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第二十四話 ヴィルト水神殿

都市ヴィルト スワ・シドー


 インスラーテ領主の(やかた)内、俺達に宛がわれた客室で俺はお高そうな椅子に座り、机の上に並べた紙と向き合っていた。この街に来てから多くの情報が得られたので忘れないように記録しようと思い立ったので、内容を頭の中で整理して書き記していく。


 この街の有力者の名前や関係性、俺の対魔物計画への関連度合いを先ず書き残しておく。名前覚えるの苦手なんだよな。後はこの街の主な組織、戦力も忘れてはいけない。この地域の特産や逆に流通の少ない、もしくは無い物も書く。それから簡単な地図も描く。


 そう、最近ここが何処なのかがやっと分かったのだ。いやここはインスラーテ領にある都市ヴィルトだろう、というツッコミがありそうだがそういう話ではない。俺はゲーム情報でこの世界の世界地図を知っているのだが、今まではインスラーテ領がこの世界のどの位置に存在するのか全く分からない状態だったのだ。


 そもそも俺がこの世界の世界地図を初めて見たのはソシャゲ版である。ゲームシリーズ内で世界の全容が初めて明かされたのは戦略シミュレーションであるソシャゲ版だった。戦略シミュレーションなので全体マップも存在し、それが所謂世界地図である。それによるとロストタイズの世界は簡略化した日本のような形をしていた。


 ただ形は分かってもゲーム上では世界の国々はそこを領有する各ユーザーが名前を決めるので、今いるこの世界の国や領の名前と一致しない。当然の如くゲームにインスラーテ領なんて名前は出て来ないので、俺は今までインスラーテ領の場所を特定出来ずにいたのだ。


 それでも俺はこの街に来れば地図くらいすぐ手に入り、この問題はすぐに解決すると軽く考えていた。だが意外に流通していない。シンリやイレミアナに頼んでも狭い地域の地図しか入手出来なかった。地図は国や領にとって重要な機密らしく、広い地域を網羅した物や詳細な地形が記載された地図の提供は難しいと二人に言われてしまった。だがこういう時、俺には【奉納】がある。


 しかし、いざ【奉納】を使おうとした時俺は気付いてしまった。【奉納】で魂を捧げる相手であるルミニエ、彼女こそこの世界の神様なのだから、この世界の地形に最も詳しい者なのだ。つまりルミニエに地図書かせるのが最も低コストだ。思い付いた時には良い考えだと思ったのだが、これが悲劇を生むことになってしまった。


 俺が今使っている紙と同じ物を出し、ルミニエに「この世界の地図を書き込んでくれ」と頼んだところ──あろうことかルミニエは俺の頭の中に直接書き込むという暴挙に出た。こういう奴だと分かっていたのに油断していた。それは魔法を教えてもらった時と同じ方法で、脳に直接データをブチ込むという荒業であった。ルミニエの神視点で認識しているこの世界の形が直接脳に押し込まれることになった。


 この時の俺は視界に火花が散り、頭の中を掻き混ぜられているような感覚に耐え切れず、情けないことに床を転げ回って悶絶する羽目になった。治まった後、本気でルミニエの頭をド突きそうになるくらいは酷い状態だった。


 ルミニエに感謝は絶対しないがこれにより現在位置が判明したのだ。脳内に刻み込まれた世界の形とシンリに貰った周辺地域の地図を合わせることによって、インスラーテ領の位置ははっきりした。この世界は日本に似た形をしているので都道府県に当て嵌めると、インスラーテ領は徳島県にあたる場所にある。ちなみに勇者を擁したマヤトガは大体広島県あたりに位置している。そしてルミニエの姉の世界に繋がった穴は山口県の端の方にあることが分かった。


 インスラーテ家との会食で話した時も感じていたことだが、どうもこの街の人間は魔物の侵攻について危機意識が低い。その原因がこの位置関係にある気がする。侵攻源と海を隔てている分、今までは大規模な魔物の侵攻をまさに対岸の火事として見ていたのではないか。さらにこちら側に魔物が上陸するにしても、直接インスラーテ領へ来ることはない。まず愛媛や香川の位置に該当する場所にあるテシェラ大公国に魔物は上陸することになる。これらの要因からこの街の人間にとって魔物の侵攻は今まで大きな脅威とは受け止められていなかったのだろう。


