第二十八話 防衛拠点の視察にて 後編
「騎士団はもっと戦力の整った偵察隊を出したりしないのですか?」
「それは……フッ、無いでしょうね、フフ」
俺の騎士団は戦力の整った偵察隊を出さないのか、という問いに突然笑い出したシンリ。偵察に出した者が帰還出来ていないのだから、俺の質問は至極普通のことだと思うのだが何がそんなにおかしいのだろうか。
「何かおかしな質問だったでしょうか?」
俺のさらなる問いかけにシンリは笑い声はトーンダウンした。
「いえ失礼しました。我が領の騎士団の軟弱さ、愚鈍さがおかしく思えてしまって、つい。シドー様がこちらへ来られる以前から分かっていたことですが、騎士団は実戦経験が乏しく戦意も旺盛とは言い難いのが現状です。私も随分苦言を呈しましたが強いのは自尊心ばかり。魔物相手の実戦は比較的身分の低い守備隊任せで自分達は有力貴族の身辺警備ばかりです。そんな彼等が偵察のような華やかではない任務に本腰を入れるとは到底思えません」
シンリは真顔で自領の騎士団をボロクソに貶し始めた。
シンリと騎士団の対立は俺が想定していた以上に酷い状態のようだ。ただ気になったのは「騎士団の実戦経験が乏しく戦意も旺盛とは言い難い」という点だ。祝勝会で俺が話した騎士団長は自信に満ちた様子だった。シンリの言い分とは大分食い違う。
「しかし祝勝会で話した騎士団長は随分自信がある様子でしたよ」
「あれは私の耳にも届いていました。騎士の戦い方などとつまらない事に拘っていましたね。多くの大貴族の領や国すら魔物の大群に飲み込まれているこの時勢において戦い方の見栄えに拘るなど愚かなことです。シドー様も笑止と思われたのでは?」
いや「笑止」なんて格好良いセリフは俺には無理がある。一度自分が騎士団長に対して言っている場面を思い浮かべてみる。やはり俺では少し荷が重い。俺はこちらの世界に来てから短期間で実績を上げているとはいえ、外見については普通だ。一般的な日本人、それも多少若返っている姿で「笑止」なんて厳めしい言葉遣いはかなり無理がある。一回言ってみたい気はするが威厳のある見た目と声でないと似合わない。
シンリの俺に対するイメージでは合っているのだろうか。それにしてもシンリのイメージする俺はかなり毒舌キャラらしい。まだ何かあるのかシンリの話は続いている。
「シドー様の『ゴブリンの騎士が出たらお任せします』という強烈な皮肉に頬をひきつらせた騎士団長の顔は滑稽でしたよ。彼等の考える騎士とは対極のような存在である弱く醜悪なゴブリン。騎士とゴブリンという二つのあり得ない組み合わせは彼等にとっては思い掛けない言葉だったと思います」
暗い笑みを浮かべるシンリに俺は事実を告げられずにいる。皮肉で言ったのではなく、多分実際にゴブリンナイトは存在する。こちらの世界の状況が反映されたゲーム【ロストタイズ】では存在したので高確率でいるはずだ。ゲームではゴブリンはある程度数の多い群になるとゴブリンシャーマン、ゴブリンジェネラル、ゴブリンキングなどが出現する。
経験を積んで成長した個体が現れるから群が大きくなるのか、群が大きくなることで役割分担が発生し、結果個体差が大きくなっていくのか。どちらが正解なのか真実は俺には分からないし、正直ゴブリンの詳しい生態なんて興味もない。ただ普通のゴブリンが一、二を争う程の雑魚の割にジェネラルやキングは中堅くらいの強さはあるので油断は出来ない。
そう、油断は出来ない程度には強い相手なのでシンリにその存在を教えておいた方が良いと思う。思うのだが騎士団や騎士団長に対する恨み節が止まらない彼女に今教えるのは気が引ける。
「普段騎士の誇りがどうのと威勢が良い割に偵察一つまともに出来ない騎士団。そんな騎士団をどうすることも出来ない自分。そしてその騎士団がこの領の主戦力だったという事実。何とも馬鹿らしい話でしょう。つい笑いがこみ上げてしまいました」
「まあ問題を分かっていれば後は対策するだけです」
シンリは恨み節から自虐的な方向へ移行しつつある。そんな自嘲気味に暗い笑みを浮かべるシンリに対し、俺は気休めくらいしか言葉が思い付かない。
「嘆く暇があるなら為すべきことを為せということですね。幼い頃に家族の為、領の為に身命を賭すと誓ったのにまだまだ覚悟が出来ていなかったようです」
俺はそこまで厳しい意見を言いたかった訳ではないのだが、シンリの決意に満ちた表情を見て訂正を躊躇う。代わりに話を少し逸らすことにする。
