第二十五話 祝勝会
インスラーテ領・主幹都市ヴィルト・領主の館・大広間 シドー・スワ
領主であるインスラーテ家の館、その中でも一番広い大広間で都市防衛戦の祝勝会が開かれようとしていた。体育館並みに広い大広間は飾り立てられ、壁の近くに配置されたテーブルには見栄えの良い料理が並べられている。
俺の感覚では装飾過多な服装をした貴族? 上流階級らしき人達がいくつかのグループに分かれて会話をしている。そこから離れた出入り口に近い場所に有力な商人や冒険者ギルドの上層部の人間がいる。この位置関係も何か暗黙の了解があるのだろう。
俺はいうと大広間の一番奥に置かれた豪奢な席の横に、イレミアナやティアと共に立っている。このいかにもな席が所謂上座であり、領主の席だ。ちなみにルミニエもいつもの半透明なミニキャラ状態で俺の顔くらいの高さでふわふわ浮いている。
イレミアナとティアはもちろんドレス姿なのだが、何故かミニキャラ状態のルミニエも見たことが無いドレスを着ている。俺がこのミニキャラの仕様について考えていると、ルミニエは俺の視線に気付き何かを期待するような視線を送って来た。そんなに長い付き合いではないが分かり易い奴だ。
(初めて見るドレスだな。似合っているぞ)
(ふふっ、まあね~)
小声で褒めるとルミニエは得意気な表情で、くるりとその場で回って見せる。角度的に見えていなかった所まで見せようってことだろう。能力は魂を代償にしたり毒電波を飛ばしたりとえげつないが、こうやっていれば可愛いらしいもんだ。
ティアとイレミアナに対しても褒めてみたが、こちらの反応はそれぞれ真逆だった。ティアは表情にこそ変化がなかったが凄く喜んでいるのが伝わって来た。元がゴーレムとその創造主という繋がりからか、感情の変化がなんとく分かる。イレミアナは笑顔で礼を言っていたが、こういうのは言われ慣れていてテンプレートなやり取りとして処理している感があった。イレミアナは領主の娘でもあるし、社交に関してはお手の物といったところなんだろう。頼りになる、いや頼りにするしかない。俺、ティア、ルミニエの三人は異世界人、元女神像、女神という絶望的にこの世界の社交界から遠く離れた存在だ。こういう場を上手く乗り切るにはイレミアナみたいな人間が必要なのだ。
そうこうしているうちに、領主が大広間に入って来る。後にはシンリやグラウィ、エルダと続き、最後に見知らぬ美人が入って来た。恐らくイレミアナ以外の領主一族というくくりなのだろう。と、いうことは最後に入って来た見知らぬ人物は領主の妻でありイレミアナの母なのかもしれない。後で挨拶しといた方が良いだろう。
領主がこちらへゆっくりと歩いて来る。特別なことは何もしていなくとも、この場の上位者としての雰囲気がある。実は名前も厳つい。グライオス・ラース・インスラーテという。ルミニエによる情報収集では「頼りない」扱いされていたのだが、微塵もそんなところは見えない。会食の時にも思ったが有能そうに見える。もしかしたらそう見せるのが上手いだけの可能性もあるが、それはそれで価値があるから問題ない。
俺は今いるこのインスラーテ領だけを守っていれば良いというわけではない。他の領や国も強化して魔物の侵攻を押し戻さなければならない。その為、インスラーテ領の領主であるグライオスが有能でちょっとテコ入れするだけで済むなら、それに越したことはない。さてインスラーテ領の領主グライオス・ラース・インスラーテは有能かどうか、この祝勝会でも少しくらいは判断材料が得られるかな。
祝勝会なんかで有能かどうかの判断なんて無理? そうでもない。今は領の存亡を賭けた防衛戦からそれほど日も経っておらず、人心も完全な落ち着きを取り戻したとは言えない。そのうえ今から領主一族とよそ者の婚約話が発表される。これによりインスラーテ領の政治のパワーバランスに変化が生じる。領主グライオスが有能であれば話は問題なく進むだろう。しかし、能力的に不足があるなら抵抗する者や混乱が発生する可能性が高い。
領主一族の入場が終わると同時に、参加者全員にグラスが配られる。透明な液体が入っている。入っているのは酒だろうか。一応密かに鑑定してみれば、やはり酒だった。しかしワインではないんだな。さて式は乾杯から始まるようだ。こちらの世界と元いた世界、祝いの場でやることに大きな違いはないんだな。
グライオスも手にグラスを持ち、参加者全員を確認するようゆっくり視線を動かす。参加者もそれに気付き、大広間はしんと静まり返る。一呼吸二呼吸した位の間でグライオスは口を開く。