 シンリやイレミアナから得た情報ではこの前線になっているテシェラ大公国とインスラーテ領は盟を結んでおり、インスラーテ領は物資を支援しているという話だ。テシェラ大公国は支援によって出来た余力を使い、魔物の上陸する海岸沿いに土塁や砦を築いて迎撃しているのだという。それってインスラーテ領はテシェラ大公国の効率の良いレベル上げに上手く利用されてない?


 いや、その大公国とやらを責めているわけではない。彼等のやっていることは俺のやりたいことに近い部分があるのだ。ただ俺としては自分とその周囲の者だけ強くなっても世界の危機には手が足りなくなるという予測から、もっと広く人類の戦力を底上げしたいという思惑がある。それにインスラーテ領に大量の魔物が流入している時点でその大公国が無事だとは思えないから、これからはインスラーテ領も前線になる。そこでテシェラ大公国が使っている手段を改変して、より俺の目的に沿うシステムにしてしまえば良い。


 幸い俺はインスラーテ領の防衛戦略に深く関わっているので方針の一部変更くらいは問題無いだろう。複数の砦が連携して防衛線の構築し、出来るだけ広い安全圏を得る計画を進めていたが、ここにより多くの魔物を効率よく狩るシステムを加える。具体的には元々用意するつもりだった砦など有利に戦える場所へ魔物を誘き寄せて大量に処理する方法の導入だ。俺達のレベル上げにもなるし、ルミニエに捧げる魂を大量に稼げるだろう。とにかく魂さえ大量にあれば何か予想外な問題に直面しても【奉納】による力業で解決出来る。もちろんインスラーテ領の兵士のレベル上げにも利用出来るしな。


 俺はこれらの計画や今後の長期的な展望などを書き込んでいく。この行為に何か懐かしさを感じる。昔、俺が子供の頃はゲームを攻略する時、ジャンルにもよるがメモを取ることがあった。その後攻略情報の載ったゲーム雑誌や攻略本が普及してメモなんて取ることはなくなった。現代に至ってはネットで検索すれば攻略サイトが一発で出て来る。それが今更こんなアナログな手法を持ち出すことになるとは、人生何があるか分からない。これを書き終えたら水神殿に行く予定だから今後の安全祈願でもしておくか。魂を捧げれば何でも叶えてくれるくらい御利益は強いからな。


〇 〇 〇 〇 〇 〇


インスラーテ領・都市ヴィルト・ヴィルト水神殿 とある司祭視点


 いつものように部下達へ指示を出し終え、余暇を使って神殿を見て回る。塵一つないように掃き清められた通路を進む。礼拝の間に入ると一般の信者達が跪き、祭壇と女神像へ向けて祈りを捧げている。礼拝の間におけるいつもの光景だ。少し前、魔物の大侵攻に際しては怯えた住人が悲壮感に満ちた表情で祈っていたが、首尾よく撃退されたことで平時の落ち着いた空気へ戻っている。


 女神像を見ていると脳裏に過るものがある。最近おかしな夢を何度も見るのだ。男女二人組が魔物の大群を撃退する夢だ。しかも同様の夢を私以外にも複数の神官が見ているという。ついこの間街を襲った魔物の大侵攻、その戦いにおいて大きな働きをしたのも二人組の男女だったそうだ。偶然と呼ぶには聊か関連性があり過ぎる。女神様の啓示ではないかとの思いがよぎる。


 私は水神殿の中では敬虔な方ではない。何の後ろ盾も無い平民の私が立身出世する手段は限られており、その数少ない選択肢から選んだのが水神殿への入信であっただけだ。世が乱れている今、平民という弱い立場では明日どうなるかも分からない。実際今回の魔物の大侵攻の影響でこの都市へ逃げ込んで来た近隣の村人達は、持ち出した物資や貯えも乏しく困窮している。水神殿でも炊き出しを行ってはいるが十分とは言えない。最初に苦しむのは常に弱者なのだ。そして私はそちら側にはなるつもりはない。


