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第二十二話 婚約

 会食の次の日、領主の三女であるイレミアナから早速お茶会へのお誘いを受けた。これにはイレミアナ以外にも次女のエルダが参加している。シンリとグラウィは戦いの事後処理が忙しく不参加である。シンリはお茶会の最初に顔を出したがすぐに仕事に向かった。その時参加出来ないことを残念がっていた。


 こちら側は俺とティアが参加、ルミニエは不参加だ。ルミニエは自身を信仰する水神殿に対して、低コストの干渉で誘導出来ないか試すらしい。本人の言葉を信じるなら、あくまでお試しだから大きなことはしないとのこと、本当に大丈夫だろうか?


 朝食から二時間経った辺りでお茶会は始まり、最初の数分位は当たり障りのない会話が続く。出来るならインスラーテ家に提案したいことがいくつかある。しかし参加者であるエルダとイレミアナはまだ少女と言って良い年頃である。話の内容は理解出来ても、こちらへ便宜を図ったりする権限があるのか不安だ。それでも言うだけ言ってみるか。いずれにせよ領主である父親に話は伝わるだろう。


「不躾ですが少々頼みたいことがありまして」

「どうか遠慮なさらず。こちらは街の防衛への御助力に対する礼もまだ十分出来ていないのです」


 年上のエルダではなくイレミアナが快く応えてくれる。そう言えばこのお茶会ではイレミアナが中心となって会話を回している。この場では一番年下なんだけど、お茶会の主催が彼女だから役割的には自然なのか。それならこの場では要望を伝えるのはイレミアナにすべきだな。


「昨日提案したゴーレムの運用に関連するのですが、ゴーレムを用意するには魔石が必要になります。当然ゴーレムの数を揃えるなら必要となる魔石も多くなります。魔物の死体はこちらでそれなりの数を確保していますが、これを解体し魔石を取り出す作業を頼める者を紹介してもらいたいのです」

「お任せ下さい。こちらも無関係ではないですし、冒険者ギルドがそういった作業には詳しいので紹介状を用意いたしましょう」


 イレミアナは二つ返事で承諾してくれる。こちらの要望を簡単に受け入れてくれたが、安請け合いといった感じはしない。彼女の年齢は十代前半位に見えるのだが、既にこの領において様々な裁量を任せられる実力と立場があるということか。


「他に何か希望があれば私の方で承りますよ」

「そうですね。私の錬金術で作れる物の中に【精霊の祝福】という物があって、農作物の成長を促進させ収穫量の増加と生育期間を短縮する効果があります。こちらの領では既に使用されているかもしれませんが、もし未だなら試してみてはいかがでしょう」

「……確実な事は言えませんが恐らく使われていないかと、申し訳ありません。そういった事については詳しくなくて。先ず前提として我が領に高位の錬金術師はおりません。その為そのような特殊な効果を持った物はこのインスラーテ領では作られていないはずです」


 イレミアナも流石に農業の現場については分からないらしい。エルダの方は元々農業には関心が無い様で話に加わってこない。


「では実際の効果を確認して有用でしたら増産しましょう。それと高位の錬金術師がいないということは、もしかしてミスリルやオリハルコンのような金属も生産されていないのでしょうか? 私なら用意出来ますが」

「オリハルコンもっ! そのような大変貴重な金属で武具を作れば、大きな戦力強化になりますね。重ね重ねご配慮いただき有難うございます」

「希少な金属は特に他領に頼っていたから職人は助かるんじゃないかしら」

「いえいえこの程度。この街の現状を把握すればもっと出来ることも増えますよ」


 イレミアナは驚きから一瞬声が高くなり、落ち着くと丁寧に感謝を述べた。このお茶会中静かだったエルダも態々「他領に頼っていた」と口に出したことから、他領への依存度が相当高いだったのだろう。それが魔物の侵攻で物流が滞り、品不足になっていたのだろう。そういった不足している物資が何か分かれば俺も動きやすい。ただ最初に出て来た用途はやはり武具か。仕方ないな。


