5 斜陽 其ノ伍
真っ赤に染まった居間には、修作の遺体と返り血を浴びた修二がいた。
「おい修二!
これは手前がやったのか!」
「無論。」
「手前自分が何したかわかってんのか!」
「飛来、やめなさい。」
修二を糾弾する俺の肩をカツさんが掴む。
「あの子、自殺するつもりだよ。」
カツさんの言葉にはっとする。
修二は小刀を手にしていた。
俺が動けなくなっている間にばたばたと足音がして、
多江と椿が居間へやってきた。
「修二!
お前はまたなんてことをしたのです!」
「また?」
多江のその言葉が引っかかった。
「修二!」
多江を推しやって、椿が居間に入る。
「姉さん。」
「修二や、行こう。」
椿は修二の血濡れた手を取ると、居間の縁側から庭に飛び出した。
「おい、どこへいく!」
俺は駆け出す二人を追いかける。
強い雨が桔梗の咲く庭に降り注いでいた。
植木鉢を倒して俺の進路を塞ぎながら広い庭を抜け、修二と椿はついに屋敷の外へと飛び出す。
細く入り組んだ路地を抜け、彼らは雨で荒れ狂う川へと走っていく。
「おい、とまれ。
川は危ない、溺れるぞ。」
土砂降りの雨の中、ようやくこちらを振り返った修二が口角を上げた。
「望むところだ。」
椿と修二は手を繋いで、川へと飛び込んだ。
俺は二人をとめることができなかったのだ。
こうしてこの殺人は、犯人の自殺により幕を閉じるのだとこのときの俺はやるせなく思った。
けれどもそれは誤りであった。
実際の結末は、もっとやるせないものだったのだ。
翌日、俺はカツさんと共に汽車に揺られていた。
「どうしたんですか、カツさん。
急に署に戻るだなんて。
俺はてっきり、応援を呼んで捜査をするものだとばかり。」
向かいの座席に座るカツさんは重苦しい表情を浮かべていた。
「昨日、署から連絡があってね。
この事件からは手をひけと命じられた。」
「どういうことですか。」
「事件は無かったとして処理される。」
「何言ってるんですか、人が死んだですよ。
それも三人も!」
俺はたまらず声を荒げる。
カツさんは眉間に皺を寄せていた。
「無かったことになったんだよ。
昨日のあの事件は、起こり得ないものだから。」
次に続くカツさんの言葉を、俺はすぐに信じることはできなかった。
「修作は、二十二年前に死亡届けが出ているんだ。」
「修作が二十二年前に死んでいた?
それはあり得ないですよ。
だって、椿と修二は修作と多江の子でしょう。
椿も修二もまだ学生だ。
父親が二十二年も前に死んでたんじゃ計算が合わねぇ。」
「椿と修二も、戸籍の上では存在していない。
出世届けが出されていないんだ。
だからこの事件は無かったことにされる。
存在しない人間が死んだ人間を殺すことはあり得ないから。」
「そんなんあり得ねぇ。
椿も修二も存在していた。
俺はあの二人と会話したんだ、カツさんだって二人に会ったでしょう。
それに修作のあの死体は鮮度の高い赤い血に塗れていた。
二十二年も前に死んだのなら白骨化しているはずです。」
それで俺は考えた。
「椿と修二は、修作とは別の男と多江の間にできた子なのではありませんか。
戸籍のない私生児だった。
そして昨日殺された男は二人の本当の父親だった。」
「私も同じことを考えた。
しかし、どうもそうではないらしい。」
カツさんは懐から一枚の写真を取り出した。
「これは昨日、屋敷から拝借したものだ。
二十五年前の多江と修作の結婚の際に撮影したものらしい。」
今より幾分か若い、花嫁衣装の多江の隣に立つ男。
それは昨日殺された男で間違いなかった。
「ツネさんもそうだったが、あの屋敷の周囲のものは修作が生きていたことを疑いもしていなかった。
昨日まで、確かに修作は存在していたのだ。」
「どうなってんだ。」
わけがわからなくて、俺は額に手をやった。
車窓の外から響く蝉の声と汽車の音の喧しさが不安を煽った。
しばしの沈黙の後、カツさんは口を開いた。
「なぁ飛来、お前は吸血鬼を信じるかい。」
「死人が蘇って血を吸うようになるっていうあの?
カツさんは修作が吸血鬼だったと言うんですか。」
カツさんは眉間を押さえた。
「自分でも馬鹿げてると思うよ。
でも、吸血鬼の存在を認めるのならあの屋敷に隠された謎が解ける。
飛来、私の推理を聞いてくれるかな。」
俺はこくりと頷いた。




