第二十七話 防衛拠点の視察にて 前編
インスラーテ領・防衛拠点外周・シドー・スワ
現在俺はシンリと共に砦の建設現場で視察中である。ティアとは別行動だ。ティアは作業員達の体力回復や加護の強化の為に現場内をあちこち移動している。
俺とシンリの目の前では三百体のゴーレムが一切の停滞もなく土木作業を行っている。冒険者ギルドに頼んであった魔物の解体が完了したことで得た魔石四百三十八個。目の前のゴーレムはこの内のゴブリンやコボルトなどから採れた比較的小さな魔石三百個を使用して練成したゴーレム達である。
「作業開始からまだ三日なのにここまで形になるとは」
砦としての完成はまだまだ先だが防衛拠点を囲む堀の出来上がっている部分を見たシンリが感心している。ここは俺が提案した防衛戦略の要でもある砦の一つ、その建設現場だ。既に都市ヴィルトを中心に防衛拠点を複数設置し、少し歪な円形の防衛ライン・防衛圏は形成されている。とはいえ現状の防衛拠点は柵で囲んだだけの野営陣地だ。今はとりあえず柵の外周に堀を作って防衛力を高めているところだ。
「ゴーレムは食事、休憩、睡眠のいずれも不要なのが大きいです」
俺の説明にシンリも頷く。
動きが人間に比べ遅くても、それをチャラにして余りあるアドバンテージだ。こうやってゴーレムの実用性が認知されていけば、活用したいという者も増えるはずだ。
魔物の驚異的な物量に対して、この世界の人間の総数は魔物侵攻開始前に比べ減少している。しかも人間の数は急には増えない。特に戦力や生産力となる人間を用意するには時間がいる。そこでゴーレムの活用だ。
「実際に見てもらえればゴーレムの有用性がもっと広まるはずなんですが」
「ここは街から少々離れているので気軽には来れませんよ。しかしこれだけの労働力です。領の運営に関わる者こそ見るべきですね」
シンリは今作っている深さ三メートル程の堀を見下ろし嘆いた。
この空堀は俺のような素人が陣地側から見下ろした場合、大したことがなさそうに見える。しかし堀の底から陣地側を見上げると印象がガラっと変わる。堀に入ってみると意外に深い。しかも急な傾斜の先に柵があり、その向こう側に実戦では弓や槍を持った兵士がいる。これでは攻める側はたまったものではないだろう。
「それで防衛拠点の本格的な要塞化はすぐにでも始められますか?」
「ここは問題ありませんが、残りの五つは見通しが立っていません。職人、材料どちらもなかなか揃いませんね」
「材料はある程度こちらで用意出来ます」
「何から何までシドー様の厚意に甘えることになってしまって恐縮です」
シンリは深く頭を下げた。そして彼女は顔を上げるとともに言葉を続ける。
「しかし職人の方は……」
「そちらは厳しいですね」
職人の数は限られている。急に六ケ所も砦を作るとなれば流石に足りなくなる。俺も当初の見通しが甘かった。魔法のある世界だし砦建設も魔法でなんとかなる部分が多いと思っていた。しかしそんなに甘くなかった。
例えば今ゴーレムに掘ってもらっている堀。堀くらい魔法で何とかなりそうなものだが、ルミニエの加護のある水魔法と違って土魔法は自分のイメージだけで好きに改変することが出来なかった。魔法で穴を掘ったり土壁は作れるのだが、その形や大きさなどを上手くコントロール出来ないのだ。結局単純な力作業はゴーレム、設計や正確な作業が必要な部分は職人頼りとなっている。
「最初から完全な砦を作る必要は無いんじゃないですか? 最終的には石造りの頑丈な砦にしたいですし、居住区画も士気に関わるので不自由のないようにしなければなりませんが、とりあえずは今やっているように防衛力を段階的に強化していきましょう」
「長期間これらの拠点に詰める兵の不満は無視出来ないですよ」
実際に兵の指揮経験のあるシンリが言い切るのだから尊重すべき意見だろう。労働環境については軽視すべきではないか。
「しばらくは担当をなるべく短期間で入れ替えることと、嗜好品の配給で誤魔化すしかないでしょう」
「それしかありませんね」
シンリからも同意を得て話はまとまった。ただ俺自身が提案しておいてなんだが、どうも収まりが悪い。嗜好品で誤魔化せるのは短期間に限られる。もう少しマシな案が無いものかと考え続けた結果、逆転の発想を思いつく。というか初めてシンリや領主との会食で防衛線について提案した際、想定していた戦法の一つだ。
「……いっそ他の拠点の作業を一時休止し、ここに人材を集中して完成させてしまいましょう」
