第二十九話 生産性
防衛拠点建設現場の視察が終わった俺はティアと合流し、シンリとは別行動となった。そして現場を発った今は拠点周辺の魔物の分布を確認する為に探索中だ。どの程度の数と質の魔物が分布しているのか軽く見て回ってからヴィルトに帰るつもりだったが、思ったより魔物の数は少ない。
俺が先頭で歩き、俺の斜め後ろにティアが続く。そして俺とティアの間を半透明なミニキャラみたいな姿のルミニエがふわふわ浮いた状態で行き来して話をしている。
(今日はティアちゃん大好評だったね)
「皆さんに喜んで頂けて私も満ち足りた気持ちです」
俺とシンリが建設現場を視察中、ティアは別行動で拠点の兵士や建設作業員に対して回復と加護の強化を行っていた。これはイメージ戦略の一環だ。俺達はヴィルト防衛戦からここまで様々な成果を出して来た。しかしどれだけ大きな働きをしたとしても直接関りが無いインスラーテ領の多くの人間にとって、ぽっと出の新参であることには変わりない。彼等の知っている俺達は、あくまで伝聞の中に登場する人物でしかない。
全てが順調に進んでいる今は表立って俺達を悪く言う人間は少ない。しかし何か問題が起これば不満は一気に噴出するだろう。ではどうすれば良いのか。答えは簡単であり難しい。実際に領や領民の為に働く姿を見せるしかない。そこでティアには現場で兵士や作業員に回復などを行ってもらったのだ。
「やはり回復みたい支援役がティアには一番向いているみたいだな」
「はい」
ティアの返答は短いがしっかりしたものだった。表情もどこか活き活きとしている。ティアは普段感情表現が控えめな分、本当にやりがいを感じているのが分かる。練成元が村人を見守る女神像だった影響だろうか。魔物との戦闘でも非凡なものがあったが、支援系の適性の方が高そうだ
。
「皆さん『疲れが取れた』『体が軽くなった』と口々に」
「おお良かったな」
ティアがその時の様子を嬉しそうに説明してる。
その姿を見て、俺も自然と温かい気持ちになる。ティアは女神像だった時には直接村人を助けることが出来ず、彼女の目の前で村は滅んでしまった。そんな彼女が誰かの為に何かをし、その成果を実感する。ティアはこれからスキルやステータスではない部分でも成長していくのだろう。これが子の成長を眺める親の気持ちなのだろうか。
(加護の強化も上手だったよ)
ルミニエもティアを我がことのように褒める。
加護の本家本元であるルミニエが言うのだから大したものだろう。
「そんなに上手くいったのか?」
「はい、問題ありませんでした。人が元々持っている微かな加護を認知出来さえすれば、後はそれに働きかけるだけでした」
ティアは簡単そうに言っているが、俺にはさっぱり分からない感覚だ。他人の加護を認知するとはどういうことなのだろう。鑑定スキルで見ることは出来るだろうが、ティアの言い方だと感覚的に加護というあやふやな力を捉える必要があるようだ。俺には出来そうにない。
「どのくらいの効果だった?」
(ステータスの上昇は全体に五ずつ上がる感じだね)
「魔力の消費量は?」
「初歩の回復魔法より少ないです」
俺の質問にルミニエとティアが答えた。
ステータスが体力や筋力限定ではなく全て五ずつ上昇し、そのうえ魔力消費が初歩回復魔法より少ない。最初、五と聞いた時は正直少ないと思った。俺の場合一番高いステータスは筋力で二百超えだ。これに対して上昇値が五ではほとんど誤差みたいなものだ。ただ俺のステータス値は今まで出会った人間や魔物の中ではかなり高い部類だ。一般人のステータスはもっと低いはずなので、単純に効果が低いとも言い切れない。
「作業員や兵士の元のステータスがどのくらいだったか分かるか?」
(一番高い数値で三十くらいかな)
「ひっく。それなら五上昇は影響大きいな」
思った以上に現場の人間のステータスが低い。レベル上げをしてないんだな。そういえば以前まではお隣の領が防波堤代わりになっていて、インスラーテ領には大規模な魔物の侵攻が無かったという話だった。
「早めにこの領の兵士達のレベル上げをするべきだな」
(そうだねえ)
さて、ティアの活動内容の確認はこのくらいで良いだろう。次は先程シンリとの会話の中で出て来た水神殿によるスキルの制限について話さなければならない。俺の周りをふわふわ漂う半透明なデフォルメキャラ状態のルミニエへ質問を投げかける。
「それでルミニエくんさぁ、君んところの宗教……どうなってんの?」
(どうとは?)
