表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/28

第一話 転移


 ぇ……ぉ……。

 ……ぁ……ね……て。

 視界は深い霧の中にいるみたいにぼやけ、体もまともに動かない。混乱、何が何だか分からない。そもそも自分が直前まで何をやっていたかも分からない。何か呼びかけられている気がするがよく聞こえない。もしかしてこれは夢?


「ぇ……こ……る? 聞こえてる?」


 呼びかけられている気がしたのは気のせいではなかったようだ。ハッキリ声が聞こえた。それにともない視界もゆっくりと鮮明になってくる。ほのかに青い光で満たされた不思議な空間だった。そして声の主であろう少女が目の前にいた。

 美人と言うより可愛い感じの少女である。俺こんな可愛い子見たことないんだけど。服装も変わっていて白いワンピースっぽい物を着ているのだが、右肩から青い布を体に巻き付けるようにしている。地毛ではありえないターコイズブルーの髪の色が現実感を希薄にする。


「誰……ほんとに誰だ?」

「あっ繋がった。良し良し」


 見知らぬ少女はこちらの問いかけを聞いて、ぱぁっと表情が明るくなる。


「私のこと見えているんだよね、ね、ね?」

「あ、ああうん」

「よっしゃああ! じゃあさ、じゃあさ、早速だけど頼みたいことがあるの!」


 掴みかからんばかりの勢いで少女が迫ってくる。もう何が何だか分からない。そんなことはお構いなしに少女は話を進めてくる。


「世界を救ってほしいの!」

「お、おう」

「いいのね、いいんだね。決まりっ」

「ちょっと待てっ」


 怒涛の勢いで話をまとめようとする少女にストップをかけると、彼女はきょとんとする。可愛いけれど本当に待ってほしい。最初は夢かと思ったが意識がハッキリしているし、思うように喋れているから違うだろう。ではこの状況は何なのか。


「えーーと先ず君は誰?」

「ルミニエだよ。ルミーニエ・ニヨト・ノミワカント……長いからルミニエで良いよ」

「俺は諏訪始動」


 馴染みのない様式のうえに長い名前でこんなの絶対に覚えられない。そんなこちらの思いを察したのか少女は名乗りを途中で切って比較的呼びやすく言い直してくれた。だがそれだけ察しが良いならもっと落ち着いて説明してほしいことがいっぱいある。


「それでね、世界を救ってほしいんだよ」


 おいおい頭大丈夫か、こいつ。俺が距離を取るべく一歩後ずさりすれば、少女は一歩半前に出てくる。圧がすごい。


「君も知っているはず、これ」


 ルミニエと名乗った少女が本を差し出してきた。それは見慣れた『ロストタイズZ』の文庫本だった。


「も、もしかしてゲームやマンガの世界に転生するアレか。死にかかっているのにゲームの世界で活躍するなんてありえない現実逃避をし続けた結果、こんな妄想を見るまでになってしまったのか。頭が大丈夫じゃないのは俺の方だった……」

「頭に問題は無いと思うよ。これ君の妄想じゃないしっていうかその言い方だとルミニエのこと頭おか─────」



 色々混乱したがわちゃわちゃやっている間にお互い落ち着くことが出来た。ルミニエは改めて自己紹介と頼みごとの説明をしてくれた。これは妄想でも死んであの世に来ているわけでもないらしい。ルミニエは女神で、ゲームやラノベの『ロストタイズ』の世界観はルミニエが創った世界が元になっているとのこと。所謂異世界というものは幾つもあり、今回みたいにゲームや小説、マンガなどの作者がそれらの何れかと波長が合って影響されてしまうことがあるらしい。で本題だが彼女の創った世界は『ロストタイズ』のゲーム通り魔物の大侵攻を受けており、戦況は絶望的である。女神として加護を与えるから助けてと。


「もうさー、いないんだよ。良さそうな人が全然。この本やゲームを認知した人の中で波長が合った人達の精神に片っ端からうちの世界を繋げてみたんだけど拒絶しちゃうんだあ。私の世界のことどんだけ嫌なの。酷くない?」

「精神に世界を繋げるとか危なそうこと勝手にしてる方が酷いのでは」

「危なくないよぉ、このくらい。私慣れてるし」


 危ない薬を常用している人の誘い文句でありそう。ルミニエは女神というがノリが軽いというか良い意味で慣れ慣れしいので俺も畏まることはない。


「ちょっと夢の中で私の世界を疑似体験してもらうだけで、記憶もほとんど残らないよ」


 お宅の世界、ソシャゲ版なんて地獄って呼ばれているような所なんだが、勝手に疑似体験させるなんて邪神かな。しかし地獄みたいな世界でも地獄そのものじゃないから良いところもあるかも。そうだ。キャラは魅力的と好評だったはず。


