第十一話 都市ヴィルト防衛戦 前編
大きな街ですら滅びる可能性があるほどの魔物の大群。そうルミニエから知らされた情報から俺も相当覚悟はしていた。しかしまだ甘かった。あまりの数の多さに大地そのものが蠢いているように見えて気持ちが悪い。
「あれ何匹いるんだ?」
「千や二千ではないと思います」
俺達が目指していた町は想像していたより規模が大きく、城壁に囲まれた城塞都市といって差し支えないものだった。そして俺達から見て右側の城壁に数え切れないほど多くの魔物が群がっている。
俺は当初ロングット村の方向から魔物が侵攻したのだと思ったのだが、あの数を見る限りこちらは余波だったのかもしれない。ソシャゲ版や小説での絶望的な状況、その最たる要因は無限とも思える魔物の数にあった。俺達は今まさにそれを目の当たりにしている。
ティアは千や二千という数字を口にしたが、そもそも単位が違うと思う。二万は超えているだろう。俺も確信を持って言えるわけではないが、一万や二万の人をスポーツ観戦で直接見たことがある。二万は超えていると思うが、三万超えていないか。昨日、今日と合計で数十匹か多く見積もっても百程度を狩って仕事をした気になっていた自分を笑い飛ばしたくなる。
明らかに城塞都市は危うい状態だ。俺は早急に参戦するか、どうかを決めなくてはならない。魔物の群には巨体を誇るトロールもチラホラ見える。アイツの拳は下手な丸太より太くて重い。攻城兵器並みだ。城壁や城門もトロール相手では盤石とは言えない。
俺ならトロール相手でも力負けはしない。しかし、あの数に囲まれたら濁流に飲み込まれたように何も出来ずに無茶苦茶にされるのではないかという恐れがある。それにティアもいる。ゴーレム練成により生まれたが、俺には彼女を物として見ることは出来ない。あの魔物の群との戦いは間違いなく酷い戦いになる。それに付き合わせるのは気が引ける。だがそんな俺の気持ちとは裏腹にティアを見ればその美しい目には「早く戦いましょう」と強い決意があった。
「きつい戦いになりそうだぞ」
「主様であれば何程のことでもないでしょう」
「いやいや流石にあの数はな」
どれだけ俺のことを高く評価してくれているのか。
「しっかし、こんな美人に期待されたら応えないわけにもいかないな」
わざとおどけて見せると普段冷静なティアが言葉に詰まっているのが分かる。悪い気はしない。さあ行くか。軽く駆け出す。全力疾走はしない。状況をしっかり見極めながら戦おう。絶対にティアと共に切り抜ける。元々無理するつもりはなかったが、改めて途中で退くことも頭の片隅には残しておく。
魔物の群との距離が縮まってくる。大体の魔物は城壁とその先を目指しているが方向を見失いウロウロしているだけの魔物もいる。そんな魔物を取り出した鉄の棒で叩き潰しながら群れから百メートル位まで近付いた。一部の魔物と城壁の上で戦っている兵士らしき者がこちらに気付いた。
「それなりに強いところを兵士に見せて、こちらの有用性を示しておかないとな」
この戦いに勝つことが前提だが、戦いの後に現地の人間と協力関係を築くのに必要なことだ。どれだけ強さを見せられるかでこちらと応対する者の格も変わってくる。活躍すればするほどお偉いさんが出てくるだろう。
鉄の棒は一度収納し、もう定番になった投石を始める。力をしっかり込めて石を投げる。なんかアイテムの収納と取り出しに慣れてきた気がする。ステータス画面から操作しなくても出来るようになった。どう表現すれば良いのだろう。こう、手に中に出したい物が現れるイメージを強く持つのが重要だ。
「さあ大漁だ、女神様も地獄でお喜びだろう」
「あの、女神様がいらっしゃるのは地獄ではないと思うのですが」
魔物の魂の行き先が天国ってことはないだろ。それにルミニエは魔物の魂を使って力を得る。つまりルミニエは地獄にいるのでは? 違う?