「シンリとの話で知ったんだけど、【鑑定】スキルの取得を水神殿が制限しているらしいぞ。人類に対する梃入れの為にスキルの仕組みを導入したんだよな。なんで制限しているんだよ」
(いやぁ、私もちょっと詳しくないから)
ルミニエが首を傾げる。
なんで詳しくないんだよ。そんなことがあるのか。スキルを導入した神様自身がその運用について把握していないなんてことが許されるのだろうか。いいや、神が許しても俺がそんなガバガバ態勢は許さない。実際に戦うのは俺だぞ
「なんで状況把握していなんだよ」
(えー例えばさ、シドー君はアリの巣を見て、そこにいる一匹一匹が何をやっているのかなんてわざわざ確認してるの?)
「してるわけないだろ……え、何か怖いこと言い出してる」
ルミニエにとって人間は、人間にとってのアリくらいの存在ってことか。普通に引く。
「神の視点は人間とは大きく違うんだろうけど、その発言はやばい」
(そうかな。私って異空間からこの世界に干渉してるんだよ。人間一人一人の行動や個体差を把握するには結構力使うからさ。わざわざ把握しようとしないよね)
俺の指摘に「しょうがないじゃん」と言うルミニエ。
しょうがなくない。梃入れした結果くらい把握してくれ。結果が良いなら続ければ良いし、駄目なら手段を変える必要があるだろ。
(あっ誤解しないでね。シドー君やティアちゃんは特別。良く見えているよ。同調率が高いからね)
ルミニエが慌てて弁解した。
ルミニエは俺自身もアリ扱いされて不機嫌になったと勘違いし、フォローしてくれているようだ。そういう気の回し方は出来るんだな。意外だ。
(それに今は同調率が高いシドー君が中継点として機能するから、君の周りの人間もそれなりに見えてるよ)
「勝手に中継点にしないでもらいたいんだが」
(大丈夫、見てるだけだから)
何も大丈夫じゃない。俺を勝手にWi-Fiの中継器みたいに使うのは止めて欲しい。以前ルミニエ相手に毒電波だなんだとイジっていたが、俺自身がその中継をしていたなんて知りたくなかった。この件について問い質したいが、スキルの制限についての方を今は優先する。
「それでスキルの件はどうするんだ? もしかしたら【鑑定】スキル以外にも制限している可能性もあるし」
(水神殿を改革しよっか。なる? 新たな教主に)
「前も嫌だって言っただろ」
(でも今日もティアちゃん使って人気取りしてるんだから、そっち方面に攻めるつもりじゃないの?)
「ほどほどで良いんだよ。宗教方面は踏み込み過ぎると底なし沼に嵌りかねないからな。仮に水神殿という組織内で俺やティアの求心力が強くなり過ぎれば、高確率で上層部との権力争いに発展するぞ」
(そうかな?)
ルミニエは半信半疑といった感じだ。
俺からすれば分かり切った話なのだが、ルミニエは人間に対する認識がどうもズレているようなので仕方がないのか。
「一度権力を握った人間がそう簡単に手放すかよ。下手すれば水神殿が分裂して宗教戦争が始まるぞ」
(全ての人が納得するなんて夢物語だよ。邪魔なら殺せば? 魂も得られるし一石二鳥だよ)
事も無げに言うルミニエ。
短絡的かつ邪悪だ。ルミニエにとって都合の悪い人間なんて正しくアリ程度の扱いなんだろう。
「……簡単に言うな。反対する人間を殺せば済む話じゃない。仮に相手の数が全体の一割に満たない少数であっても、無茶な粛清をすればそのやり様によって新たな不穏分子を作ることになりかねない。元々味方だった者からも離反者が出るだろうし」
ルミニエは何かを嫌な事を思い出したかのような表情を見せた後、大きな溜息を吐き出した。
「思い当たる過去があるみたいだな」
(まあね)
「俺も溜息を吐きたい気分だ。こっちでも宗教戦争があったのかよ」
(この私の世界ではないよ。ずぅーと昔に元の世界で、ね)
ルミニエは目線を逸らし憂鬱そうにこぼした。これ以上踏み込ませない雰囲気だった。
もしかして俺も知っている神話とかと関わりがあるのだろうか。しかし【ルミニエ】なんて名前の神に覚えが無い。神であるルミニエですら「ずっと昔」と言っているから、もしかしたら有史以前の話なのかもしれない。
(改革も嫌、教主も嫌。じゃあ、どうするの?)