「市場を確認してどういった物品が不足していて、何がどのくらいの価値で取引されているかが分かれば、やるべき事も見えてきますから」

「支援が必要な分野にはお力添えいただけると? 恥ずかしながら今のインスラーテ領では立て直しが必要な分野は多岐に渡りますよ」

「まるで自分なら何でも出来ると言ってるみたいね」


 控えめにこちらを心配するようなイレミアナと少し揶揄するようなエルダ。彼女達からすれば俺の実績は戦闘だけだから、こういう反応も仕方ない。色々提案はしているが実際に戦闘以外で何かを成したわけではない。全てはここからだ。


「何でも出来るなどと豪語するつもりはありません。ただ大抵の分野において、何らかの手助けは出来るとは思っています」


 かなり大きな事を言っている自覚はある。だが謙遜するより早く多くの分野に関わっていけるはずだ。イレミアナはこちらの意図が伝わっているかは分からないが、ポンと両掌を合わせて朗らかな笑顔を浮かべる。


「それではスワ様にインスラーテ領の事をもっと知っていただかなければいけませんね。私が街を案内出来れば良いのですが、残念ながらこの後少々立て込んでおりまして。案内の者をお付けしましょうか?」


 話がトントン拍子に進む。イレミアナはこちらの欲しい返しをしてくれるから話が早くて助かる。当初まだ少女である彼女に権限があるのか疑ったのが、遠い過去のようだ。


「お願いします。それにしてもお忙しいところ、持て成していただいてありがとうございます。手伝えることなら手伝いますよ」


 俺の申し出の何かが琴線に触れたのかイレミアナが「ふふっ」と笑みをこぼす。


「何かおかしなことを言いましたか?」

「いえ私の用事は昨日の戦いの祝勝会の準備なのです。その勝利に一番貢献したスワ様自身に手伝わせては、私の立場が無くなってしまいます。祝勝会にはお招きしますので楽しんで頂ければ幸いです」

「そうだったんですね。楽しみにしていますよ」

「期待に応えられるよう趣向を凝らしますね。そして、これを機にインスラーテ家はシドー様と関係を深めていくことを示そうという話がありまして」


 イレミアナの雰囲気が急に変わる。彼女は声のトーンを下げ、何か重要な事を言おうとしている空気を出している。俺の第六感が面倒事が待ってそうだと言っている。しかし聞きたくないと言えるわけもなく、とりあえず先を促すしかない。


「それはどういった」

「インスラーテ家としては縁を結んではどうかと……つまり私との婚約ですね」


 随分直球な婚約の申し込み。俺の予感的中だ。驚きで一瞬思考停止してしまったが、かなり面倒かつ慎重な対応が必要な案件である。俺の有用性はある程度示したとはいえ、いきなり領主一族から婚約話が出るとは思っていなかった。それに何故よりにもよって領主一族の中で一番年下が相手なのだろう。多分年齢が俺の半分以下じゃないか。俺ってロリ〇ンだと思われてる?


 正直困った。身分のある側から出た婚約話を断るのは相当拙い、よな。元々有力者の協力関係を結ぶつもりではあったが、いきなりどこの馬の骨とも分からない男相手に、こんな話になるなんて思っていなかった。対応に迷って視線が泳ぐ。イレミアナはにこやかに俺の言葉を待っており、エルダはこちらの反応を窺っている? ティアは難しい顔をしている。


 ティアがまた予想外な反応をしないか、少し不安を覚える。ルミニエとの関係については言い聞かせたし、【交渉術】もレベル三まで上げたから問題ないはずだ。むしろ【交渉術】レベル三のティアに交渉してもらうのが良いのか? でも相手の立場的に断ること自体が失礼に当たりそうだしな。そんな迷う俺の視線を受けティアが口を開く。


「お待ちください。シドー様にも予定というものがあります。場合によってはこの地を離れることもあるでしょう。婚約を決めるのは時期尚早ではありませんか?」

「ええ、こちらとしても何かを強制しようという意図はございません。ですから、あくまで婚約になります。それにスワ様の周りにはこういった話が際限なく湧いて来るでしょう。その時、私とインスラーテ家が壁になれば、シドー様も無駄な時間を使わされることなく活動が出来ます。それ以外でもインスラーテ家の後ろ盾は色々役に立ちますよ」


