ。
勝手な行動はしないでくれよ。」
「待て。お前は本当に警察なのか?」
命令に生意気な質問で返され、男は修二に詰め寄りぐいぐい手帳を近づける。
「手帳の字が読めないわけじゃないだろ、学生さん。
俺は県警一課の飛来だよ。」
男は刑事であった。
飛来刑事に睨まれているのに修二はニタリと挑発的に笑う。
「たったいま死体を見つけたのだぞ。
都合よく刑事が現れるなんて不自然じゃあないか。
背広で山登りしていたわけでもあるまい。」
「人が消える不審な店があると聞いたから調べに来たんだよ。」
「噂を頼りにたった一人で?
まさか独断で乗り込んできたのか。」
「他の奴らがのろまだから仕方なくだ。」
舌打ちをした飛来刑事に、修二は「おや、でまかせだか当たったか。」と笑みを深くした。
「腹の立つ餓鬼だぜ。
貴様らは何しにきたんだよ。」
「吸血鬼退治だ。」
「馬鹿言うんじゃねぇよ。
吸血鬼なんてのはいないんだよ。」
「ならば確かめてみるがよい。
どのみち俺たちから目を離し自由にさせるわけにはいかぬのだろう。
この料理店の中に吸血鬼がいれば俺が退治する。
そうでなければ殺人犯を逮捕してくれ。」
意外なことに、飛来刑事は修二の提案を受け入れ、「ついて来い。」とおれたちに言った。
西洋づくりの料理店の玄関は、白い瀬戸の煉瓦が詰まれた立派なものであった。
けれども柱には緑のツタが絡みつき、白い煉瓦は雨風による土汚れがあちらこちらについている。
飛来刑事は硝子の扉を力任せに開け、中へと足を踏み入れた。
おれと修二もあとへ続く。
中へはいるとすぐ廊下が続いており、水色の扉へと続いている。
「なんだよ、また扉かよ。」
「静かにしろ。」
飛来刑事は短くおれに注意すると、水色の扉に耳を押し当てる。
中から物音がしないことを確かめると、今度は慎重に扉を開けた。
扉の裏には金文字で、「湯浴みをして身体の汚れを落としてください。」と注意書きがある。
部屋の中へ入るとすぐ左に籠の入った棚がある。
どうもここは脱衣所らしい。
さらに奥に見えるもう一つの扉は風呂場に続いているとみた。
「どうします。
注意書きに従って湯浴みをしますか。」
飛来刑事は「馬鹿野郎。」とおれをなじった。
「俺は人殺しをとっ捕まえに来てんだよ。
お上品な料理店で飯を食うってんじゃねぇんだ。
きみのわるい注意書きなんぞに馬鹿正直に従うわけあるかよ。」
ずんずんと進む飛来刑事に修二が「気をつけたほうがよいぞ。」と忠告する。
「風呂場からは血の匂いが濃く香る。」
「言われなくてもわかってんだい。」
扉を開ける。
檜の風呂桶があり、白く濁った湯が貼ってある。
「坊主、ちょいと預かってくれ。」
飛来刑事は背広を脱いでおれに投げてよこした。
シャツの右腕をまくって湯に手を突っ込む。
「やっぱりな。」
湯から引き上げた刑事の手は血が垂れていた。
「風呂底に刃物を仕込んでやがる。」
迷い込んだ客が山道で冷えた体を癒そうと風呂に入れば、刃物に刺される仕組みになっているのだ。
吸血鬼はそうして血にそまった風呂から血を集めているのか。
「どうも妙だな。」
呟く修二におれは耳を寄せる。
「吸血鬼ならば噛みついて血を吸えばよいだけのこと。
この仕掛けでは血の鮮度も落ちる。
何故このような仕掛けをしたのだ。
それともう一つ。」
修二はさらにおれに顔を近づけて囁く。
「凛太郎、飛来刑事は信用するな。
奴は何か隠しているぞ。」