「それでは防衛線という貴方の構想に綻びが出るのではありませんか」
シンリの懸念は正しい。しかし今だけ有効な手がある。敵の誘引だ。先のヴィルト防衛戦とその後の掃討で大量の魔物を討伐したおかげで、今のインスラーテ領には防衛拠点を陥落させるほどの大規模な魔物の群はいない。
「この拠点を全力で完成させ、周辺の魔物は機動力のある部隊でここに誘引しましょう」
ヴィルト防衛戦時に見たシンリの騎兵隊の練度なら可能だと思う。かといって野戦は被害が出る可能性が高い。そこで砦への誘引なのだ。元々防衛線で領を囲み防衛圏が完成した後も、群の規模次第で砦への誘引は想定していた手段の一つだ。良い練習になるだろう。誘引には魔物を誘き寄せるアイテムを使えば良い。ゲームではレベル上げ用のエンカウント上昇アイテムが存在した。同じ物を練成や奉納で入手出来るはずだ。
「機動力のある部隊ということは騎兵ですね」
「そうなるでしょう」
「難しい仕事になりますよ」
シンリが言うように難しい仕事だが、機動力で勝っていればリスクは低い。馬の走力と乗り手の技量が十分であれば大丈夫だと思う。一応シンリを【鑑定】して能力を確認しておくか。今まではこちらの人間相手に【鑑定】スキルを使うのは敵対行動と取られる可能性を考慮して控えていたが、シンリとの関係性なら大丈夫だろう。一応一言理は入れておくか。
「しかし貴方なら可能でしょう。少し鑑定で能力を確かめても良いですか?」
「えっ、あ、はい」
【シンリ・ラース・インスラーテ】
【レベル 12】【装備品効果分】
【HP125/125】
【MP 37/37】
【生命力 80】
【筋力 80】
【物理防御 118】 +25
【敏捷 47】
【魔力 37】
【幸運 24】
【状態 女神の加護(極小)】
【職業 騎士】
【装備品 一角獣の鎧】
【スキル 剣術2 騎乗2 捨て身1】
【スワ・シドー】
【レベル 11】【装備品効果分】
【HP160/160】+30
【MP167/167】+30
【生命力 160】+30
【筋力 214】+30
【物理防御 213】+30+20
【敏捷 199】+30
【魔力 167】+30
【幸運 27】
【状態 病気、女神の加護(大)】
【職業 錬金術師】
【装備品 トロールのレザーアーマー、水の女神の指輪】
【スキル 鑑定3 言語理解1 収納3 練成4 火魔法1 水魔法1 土魔法1 風魔法1 交渉術1】
自分のステータスと比較してみる。これはどうなんだろう。俺のステータスは装備品の効果で底上げされているとはいえ、レベルが俺より高い割にステータスが低いと見るべきか。それともヴィルトの防衛時に無双出来た俺とこの位の差ということは、この世界ではかなり強いと言って良いのだろうか。
おっ【騎乗】スキルがあるから機動力に関しては大丈夫そうだ。しかし【捨て身】とかいう不穏な響きのスキルがある。
【捨て身】は被ダメージが上がる代わりに与ダメージ倍化だったかな。某動画投稿サイトの胡散臭い攻略動画では「攻撃される前に倒しきればノーダメだから防御スキルを取る人は馬鹿です」と投稿者が言っていた。シンリもそんな火力至上主義者と同類なのだろうか。一見するとお淑やかなお嬢様なんだけどな。女性にしては体付きがしっかりしているが脳筋ではないと思いたい。
それと俺に比べてスキルも少ないが、これは俺の方がおかしいだけだ。俺は奉納によって好きなスキルを得られるのだから、それと比べて少ないのは仕方がない。それにゲームではスキルやジョブの取得には条件が付いている場合があった。俺の【奉納】にはそういった制限はなかったが、俺以外の人間にはゲームのような条件があってもおかしくはない。前にルミニエから聞いた話では水神殿で魔石を使って取得するらしいのだが詳細は分からない。確認しなければならないことをまだまだ多い。とりあえずシンリの能力については問題ない、と。
「この能力なら問題ないと思います」
「……あの、こんなことは私から言われずともご承知かと思いますが、【鑑定】スキルの使用は控えた方がよろしいかと」
離れた場所にいる自身の部下に聞こえないよう声を抑えたシンリの忠告。やはり【鑑定】スキルを人間に使うのは失礼にあたるのだろうか。そんな俺の思案をよそにシンリが話を続ける。
「【鑑定】スキルの取得は水神殿の司祭以上か、水神殿の権威の及ばない地位にある者にしか認められていませんよね。あまり大っぴらに使用しては、シドー様の素性についてですね……」