「此度の魔物侵攻はインスラーテ領始まって以来の危機であった。しかし皆の献身により災いは退けられた。大義であった」
グライオスの言葉は簡潔であり率直なものだった。普通こういう場合トップは自らの手腕を誇り権威を高めようとしたり、自画自賛の自己満足に浸るものかと俺は勝手に思っていた。しかし彼は違うようだ。まあ本人が自分で何でもやりたがるワンマンタイプではなく、人に任せるタイプだから先程のような文言になったのだろう。
「特に城壁にて防衛戦に従事した者達、野戦にて魔物の群へ大きな打撃を与え戦局を決定付けた者達の働きは目を見張るものがあった。それぞれ褒美をつかわす」
領主の言葉に大広間は騒めき始める。騒めきは単純な驚きの後、好意的なものとそれ以外に分かれた。暗黙の了解なのか、明確なルールが存在するのかは分からないが領での地位や役割によって大広間の立ち位置が決まっている。皮肉なことに大広間の最奥に位置する領主一族は別としてそこに近い位置にいる者、この領で地位が高いと目される者ほど好意的ではない。
また立っている場所の法則では分類出来ない者達の様子も興味深い。それは大広間の各所にたって警備をしている騎士達である。彼等も好意的とは言い難い様子だ。シンリが率いて城門から打って出た騎兵隊は、今大広間を警備している騎士達とは所属が違うらしい。功を立てた騎士達は地方の村を領地として与えられた者達で、今警備をしている騎士達はここヴィルトに置かれた騎士団の所属になるみたいだ。
この騎士団、シンリから聞いた話では城壁の防衛に戦力を集中させようとしたのに応えず、今俺達のいる領主の館を中心に貴族街の防衛をさせたがった領主の側近の意見に従ったらしい。一応最終決定は領主であるグライオスがしたとはいえ、作戦会議の場でシンリに騎士団長が賛同することは一切無かったそうだ。結局魔物が城壁を突破することはなかったので、騎士団は後方で待機していただけになってしまったらしい。この話をしている時のシンリの表情は心底蔑んでいるものだった。シンリにとってみれば騎士団こそが主力のはずなのに、戦わずじまいなのは論外なのだろう。
功を逃した騎士団所属の騎士達は、恨むなら領主の側近か騎士団長にしとけよ。実際問題待機していただけで褒められたりご褒美もらえたりするわけないんだから。それにしても同じ騎士といっても、中心都市に置かれた騎士団所属と地方の村を領地とする騎士。凄く関係が拗れそうな構造だな。拗れそうというか、既に拗れているか。
(あの、シドー様、貢献した者が褒美を得られるのは当然かと存じます。それにもかかわらず不満を露わにする者がいるのは何故でしょう?)
ティアが俺以外には聞こえないように声を潜める。ティアは俺と同様に不満げな騎士に気付いたようだが、その心情までは分からないようだ。この辺りは人生経験の少なさかな。女神像だった頃にも人間の営みを見ていると思うが、如何せん歩き回れるはずもなく範囲が限られていただろう。
(人には心、感情がある。理屈では分かってはいても心が受け入れられないこともある)
(心のせいで仕事もしていないのに大きな働きをした者を妬むのですか?)
(し、仕事はしているぞ。今も大広間を警備しているだろう)
くっ、もう少しで噴き出すところだった。ただただ不思議に思い質問した真面目な表情のティア。しかし言っている内容は辛辣そのもの。ティアにとっては純粋な疑問なのだが、改めて言葉にすると騎士団の妬みが筋違いなのがハッキリする。
今のティアとのやり取りは警備担当の騎士が対象だったが、言葉の内容は領主の側近連中にも当てはまる。この祝勝会は領主の話が終われば後は立食形式だ。もしかしたら、その時側近連中もしくはその関係者から接触があるかもしれない。その際今と同じような内容の発言がティアから飛び出れば揉め事は不可避だろう。うん、ティアを連中に接触させるのは危険だな。気を付けよう。それはそれとして領主グライオスの話は続いていた。
「戦いの中で目覚ましい活躍をした二人いる。領主としてシンリ・ラース・インスラーテとシドー・スワの両名の功績を高く評価する」
俺のことだな。そうそう、インスラーテ家の者達は当初俺の名字と名前を逆に認識していた。彼等が自己紹介の時に名前を先に挙げていたのに、俺は自身の名乗る際に普段の癖で名字、名前の順番で言ってたせいで誤解させてしまったようだ。シンリやイレミアナには「そういうことはもっと早く教えてくれ」と、この前怒られた。
「シンリ・ラース・インスラーテにはオリハルコン製の剣を与え、正式に新設する部隊の長に就ける。今後も領の為に励め」