 イレミアナの言うことはもっともだ。俺の素性が不確かだからこそインスラーテ家の後ろ盾があるか、ないかで今後の活動の効率が大きく変わる。政略結婚なんて封建制の社会では珍しくもないんだろうけど、いくらなんでも──


「多分年齢が倍以上ですよ。良いんですか?」

「え」

「……私は年齢差など気にしませんよ。それはそれとしてシドー様はおいくつになるのでしょうか?」


 俺の言葉を聞いてエルダは短く驚きの声を漏らし、イレミアナは気にしないと言いつつも質問してきた。

 

「そろそろ四十になります」


 場が静まり返る。イレミアナとエルダの想定を大きく上回っていたのだろう。元の世界でも日本人は童顔と言われるし、俺自身向こうで老けていると評されたことはない。それにしてもここまで驚くほどなのか。


「それは……冗談とかではなく?」

「ええ、後二ヵ月で四十歳です」

「もしや貴方の錬金術によるもので!?」


 イレミアナと俺の話にエルダが割って入った。エルダは今まで見せたことがない勢いで食い付いてきた。本人はまだ若くあまり関係無さそうだが、アンチエイジングは女性にとって大きな関心事なのだろう。しかし残念ながら錬金術は関係ない。いや待て、今回は関係なかったが錬金術で美容品も作れるだろう。魔物との戦闘に直接関係無くとも、これだけ人を惹きつけるなら人脈作りには活用出来るか。思わぬところからアイデアが出て来たな。


「まあ錬金術は大きな可能性を秘めている、とだけ」


 お茶会に参加してはいても、あまり乗り気ではなさそうだったエルダの目の色が変わる。これは早めに美容品も用意すべきだな。練成リストを昨日確認した時には目に入らなかったが、美容に使える物くらいあるだろう。無ければ魔法と同じようにイメージで何とかならないだろうか。魔法と同じルミニエが創ったシステムだし何とかなるだろう。それでも駄目なら【奉納】で元の世界の物を手に入れても良い。


 俺は新たな金脈を見つけたのではないか。そんな俺の考えに気付いているかは分からないが、イレミアナが少し困ったような表情で右手を頬に当て首を傾げる。


「シドー様の手腕は賞賛されるものですが、安易に見せ過ぎるのは危険をともないますよ。私との婚約である程度は抑えられるはずですが、それでも煩わしい思いをすることになるでしょう」


 ごもっとも。イレミアナの危惧するリスクは間違いなく存在する。俺はここまで戦闘能力を含め自分の有用性を積極的に見せている。手早く有力者と協力関係を結ぶ為、相手を引き寄せるのに必要だからだ。だが当然引き寄せられるのは望んだ相手だけではないだろう。甘い蜜には色々なモノが引き寄せられる。それにしてもイレミアナは、さっきしれっと婚約を既定路線に話をしていた。彼女は抜け目ないな。


「出し惜しみしていて状況が手遅れになっては本末転倒でしょう。なんとかなりませんか?」


 自分より二回りは年下であろう少女に言うセリフじゃないな。言ってすぐ気付いたが「なんとかなりませんか」はないだろ。


「今度の祝勝会において婚約、もしくは婚約に向けて話が進んでいると公表しましょう。話を合わせて頂ければ、出来る限りのことは致しましょう」


 頼りになる。何かどうやっても逃れられない流れになってしまったが、俺に価値がある間は彼女とインスラーテ家が何とかしてくれそうだ。まあインスラーテ領には今後どんどんテコ入れしていくから社交方面の支援を期待しよう。しかしティアには情けない姿を見せてしまった。もう少し上手く立ち回りたかったが難しいな。ここはゲームや小説でしか知らない土地だ。慣習や社会制度への理解も不十分なので仕方ない部分もある。その分のフォローをイレミアナとインスラーテ家がしてくれれば俺にとっては最高なのだが、さてどうなることか。

シドー(ティアに情けない所を見せてしまった。これが主の姿か?)


ティア(街に来る前にシドー様の仰っていた「この世界の人間、特に組織と協力関係を結ぶ。全部自分でやっていたら時間がかかりすぎる」というのはこういうことだったのですね。面倒事をこの地の有力者に任せてしまえば、我々は人類の強化に専念できると)

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