表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/30

第十二話 都市ヴィルト防衛線 中編

インスラーテ領 主幹都市ヴィルト南側城壁 警備隊隊長


 長く警備隊を率い年老いた私でも初めての規模の危機。魔物の大侵攻に対し領主様は周辺の村や町を一時放棄して主幹都市にて迎え撃つことを決定した。優柔不断で知られる領主様にしては思い切った策だが、有事に際して突然覚悟を決めたわけではない。周辺の村や町が中央から何らかの指示が出る前に、勝手に逃げて来たのだ。


 既にいくつもの貴族領や国が魔物の侵攻によって滅びている。魔物の大侵攻に対して小さな村や町など一溜りもないと誰でも知っているのだ。それにここ以外に逃げるという選択肢も無い。そもそもこのヴィルトは近隣で最も大きく城壁も高い。ここより脆い所へ逃げ込むのは控えめに言って自殺行為だろう。


 他領へ逃げるのも難しい。どうせあらゆる場所に魔物はやって来る。他領の領主もそれを分かっている。どこも食糧事情に大きな余裕があるわけではない。大量に避難民が押し寄せて来られても困るだけだ。捨て駒として戦いに即投入される可能性が高い。


 我々は戦うしかないのだが、この期に及んで領主様とその側近達は現場には来ない。そのうえ具体的な作戦指示も無い。ただ「防衛しろ、魔物を追い払え」だ。


 惨憺たる状況ではあるが唯一の救いは領主様の長女シンリ・ラース・インスラーテ様に陣頭指揮に立っていただけていることだ。聡明かつ剣の腕も立つ。覚悟もある。今も都市に迫る魔物共を迎え撃つべく城壁上で自ら指揮を執られている。


「警備隊長、状況はどうですか?」

「今のところはなんとか。ゴブリンやコボルトなど何万いようとこの城壁であれば防げましょう」


 私の答えにシンリ様は頷かれたが顔色は優れない。忌々し気に城壁の向こうのトロールへ目を向けておられる。そう城壁に寄って戦えばゴブリンなどの小型の魔物など物の数ではない。しかし、その頼みの綱である城壁を崩す可能性があるトロールは非常に厄介な存在である。


 この都市の城壁は石造りに見えるが全て石で出来ているわけではない。昔からあった土塁に土を足して、そこに石を積んでいる。トロールの巨体と剛力で体当たりでもされれば石は崩れ、脆い土が剝き出しになりかねない。城門を破られることも考えられる。そうなればゴブリン共が都市に雪崩れ込むことになる。考えただけでも恐ろしい事態だ。


「トロールにはやはりバリスタと魔法くらいしか手はないかしら?」

「はい、バリスタにはトロールを優先的に狙うように指示してあります。魔法は……」


 バリスタの数は少なく、トロールに有効な威力の攻撃魔法を使える者は警備隊にはいない。有能な魔法職は貴重だ。その大半が貴族かそのお抱えだ。それ以外は非常に稀、一流の冒険者や傭兵にもいるがそんな者は二つ名が付くような者くらいのものだ。


「要請はしたのですがこちらには配備してもらえませんでした」


 私の言葉にシンリ様が感情を押し殺した表情をされている。御父上の判断の拙さ、戦いに疎い側近、それらを是正できない御自身への怒りがあるのだろう。領主様は思い切ったことが出来る方ではない。戦力の中でも希少で強力な魔法職は手元から離せないのだろう。しかし騎士団も御自身の館に詰めさせているのは、そこで決戦するつもりなのだろうか。市街には一般の兵士こそ配置されているものの、そうなればとんでもない惨状になることは誰にでも分かりそうなものなのだが。


「お父様は私がこちらへ出向く前には魔法戦力は、その大半を城壁の防衛に当てると言っていたのですが」


 横槍が入ったのだろう。もしくは魔法職本人達が前線行きを嫌がったのか。領主様はそれを退ける強い意志がない。元々領主様の決断力に難がある為、側近方が実務を担っている。重要な案件では領主様の承認が必要だが、側近の意見がほぼそのまま通る。そのせいで側近方の影響力が非常に強くなっている。