しっかり力を込めて投げる石は風切り音を上げながら確実に魔物を仕留めていく。なにせテキトーに投げても絶対魔物には当たる。運が良ければ数匹まとめて殺せる。魔物の体の柔らかい部分に当たれば貫通し、硬い部分に当たれば石が砕けて破片が周囲を傷つける。
魔物の群はゴブリンが一番多い。次にグレーウルフとコボルト。コボルトは実際に見るのは初めてだ。ゲームでは序盤で出てきた。その次がボブゴブリン。最後にトロールだ。出来れば城壁や城門を壊しそうなトロールを優先的に仕留めたいのだが周りに他の魔物が多すぎる。今仕留めに群の中に入るのは、無策で大波に飛び込むようなものだ。
「トロールを倒すか、気を引いて城壁に近づかないようにしたいが難しいな」
「トロールに攻撃しても先に他の魔物の方が寄って来かねませんね」
「それだよなあ。投石や魔法でトロールを攻撃しても、仕留めきる前に他の魔物共に纏わりつかれそうだな」
投石を続けながらも何か良い策はないかと考えるがなかなか難しい。トロールをおびき寄せたいのに他の魔物が寄って来る。今も少数だがこちらに気付き群れから離れて向かって来るグレーウルフやコボルトがいる。いや待てよ。逆に考えればトロール以外の魔物全てがこちらへ来ればトロールは孤立するよな。
「トロールは動きが鈍い。トロールの周囲にいる魔物共が俺達を襲おうとこちらへ寄って来れば、自然にトロールとの距離は離れるはずだ。もっと多くの魔物にこちらを意識させるぞ」
今少し群との距離を縮める。距離を縮めた分こちらへ向かって来る魔物は増える。しかし距離が近くなればなるほどティアの魔法の威力と精度は上がる。さらに地面に転がる石や砂利を混ぜた【ウォーターボール】は球というより強力な散弾のごとく近づく魔物を葬る。昔プレイしたゾンビゲームでゾンビをショットガンで撃った時の映像を思い出す光景だ。
「ティア、これを霧状にして維持出来るか?」
「なんとしても成功させます」
ティアに錬金術で作ってあった毒薬を全て取り出して渡す。俺はティアが魔法に集中しやすいようこちらへ向かって来る魔物を近づけさせない戦い方に一時的に変える。ティアの前に出て鉄の棒を取り出す。雑魚相手には鉄の棒を軽く振り回すだけでも充分通用する。
長さ二メートルの太い鉄の棒を怪力で振る。ゴブリンやグレーウルフ、コボルト相手なら体のどこかに当たれば致命傷だ。三十匹程肉塊に変えたら一時魔物が近づくのを躊躇うようになった。群れから離れてこちらに来ている魔物は全体から見ればまだ少ない、まばらな襲撃では俺相手には通用しないと分かったのだろう。魔物でもその程度の知能はあるようだ。
「主様、出来ました」
「よし」
ティアが両手を宙に向けていて、そこに濃い青色の霧が漂っている。俺は風の魔法を発動する。本当は竜巻でも出せれば格好がつくのだが、俺が使ったのは【ウインド】という殺傷力の低い地味な魔法だった。しかも威力が弱くなっても良いから範囲が広くなるようにイメージしたので弱弱しいものになっている。だがこれで良い。濃い青色だった霧がその色を薄めながら拡がって魔物の群へと流れていく。
「ティア、ちょっと耳を塞いでいてくれ」
霧が魔物の群に到達した辺りで、息を大きく吸い込む。俺はこちらの世界に来てから大幅に身体能力が上がった。力や走る速さほどではないがそれ以外の能力も上がっている。例えば肺活量であったり体の各所の強度だ。結果こういうことも出来る。
『女神様がご所望だッ死ねええええ!!!!』
腹の底から咽喉や肺が爆発するんじゃないかってくらい叫んだ。常人では出せないような大声に魔物共の動きが一瞬止まる。比較的近い場所にいた魔物など怯んでしまっている。致死性でなくとも毒の霧によって魔物どもは攻撃を受けたと認識しただろう。そのうえ言葉の意味は理解出来なかったとしても、こちらの敵意くらいは伝わったはずだ。となるとどうなるか。
「来た来た、単純なおつむで大変結構」
魔物の群が波のごとく俺達へ向けて押し寄せてくる。まずは追って来る魔物共を引き連れてしばらく鬼ごっこだな。その為にはティアの足では少しばかり不安がある。
「ティアは攻撃より走る方に集中してくれ」
