第26話 交渉術スキルは飾りですか?
祝勝会は領主グライオスの話が終わり、少し空気が緩む。さて自由行動、と思いきやまずは挨拶回り。相手の格に合わせて順番に回るのがマナーとのこと。その辺りはイレミアナが上手く誘導してくれたので問題はなかった。挨拶だけでほとんど会話もなかったので思いの外早く終わった。
普通の会話は挨拶回りが一通り終わった後、改めてそれぞれ目的の相手に話しかける。この段階で一旦イレミアナとは別行動になった。イレミアナ曰く、社交界の中でも女性中心のコミュニティがあってそちらに顔を出す必要があるらしい。
イレミアナと別行動になった俺とティアと他の人に見えないルミニエの場合、挨拶はともかく親交を温めるようという貴族が表れることはなかった。そもそも近づいて来ない。俺が色々な物資をばら撒いた影響もあって、本音ではお近づきになりたいと思う貴族は多い。この場でも自分に多くの視線が注がれていることからも、それが窺える。ただ立場的に自ら先陣を切って俺に近づくのも躊躇われるらしい。その代わりに冒険者ギルドや商工ギルドのトップとはそれなりに話すことになった。もしかしたら彼等は、そんな奥ゆかしい方々の意を受けているのかもしれない。
冒険者ギルド長からは依頼した魔物の解体についての完了報告と礼を受けた。商工ギルドのトップからは「何か欲しい物は無いか」といった質問を受けた。なんだ。欲しい物リストを渡せばくれるの? ルミニエなら「魂ッ!」と即答するだろうな。
ギルド長二人との会話が終わった後は、商人ばかり話しかけて来る。それも五十代や六十代に見える経験豊かそうな商人たちばかりだ。よっぽど俺が良い金蔓に見えるようだ。こちらとしても有能な商人との繋がりはいくらでも欲しいので好都合ではある。
彼等を通して街に不足している物資を卸してこの領の復興を後押ししつつ、資金と影響力を増やしておきたい。今接触してきた商人達の反応を見る限り、これについては問題なさそうだ。
ただ不満もある。それは俺が推進したい各分野へのゴーレム導入に対する反応の薄さだ。どの商人も反対こそしないが積極的に賛同することはなく、計画への参加の意思も見せなかった。ゴーレム導入による国力の早急な向上は領の安全を守るにも、魔物の勢力圏を押し返すにも不可欠だ。しかし商人達にはなかなか理解してもらえない。
戦況の深刻さをもっと周知する必要があるのかもしれない。テレビもネットもないこの世界で、望んだ情報を拡散するにはどうすれば良いのだろうか。頭の痛い問題である。電波はあるんだけどな、ルミニエの毒電波が。
「少々よろしいでしょうか?」
考え事をしている間に新たな商人が声を掛けて来た。先程まで話していた商人達に比べてかなり若い男だ。先の商人達が表面上は物腰柔らかく、その実自身の本音を一切悟らせない老獪な者達ならば、こちらは野心に満ちた新進気鋭といった感じだ。既に結果が出始めているベンチャー企業の社長みたいな雰囲気がある。
「ええ、大丈夫ですよ」
「私はこのヴィルトを中心に商いをしているドルエンと言います」
「シドー・スワです」
「スワ様は人気がおありで、私のような若手の商人では話し掛けるだけでも大変ですね」
そう言うドルエンは自然な笑顔だ。言葉はお世辞半分だろうが嫌な感じはしない。
「スワ様も経験豊かな商人達の相手に疲れているでしょう。前置きは省いて本題に入ります。彼等との交渉でゴーレムの活用について提案されたようですが不調に終わったのではありませんか」
「あまり良い反応はもらえなかったですね」
俺は先程の商人達の反応を思い出し、苦笑を漏らしてしまう。彼等も当初は俺との会話に積極的だったのだが、ゴーレム導入計画の話になった途端肯定的な返答が減ってしまった。今落ち着いて省みると、彼等はあからさまな反対はしないが、賛同の言質をとらせないようにしていたのかもしれない。だが火薬についてもこちらの世界の人間は最初乗り気ではなかったが、実際に見せたら受け入れたという例もある。やりようが無いわけではない。
