第十九話 会食の後
主幹都市ヴィルト 領主の館 領主長女 シンリ・ラース・インスラーテ
会食が終わりスワ様とティア殿はすでに退室している。今日はこちらで泊まってもらうことになったので、使用人に客室へと案内させた。もう事は終わっているのに誰も席を立たない。お父様ですら未だこの場に留まっている。先程までの話の内容はそれだけ重いものだった。
「あの者を取り込もうと思っておるのか」
「お父様は反対ですか」
お父様の私達への問いは否定的でも肯定的でもなかった。ただ問い返した私に首を小さく横へ振る。
「反対したところで止めはしないのであろう」
その通りだ。スワ・シドーは絶対に得るべき人材だと思っている。彼の実力については疑う余地がない。むしろあれだけの強さと見識を目の当たりにして、何もしないなど考えられない。この領を、いや人類を取り巻く状況は非常に危うい。先程彼が言ったように勇者を擁した国ですら滅んだのだ。今彼のような有能な人間がこの街に現れたのは望外の僥倖である。
「父上は彼をどう見ました?」
「……敵と思われぬことだ」
私の質問にお父様は少し考えてから答えた。その内容は納得しがたいものだった。
「元々この状況で敵対など考えられません」
「そうではない。敵対行動をとるなと言っているのではない。そう疑われるようなことすら避けろと言っている。あのような者には危険だ」
お父様はスワ・シドーという人間に強い警戒を示している。確かに彼の能力は警戒に値するものだが、今のところ人格面では問題を感じない。むしろ能力の高さに比べて謙虚過ぎるくらいだ。どこか危険を感じさせるようなところがあっただろうか、疑問に思う。
「あのようなとは?」
「強烈な目的意識とでも言うべきか、自らの進むべき先を完全に定めてしまった人間のことだ。ああいう者は得てして悪意も無く周囲を地獄の業火で焼く」
「そのような人には見えませんでしたが」
「注意深く見れば不自然な点はいくつもある。今の其方は自分にとって都合の良い部分しか目に入っていないのだ」
言われなくても分かってはいる。彼は今日会ったばかりの素性も確かではない人間である。だが彼が信頼出来る者であると確信を持つ為にどれほどの時間が必要になるだろう。それだけの時間が私達に残されているのか。ある程度の賭けが必要な状況ではないか。私はお父様の側近と彼のどちらかに賭けるかと問われれば彼に賭けたい。少なくとも彼が語った戦略などは検討するに値するものだった。
「其方らはあの者との会話で不思議に思わなんだか。領の今後を左右するほどの考えを惜しげもなく明かしたぞ」
「それは計画を主導する立場になれば大きな影響力が得られますし、助言するだけでも私達の相談役ともなれば……」
イレミアナの意見を聞きお父様は大きく息を吐いた。イレミアナの言におかしなところはないように思うが、お父様は違う何かを感じたとでも言うのだろうか。
「あの者は此度の戦で大きな功績を上げたのであろう」
「はい、まさに勇者の如き働きを見せ勝利に大きく貢献いたしました。しかも、それほどまでの力量がありながら謙虚で野心も感じません。この領にとって彼のような者が今現れたことは天恵と言っても過言ではないかと」
言い募る私にお父様は「英雄譚に夢見る幼子ではあるまいに」と呆れたように呟いた。恥ずかしさで頬が熱くなるのを自覚する。運命的なものを感じたのは確かだ。それに慌てて館に招いたのは性急に過ぎると言われても仕方がないし、そういう感情に振り回されていると思われても仕方がない。だが彼が為したことを考えれば放置など出来ない。
「おかしいと思わぬのか。あれは謙虚なのではない。あの者は褒賞を一度でも求めたか? こちらに協力するという話で見返りを一度でも求めたか?」
自分から言い出さないだけで、得られて当然だと思っているのではないか。歓待だけでなく金銭的な礼も渡すの当たり前であると、互いに認識していたからあえて話題に出なかっただけなのでは。
「金や仕官が望みではないと言い切れるでしょうか」
「で、あればもっと阿る」
「報酬や見返りを求めないことが、それに当たるのではありませんか?」
私がお父様とのやりとりの中で激しかけたところ、グラウィが会話に割って入った。そのことによって少し冷静になれた。
