3 斜陽 其ノ参
「わざわざ来て頂いたようですが、警察の方が調べなければならない事件なんて起こっておりませんのよ。」
多江はきっばりと言い放った。
「わたくしども家族が殺された、なんて通報が二度もあったようですが、見ての通りわたくしどもは誰一人死んでなどいませんの。
殺されてなんかおりません。
ただの悪戯なのですわ。」
多江のつんとした言い方は、俺たちに帰って欲しいという意思を暗に示していた。
けれどもカツさんは引き下がらない。
「しかしねぇ、多江さん。
悪戯にしてもこう続くと迷惑でしょう。
我々警察としては、善良な市民に嫌がらせをして迷惑をかける輩を放ってはおけないのですよ。」
「そういうことでしたら、どうぞ嫌がらせを止めさせてくださいな。
あのとおり、娘は嫌がらせのせいで随分と気をやられておりますの。」
「ええ、もちろんですよ。」
不機嫌な様子な多江と対照的にカツさんはにこにこと笑う。
「必ずあなた方を守って見せます。
ですから、どうか我々の捜査に協力していただけませんか。」
「よごさんす。」
厳しい態度だった多江に捜査の協力を認めさせるとは。
カツさんが恐れられる理由はこういうところかもしれない、と俺は思った。
「でも、わたくしどももいつまでもあなた方を置いておくわけにはまいりません。
三日でなんとかしていただきとうございますわ。」
「ええ、わかりました。
三日もいただけるのでしたら、十分です。
お任せください。」
「ではよろしくおねがいします。」
多江はすくっとたってキビキビした動きで部屋を出た。
「カツさん、よかったんですか。
三日でなんとかする、だなんて約束しちまって。」
「奥方にしてみれば、殺人事件なんざ起こっていないんだよ。
嫌がらせの捜査に三日もかけていい、と言ってくれたのはむしろ優しいね。」
焦る俺とは違い、カツさんは上機嫌だ。
「いいかい飛来。
三日の間に、この屋敷で殺人が起きた証拠を見つけろ。
それが我々のすべきことだよ。」
カツさんの命令で、俺たちは二手に分かれて屋敷を調査することになった。
カツさんは屋敷の内部を、俺は凶器の見つかった庭を調べることになった。
しかし庭には桔梗の花が美しく咲くばかりで、殺人の証拠なんてありそうには見えない。
「やっぱり通報はただの悪戯なんじゃねえのか。」
「悪戯などではない。」
突如後ろからした声に俺は振り返る。
学生帽にマントを着た青年が立っていた。
「一家惨殺は本当にあったのだ。」
低いその声には確かに憎しみがこもっていた。
「お前、ここの家の息子か。
確か修二だったか。」
「いかにも。」
修二は姉の椿とよく似ていて、色白い肌に赤い唇をしていた。
修二はずんずんと近づくと、いきなり俺の襟元を掴んだ。
「やったのは俺だ。
警察ならばきちんと俺を捕らえよ。」
「落ち着けよ、坊主。
手前の家族は誰一人死んでないんだろう。」
宥めようとするも、修二は俺の襟元を掴む手にギリギリとさらに力を込める。
「俺は三度目はしくじらない。
一度目、二度目は失敗したが、今度こそ俺はこの忌まわしき運命を終わらせる。
お前は俺の罪を明らかにし、ふさわしき罰を与えよ。
よいな。」
修二は手を離すと俺をドンと突き飛ばした。
「おい手前!」
文句をいってやろうとしたが、修二は立ち止まらずに去っていった。
「まったく。
なんでここの家族はおっかねぇ奴ばかりなんだ。」
残された俺はため息をつくしかなかった。
「あれ、飛来。
そんなとこで何してるのさ。」
「カツさん。」
尻餅をついていると、庭側の廊下にきたカツさんが呼ぶ声がした。
「そんなとこで遊んでないで早くこっちへ来なさい。
血痕が見つかったよ。」
どうやら俺は間違っていたらしい。
この屋敷には何かがあるのだ。