材料のオリハルコンは俺が提供したやつだな。早速武具にしちゃったか。新設部隊というのは俺が提案した防衛計画が関係している。この街を中心に複数の砦を作り防衛圏を形成する。その為の部隊だ。このグライオスの発言に対する大広間内の反応は微妙なものだった。分かり易い「オリハルコンの剣すげー」といった類の反応はあるが、新設部隊の隊長就任についてはほとんどの者が部隊の詳細をまだ知らないせいで困惑気味な反応が多い。
「続いてシドー・スワ、其方はインスラーテ家の相談役として迎える。戦いのみならず農地の復興ならび物資の調達において際立った手腕であった。今後も期待している。それと我が娘イレミアナとの婚約を許可する」
ん? 最後の言い方だと俺が「娘さんを下さい」って事前に頼んでいたように聞こえないか。そこも問題だがこんな雑な発表では騒ぎになるだろ。俺は突然現れた余所者なので、身の程知らずと強く反発する者が出て来るはずだ。しかしそんな俺の危惧とは裏腹に大広間は今日一番の拍手の嵐。俺とイレミアナとの婚約についての反応は、今日最も良かった。なんでだ。
(シドー様から提供していただいた物資は多岐に渡ります。当然のこれにより利を得た者も多く、彼等の立場は様々です。今下調べや根回しもせず、安易にシドー様へ敵対的な行動をとると何処から恨みを買うか分かりません。まともな人間であるなら反感を持っていてもしばらくは様子見ですね)
疑問符で頭がいっぱいな俺にイレミアナが招待客達へ顔を向けたままこっそり理由を教えてくれる。流石領主の娘、こういった機微には敏いな。しかし、それではまるで俺が現代日本なら条例にひっかかりそうな年齢の少女と結婚したくて、物をばらまいたみたいじゃないか。変な印象が付いてしまったらどうするんだ。周囲から白い目で見られるなんて嫌だぞ。
改めて拍手をする祝勝会の参加者達の顔を注意深く観察してみる。うん、参加者の半分位は目が笑っていない。貼り付けたような笑顔で手を叩いている。うわぁ不気味。
少し引いている俺にイレミアナは扇子のような物を取り出し、口元を隠しながら説明を続けてくれる。俺達に注目が集まっている中、おおっぴらに雑談は出来ない。
(これでも相手がお姉様達のどちらかだった場合よりは反感も少ないと思います)
(なぜです?)
(シンリお姉様は長子なので継承権が高いです。今はお兄様の方が優先されていますが、お姉様を推す声もあります。それとエルダお姉様は華やかで社交の場では常に注目の的です。インスラーテ領でも最も美しいと評判で平民の間ですら噂されるくらいです)
継承権が貴族にとっては重要なのは分かる。しかし見た目に関してはインスラーテ家の三姉妹に優劣があると思わない。肉付きが良く鎧を着ていなければスタイルの良さが際立つシンリ。煌めくような金髪に気の強そうな大きな目、スラリとした体形の典型的美少女なエルダ。金髪と栗毛の中間の色で柔らかそうな髪、朗らかな表情をしていることが多く優しそうなイレミアナ。まあ中身については見た目と大きなギャップがあるが、三者三様全員タイプは違うが美形である。
それに中身の方も大分三者三様だ。シンリは戦場で見た感じ、完全なパワー系。まだ魔物の多数残っているのに態々城壁外へ打って出るのは覚悟が決まり過ぎだ。エルダは目立つ見た目だが感性は普通、シンリやイレミアナとは違って軍事と政治どちらにもあまり興味がなさそうだ。イレミアナは理知的だ。政治的な話にも三姉妹で一番積極的で、最年少ながら鋭く切り込んで来る所がある。父である領主グライオスの入れ知恵かもしれないが、俺との婚約話をブッ込んで来た時は正直焦った。
今この大広間に集まっているような有力者達にとってシンリの継承権の高さが重要なのは間違いない。ただイレミアナは政治に関心も高いし適性もありそうなので、本人が言う程姉二人より周囲の評価が低いとも思えない。
(……意外と本人の方が自身の価値は分からないのかもしれませんね)
俺がフォローなのか単なる感想なのか分からない中途半端なコメントをすると、イレミアナはきょとんとした表情を見せる。その顔は年相応の幼さがあった。良く気が付くし立ち居振る舞いもしっかりしているから忘れがちだが彼女は十代である。そう、この前聞いた話ではイレミアナは十四歳とのこと。
溜息が出そう。ここにはこの街の有力者が勢揃いしている。そんな中、俺は十四歳の少女と婚約したくて希少な金属を提供したり、各方面に協力している男と認識されているかもしれない。いや多分されている。俺は魔物相手に戦うだけじゃなくて、世間の冷たい目とも戦わなければならないのか。お辛い。