 そんな私でも水の女神様の加護は厳然と存在し、それが人類にとって大きなものなのは理解している。たかが夢、だが自分を含めて複数の神官が同じ内容の夢を見ているという事実は無視出来ない。もし件の二人組こそが救世の英雄であるという水の女神様の啓示であったなら、上手く利用して私の出世に繋げられるかもしれない。そんなことを考えていると神官の一人が走り寄って来る。


「何事か」


 私の問いに下級神官は慌てた様子で説明する。なんと領主に仕える者の案内で件の二人組がここへ来たらしい。やはり偶然にしては出来過ぎている。水神殿でも信仰の篤い者達なら「これこそ女神様の御導きである」と声高に主張するような状況だ。しかし本当に女神様の啓示であるなら、まず総本山の教主様や聖女様へ下されるのではないかという疑問もある。


 しばらくして件の二人組が礼拝の間に入って来た。その瞬間周囲の空気が変わる。目を引いたのは女性の方だった。息をのむほどの美貌、一見黒色のようだが光が当たると青みを帯びて見える髪、黄金比率としか思えない均整のとれた体。彼女の着ているローブは一見すると高位の女性神官が使用する物に似ているが、それらより上等な物だ。意匠や使われている生地を見れば分かる。それもかつて水神殿の総本山で見た聖女様が着ていた装束と比べても遜色ないどころか(まさ)っているとすら言える。だが最も特異なのは、周囲の視線を一身に集めているというのに動揺も無ければ偉ぶるでもなく超然と歩みを進めるその様である。この世の者とは思えぬ程の美しさと相まって神々しさすら感じてしまう。それは私だけの感覚ではない。


「女神さまだ……」


 何処からかそんな声が漏れ聞こえる。礼拝の間にいた信者の何れかのものだろう。彼女にもその声は届いたようだが、声の方向へ振り返り小さく首を横に振った。「自分などが女神様と呼ばれるのは畏れ多い」といった意思表示であろう。その奥ゆかしさが彼女の清らかさを示すようで、誰もがもう声すら出せずに見つめるばかりになっていた。だが私は立場上、彼等に対応しないわけにはいかない。自然に見えるよう彼等へ歩み寄り声をかける。


「ようこそ水神殿に、この街の苦難に立ち上がった志高き方々が、信仰心も篤いとは」


 二人組に対して歓迎の言葉を口にしようとしたが途切れさせてしまう。女性の方があまりに堂に入った礼をした為、見入ってしまったのだ。片膝をつき手を組んで頭を下げた彼女の姿は、そのまま宗教画にして飾りたいほど見事だ。


「こちらのスワ・シドー様に仕えているティアと申します」

「ご、ご丁寧に有難うございます。私はヴィルト水神殿の司祭に任じられております。ソツ・スティラ・アクアと申します、ソツ司祭と呼んでいただければ。失礼ですがティア殿はどちらの所属の神官でしょうか?」


 正直彼女にどう接して良いのか分からない。彼女が水神殿の神官であるなら位階が上か下かで対応は変る。立ち居振る舞いや服装を見る限り私より上位の役職に就いていてもおかしくはない。そんな私の思惑をよそにティア殿は悲し気に視線を落とす。


「私はロングットという村の神殿にて村を見守っておりましたが、この度の魔物の侵攻で村は……」

「それは、申しわ、いえ安らかな眠りをお祈りいたします」


 まいった。彼女が非常に微妙な立ち位置であることが判明した。世界中に存在する水神殿だが、田舎の村にある水神殿にまでは中央の管理は行き届いていない。正式な水神殿の神官は総本山で任命されるのだが、辺境の水神殿全てにまで神官を派遣しきれない。その為付近の大きな神殿に僅かな上納金を支払いさえしれば、各村々で神官を任命してしまっている場合がある。【みなし神官】という奴だ。