は? 【鑑定】スキルの取得に制限をかけているだと。意味が分からない。システム的な問題ならともかく水神殿のルールで制限するなんてアホなことやっているなんて信じられない。そもそもこの世界のスキルはルミニエが人類への梃入れとして導入しているのに、それを制限するなんて商機ではない。しかも【鑑定】スキルなんて害の少なそうなスキルをわざわざ制限する意図が全く理解出来ないぞ、糞神殿。
「もちろん、素性をあえて伏せているのには深い考えがあってのことと思います。私を含めインスラーテ家は全て踏まえたうえで共に歩んでいく所存なので」
俺が心の中で罵詈雑言を吐いている間もシンリは話は続いていた。多少落ち着いて来たのでその内容が頭に入って来る。結構重要なことを言っている気がする。
「私達に対しては何の気兼ねも必要ありません。例え地獄の底であろうとお供します」
「あ、はい。ありがとうございます」
重い。インスラーテ家とお近付きなって色々協力してもらう計画だったが、地獄の底まで付いて来てもらう程関係が深くなったという実感は持っていなかった。いやでもシンリの末妹イレミアナとの婚約はインスラーテ家の覚悟の強さであり、所謂一蓮托生のつもりだったのかもしれない。
こっちの世界は現代日本より一族の血縁というものを重視しているんだろうな。身分制もあるし婚姻によって勢力を拡大したり、強化するのが当たり前なのかもしれない。そういう傾向があるかなと思っていたが想定以上のようだ。それにしてもシンリの言葉は身内扱いどころか、こちらを立てるようなところもあったのは何なんだろう。俺の素性について何か誤解でもあるのだろうか。亡国の貴族かなにかと思われているとか?
誤解は解いておくべきか。それとも身分を低く見られるよりは良いと考えて、しばらくは誤解させたままにしておくべきか、悩みどころだ。もし亡国の貴族と思われているなら、現在魔物の勢力圏になっている場所に攻め入る大義名分に利用出来そうだな。インスラーテ家と縁を結び、その支援を受けて軍を編成し祖国を取り戻す。これなら一応筋は通る。前提が嘘だが。
「シドー様はインスラーテ領の復興と発展にとても熱心に取り組んでおられます。焦燥に駆られているともとれる程に。それは既にインスラーテ領の外へ意識が向いている表れではありませんか?」
実際そういうところはある。インスラーテ領だけに拘るより他の勢力とも協力した方が、人類側の戦力強化になるのは確かだ。インスラーテ領のお隣であるテシェラ大公国の状況も確認したいし、本州側の人類勢力とも早く接触したい。テシェラ大公国は日本で言うところの愛媛や香川に位置しており、徳島に位置するインスラーテ領にとって以前は本州側から侵攻する魔物を防ぐ防波堤代わりの役割を果たしていたらしい。インスラーテ領に魔物の大群が攻めて来た時点で、テシェラ大公国が無事とは思えないが勢力として残っているならすぐにでも助けておきたい。
「それはそうです。今回この領の防衛は成功しましたが、それで全て解決ではありませんから。とりあえずお隣のテシェラ大公国の状況確認は早くすべきですね。情報が無ければ対応の方針すら決められません。偵察は出していると聞いています。ただ結果について私の方には届いていないのですが」
「お恥ずかしい限りですが騎士団から少人数の偵察隊は出したそうですが未帰還とのことです。冒険者にも依頼は出していますが、インスラーテ領内ですら全域で安全が確保されているわけではないのでテシェラ大公国深くまで行こうという者などなかなかおりません」
この辺りにはもう大規模な魔物の群はいないが、テシェラ大公国まで行けばその限りではない。高確率で魔物の勢力圏と化している大公国には、下手をすれば都市ヴィルトを襲った大群を超える規模の群が存在してもおかしくはない。そんな所に行くような凄腕の冒険者がいるなら、魔物のヴィルト襲撃時に目立っていたはずだ。俺はそんな冒険者を見ていないし、祝勝会の時にも噂すら聞かなかったから、やはり頼りになる実力の冒険者はヴィルトにはいないのだろう。そうなると俺自身がいくか、騎士団あたりが動くしかない。
「騎士団はもっと戦力の整った偵察隊を出したりしないのですか?」
「それは……フッ、無いでしょうね、フフ」
えっ何? 笑い所なんて無かったと思うのにシンリが急に笑い出したんだが。会話中の相手が訳の分からないタイミングで笑い始めるのは結構困惑する。というかちょっと怖い。




