なぜ私は呼ばれたのでしょうか。
「ここです。」
シキさんが大樹の前に立つと、幹に触れた。
すると、グニャグニャと幹に穴が空き、ドアの形になったかと思ったら、シキさんがなんの躊躇いもなくドアノブを回してドアを開いた。
「は!?」
「ふふふっ、初めて見ると驚きますよね。どうぞ中へ。」
ぽかんと口を開けて置物のように固まっている由美の様子に、シキはクスクスと笑いながら中へと誘う。
由美はシキに言われるがまま樹木の中へと入ると、さっきまで開いていた扉がまたグニャグニャと動き始めて穴を塞いだ。
(閉じ込められた!?)
さっきまで扉のあった壁を押したり叩くけどビクともしなかった。
「そんなに怖がらなくても、話が終われば出してあげますよ。さてと、コーヒーと紅茶、それに緑茶。どれになさいます?」
「お構いなく」と告げて、シキさんの声のする方へ身体を向ける。
円状に広がる空間は、先ほどの大樹よりも広く感じられた。
部屋の中央には、ログハウスのような温かみのある明かりが灯る空間に、少し大きめの木造テーブルと椅子が整然と並んでいて、テーブルの中央には花瓶が置かれ、子どもたちが摘んできたと思われる、やや萎れかけた花々が飾られていた。
部屋の奥では暖炉の火が穏やかに燃え、暖炉のそばの壁棚には調理器具やさまざまな形の壺が丁寧に並べられ、室内の左右にはそれぞれ扉が見える。
「素敵な部屋……。」
先ほどから感じていた恐怖心はいつの間にか消え、由美はただただ、その空間に魅せられていた。
仕事や社会のしがらみを忘れ、時間の感覚もゆったりと流れて癒されていくような、そんな場所を探していた。
自分が長年理想としていた空間。まさにそのままだった。
「ありがとうございます。僕も気に入っているんです。」
暖炉の火でヤカンを熱しながら、シキは柔らかい声で話す。
「よかったら少しの間、ここに留まりますか?あ、でもお仕事がありますか……。」
どうぞ、と温かいお茶の入ったマグカップを受け取り、喉を潤す。
「いえ、今私無職なんです。……会社が倒産してしまって。」
「それは……お気の毒に。次の仕事の当てはあるのでしょうか。」
シキの言葉に由美は力無く首を左右に振った。
「いえ、まだです。無職になってすぐでしたから、しばらくは失業手当を貰いながら仕事を探そうかと悩んでいる最中なんです。」
「そうでしたか…。話を変えますが、貴女はどうやってここへ?」
由美はここに辿り着くまでの出来事を全てシキに話した。
コンビニから帰る途中で、車に轢かれそうになっている歩に会ったこと。
助けた歩が突然走りだしたので公園まで追いかけたこと。
公園の奥にあるお地蔵様に手を合わせた後、鈴の音と共に地面に落ちたこと。
「なるほど…。鈴の音ですか。ならばお地蔵様に導かれたのは間違いないですね。それに歩を助けようとしてくださりありがとうございます。」
(助けたではなく?)
少し疑問に思いながらも、お地蔵様について尋ねる。
「その、お地蔵様って一体何なんですか?私、お地蔵様に手を合わせた後に鈴の鳴る音が聞こえて…そしたら地面に穴が空いてここに落ちてきたんです。」
「お地蔵様は…そうですね、『彼ら』は人知を超えた存在です。ここに入る資格がある者かどうかを判別する監視者。彼らが直接話しかけてくることはありませんが、時折、鈴の音や脳内にイメージとして何かを伝えてきます。本来、大人は入れない場所ですが、貴女も招かれたのだと考えるのが自然でしょう。」
「資格?」
「詳しくは分かりません。ただ、お地蔵様が選んでいるとだけ。」
「ではここは?なんの為にあるんですか?」
「この空間は、癒しと再生の場。様々な理由で家に居場所がない子供達を癒やし、傷ついた心を再生させる為の避難所もしくは保護施設です。」
(癒やしと再生の場…。)
続けてシキさんが「あ、秘密基地って名付けたのは子供達です。子供達の発想は実にユニークですよね」とクスクス笑いながら話す。
「それでシキさんが、管理を?」
「はい。とはいえ、僕も昔、貴女と同じようにここに迷い込んだ人間なので、正式な管理人ではないかもしれません。ただ、この場所が子供達のためのもので、私が子供達を見守る存在として呼ばれたのだと、初めて訪れた時に頭に浮かんだんです。それ以来、私は管理人としてここにいます。」
「失礼とは思いますが、お仕事や生活とか大丈夫なんですか?」
「ああ、そちらはご心配なく。ここでも出来る仕事をしていますので。それにここでは、不思議な物が沢山あるのでそれを利用したり、不定期的にですがどこからか必要な物が届くようなんです。なので子供達も私も生活に困るような事は今のところありません。」
(え、生活に困るような事がないって最高すぎない?)