「まあゴーレムの有効性を実地で見せれば考えが変わる方も出て来るでしょう」
「いえ、現状では彼等が考えを変えることはありませんよ」
「……そこまではっきり断言するのは、何か根拠があるんですか」
「はい。今この都市ヴィルトは人手が余っているのです。それも私だけでなく古参の商人でさえ経験したことが無いくらいに、です。まず魔物の侵攻により滞っている交易の影響でこの街の商取引は縮小しました。それにも関わらず近隣の村々から避難民が流入しました。その彼等が働き口を求めるので安価な働き手が溢れている状況です」
避難民ね。多分かなり安く使われているんだろうな。大規模にゴーレムを使用した例はないようだし、安い労働力がいるのに態々前例のないやり方は選択しないか。
「しかし避難民はあくまで避難民なので、いずれ元いた村へ戻るはずですが?」
「それは何時でしょう。具体的な予定は噂ですら流れてきませんよ」
俺は表情には出さないように気を付けたが、内心ドルエンの言葉で他の商人達の微妙な反応の理由が分かりすっきりした。そういうことなら納得出来る。それにしても俺は少し焦り過ぎているのだろうか。俺は領主一族や他の有力者達に様々な計画を話してきたが、具体的なスケジュールまでは提示していなかった。
俺の思惑としては厳しい戦況を踏まえ「何日まで」という目標ではなく、可能な限り最短で成すつもりだった。しかし第三者からすれば、具体的なスケジュールが分からなければ軽々に動くことは出来ない。今後は自分以外の人間が現状をどう見ているかという点をもっと考慮すべきだな。とりあえずここは今すぐ出来ることを明示しておくか。
「とりあえず近くの村一つくらいであれば明日からでも戻せると思いますよ」
街を襲い撃退された魔物の群の生き残りは、追討されてもういない。この街を中心に兵士が巡回させていると、前にシンリが言っていた。この街周辺に限れば魔物侵攻前より安全になっているかもしれない。
「……それは良い報せですね。まさかそこまで事が進んでいるとは思いませんでした。耳には聊か自信があったのですが、自惚れだったようで」
「卑下することはないですよ。今決めたことなので、知らなくて当然です。丁度私にとって必要な物資がある程度揃ったんですよ」
俺が笑うとドルエンも合わせるように笑おうとする。しかし明らかに引きつっている。
「商いの諸先輩方が手を出さない状況で、あえて私が協力を申し出て恩を売ろうと思ったのですが上手くいかないものですね」
「いえ、恩に着ますよ。避難民の帰還を始めるのは簡単ですが、すぐに全員を戻せるわけでもありません。つまり働き手が余っている状況が忽ち解消されるわけではありません」
「では私の企みは上手くいくということで?」
「そうですね」
おどけるように言うドルエンに対し俺は相槌を打つ。
「こんな状況でも積極的に私のゴーレム導入計画へ協力してもらえるなら嬉しい限りですよ」
実際他の商人が慎重な状況で、今積極的に協力してくれる商人の存在は本当に大きい。今後の彼等の動きにも影響があるだろう。ドルエンを大事にしなくてはいけない。今回の件で俺が恩義を感じてドルエンを優遇したと周囲の人間が認識すれば、次に似たようなシチュエーションがあった際の判断が変わって来るはずだ。
「そう言っていただければ話を持ち掛けた甲斐もあります。あとこれはお世辞でもなんでもなく、ゴーレムの運用に商機を感じたからこそですよ」
「まあドルエンさんには大いに儲けてもらいますよ。それが私にとってもこの領にとっても良い方向に働きますから」
ドルエンは俺の言葉を聞いて目をぱちくりさせた後、笑い声を上げた。何事かと周囲の視線が集まるのを感じドルエンは手を軽く上げて謝る。
「いや、まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかったので、失礼しました。初めて言われましたよ。儲けてもらいますだなんて。いや、参りました」