「幼い頃からそのような考えを持っていたとは凄い子供ですね。私など子供の頃は遊びと食べ物で頭がいっぱいだったと思います」
「私の場合それほど良いものではありませんよ。今でこそ健康ですが幼い頃の私は酷く病弱でした。無事成人出来るかも分からずインスラーテ家の後継者として相応しくないと周囲には思われていました。政略結婚の手札としても扱いづらかったのでしょう。そういった話もありませんでした」
魔物の群相手に騎兵で打って出たのを見た俺からすれば、病弱という言葉に首を傾げてしまう。しかしシンリは体付きの良さを除けば、顏や所作はお淑やかなお嬢様なので大人しくしていれば情弱な深窓の令嬢だったというのもあながちおかしくはない、かもしれない。
「幼い私は思い悩みました。歴史あるインスラーテ家の子として生まれながら跡取りにもなれず、政略結婚の手札としての役割も期待すらされない自分に何の価値があるのかと。そして思い悩み続けた結果開き直ったのです。どうせ何時死ぬかも分からないのであれば、この命を使おうと」
「それはまた極端ですね」
「子供の考えですから。それに私が病弱だった影響で弟妹達には重荷を背負わせてしまいました。後継者として厳しい教育を受ける弟には特に罪悪感がありました。そこでどうせ消え行く命であるなら弟や妹達の為に使えば良い、領を良くする為に使えば領を継ぐ弟の助けになるうえ、家が盤石であるなら妹達の為になると考えるようになりました。しかし、あの子達の助けになれればという想いが、今思い返すと私自身の支えになっていたのかもしれません」
それで病弱な令嬢からトロールより強いステータスを得るところまで成長するのだから凄い。俺なんてこちらの世界に来て以来、家族のことなんて思い浮かぶことすらなかった。家族を嫌っていたわけではないが、入院している俺とは違って何の問題も無く生活している姿をどこかで羨んで意識しないようにしていたのだろうか。いや、そもそも俺は家族の情というものが希薄なのかもしれない。俺は薄情な人間だな。そしてシンリは俺とは違って情に厚いのだろう。
「とても家族想いですね。素晴らしい関係性だと思います。そういったものが貴方の覚悟の強さに繋がっているんですね」
「そう言ってもらえるのは光栄です、が……確かに私も最近まで強い覚悟を持ってインスラーテ家を支えているつもりでした。危機感の薄い騎士団やお父様の側近達の認識を改めるように、事あるごとに意見していました。しかし彼等のと対立を深めるばかりで改善の見込みも立ちません。そのうえ会食の際にシドー様の話を聞き、私自身も認識が甘かったと痛感しました。そこで話は戻りますが何もかもが馬鹿らしい話だと思ってしまったのです。笑うしかないでしょう」
「別に卑下するようなことではありませんよ。私と貴方の認識の差については偶然によるところが大きいと思います。偶々私のいた場所や立場がより正確でより多くの情報が得られるものだっただけです」
こちらの世界の状況をゲームや本で俯瞰的に知ることが出来、そのうえルミニエのサポートまである俺と比べるのは酷だ。
「知らなかった過去を悔やむより、今後必要な情報をきちんと得る為に何をするかを考えるべきです」
「例えば情報収集が得意な人材を集めたり、専門の部隊を作ることですか」
「例を挙げればそういったものになります。もっともインスラーテ家にも情報収集を行う者がいると思うのですが」
インスラーテ家のような貴族は、そういった人材を抱えているイメージがある。俺は大きな組織を統治するには表と裏が必要だと思っているのだが偏見かな。
「確かにいます。しかしお父様の直属で実態を知る人間もお父様以外いません。ただ彼等が従事しているのは専らインスラーテ家の内の事柄についてで、あまり外向きの働きは望めないかと」
「ではやはり新設するしかありませんね」
俺の言葉を聞いたシンリは難しい表情になる。話の流れ的にシンリもすぐ賛同してくれると思ったのだが、何か引っ掛かることがあるようだ。
「その際には弟の提案ということには出来ないでしょうか」
弟に手柄を立てさせたいのか。言い辛そうにしているから何かと思えばそんなことか。もし俺がインスラーテ家やシンリの部下なら手柄を奪う形になるし、言い出し辛かったのだろう。ただ俺は別にインスラーテ家に仕えている意識は無いし、インスラーテ家でのこれ以上の出世もあまり興味は無い。極論、インスラーテ領が魔物に対抗する為の戦力になれば問題無い。