 側近方は文官としては優秀なので普段はそれで回っている。しかし軍事には疎いのだろう。これまではインスラーテ領に大きな危機はなく今回初めてそれが露呈した。もちろん、この世界を襲う魔物の侵攻は誰もが認識しておりインスラーテ領でも対策が講じられていた。だが不幸なことに領の頭脳たる領主様と側近方の軍事面の見識の浅さがここまで酷いとは誰も思っていなかった、本人達を含めてだ。そして組織としての意思決定権の曖昧さと組み合わされ、この最悪の事態を生み出したわけだ。


 領主様が優柔不断であることは知っていた。側近の方々が軍事に特別詳しいわけではないことも知っていた。だが、いざ魔物の侵攻に際しここまで杜撰な対応しか出来ないとは思っていなかった。私自身危機感が全く足りていなかったのだ。


「シンリ様、一度館へ戻られ方針について話し合われてはいかがでしょう?」


 上の意思統一が必須なのは確かだが、私の本音はシンリ様をより戦力の整った場所に移動させておきたいのだ。城壁になにかあればこの場の者達は間違いなく命を落とす。シンリ様を失えばこの領はお仕舞だ。なんとしても生きていただかなければならない。


「しかし……え、あれは?」


 難色を示すシンリ様が突然戦場の一角を指す。つられて目を向けると城壁外の魔物の群に青い霧のようなものが流れていた。そして青い霧が群の大部分を覆ったあたりで。


『女神様がご所望だッ死ねええええ!!!!』


 人間の声とは思えない大きな雄叫び。遠く離れた私の身まで震わせる絶叫。人間、魔物関係なく一瞬時が止まったように動けない。先に動き出したのは魔物だった。先程まで城壁に押し寄せて来ていた魔物の群が向きを変えた。目を凝らせば2人の人間を目指して進んでいる。


「馬鹿な、たった二人で囮のつもりか? 死ぬぞ」

「……流れが変わりました。攻勢に転じますよ!」

「はっ、はあ? え」


急転する事態に戸惑っているとシンリ様が語気を強める。


「魔物の意識がこちらから外れているうちに数を少しでも減らすのです。城壁への圧も減じているので態勢を整える者、攻撃に集中する者に分けなさい」

「ただちにっ」


 シンリ様の意図はすぐに分かった。あの二人はもう助からないと思うがこちらは少しとはいえ余裕が生まれた。これを活かさない手はない。部下達へ指示を出す。バリスタを扱う者と手練れの部下には攻撃を継続させ、他の部下に弓やバリスタの矢を他の持ち場から手配させる。


 魔物の大半はこの南側城壁に殺到していた。反対側の北側に回り込んで行く魔物は少なかったので、物資だけでなく人員もありったけこちらへ寄越すように命じる。


「あの二人のおかげで僅かに勝機が見えました」

「冒険者でしょうか」


 あの無謀さはまさに冒険者らしい行動だ。若い冒険者は無茶をする者が多い。そしてその多くが命を落とす。そう思っていたが当の二人は存外しぶとい。魔物の群に追われながら捉えられることはなく、まだ走り続けている。


「足に相当自信があるのでしょう。自己犠牲の精神からの行動ではなかったようですな」

「確かにあれだけ逃げ続けられるなら生き残る可能性もありますね。褒賞は弾まねばなりませんね」


 ずっと険しい顔をしていたシンリ様が微笑まれる。そうしていると深窓の令嬢である。実際普段はおしとやかな御令嬢ではあるのだが、有事には際してはこの領で最も頼りになる方だ。覚悟からして違うのだろう。


 冒険者らしき二人はそのまま逃げ切るかと思ったのだが、その走り方が変わる。大きく弧を描くように進路を取る。訝しんでいるとそのまま方向転換し、魔物の群へと向かう。冒険者二人は比較的密度の低い群へ突っ込み走り抜ける。


「「っ!?」」


 シンリ様と私は思わず息を吞む。何をやったかは見えなかったが魔物の群に突っ込んだ瞬間、魔物のものと思われる体の一部が千切れ飛んでいた。さらに魔物があまり密集していない所を目掛けて突撃を続ける。その先にはトロールがいる。かなりこちらに近づいてきたので冒険者の姿も良く見えるようになってきた。男女二人組で男が女を抱えた状態だ。そんな状態であんなことが可能なのか?