そんな煩悩丸出しな気持ちが浮かんだが、まずは疑問を解消するのが先決だ。
悠々自適なスローライフに思いを馳せながら、続けて質問する。
「さっきから本来大人は入れないとか子供達の為の場と言ってましたけど、シキさんと私は大人ですよね?シキさんはお役目みたいなものがあるみたいですけど、私はそんなの浮かんできませんでした。私は何故呼ばれたんですか?」
「それは……分かりません。私達にも知らせは届きませんでした。ですが、今まで大人の方でここに入ってこられたのは貴女だけです。おそらく…何かあるんでしょうけど、今はよく分かりません。」
「ご期待に添えず申し訳ありません」とシキさんが頭を下げる。
何故大人の私が呼ばれたのか、分からないのではどうしようもない。一種のバグか何かだろうか?
…………?
ふと何かの視線を感じた。
シキさんではない、何か別の視線だ。
(誰か……いる?)
「由美さん、どうかされましたか?」
「いえ、何か視線を感じて……。」
訝しげに尋ねたシキさんは、私の言葉に得心したのか、席から立ち上がり、後ろの暖炉の一個の窪みに手かけた。
ガコッという音と共に暖炉が左に動き、暖炉のあった場所に階段が浮き出てきた。
「やっぱり選ばれたようですよ由美さん。さ、私についてきてください。」
さらに不可思議な事が起こって固まる私は、シキさんに促されて階段を登る。
(こ、今度はなに?)
階段を登った先に大きな黒い扉があった。
重厚な趣の扉は先ほどの空間とは違って、どこか冷たい印象だった。
そこから、感じる無数の視線に由美は背筋が凍る思いがする。
ガコッ ギギギィ…
シキさんが重い扉を押し開けて、中に入る。私も恐恐しながら後に続いた。
「うわぁ。」
思わず声が溢れた。
中に入ると、壁も床も天井も影一つない真っ白い光に包まれた聖域のような空間があった。
空気には神秘的な静けさが漂い、足を踏み入れた私は部屋の荘厳な沈黙に飲み込まれそうになる。
その白い聖域を彩るかの様に壁沿いには、色とりどりの石が転がっていて、それぞれが小さな星のようにきらめき、真っ白なキャンバスに色彩の波を生み出している。
私はおもむろに、その中のひとつを掬いとる。
触れてみたら不思議な力を秘めているように感じられた。
(違う。)
唐突に浮かんだ気持ち。
なぜかは分からないがこの石じゃない。
キーンと耳鳴りがした。
振り返ると色鮮やかな石が散らばっている中で一際輝く石を見つけた。
その石を手に取ると、石は、まるで小さな宇宙を閉じ込めたかのように、息をのむほど複雑で幻想的な輝きを放っていた。
青や緑、橙。色彩が絶え間なく揺らめき、見る角度によって表情を変える。
澄んだ海のようでありながら、時に夕焼けの空のような表情。
その輝きを見ているうちに、私の心に郷愁にも似た温かみと涼やかさが染み渡る。
「自分の石…見つけられましたか?」
ヒョイッと肩越しに尋ねるシキさんに思わず後ずさる。
「シ、シキさん!」
「ここは『石の間』と言いまして、石に選ばれた人だけが入れる所です。」
「石の間……。」
「ここにある石はどれも不思議な力を持っていますが、石は人を選びます。石に選ばれた人間だけがその力を使えるそうです。」
「 力……って?」
「持つ人によって様々ですが、ここにいる子供達ですと筋力を増す力だったり、遠くを見透す力だったりとかですね。」
「あとは、歩の能力もそうですね」と思案顔でシキさんが話す。
「歩、君も能力持ってるんですか!?」
「ええ。彼の能力は、物を遠ざける能力です。由美さんが車に轢かれそうな歩を助けようとしてくださいましたが、彼の能力なら本来、車は彼の周囲を滑るように避けているか、最悪、車の前方が潰れて運転手の方が怪我をするところでした。」
「それで、助けようとしてくれたって言ったんですね。」
「はい。彼の力はとても強いですから。とはいえ完璧ではないので心配はしていたんです。」
そう言ってシキさんは苦笑した。
本当は内心穏やかではないのかもしれない。
「話は変わりますけど、この石にも何か能力があるんでしょうか。」
そっと手の平で輝く石をシキさんに差し出す。
シキさんは差し出された石を摘むと、頭上高く持ち光にかざした。
「この石は……蛋白石、オパールですね。希望の石と呼ばれていて、モノを浄化し、導く効果があるとされています。どんな能力があるのかは分かりませんが、この石もそんな力があるのかもしれません。」
「浄化と導き…。あ、その力を使うにはどうしたら?」
「肌身離さず持っていてください。そうすれば、石の方から教えてくれます。」
「……。」
「さて、これからの事を考えないといけませんね。」
「これからの事ですか?」
「はい。石の力を少しでも使えるようにならないと外には出られませんし。」
「え?」
「無くても出られるには出られるのですが、それだと満月の出る日だけなので、あと1週間ほど後になりますね。」
「え、え?ええええ〜!!!?」
「それまでに力を使えるようになりましょうね」とシキさんは笑いかけてきたけど、私の頭には入ってこなかった。