 さらに彼女はシドー殿に仕えているという。神に仕える神官が個人に仕えるなど本来許されない行為なのだが、相談役などとして有力者に仕えることは現在半ば黙認されている。水神殿内の役職数は限られている。席が空かなければ本人が優秀であっても出世出来ない。しかしだからといって開祖様が定めた水神殿の組織構造を勝手に改変するような役職新設などあってはならない。そこで水神殿は優秀だが内部で就ける役職の無い者を有力者へ送り、有力者の統治に【協力】することで水神殿の影響力を強めつつ人材を有効活用している。


 翻ってシドー殿とティア殿はどうだろう。ティア殿は【みなし神官】であり、正式な神官ではないうえ水神殿の意向とは関係なくシドー殿に仕えている。これは水神殿の慣例からはかなり外れている。だからと言ってそれを理由に軽視、ましてや排斥するのも浅慮であろう。彼等は街を救った英雄にして領主の客人でもある。それに夢のこともある。もし万が一彼らが本当に女神様の見出した勇者であった場合どうなる。背教者の烙印を押されてもおかしくない。駄目だ、悪い予想ばかりが頭に浮かぶ。


 だが物は考えようだ。もしかしたら私にとって好機にもなりえる状況かもしれない。彼等の立場が微妙ならば、他の神官に介入されずに関係を深められる。彼等の実力は街を救った事実から保証されているのだ。彼等が順当に功績を上げていけば、その彼等と水神殿を繋ぐ役割を担う者の価値は上がる。もし、もしも彼等が女神様が選んだ勇者と総本山に認められれば、その価値は計り知れないものとなる。


「今日は水の女神様に祈りと魔石を捧げに来たのですが」


 シドー殿はこちらの葛藤など全く想像もしていないようで、自分の用件を切り出した。暢気なものだ。シドー殿はティア殿と違い見た目も平凡である。この人物に自身の将来を賭けて大丈夫なのか、どうしても疑問は残る。それはさておき彼の用件自体は大したものではないので、一旦思考を止めシドー殿の対応を優先する。


「それは感心なことです。私が受け持ちましょう」


 私が先を歩きシドー殿達を祭壇の前まで案内し祭壇を指す。


「こちらへ魔石を置き祈りを捧げて下さい」


 私の指示にシドー殿は何も無い所から魔石を取り出した。シドー殿は【収納】のスキルをお持ちなのか。彼には姓もあるし恐らく滅びた国か領の立場ある者だったのだろう。それにしても魔石の量が多い。大人が両手で抱える程の量だ。庶民であれば一財産である。これだけの量の魔石を惜しげもなく捧げるとは、余程貯えがあるか、この程度ならすぐ手に入れることが出来るという自信があるのだろう。


 シドー殿が祭壇へ魔石を置き、ティア殿と共に祈りを捧げる。これで後は魔石が(ほの)かな光を放ち消えることで、天に御座(おわ)す女神様に捧げられる。そこに在る物が光と共に消え失せるという幻想的現象を見るたび、敬虔とは言い難い私でさえも女神様の存在を身近に感じずにはいられない。だが今回はいつまで経っても魔石が消えない。


 最初魔石は仄かな光を放っていたのだが、その光は徐々に強まり煌々と周囲を照らし始めた。聖堂内の下級神官や信者達が騒めき出す。元々注目を集めていたシドー殿達の行為に起因する現象なので彼等の反応も顕著だった。女神様、勇者、女神様の遣いなど、下級神官や信者達の言葉が聞こえて来る。


 シドー殿が女神様の遣いや勇者である確証は無い。しかし今私が目にした事実を先入観を排して考えるなら、シドー殿とティア殿が特別な者であるのは明らかだ。水神殿は庶民出身でもある程度上が目指せる。実際私は同年代の中では上位に位置している、と同時にこの辺りで頭打ちなのも自覚している。ここから上はただでさえ空きが少ない役職ばかりだ。そこを目指すなら大きな功績が必要になる。賭けに出るか? 徐々に収まりつつある光とは逆に、私の野心は沸々と湧き上がるように強まっていく。彼等に声を掛けた瞬間から短い時間だがどう扱うか散々悩んだ。思考が錯綜していたがここに私は決めた。


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