「まさかそのままトロールを相手にするつもりか!?」


 無茶だという言葉は出なかった。男はトロールが攻撃するより早くトロールの横を走り抜ける。その際、棍か錫杖のような物でトロールの足を攻撃していた。


 一撃、たった一撃でトロールが倒れ痛みにのたうち回っている。男はさらに次のトロールに襲い掛かっている。また一撃でトロールは倒れる。トロールの足が奇妙な方向に曲がっている。だが今度は近くにいたトロールが既に拳を振り上げている。これは「当たる」という感覚があった。しかし抱えられている女が水魔法を使って攻撃を許さない。


「ウォーターボールでしょうか、初歩的な魔法でトロールの顔が跳ね上がるなど恐ろしい使い手です」


 シンリ様のお言葉通り初歩の魔法であるウォーターボールであの威力は規格外だ。顔を魔法攻撃されたトロールは死んではいなかったが挽回の機会は訪れない。男に足を攻撃されやはりこのトロールも地に伏すことになった。


「これほどの冒険者がヴィルトにいるなど私は聞いたことがないのですが」

「自分も心当たりは御座いません。名のある者は幾人か存じておりますが、いずれとも」

「違いますか?」

「はい。トロールを倒せる者はいても、数十匹を一度に相手するような者など噂すら御座いません」


 今、私は後に伝説として語り継がれる光景を目にしているのかもしれない。

 大型の弩であるバリスタでさえ何射も耐える頑健なトロールを一撃で無力化する攻撃力、グレーウルフですら振り切れる速さ。魔物の大群相手に野戦を挑む勇気。どれをとっても常人ではない。


「戦いの中で動きが変化してきていますね。自身の狙いを悟られないように動き始めました」

「トロールがなんの対応も出来ず、戦いになっておりませんな」


 シンリ様の指摘された冒険者の動きの変化は、戦場に劇的な変化をもたらした。トロール共は速さで劣る。そのうえ冒険者は自身の狙いを読まさない巧みな動きでトロールを翻弄する。トロール共の攻撃は冒険者の誘いにまんまと乗せられているだけで当たる可能性は皆無だ。冒険者のトロールを倒す早さは見る間に上がっていく。


「これは勝てますぞ」

「城門から打って出る準備をしなくてはなりません」


 シンリ様が表情を引き締められる。あえて打って出るのは、劣勢になった魔物共が逃げるのを許さないということだろう。魔物を下手に逃がせばこの周辺はいつまでも安全にならないし、他の魔物と合流するなどして数を増やして再度攻めて来られては堪らない。


「しかし御自身が出られる必要は」

「いえこのままではインスラーテ家の名折れです。この勝利はあの冒険者の方々の働きによるところが大、今回の我が家の差配はあまりにも……」


 あの冒険者の介入が無ければ敗色濃厚だったことは警備隊の隊員は身に染みて分かっている。そもそも近隣の村や町から住民を避難してきており、当然の如く都市にいる者全員が大まかな事態を知っている。自分達の命にも関わるので関心も強い。警備隊の隊員達に緘口令を敷いても情報はどこかしらから漏れるだろう。効果はどうせ都市中に情報が広まるのが遅くなるくらいだ。


 つまりこのまま勝利したらインスラーテ家の不手際と新たな英雄の誕生という衝撃的な情報が都市を駆けまわる。そうなれば領主であるインスラーテ家の権威は陰りを見せ、新たな英雄という権威が生まれる。インスラーテ家だけでなく既存の支配構造自体が揺らぐ可能性すら出て来る。ここは少しでもインスラーテ家の一員であるシンリ様が目に見える形で勝利に貢献しておかねば拙いということだ。


「それならば私が先ず露払いを致します。シンリ様の身に何かあってはなりません」

「私が率先して出ることに意味があるのです」


 私の提案を聞きシンリ様は首を横に振られた。安全に戦ったのではあの冒険者の功績の前では霞んでしまう。いや霞むどころか民は一顧だにしないかもしれない。それでは意味が無い。しかし、何故この御方でなければならないのか。インスラーテ家には他にも一族がいらっしゃるのに、何故この御方が危険を冒さねばならないのか。これほどの見識と覚悟をお持ちのシンリ様はインスラーテ家、ひいてはこの領にとって決して失ってはならない御方だ。自身の無力さに怒りすら覚える。優秀な者が割を食う、こんなことを続けていれば領の未来は暗い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