「とりあえず知り合いの水神殿の司祭に働きかけてみるか。こういう時の為に作ったコネだ」
(【奉納】を使えば託宣も出せるよ)
「どんな効果だ? ちなみどのくらい魂が必要なのかなっと」
ステータス画面から奉納リストを確認して見る。俺の思考に対応して必要な項目が出て来る。なんでも手に入るという触れ込みは伊達ではない。その範疇はアイテムだけでないのだ。良いチートを貰ったものだと改めて思う。しかし託宣に掛かるポイントを見て目が飛び出そうな衝撃を受けた。
「三億ッ!? 三億は無理だ。ゴブリン一億匹分だぞ」
(またゴブリン換算してる。やめてよ。まるで奉納システムがゴブリン基準で運用されてるみたいになるでしょ)
「それよりなんでこんなに高いんだ。託宣なんて教主や聖女みたいな役割の人間に、指示を与えるだけじゃないのか」
(違うよ。この世界の全ての人の魂に神威を強くぶつけてから、後は流れで命令を与える感じだね)
神威が何かも分からないし、それを魂にぶつけたら何が起こるかも分からない。でもそこはかとなく悪質な印象を受けるのだが?
「人の魂に神威とやらをぶつけたらどうなるんだ?」
(それはもう神の偉大さを魂で感じ取って理屈なんて関係なく平伏すことになるだろうね)
「そこに命令を与えたら」
(なんでも言うことを聞いてくれるよ)
ルミニエはとても良い笑顔で明るく答えた。
可愛く言っても内容は全く可愛くない。それはまごうことなき洗脳だ。そして洗脳自体が感情的に受け入れがたい手段だが、それ以外にも問題がある。少し考えれば分かることだ。
「それでスキルの制限は止めるように託宣をしたら、スキルを制限していた水神殿の連中……女神様の意向に反した行為をしていたと世界中の人間から槍玉にあげられるのでは?」
(確かに。いやっ、でもじょ、状況が変わったから新たに託宣を出しただけで、別に悪いことをしていたわけじゃないんだよって内容を付け足せば大丈夫だと思うよ。多分)
最後に視線を逸らして言ってるようでは、な。その都度託宣を出すのは非現実的である。必要な魂が多過ぎてそんな運用は不可能だ。それに信仰心とは関係無く水神殿が持つ権限や利権を狙う者も出て来るだろう。水神殿が今までやっていたこととは真逆の託宣が出れば、それが大義名分になる。
「これは危険過ぎるな」
(残念だけどしょうがないなあ)
「話はこれくらいにして、そろそろ街に帰るか」
(んー? まだ話すことがあるでしょ)
「何かあるか?」
(ティアちゃんの成果は話したんだから次はシドー君の番でしょ。シドー君の成果をまだ聞けてないよね。美人のお義姉さんと別行動したのは、楽しく雑談したかっただけってことは無いよねー?)
揶揄するような物言いのルミニエ。
水神殿や託宣(洗脳)について突っ込んだことに対する軽い意趣返しだろう。だが疚しいことなど何もないので包み隠さず全て話す。
防衛圏を構築する為の複数の砦建設は一時停止、一番完成に近い砦建設に集中して一気に完成させる。それから後回しになった砦が完成するまでは暫定的にその砦に近隣の魔物を誘引して処理すること。あと情報収集を専門とする部隊の創設。その部隊はシンリの弟グラウィに任せるということ。
シンリと話し合っていた時には良い考えだと思ったのだが、ルミニエの感想は違うようだ。あまり肯定的な様子ではない。
(パッとしないね。なんかもっとバーンと解決出来ない? 元の世界の知識や私があげたチートを使ってさ)
「そう簡単にいくわけないだろ。元世界の物品は【奉納】のコストが高すぎるし、電気や燃料の確保も難しいから問題解決の主力には使えない。あと【奉納】のコストが高い。そして【奉納】のコストが高い」
【奉納】はスキルや職業の取得はかなり安いのに、それ以外が異常に高い。高すぎる。【奉納】を使ってこの世界で産業革命起こすくらいなら、自分と信頼出来る味方にスキル盛りまくった方がまだ有効な気もしている。それでは人手が確実に不足するので頭を抱えているわけだが。
(魂ならいくらでも存在するんだから、いっぱい集めれば問題ないでしょ)
「この女神、命の価値が安過ぎる」
(魔物の魂を使って魔物をより多く駆除するって一石二鳥でいいじゃん。それに電気や燃料を使わない原始的な機械だったり、スキルと魔法の応用で何とかならないの?)