「そんなに意外でしょうか?」
「ええ、ええ、珍しいを通り越してそんな事を言う人は皆無です。商人同士の交渉ならばより自分の利益を大きくしようとしますし、相手が立場のある方々ならばこちらに【誠意】を求めるものです」
立場のある方々と濁しているが、所謂貴族のことだよな。誠意って金や物を出さなければならないのだろう。こちらの世界はまだ身分制度が厳しそうだから、子供の小遣い程度の額ではないだろうなあ。そう考えると俺の発言は大分異色なものに受け取られても仕方ないか。
「私は大いに儲けさせてもらって、何をお返しすれば良いのでしょう」
ドルエンの問いに俺はすぐに答えられなかった。ゴーレム導入計画に対する賛同で、彼に望むものは半ば以上得ている。先のことを考えるならドルエンには商人として大きくなってもらい、人類が魔物に勝つ為に必要な国力向上に貢献して欲しい。でもこれでは要求が曖昧過ぎてドルエンも困るかな。商人としてやって貰いたいこと、重要なことってなんだろう。
「必要な物を、必要とする人の手に渡るようにしてもらいたいです」
「それは商いの基本ですね」
俺は何を言っているんだ。考えがまとまる前に口に出してしまったせいで、変な事を言ってしまったか。まあドルエンに求めたいのはあくまで商人として国力向上に貢献することで、戦いへの直接的な参加ではないから間違ってはいない。
「私は魔物達に対抗する為に富国強兵、と言っても通じませんか。分かり易く言えばこの領を繫栄させ強くしたいのです。貴方に商人という役割を全うしてもらえれば、それが私の目的に繋がります」
「一商人である私の働きがこのインスラーテ領の繁栄と強化に繋がると、夢のような話ですね」
「そうですか? 近い将来の話ですよ」
ドルエンは俺の話にイマイチ実感がないようだが、限界まで働いてもらうつもりなのですぐその身に刻まれるはずだ。実感というやつが。あとドルエンには儲けてもらうと言ったが、取引相手から搾取するようになられては困る。注意するとしたら大事なのは物を売買する際の値段とかかな。安く買った物を高く売って儲けを出すのが商いだが、安く買い叩くのも高く売りつけるのも限度を超すと問題になる。ほどほどにしてくれると助かる。
「後は適正な価格で売買をしてもらえれば良いですね」
「適正、ですか?」
「何かおかしいですか?」
「いえいえもちろん適正価格で取引いたします」
引っかかるような内容ではないと思うのだが、ドルエンは「適正」という言葉を噛みしめるように何度か呟いた。
「では早速ですが、とある物を必要とする方がおりまして、これを用意出来れば我々にとって非常に有益な繋がりが得られます」
「とある物? この領で私が提供した物のいずれかでしょうか?」
「いえ、未だ提供されていない物です。今まことしやかに社交界で噂されている話がありまして。それは領主様の次女であるエルダ様がスワ様にとある薬をお求めと。しかもその薬効が若さや美に関係するものだとか」
なんかそんな話したな。俺の年齢が四十近いことを知って驚いたエルダ達に、錬金術による効果だと匂わせたんだったか。何かの交渉カードか儲け話にでもなれば良いと思っての行動だったが、こう繋がったか。俺が若く見えるのはルミニエの加護の影響なんだが、一応錬金術や奉納によってそういった効果が見込めるアイテムは用意出来るので問題はない。
「心当たりがあります。確かにまだ提供していない物ですね」
「エルダ様はこの領では非常に慕われています。特に若者からの支持は絶大です。彼、彼女らの中には有力者の子も含まれています」
「提供する順番は」
「それはもちろんエルダ様へ最初にお渡しいただくのが筋でしょう」
筋という話になると、ただエルダへ最初に渡すだけで良いのか少し引っ掛かる。俺の視界の端に十人くらいの女性だけの集まりが入る。そこにいるイレミアナを姿を見て考えを改める。イレミアナとの婚約が発表された直後であるし、彼女にも渡さなければおかしいだろう。しかし、そうなると長女のシンリにだけ渡さないのもおかしな話か。こういう気遣いは苦手だ。深く考えずに領主一族へまとめて渡してしまおうか。