俺がここで手柄を譲ることでシンリの信頼が得られるなら安いものだ。しかも軍事に強く実働部隊も持っている領主の娘に貸しが出来る。なにせ彼女はとても家族思いなのだから、彼女の心の中でこの貸しは大きなものになるはずだ。
「私の方は問題ありません。しかし決めるのは本人と話してからにした方が良いですよ」
「それは弟になにか条件を出すということでしょうか」
「いやそうではなく、なんと言えば良いのか迷いますね。一方的に本人の全く知らない手柄を譲ると言われても嬉しくないと思います。特に彼くらいの年齢の男の子が家族にそこまで手回しされるのは複雑な気持ちになってもおかしくないですよ」
シンリの弟グラウィの年齢は思春期真っただ中だ。素直そうに見えたが子供扱いされたと反感を持つ可能性がある。俺にとっては手柄を譲るのは大したことではないが、どうせ譲るからには感謝されなければ意味が無い。
「そういうものでしょうか。私はそういったことに疎いようで申し訳ありません」
珍しくシンリがシュンとしている。
先程シンリ本人も言っていたが弟には負い目があるからか、色々気を使うようだ。それに心情の問題だけでなく跡取りとしての弟の立場に危うさを感じているのだろう。インスラーテ一族内でのパワーバランスを心配している節があるのかもしれない。
俺が目立てば目立つ程、跡取りのグラウィの存在感を薄くなる。領の変革を主導する現領主の娘婿と実績の無い跡取りか。シンリと騎士団の対立よりさらに危険な関係だ。俺とグラウィの間に個人的な問題は今のところ無い。しかし本人達とは関係なく問題化しようとする人間が出て来る可能性はある。
例えば騎士団や俺の影響力の増加を嫌う既得権益者などが考えられる。シンリからすれば領の内部抗争を誘発する要因は認められるものではないだろう。俺にとっても折角出来た協力者なので大事にしたい。
「本当に家族想いですね。良いことだと思います。今は厳しい情勢ですがそんな時こそ強い結束が重要です。貴方の想いがインスラーテ家の強い結束を守り、ひいては領を守ることになるはずです。私も微力ながら協力します」
「ありがとうございます。インスラーテ家はシドー様と共に歩んでいくという言葉に二言はありません。これは弟グラウィも同様の考えです」
シンリが言いたいのは『インスラーテ家はシドー様と共に歩んでいく、跡取りの弟グラウィも同様の考えです。だから弟グラウィの跡取りとしての立場を盤石にする協力して下さい』といったところかな。
シンリは軍事については直截的な言動が多いイメージだが、政治については若干回りくどくなるようだ。軍事方面がちょっと極端過ぎるだけかもしれないが。
「それなら提案だけでなく新設後の運用もグラウィ様に任せてはどうでしょう」
「宜しいので? 情報収集は重要だという話だったはず、まだ若輩の身であるグラウィに任せるには聊か荷が重いかと」
「別に権限と責任の全てを彼に委ねる必要はないでしょう。経験豊富な補佐を付けるなりやりようはあります」
ベテラン補佐を付ければミリタリー物の映画などに出て来る若手士官とベテラン軍曹みたいに良い感じにならないだろうか。まあ駄目なら駄目で俺も一緒に試行錯誤すれば良い。それによってグラウィとの関係も深まる。
「それに情報が集まるのでそこからの学びも多いと思いますよ」
「確かに成長に繋がりそうですね」
「あと直属の部隊を持つことは彼には大きいでしょう。自分で動かせる部下がいないのでは実績を上げにくいですし、名ばかりの跡取りと軽んじる不届き者がいないとも限りません」
「そこまで弟のことを考えて頂いているとは……ありがとうございます」
シンリは目を見開き一瞬黙った後、静かに頭を下げた。
これだけ配慮を示せばシンリも俺が本当にインスラーテ家の安定を願っていると信じたはずだ。魔物に対抗する為に友好的な勢力の安定は必須である。世の中には火の無い所でも、自分の利益の為なら態々火を付けるような人間もいる。ただでさえ騎士団との関係が不穏なのだから、後継者争いなど付け込まれるそうな点には念入りな気配りしておく必要がある。
シンリは元々協力的だったがこれでよりその傾向は強くなるはずだ。あとはグラウィくん、君にも期待しているよ。将来立派な領主になって領を強化し、魔物を殺しまくってくれ。必要な物なら何でも用意するからね。




