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第八話 腹が減っては

 村か町を目指すことを決めたわけだが、この世界の地理なんて全く分からない。しかし俺は最もこの世界に詳しそうな奴に直接聞ける状況にある。


「ルミニエ、話は聞いてたと思うけど町か村は近くにないのか?」

(近くの村は全部もう人がいないね。川沿いの道を下っていけば大きな街があるよ)


 今いるここ以外の村も滅ぼされているということは、ルミニエはホントに魔物の勢力圏のど真ん中に転移させたんだな。やべー奴だ。加護があるから力の差があるとはいえ危ないだろ。


(インスラーテ領の一番大きな街だね)

「何か役に立つ情報はあるか」

(知りたいのはお薦めの料理店と観光スポットかな)

「違う」

(冗談だって。でも街の情報なんていちいち把握してないよ)


 ルミニエは女神でも全知全能というわけではなさそうだし、流石に無茶振り過ぎた。そもそも全知全能なら俺が連れて来られる必要も無かったしな。しかし、知らないだけで調べることは出来るだろう。


「調べて欲しいんだけど」

(人気の料理店を? ウソウソ冗談でしょ。でも高くつくよ)

「……ゴブリン十匹分でどうだ」

(やっすぃ、ていうかゴブリン換算やめよ)

「今のところ魔物がゴブリンばっかりだから分かり易いんだよ」

(十匹分くらいじゃ、あんまり力使えないから大した情報は調べられないけど)


 情報はあるだけ欲しいんだけど、特に知りたいのは役に立ちそうな人間と敵になりそうな奴かな。規模や組織構造とかも知りたいけど、結局役立ちそうな人間と接触する頃には分かっていそうだ。


「有力者や注意した方が良さそうな危険人物や組織が分かれば良い」

(うーん十五匹分)

「十四」

(決まりだね。それじゃあ調べ終わったらまた連絡するね)

「頼んだ」


 ずっといた半透明で小さなルミニエの姿が消えた。急に静かになった気がする。ちょっと落ち着いたら全身血塗れかつ、死体がそこら中に転がっている惨状に思い至る。とりあえずゴブリンとボブゴブリンの死体は収納しなおす。町で討伐報酬が貰えたらラッキーくらいの気持ちだ。後は体を洗わないと。残念ながら村を回った感じ風呂は無さそうだったので水で洗うだけだな。


「この汚れをどうにかしたいから水出してくれないか」

「それでしたら神聖魔法の【浄化】がありますが」


 浄化、ゲームでは状態異常を解除する効果があった。いやゲーム上での説明では正常な状態にするとかだった気がする。言葉そのもののとしても綺麗にするという意味があるから、洗濯や風呂の心配が無くなるのか?


「使ってみてくれ」


 ティアが【浄化】を発動すると光の粒子が俺の周りを舞う。体や服に付いた血やよく分からない汚れが次第に消えていく。普通に洗うより綺麗になっているかもしれない。もしかしたらと思いステータス画面を確認したが状態の病気の文字は残っていた。まあそこまで強力な効果は無いか。


「こんなに綺麗になるんだな、気分まですっきりした」

「ご満足いただけたようで良かったです」

「後は食事と寝る場所か。ちょっと奉納で何か良い物が無いか確認するか」


 と、確認したところ厳しい現実に直面する。高い、ひたすらに交換のポイントが高い。シャツやジャージの一番安い物でもゴブリン百匹分くらいはする。靴や下着まで揃えるとゴブリン換算で千匹くらい必要になる。元いた世界の物はだいたい法外な値が設定されている。ルミニエの奴、マジでぼったくりだろ。

 しかもなんか元いた世界の物は何故か画面表示が大きく変わる。画面がなんか某大手ネットショップっぽい。受け取り場所の設定をしてください? ここだよ、この世界ではついさっきまで住所不定無職だったんだよ。ふざけんな。コンビニ受け取り出来るとでも? コンビニあるなら出せ、出して、出してください。

 こっちの世界で辺境の村人が着る一般的な服装一式を獲得する。これはたった十ポイントだった。一式でだ。お手頃価格過ぎる。どうなってんだよ。


「この生地なんかゴワゴワするなあ」

「村人は皆こういった物を着ていましたね」


 ジーンズより目の粗い生地で縫製も綺麗とは言い難い。糸も太い。色も染色されておらず薄い茶色っぽい。これは戦う格好には見えないな。靴だけでも元の世界の物が欲しいがポイントが足りない。リボ払いじゃ駄目ですか? 無理だよな、流石に。

 仕方なく靴もこちらの革製の靴にした。履き心地は最悪だ。ちなみにティアの靴は革製のサンダルっぽい何かだ。普通のサンダルより足にしっかり固定するように紐状の皮が二重三重に足首に巻きつけてある。

 これでもうポイントがカツカツだ。あと武器や防具を錬金術で用意して、もう少し見た目を整えないと、これから出会う人間に舐められるかもしれない。ただの村人の格好をした者と、いかにも強そうな格好をした者どちらの言葉を重く受け止めるか、当然後者だろう。特にこの世界は危機的な状況なので顕著な違いがありそうだ。

 幸いトロールの死体を素材にレザー系の防具を錬成出来たので新しく素材を探す必要はなかった。胴体と脛の部分を保護するようになっている。昔、牛や豚の革製品に触れたことがあるがこれはそれより分厚いし硬い。その分防御力は期待できそうだが着心地はやはり良くない。

 それにしても実際に使われている素材は皮の部分だけなので骨や魔石は残るかなと、期待したがそんなことはなかった。どういうシステムなんだろう。ルミニエさん、中抜きしてない?