「まずはエルダ様だけでなくイレミアナ様やご家族の方々にもお渡しするつもりです」
「それは良い考えかと存じます。ではその後に」
ドルエンは一も二もなく受け入れた。
ここで俺は一応ルミニエとティアの方へ視線を送る。「二人も欲しい?」という俺の無言のメッセージに半透明なミニキャラ状態のルミニエは笑顔で手を挙げた。ティアは小さく首を横に振ったが、それを見たルミニエが両手で×の形を作り、ティアの分も要求した。
ティアは普通にこういうのに興味が無いんだろう。何もしなくても傷やシミとは無縁の美貌だし。それよりルミニエの方は曲がりなりにも神様なんだからティア以上に美容品なんて不要だと思うが、まだドルエンとの会話が終わったわけではないので詳しい話は部屋に戻った時だな。
今はドルエンの言う有益な繋がりとやらの情報を得るのが先だ。
「ちなみにその相手はどのような方でしょう」
「父親は騎士の中でも人望の厚い方で、本人はイレミアナ様と同じ年齢の娘です。この父親が娘を溺愛しておりまして、その娘に恩を売っておけば確実に繋がりが持てます」
「騎士団所属ですか?」
ドルエンは首を横に振る。
「比較的規模の大きな村を治めている騎士です。近隣の村を治めている騎士やその従者からも慕われております」
騎士団所属ではないのか。騎士団は俺と友好的なシンリに対して距離がある。騎士団の実力者であれば、その関係を改善するきっかけにと思ったが上手くいかないな。
(スワ様は……どうも騎士団とはあまり縁が無いようなので、こういった方の支持を得ておいた方がよろしいかと)
ドルエンが声量を抑えた。ドルエンは商人だが領の軍事部門の微妙な関係性を知っているようだ。困った事態だなと俺が肩を竦めて見せれば、ドルエンも苦笑を浮かべる。
(そちらと関係を深めることによって対立が激しくなる可能性はないですか?)
(対立は今に始まったことではないので、配慮しても無駄と言わざるを得ません)
(私という新たな人間が間に入ることで大きな変化もあり得ませんか?)
(自信がおありで?)
微妙かな。俺は小さく首を傾げる。こっちも物で釣るくらいしか手を思いつかない。もちろんこちらは美容品では釣れないだろうから、順当なのは武具かな。グライオスからシンリにオリハルコン製の剣が与えられ新設する部隊を任せるという話が出た際、その場の反応は新設部隊については薄く、剣については純粋に羨望や驚きの声が上がっていた。この領で手に入りづらい素材で作った武具でもチラつかせればなんとかなるかも、なれば良いなあ。ひとまず実物を渡すのではなく、親交の深い相手には提供の予定があるとほのめかして反応を見てみようか。
「試しすだけならタダです」
「タダは好きですよ」
声量を戻した俺に合わせ、ドルエンも普通の声で応えた。建設的な話が出来て良かった。先に話した老獪な商人達との、ただコネが出来たかなという程度の収穫とは違う。明確に一歩進んだ気がする。
その後、俺はタイミング良く騎士団長から声を掛けられた。やはり当初はあまり友好的とは言い難い物言いだった。特に俺が紹介した焙烙玉が気に食わないようで「あんな物は騎士の戦い方ではない」としきりに言っていた。まあ彼の言葉にも一理ある。
そもそも俺は騎士ではないし、火薬は現状戦力として使えない者達を戦力化する為に活用するつもりだ。数だけが脅威である魔物の群相手には有効だろう。逆に騎士のような戦闘職なら戦闘用スキルがあるのだから、強敵の相手をしてもらいたい。騎士らしい戦いがしたいならゴブリンナイトやオークジェネラルのような武器や戦術を使う相手が相応しいだろう。
俺は率直に「自分は騎士ではない」と「ゴブリンの騎士が出たらお任せします」と言ってみた。騎士団長は納得したようで、もうその口から俺への文句が漏れることはなかった。物で釣るまでも無く話がまとまって良かった。この領の未来は明るいね。