「かしこまりました」
ティアには魔物を気にせず走ってもらう。俺は背走しながら時折投石する。悠長に狙いを付けている暇はない。ここでの投石は気休め程度だ。十匹や二十匹倒したところで焼け石に水だ。
この作戦で俺がトロールを始末出来れば、雑魚は現地の人間に城壁というアドバンテージを使ってある程度の数を処理してもらおう。魔物の魂は欲しいが多少は仕方ない。城壁の上から矢を降らし、上って来る奴は槍か何かで突き殺せば強い兵士じゃなくても問題ないはずだ。
最初は魔物の数に圧倒されたが、実際にやり始めてみれば意外と冷静にやれるもんだな。俺の場合本気で走れば魔物を振り切れるだろうというのも大きい。ステータスで自分の優位性がハッキリしていれば不安に感じることも少ない。
「魔物が種類ごとにバラけて来たな」
「速度に差がありますから」
グレーウルフ、コボルト、ゴブリン、ボブゴブリン、トロールの順で追ってきている。こちらの思惑通りの展開だが未だそれぞれの距離は大きくない。もっと引き離す必要がある。しかし十分な距離を引き離すより先にグレーウルフは追いついてきそうだ。若干ではあるがティアよりグレーウルフの足が速く徐々に迫っている。追い付かれ攻撃を受け始めればその対応の為に走る速度は落ちる。そうれなれば他の種類の魔物にも追い付かれ、たちまち魔物の波に飲み込まれてしまうだろう。
「俺に掴まれ。しっかりとな」
「お手を煩わすわけには」
俺は反論を聞かずティアを抱えて走り出す。ティアの体は元は石像だったことが信じられないくらい、その、あれ、だ。柔ら、人間だった。生身の人間としか言い様のない感触だ。やむを得ない事態なのでセクハラで訴えるのだけは勘弁して欲しい。
(楽しそうなことしてんじゃん)
「緊迫した状況なんだけど」
お気楽な声と共に小さなルミニエの幻影が俺の肩に現れる。足を止めるわけにもいかないので、俺達を追う魔物の先頭から距離が離れすぎないように気を付けながら走り続ける。ルミニエは状況何てお構いなしだ。
(大漁だね)
「どうだ。新鮮ピチピチな魔物共、今なら踊り食いのチャンスだぞ」
(ちゃんと調理し……じゃない、食べないから)
「遠慮すんな。今日は半殺しで良いか? おはぎ的な意味で」
(全殺しでお願い、食べ物とは関係なく)
「おはぎ分かるんだ」
(忘れてるかもしれないけど私、神よ)
ルミニエの相手をしながら走っていると「主様」とティアに呼びかけられる。
「どうした?」
「一部の魔物がこちらを追うのを止めて街へ再度向かっております」
「この辺りが限界か」
贅沢を言えばもう少し引き離したかったがここまでのようだ。俺は大きくカーブするように進路を変える。さて、ここからが正念場だ。
「ルミニエ、こっからは忙しくて接待出来ないからな」
(えぇ今までの接待のつもりだったの?)
「まあ、ちょっと待っててくれ」
(はーい)
静かになったルミニエから意識を外し、俺達を追いかけていた魔物共の中でも比較的足の速い連中を横目にトロールを目指す。こうして見るとティアの言う通り俺達を追うのを止めた連中が結構いる。そいつらのうち、密度の低い所にいる連中を積極的に襲う。こちらへの意識を外した連中だ、容易く狩れる。ついでティアへ新たな指示を出す。
「氷で撒菱を作ってくれ」
「まきびし?」
「こういうのだ」
撒菱のイメージをティアへ送る。ティアは俺に抱えられ相当揺らされて大変だと思うのだが、それをもろともせず俺のイメージ通りの撒菱を氷で作り周囲へばら撒く。俺達の位置関係的に足の速い魔物とトロールの間に撒菱が撒くことが出来た。すぐに効果は出る。魔物の中には足を怪我して歩みを止めるもの、躓くもの、それらの後からやって来たものがぶつかり事故になることもある。局所的にだが酷い混乱が生まれている。
「良いんじゃないか」
「効果は限定的かと思いますが」
「魔物の数は多い、多過ぎる。だから一手で何とかしようなんてのは無理な話だ。こういうのは積み重ねが大事なんだ」
少なくとも現時点で俺達にただの一手でこの数の魔物をどうにかする手段は無い。あえて挙げるなら、さっきやった毒薬を風魔法で散布するという手がシンプルで実現性は高い。毒薬が空気中に広がった状態でも触れたり吸い込んだだけで戦闘に支障が出る、もしくは死亡するレベルの強さなら一気に方が付く。