「なんでも簡単に言ってくれるなあ……いや、魔法があるなら動力は電動やエンジンが無くても代用出来るのか?」
まあ動力は魔法で代用が効くのか。風車や水車も魔法があれば自然に影響されず運用は安定するしな。俺は機械に対するイメージから現代の物についてしか考えていなかった。現代の機械ではなく近代以前の機械なら導入は可能かもしれない。
頭が固過ぎた。現代技術を導入するのが難しいからって、そこで思考が停止していた。機械だけでじゃない技術レベル全体が低かった時代、今いるこの地と同じくらいの水準だった頃のやり方が参考になるかもしれない。戦国時代とかその辺りかな。
「あ、砦建設の時短についても有名なのがあったな」
墨俣だ。建設現場とは別の場所で部材を用意し、川を利用してそれらを現場に運び込んで一気に組み上げた墨俣一夜城が参考になる。部材の輸送は【収納】スキルで解決出来るとして、あとは部材の製造だな。大量生産を実現するにはどうすれば良いのか。
(何か思いついたみたいだね)
「まあな、半分くらいは解決したかな? 後の半分をどうするか」
大量生産に必要なのは?
大量の材料だな。それは当然。
機械?
どんな機械が必要か。
柵や居住区の材料は木が大半を占める。製材加工をする機械が必要かな。
何か見落としているような気がする。
そうだ。大量生産と言えば多種多様な物を作るのではなく、同じ物を作る方が良いはずだ。
同じ物と言えば規格、規格の統一だ。柱の太さや長さ、床板の長さや幅などの規格を統一にすれば製造の効率が上がるはずだ。
あれ、同じ長さに木を切るだけならゴーレムでも出来るな。
「解決したかも……そうだよ。単純で単一の作業なら下位の魔石で練成したゴーレムでも出来る」
(へー、良く分からないけど何とかなりそうなの?)
「ああ、作業工程を細かく分割して単純作業の組み合わせにしてしまえば、今いるゴーレムで工場の製造ラインのようなものを構築出来るかもしれない。そうすれば大きな生産力が手に入る……はず」
(おぉ、やっぱり工夫すれば何とかなるじゃん。私の助言が良かったんじゃなーい)
調子に乗ってドヤ顔をするルミニエ。
イラっと来ると同時に自分が情けない。思い付いてみればそれほど難しい話では無い。墨俣の一夜城のエピソードも大量生産の手法についても、特別高度だったり専門性が高い話ではない。何故思い付かなかったのか。ただただ頭が固過ぎたとしか言えない。
【奉納】なら何でも手に入る。この前提があったから、俺は問題を一発で解決出来る道具や機械を求めてしまっていたのかもしれない。そして結局「ポイントが高過ぎる」などの理由で思考を止めてしまっていた。
情けなさからドヤ顔のルミニエを素直に肯定出来ない。しかし実際良い切っ掛けだった。ルミニエの言葉が無ければ多分思い付くのに多くの時間を要したはずだ。
(んー、何か言うことがあるんじゃないかなぁ)
「……助かった。おかげで良い考えが思い付いた」
(んッふ。もう一声)
ルミニエの姿がミニキャラ状態から通常の等身へと変化する。嫌な笑みを浮かべてこちらの顔を覗き込む。
「ありがとよ。女神様ッ」
(崇め奉って良いよ」
流石にこれ以上調子に乗らせる気にはならない。これで十分だろと俺の胸辺りの高さにあるルミニエの頭を軽く一撫でしてからティアを呼ぶ。話題を強引に変える。
「ティアも今日は良く頑張ったな」
「お役に立てたでしょうか」
「ああ」
ティアは表情こそほとんど変わらなかったが、視線がずっと俺の手に向いていた。
もしかしたらと思い、ルミニエにしたようにティアの頭を軽く撫でてみたら、ティアはわずかに微笑んだ気がする。正解だったかな。ティアは見た目は大人で女神像としての記憶も持っているが、同時に生まれ立てでもあるという複雑な状態だ。純粋に子供として扱って良いものか、迷うことがあるがそんなに深く考える必要は無いのかもしれない。
ルミニエの方は子供扱いが気に食わなかったようで、ミニキャラ状態に戻って俺の顔の周りを飛び回りながら文句を言っている。蠅かな? 「崇め奉れ」と言っていたし、魔物の心臓でもお供えすれば機嫌が直るのだろうか。