「はあ今はこれでもう良いか」

「主様に相応しい装いとは言い難いですね。早くもっと良い物を用意すべきです」

「そのうちな。さて食材はあまり無さそうだし食事は簡単に済まそう」


 壊滅している村にあまり食材は期待出来ない。だがその辺に生えている野草をむしゃむしゃする気も無い。実は村の探索中に見つけた小麦粉、畑に収穫されずに残っていた野菜をこそっと収納しておいた。火事場泥棒みたいだが仇は討ったからこの位は勘弁して欲しい。

 もうちょっとメインになる物が欲しいので水路で探ってみたら沢蟹とナマズが獲れた。ナマズは泥臭そうなイメージがある。だが人がいなくなった影響もあり水路の水はそのまま飲めそうなくらい綺麗だったので大丈夫だろう。恐らく。

 家の残骸から拾ってきた包丁と鍋で料理する。まな板? ねーよ、そんなもん。ルミニエなら今席を外してるから。

 蟹と野菜を大雑把に切ってティアが魔法で出した水を使って煮ることに。いくら見た目が綺麗そうでも異世界でいきなりその辺の水を口にする勇気は俺にはない。浄化という手もあったが今回は魔法で出した水にした。

 調味料が欲しい。でも現世の物は高い。つまりこっちの世界の調味料を【奉納】か【練成】によって手に入れるしかない。まあ素材が無いから【練成】はほぼ無理なんで【奉納】一択なんだが。ちなみに家の残骸には使えそうな調味料はなかった。

 料理の基本である【さしすせそ】の砂糖、塩、酢はポイントが低かったので【奉納】で即入手。問題はここからだ。【奉納】のリストで見る限り、こっちの世界に醤油と味噌は無いみたいだ。後は聞いたことのない調味料ばかりである。

 一応それぞれに説明文はある。だが甘いとか辛いしか分からないのでは判断に困る。それから説明で「独特の香りがある」というフレーズの地雷感ビンビンの物は回避する。

 悩んだ末に【ガルブロムス】という食べ物というよりモンスターの名前っぽい物を選んだ。説明では順番に唐辛子と肉の発酵調味料と書かれていたので、突飛な味ではないという俺の分析だ。これを蟹と野菜のスープに入れる。

 火はサバイバルでお馴染みの棒と木くずを使った摩擦熱で着火するやつだ。苦労するかと思いきやステータスの恩恵であっという間に煙が出始めて成功した。

 小麦粉は水を混ぜて生地にして焼くだけ、イースト菌なんてないので膨らまない。ナマズはヌメリが凄いのでティアに魔法の応用で試行錯誤していた時に出来ていた高圧洗浄機みたいな水流で洗ってもらった。若干飛び散ったが【浄化】があるので問題ない。ちなみにナマズそのものに【浄化】を掛けてもヌメリは取れなかった。その状態が正常な状態だからだろうか。体の一部判定なのか。洗い終わったナマズも雑に切り身にして串に刺す。そして塩を軽く振って直火焼きだ。


「しょぼい」

「そう、なのですか? 食事についてはあまり詳しくありませんので」

「さっきまで女神像だったからそうだろうなあ。お供え物くらいしか知らないんじゃないか」

「はい、果物やお酒が捧げられていました」

「それにしてもティアは生身になったばかりだから初食事だな。もうちょっと気合の入った物にすれば良かったな町に行ったら色々食べよう」

「私などの為にそのような気遣い、恐縮です」

「俺がそうしたいだけだから気にすんな」


 ティアと他愛のない話をしながら、これまた家の残骸から回収した食器を使い蟹と野菜のスープとナマズと小麦粉の皮のような物を分けて食べ始める。

 ナマズは普通に美味い白身の焼き魚だ。小麦粉の皮は小麦粉の味しかしない。ナマズを小麦粉の皮で包んでみても特に相乗効果はない。

 食い始めてから思ったのだが、砂糖と見た目は味噌に見えなくもない【ガルブロムス】を混ぜて水で少し薄めタレみたいにしたら蒲焼にならねえかな。無理か。そんなの試すくらいなら魔物殺しまくって、【奉納】でぼったくり価格の現世の醤油か蒲焼のタレそのものを手に入れた方が確実か。

 スープは温かいだけで加点だな。多くの事がありすぎて疲れていたのか、体に染み渡るようで意外に美味いと思った。謎の調味料は何故か凄く旨味が強い。肉と唐辛子の発酵食品でこんなダシみたいな味が出るのだろうか。良く分からないが美味い。いや今の俺が温かい物ならなんでも美味しいと感じる状態なだけの可能性もある。ティアの様子を恐る恐る窺う。


「このスープは美味しい、と思います」

「ホントに?」

「はい、味と言う感覚が初めてなのでどう表現すればよいのか自信はありませんが、好ましいと感じています」


 男飯と呼ぶのも烏滸がましい雑で貧相な食事だが「なんか良いな」と今度は俺も素直に思う。昨日までの辛気臭い病院食と比べても、粗末な食事のはずなのに何故だろう。初めて魔物を殺した時にはあまり感じなかったのだが、ここからだ、俺達の戦いはここから始まると今強く実感している。

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