2 斜陽 其ノ弐
「こりゃずいぶん豪勢な屋敷だぜ。」
いつのまにか隣にきたカツさんが思わず漏れた俺の独り言を聞きつけ「ここらじゃ有名な地主だからね。」と笑う。
目の前に構える大きな門と草木が美しく生い茂る庭。奥に広がる瓦屋根の広い屋敷。
これがニ度の一家惨殺事件が起きたとされる件の屋敷だ。
「もっとも、これだけ領地を広げたのは先代の亭主らしい。
稲が不作になったときに周りの農家から土地を買い取ったそうだ。
でも、その敏腕さは今の亭主には受け継がれなかったようだよ。
今の亭主になってからは領地は広がっていないそうだ。」
「通報の内容によると、住んでるのはその亭主と妻、それに娘と息子だそうです。
これだけの広い土地に住んでいて住み込みの使用人がいないのは気になりますが…。」
俺が言い終わらないうちにカツさんはすたすたと門をくぐってしまった。
俺は慌てて後を追いかけた。
玄関へ着いたカツさんが「ごめんください。」と呼びかけると、出てきたのは若い女だった。
安物の着物と割烹着を身につけているところからすると女中だろうか。
「私は県警捜査一課の者です。
最近この家に関する通報が続いたので調査に参りました。」
女は「私はこの屋敷に支える女中のツネです。ご案内いたします。」と挨拶し、俺たちを屋敷内へ招いた。
「ツネさんはここで働いて長いんですか。」
先を歩くツネにカツさんが声をかける。
「いえ、働いて2年ほどです。
前任の者からの紹介でここへきました。」
「ツネさんは屋敷に通いで働いているのですか。
こんなに屋敷が広いと仕事も多いでしょうし、通うのは大変でしょう。」
「私の家は近所ですので、そう辛くはありません。
前任者もそうでした。
奥様は使用人を屋敷に住まわせるはお嫌ですから。」
俺とカツさんは茶室に通された。
「奥様を呼んで参ります。」とツネが部屋を後にしたので、俺たちは部屋で待つことにした。
すると、「警察の方かえ?」というか細い声とともにぴしゃりと障子が開けられた。
立っていたのは、袴姿の少女であった。
肌の色は青白く、赤い唇がわなわなと震えている。
只事でない様子の少女に、カツさんが柔らかい声で話しかける。
「そうだよ、警察だ。
君はここのお嬢さんかな。」
少女はこくりと頷き、「私は椿。」と名乗ると部屋へ入りカツさんの前へ膝をついた。
「どうか、どうか私と修二を…弟を助けておくれ。」
「おい、お嬢さん。
いったいどうしたんだよ。」
俺は震える彼女の肩をさすってやるが、椿は落ち着かない様子で口を動かす。
「最初に父を殺したのは私じゃ。
この手で父の首をしめた。
私はすぐに父の後を追おうとして、頸動脈を切った。
だのに、私は目が覚めた。
父も何事もなかったように生きていた。
次に修二が…。
修二は、悪くないのじゃ。
私たちは、なにもしらなかったのだ。
自分が化け物なのだと、知らなかったのじゃ。
なんと罪深きことよ…!」
「おいお嬢さん、大丈夫かよ。
父を殺したってどういうことだ。」
俺の問いに答えようと椿が顔を上げたとき、女が部屋に入ってきて椿を引き剥がした。
「おやめなさい、椿。」
女は椿の頬を平手打ちにした。
「いい加減になさい。
客人の前で見苦しい。
訳の分からない妄想に取り憑かれるのはおやめ。」
「母さま…。」
打たれた頬を抑える椿に、女は「椿、あなたは頭を冷やしてきなさい。」と命じた。
椿が出ていくと、女は俺たちの前に腰掛けた。
「娘が無礼を働き申し訳ございません。
わたくしはあの子の母親の多江にございます。
主人の修作は留守にしておりますので、わたくしがお伺いいたしますわ。」
屋敷の奥方、多江は目元が凛とした背筋の伸びた女であった。
血色も良く、はきはきとした声色は意志の強さを馴染ませており、娘の椿と違い病んだ印象はない。
けれども俺はこの女をみて、生き血を啜る吸血鬼の話が頭に浮かんだ。
俺にはこの女が恐ろしく感じたのだ。




