5 注文の多い料理店 上
あれから一週間後、エツ子は再び事務所を訪ねてきた。
「タッちゃんはどうしてる?」
エツ子はおれがいれた茶を冷ましながら、「元気にしてるよ。だいぶ顔色もよくなったんだ。」と答えた。
あの後エツ子はタッちゃんを家に連れ帰った。
エツ子の両親はタッちゃんの母親が亡くなったと知ると、タッちゃんを快く家に置くことにしたそうだ。
「エツ子のご両親はご立派な方だな。
子ども一人増えるのは楽じゃないだろうに。」
「そうだろう、立派だろう。
だからあたしも新聞配りで小銭を集めることにしたんだ。」
ふふんと胸をはるエツ子は誇らしげだ。
「それより、あんたたちどうせひましてるんだろう。
これからはあたしが吸血鬼の噂をあつめてきてあげるよ。」
エツ子がぴっと人差し指を立てて生意気を言うから、おれは「余計なお世話だ。」と言い返す。
「だいたい、お前は依頼料払う金なんかないだろ。」
前回の依頼はエツ子が町内を代表してお金を預かってきたはずだ。
稼ぎを目的にしていないから修二が設定した依頼料は安いが、それでも子どもには高いだろう。
しかしエツ子は「あたしが払うんじゃないよ。」と首を振る。
「あたしは情報をあんたたちに渡すだけ。
吸血鬼を退治しにいって、助けてやった人からお金をもらえばいいさ。」
「それじゃ押し売りじゃあないか。」
修二は「それで構わぬ。噂があればすぐ知らせてくれ。」と言う。
エツ子が「なら決まりだね。」と嬉しそうに笑った。
「じゃあまず、人喰い料理店の噂を教えてあげるよ。」
「なんだそれ。」
「町はずれに山があるだろう。
その山の奥に料亭があるらしいんだよ。
親切な店主がいて、山道で迷った人に料理を出してくれるんだ。
だけどタダより高いもんはないだろ。
お客はお代として血を抜かれるんだ。
一度入ったら出てこられないって噂だよ。」
せっかちな修二は「凛太郎、支度しろ。」と一言言うと、またおれを引っ張って出かけた。
「修二、ほんとに料亭なんかあるのか。」
おれは息を切らしながら修二に話しかける。
修二は山道をずんずんと進んでゆく。
「なぁって。」
修二はようやく振り返ると「凛太郎、声が大きいぞ。」と言う。
「罠を作るときは、見つかるのは易く逃げるのは辛いのがよい。
件の料亭は見つかりやすいはずである。」
修二が木の向こうを指を刺す。
霧ががった山の中、噂の料理店は獲物が来るのを待ち構えていた。
「凛太郎、裏へまわるぞ。」
修二はそういうと足早に門をくぐり、料亭の裏庭へと進む。
「なんで裏からなんだ?」
「こちらから血の匂いがしたでな。」
裏庭には何かが埋められたような小さな土の山がいくつもあった。
修二は靴の先を使って遠慮なく土を掘り返す。
庭の芝が剥がれようが、マントに土がはねようがお構いなしだ。
木の葉で隠された土は柔らかく、少し掘り返すとすぐにそれがでてきた。
「凛太郎、人喰い料理店の噂は本物だぞ。」
叫び声をあげそうになったおれの口を修二が塞いだ。
埋められていたのは、人の手だ。
「血を抜かれた人間をここに埋めてたのか。
しかも殺されたのは一人じゃねぇ。」
裏庭一面にある幾つもの小さな土の山。
この全てに死体が埋められているのではないか。
「しかし、吸血鬼が一度に吸う血の量はそれほど多くない。」
土のなかから覗く死体が吸血鬼の仕業というのなら。
「ここに潜む吸血鬼は1匹ではないのかもしれぬぞ。」
そのとき、後ろで足音がした。
まさか、見つかったのか。
「貴様ら何をしている!」
男の怒声におれはからだをこわばらせた。