「あの者はこちらの不興を買うことを恐れておらん。そうであろう」
確かに会話では歯に衣着せぬ物言いで厳しい内容もあった。報酬を望むなら機嫌をとることはあっても、不興を買う可能性がある言動は慎むだろう。仕官の方はどうだろう。あちらから言い出す機会はいくらでもあった。生産や物流に困っているなら力になれると申し出た時、防衛の戦略について語っている時、連絡手段として錬金術で道具を作れると言った時、そのいずれでも彼はこちらに仕えてそれらを行うとは言わなかった。
「もしや領を乗っ取る気とでもお疑いですか」
「そうであれば目的は既に達成したも同然だな。自身は万夫不当の強者であり領主の娘である其方らの支持を得ておる。仮に其方と結婚した後、力を背景に私を隠居させるか傀儡にしてしまえば戦力と領主としての正当性どちらも得られる」
お父様は苦笑したが私は笑えない。一つの手段ではある、それも実行可能な。グラウィやエルダも可能性としては考えただろう。イレミアナに至っては実権を得た後のことを考え、より進んだ想定を始めているはずだ。
「私はそのようなこと」
「其方らがコソコソ動いていることくらい分かっておる。私の政に興味が無い様子が頼りなく映ったか。私の側近達の戦に関する見識の浅さに危機感を覚えてか。いずれにせよ、聊か脇が甘い。まあ私が今少し其方らに話をしておくべきだったかもしれぬがな」
「問題が分かっているのであれば何故動かなかったのでしょう。防衛に失敗していれば甚大な被害が出るか、最悪この街が滅んだかもしれないのですよ」
お父様に全て言い当てられ、つい恨みがましく言ってしまう。だがお父様は小揺るぎもしない。
「そうはならん。私の手元に置いた騎士団と魔法職達でいつでも十分に対処出来る状況であった」
「全てはお父様の掌の上というわけですか。お優しいことですね」
イレミアナも私と同じように不満を感じていたのか、物言いは丁寧だが言葉の端々に棘がある。そこでグラウィがイレミアナに問う。
「どういうことだ」
「私達の感じた危機も全てはお父様の演出。先ず側近達の意見を受け入れ彼等以外の危機感を煽ります。戦で被害が出れば側近達に責を取らせる名目になりますし、危機感を持った者はそれに同意するでしょう。それに主戦力を手元に置くことで私達の軽挙妄動を防ぐことも出来ます。後は機を窺って主戦力を投入するだけだったのでしょう」
イレミアナの答えをお父様は特に否定しない。しかし私にとっては受け入れがたい内容を含んでいた。
「それでは意図的に戦の被害を大きくするつもりだったのですか」
「多少はな。側近達に能力以上の権限を持たせてしまった。これを最小限の波風で正すにはこれしかなかった」
「そんな工作をしなくても、領主であるお父様ならば側近達の権限を奪うことは出来るのではありませんか。直接的な戦力では彼らとこちらでは圧倒的な差があります」
「長年側近を務めてきた者達を明確な罪もないのに裁くようでは誰も付いて来ぬ。誰が見ても明らかな失策が必要だったのだ」
領主の権威をお父様はそれほど評価していないようだ。お父様の一声があれば側近達など処分出来ると考えていたが、それほど簡単ではないのか。最悪場合は私が何人か斬ってしまえば大人しくなる、そのくらいの認識だった。
「それではお父様の責を問う声もあるのではありませんか」
「側近達の言を一時は信じ主力を城壁に出さなかったが、戦況の推移を見て誤りと判断し、方針を変更したことにより防衛に成功。より責めを受けるのは誰かな。それに私は身を引き其方らを後見する手もある」
私はこのインスラーテ領のことを一番考えているのは自分だと思っていた。しかしそれはとんだ思い上がりだった。実子である私達にすら気付かれないよう、ここまで手を用意していたとは驚くばかりだ。
「お父様は武にも政にも興味が無いとばかり」
「下らん。直接剣を振るわずとも、麦の作り方も詳しくは知らずともこの領は回る。私より上手くやれる人間などいくらでもおるのだ。そういう者達にやらせておけば良い。ただ命じれば良いわけではない。そう動くように導くのだ。何でも自分で手を出していては、下の者は自ら考え動くことを厭うようになるぞ」