「そんな中で君だけはどんどん同調率が上がってさ、キターって思ったよ。こういうの君の国では地獄で仏って言うんだっけ」

「もうあんまり使うは人いないと思うけどな」


 上がって良いものなのか同調率。別ゲーにたまにあるカルマ値みたいなものじゃないだろうな。闇堕ちやバッドエンドは勘弁だぞ。ん、もしかして俺がここ最近ロストタイズのことばかり考えてしまっていたのはこれが原因では。


「同調率って高い方が良いのか?」

「うん当然。今から私が君に加護を与えるんだけど、同調率が高いほど加護も強くなるんだよ。お得でしょ」


 ルミニエが俺の胸に手を当てるとそこから青白い光が漏れ出す。それにともない全身に活力が満ちるのが分かる。最近では階段を上るだけで気合を入れる必要があるくらい弱っていたが、今なら世界一高いビルですら階段で上れそうだ。


「すごっ、初めてルミニエのこと神様として敬いそう」

「ふふんっ、もっと崇拝して良いよ。じゃあ早速行ってみようか」

「えっ」


 視界が光に染まり咄嗟に目をつむる。体が浮き上がるような感覚があり、右手を掴まれ引っ張られる。悲しいかな抗うすべはない。俺はなすがままで十秒、二十秒と時間だけが流れ、唐突に地に足が着く。


「おい、なんでもかんでも急すぎ……」


 勝手に事を進めるルミニエに文句を言おうとして言葉を失う。目を開くとそこは建物内だった。奥の方から視線を感じてそちらへ視線を移す。しかし誰かいたわけではなかった。見慣れないが神聖な雰囲気のある石像が置かれており、ここは宗教施設だと推測出来た。だが言葉を失った原因は異世界ファンタジーに感動したとかではない。元は木造建築でしっかりした造りだったのだろうが調度品は壊され、床や壁は薄汚れ所々には黒ずんだ汚れがあった。さらに千切れた布と共に骨の一部や髪の毛が散らばっていた。


「これは」

「魔物に滅ぼされた村だよ。口で説明するより実際に見た方が早いでしょ」


 生々しい惨劇の跡がハッキリ残っている現場が俺の異世界生活のスタート地点だった。こういうところだろ。異世界疑似体験させた相手に悉く拒絶された原因は。

 不謹慎だがゾッとしたし臭いもキツイ。生粋の善人であればここで死んだであろう人の事を想い、先ず悲しんだり憤りを感じるのだろう。しかし急展開過ぎて気持ちが追い付いてないだけかもしれないが、俺の場合ただただキツイとしか感じない。


「ここは……まさかマヤトガではないよな」

「うん違うよ。マヤトガとは間に海を挟んで南に位置する大きな島だよ」


 ルミニエの返答に一安心だ。コンシューマー版の舞台であるマヤトガがこんな状態になっていたら非常に困っていたところだ。主人公である勇者とその仲間達は間違いなく強い。彼らと共闘出来れば目標達成に大きく近付けるはずなのだ。それにやっぱりゲームの登場キャラに会いたいという気持ちもある。


「海か、渡るには船だな。マヤトガに行くには金がいるなあ」

「えっ、マヤトガは滅んでるけど」

「えっ」

「大分前に滅んじゃったよ」

「ゆ、勇者とその仲間は? もしかして勇者とかはゲームの中だけで実際にはいなかったとか?」

「いたけど」


 勇者でもダメとか、もう駄目だ。お終いだあ。ルミニエにサラっと告げられたのは、死の宣告と言っても言い過ぎではない内容だった。


「そんなに強い魔物がいんのかよ。勇者でも勝てないって俺にどうしろっていうんだ」

「魔物が強過ぎて負けたわけじゃないよ。でも勇者達数人だと国全体は手が回らないでしょ。それに他の人達は魔物の群に飲み込まれたら助からないからさ。村や町はどんどん滅ぼされていって農地は駄目になるし、交易も出来なくなるしで国を維持出来なくなったの」


 ルミニエが憂鬱そうに溜息を吐いた。俺もつられて溜息が出る。悪夢だ、ここが絶望に満ちた世界なのは分かっていたが思っていた以上にヤバい状況である。勇者ですら国を守れないほど状況、行き当たりばったりで魔物を倒していくだけでは絶対に世界は救えないだろう。目の前に広がる滅びた村がそんな厳しい現実を俺に訴えているように感じる。


「今この世界ではこれがありふれた光景なんだ。止めてくれる誰かが必要なの」


 俺が落ち着いてきたのを見計らいルミニエが呟くように言った。ルミニエ自身で何とか出来ないのかと、聞こうとして彼女の姿が透けて見えることに気づく。


「その体どうなって……」

「あっこれ? 本体を顕現させるのには必要なものがあってね。今は無理なの」


 ルミニエが直接どうこうするには不都合があるようだ。悔しそうなルミニエを見て、俺の協力が必要な理由を理解した。神様といっても何でも出来るわけじゃない。そういうことだな。









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