錬金術で作れる物のリストの中には条件を満たす物もある。素材は高くはつくが奉納で手に入る。しかし、そんなヤバイもんを都市の近くで散布するのはマズイだろう。都市の近くでなくとも後のことを考えればあまりやりたい策ではない。今は出来ることを一つずつやっていくしかない。
次は【奉納】によって現地産の油を所持する魂ポイント全て消費して手に入れる。トロールと他の魔物との間にその油を撒いて【ファイヤーボール】で着火させていく。現地産の油ではガソリンのように勢いよくとはいかないが、魔法だけでは効果時間が短い。これなら多少の足止めにはなるだろう。
さて、ほぼ他種類の魔物から孤立したトロール達を料理しよう。数はだいたい六十匹くらいかな。前回トロールを倒した時ははしぶとさに閉口した。いちいち殺していては折角引き離した他の魔物どもが押し寄せてくる。とにかくトロールを城壁や城門に近づけさせなければ良いのだから、まずは足を潰そう。
手近なトロールの左横を走り抜ける時、鉄の棒でトロールの膝をぶん殴る。トロールは汚い悲鳴を上げて転がる。ティアを左手で抱えている為、片手しか使えないが今の俺の筋力であればトロールの膝程度確実に破壊出来る。とどめは刺さず次のトロールへ向かう。
こちらも先程と同様に膝を潰す。しかし今度は他のトロールとの距離が少し近かった。俺が二匹目のトロールを攻撃している間にそいつが拳を振り上げていた。避けるにはギリギリのタイミングだ。
「お任せを」
何も指示は出していなかったが、ティアがタイミング良く魔法で拳を振り上げたトロールの気を逸らしてくれる。そして、それは俺がそのトロールの足を潰すのには十分な隙だ。こいつは膝ではなく足首を狙う。膝より細いし脆いのではないかと試してみる。
ちょっと狙いからずれて脛に当たった。俺も腕に響く、しかしトロールはそれどころではなく悶絶している。弁慶の泣き所と呼ばれるだけはある。痛かろう、だがトドメは後だ。ちょっと待ってろ、すぐに同じ痛みに苦しむ仲間を作ってやる。これだけ群るんだ。さみしがり屋なんだろ。
それにしてもティアの援護が無ければ危なかった。俺はトロールの攻撃を受けても大したダメージにはならないが、ティアは俺ほど頑丈ではない。もっと上手くやらなければティアに怪我をさせるところだった。でも上手くやるにしても俺は元軍人でもなければ格闘技経験者でもない素人だ。どうすれば良いのか分からない。
思い返しても格闘技なんてテレビで見たことがあるくらいだからなあ。いきなり真似なんて出来ないし、実況解説まできちんと覚えてない。どんなことを言っていた。駆け引き? フェイント? 狙いを絞らせないとかそんなところか。
試しに次は攻撃相手を直前で変えるフェイントを仕掛けてみる。当初狙っているように見せかけた相手は拳を空振り、俺が実際に攻撃したトロールの方は反応が間に合わず為すすべなく地に転がることになった。
攻撃を空振ったトロールは馬鹿にされたと思ったのか吠えながら向かって来ている。俺はまたそいつに向かう姿勢を見せた後、別のトロールへ方向転換して走り出す。そいつも俺を追うべく進行方向を変えてノロノロと俺が狙っているトロールに向かって走り出す。そこでもう一度そいつに狙いを戻してやれば、重く大きな体のトロールは俺の度重なる方向転換についてこれない。足運びがもたついたところを攻撃するだけだ。
俺のフェイントなんて素人の真似事でしかないはずだが、面白いようにトロールはハマる。こんなに簡単に倒せるようになるのかと驚きが大きい。相手とのスピード差があるから出来ることだとは思うが、フェイント一つでここまで変わるのか。相手の行動予測を外してやるだけで、一方的な戦いになった。
なんで最初からもっと考えなかったのか、自分に苛立つ。ちゃんと頭を使うだけでこんなに簡単になる。簡単ということはより安全であるということだ。俺自身ステータスで敵を圧倒していることで気が緩んでいた。無駄にティアを危険に晒してしまった。反省しなければならない。