これがお父様の本音そのものなのだ。その言葉は私が剣を振るい、戦場へ出たがるのを窘める意味もあるだろう。今なら立場によって役割が違うということを教えようとしているのが分かる。しかしお父様はお父様で頭を悩ませていることがあるようだ。
「スワ・シドー、あの者達のことだけは想定外であった」
「やはりお父様は彼を引き込むことに反対ですか」
「止めはせぬ。扱いに気を付けよと言っておるのだ。都合良く動くとは限らぬぞ」
お父様も彼の有用性は認めているようだ。ただ警戒は決して緩むことはない。お父様はスワ・シドーを自らの進むべき先を完全に定めてしまった人間と評した。では彼の進む道とはなんだろう。
「お父様は彼等が何を望んでいると思われるので?」
「……あの者は様々な分野について提案していたが、全ては魔物との戦いに通じておるな。防衛はもちろんのこと、生産や物流への協力も魔物の侵攻への対応の為だ。あの者から切り出した話題で魔物との戦いに関わりのないものが一つでもあったか? あの者は徹頭徹尾、魔物に勝利することしか考えておらん」
指摘されて初めて気付いた。会食当初はどうでも良い話題も上がったがそれらは全てこちらから振った話題だった。彼はこちらの質問には言葉を濁すことはあっても大抵答えてくれたし、戦いに関係しないものにも答えてくれた。だが彼から始めた話題は全て魔物との戦いに関することだった。英雄的な強さの割に物腰が柔らかく、そんな印象は無かったが確かに異常だ。
魔物に家族を殺されたり、街や村を滅ぼされたことにより激しい憎悪を持つに至った者は何人も見てきた。中には戦闘狂とでも表現するしかない者もいた。しかし彼からそのような暗い激情は感じなかった。
「目的が魔物に勝つことなら、協力するのは容易でしょう。警戒するほどのことでしょうか」
「目的の為に地獄の門すら開ける者であるならば、話は変って来るぞ」
私とお父様の議論が平行線になりつつあるのを見計らい、イレミアナが小さく手を挙げ話を止めて提案する。
「古今東西こういった場合の手は決まっているでしょう。婚姻を結べば良いのです。それによって上手く協力体制をとれるなら最良、もしあの方々とインスラーテ家が相争う形になったとしてもどちらかに血が残ります。本来ならお姉様達のいずれかとなりますが、今回は末子である私の方が良いでしょう」
「それは……」
私は否定しようとして、言葉が続かない。頭の冷静な部分がインスラーテ家から嫁を出すならイレミアナは妥当だと思ってしまった。仮に私が相手になったとしたら領内での影響力が強くなり過ぎる。私は控えめに言ってもインスラーテ家で最も部隊指揮の実績があり実働部隊から高い支持を得ている。そのうえ領主の子の中で最も年上だ。その私とシドー様が婚姻した場合、戦力が一極集中することになる。お父様やグラウィの立場は難しいものになるだろう。それでは協力体制ではなく最初からインスラーテ家を譲り渡すようなものだ。
本来であればエルダが立ち位置的に適している。そのエルダに視線を送ると彼女は溜息を吐いた。
「私は保留かな。まだ能力の一端を垣間見ただけでしょ。判断材料が少な過ぎるわよ」
もしかしたらエルダが一番冷めた目で事態の推移を見ているのかもしれない。判断材料が少ないのは確かなのだ。だがそれほど時間も無い。これは気負い過ぎなのだろうか。
「お父様、この方向で進めても宜しいでしょうか? もちろん私は簒奪など考えておりませんよ」
「フッ、良いだろう。だがあの者の逆鱗が何処にあるかはまだ分からん。慎重にな。しかし女であっさり転ぶような男であるなら可愛げもあるのだがな」
イレミアナが冗談めかして付け足した言葉にお父様は苦笑を浮かべる。そして暗にイレミアナへ「誑し込めるなら、やってみせろ」と匂わす。だがそれは簡単ではないだろう。ティア殿の姿を思い出す。私には絶世の美女という陳腐な表現しか出来ないが、彼女の容姿はそうとしか言いようがない。彼女のような美女を侍らしているのだ、女嫌いではないだろうが女に弱いということも考えづらい。そもそも上手くいってもらわないと困るが、簡単に上手くいって欲しくも無い複雑な思いがある。




