第十話の裏で
時は少々遡る。
インスラーテ領 主幹都市ヴィルト 領主の館 領主長男グラウィ・ラース・インスラーテ
インスラーテ領主の館の一室に、この領を治める領主一族と主要な者達が集まっていた。実務を担う領主の側近達、騎士団団長、街の警備隊隊長、インスラーテ家に仕える下級貴族の代表、あとは冒険者ギルドのヴィルト支部長が集まっていた。これは魔物の侵攻についての会議の為である。
領主の息子である自分も参加しているのだが、最近やっと実務に携わり始めたばかりなので発言の機会は無いに等しい。
現在、都市ヴィルトには魔物の大群が迫っている。周辺の村などは全て一時放棄し、この都市で迎え撃つことが決定している。魔物の群はかなり接近していてもう時間が無く、恐らくこれが最後の作戦会議になる。しかしその先の防衛作戦がまとまらない。
「戦力は城壁へもっと集中的に配置すべきです」
確信に満ちた声は我が姉であるシンリ・ラース・インスラーテのものだ。文武両道、才色兼備の言葉がこれほど似合う者は他にいないと評判であり、軍事方面でもその才を振るっている。
「しかしですね、都市部に入り込まれた場合を考えますと無防備には」
言葉こそ下手に出てはいるが一切引く気はなさそうな発言は、領主である父上の側近の一人アゲル・ラナ・クラーダのものだ。
意見がまとまらないのは「戦力を城壁に集中させるかどうか」という点で意見が真っ二つに分かれてしまっているのが原因だ。
「そもそも都市内に魔物を入れないことを最優先に考えましょう。城壁に寄って戦うことが一番安全で確実です」
姉上の意見はもっともな話だと思うのだが、アゲルや他の側近達には響かなかったようだ。これは意見の内容が受け入れがたい、というだけの問題ではない。あまり自ら実務に口出ししない父上に代わり普段から領地運営を担っている側近達からすれば、姉は煙たい存在である。側近達は自分達の今持っている影響力が減ることを危惧しているのだろう。こんな時に権力争いをしている場合ではないと思うのだが、本人達にとってはそうは思えないらしい。
「都市に迫る魔物は数え切れぬほどと報告を受けております。これを城壁で全て防ぎきれましょうか。都市へ入り込まれた場合を想定から外すのは聊か危ういかと存じます」
「全戦力を城壁に回すわけではありません。優先すべきものを間違ってはならないと言っているのです」
「ええ、ええ、おっしゃる通りです。で、あればこそ領主様のおられるこの館を中心に貴族街の防衛を疎かには出来ますまい」
父上を口実にするのは側近達にとって伝家の宝刀だ。領にて第一に考えるべきは領主である父上についてであり、その意を汲んで普段から差配を行っている忠義の臣たる自分達を否定するのか、と強い牽制だ。
これには姉上も軽々しく答えられない。あまり政に熱心ではないが父上がこの領の最高権力者なのは確かなのだ。そこを無視することは出来ない。
「城壁を中心に戦った方が有利に戦えるのです。城壁でより多くの魔物を倒せばこの館や貴族街の防衛にはそこまで多くの兵は必要ありません」
姉上は強い怒りを何とか抑えている状態だ。家族だからこそ分かるが、あの怒りを向けられることを思えば私ならば首を横に振ったりしない。
「考慮すべきは魔物だけではありません。シンリ様のように気高い御方には思いもつかぬ行為に及ぶ下賤な者もおります。非常時に警備が行き届かなくなれば、これ幸いと盗みなど蛮行を働く不埒な者共が出て来るのです」
物の分からぬ者に言い聞かせるようにアゲルは話しているが、それもこれも城壁である程度防衛出来てこその話だ。城壁の防衛が早い段階で破綻してしまえば、その不埒な者共も含めて都市内の大部分の者が死ぬ。その時アゲル自身無事かどうか怪しいものである。少なくとも彼が熱心に蒐集していると噂の美術品は彼の館と共に女神様の下へ旅立っていることだろう。
「都市内の警備は冒険者にも任せられるでしょう。大人数による集団戦は不慣れでしょうから城壁防衛より街の巡回を担」
「お待ちください。それでは何の解決にもなりません」
アゲルが姉上の言葉を遮った。あまり時間がないとはいえ無礼な。それでも姉上が声を荒げたりはしなかった。怒りを不用意に晒すことは避けたのだろう。
「何故解決にならないと言うのです」
「言わねば分かりませんか? 冒険者は騎士ではありませんよ」
やれやれといった風に首を横に振るアゲル。他の側近達もアゲルに同調するように苦笑を浮かべている。それは彼自身が先程言った「下賤な者」「不埒な者共」の中に冒険者も含まれていると言ったようなものである。
この場には冒険者ギルドの支部長もいるのに態々波風を立ててどうする。支部長は不満を口にこそしないものの体に力が入っているのが遠目でも分かる。怒りを堪えているのだろう。危機に際して一致団結すべきなのに、これでは円滑な連携は望めないではないか。私は顔をしかめそうになるのを堪える。今私がアゲル達を責めても場を乱すだけである。
アゲルと他の側近達は冒険者を見下し、姉上に対してもやり込めたと思って満足しているのだろう。しかし、一時の優越感にどれほどの価値があるのか。同時に得た反感によってどのような悪影響が出るのか、理解しているようには思えない。魔物の侵攻を防げたとしても今後を思えば気が重いことだ。
結局ギリギリまで会議はまとまらないかった。一応父上が最後に決めたのだが、ほぼ側近達の意見がそのまま反映された。騎士団はこの館を中心に防衛、冒険者達には市民の暮らす地区を担当させる。
姉上は警備隊を率いて城壁の防衛。近隣から避難して来た者の中で騎士爵を持つ者も姉上の指揮下となった。同じ騎士階級とはいえ常駐の騎士団とは普段行動を共にしていないので連携面で不安がある。そこを配慮した配置だろう。
会議が終わり席を立ったところ姉上に呼び止められ、私同様会議では置物になっていた二人の妹達と共に姉上の自室へ連れて行かれることになった。
「時間が無いので手短に、私に何かあれば後のことはお願いね」
姉上は私の肩に手を置き真剣な眼差しを私に向けている。今から一番危険な場所へ行くのだから姉上でも覚悟はしているのだろう。
「今の私に姉上の代わりは務まりません」
「私と同じように振る舞う必要はないのよ。むしろ私のようになっては駄目。大きな過ちを犯していたことに今更気付くような愚か者になっては駄目よ」
「過ちですか?」
「そう、お父様の側近達に権力を持たせ過ぎたこと、彼等がここまで荒事に疎いことを把握していなかったこと、それに私自身が動かせる者達をもっと確保しておくべきだったわ」
姉上はそう自嘲しているが、それらは姉上が全て負わなければならない責ではないと思う。これは二人の妹も同じ気持ちだったようだ。
「お父様が頼りないのが悪いのよ」
「今回の防衛が成功したとしても、放置出来る問題ではありませんね」
次女のエルダは率直に一番の問題を言ってしまう。私や姉上と違い跡継ぎになる可能性が低く、厳しく教育されなかった為エルダは奔放に育った。私達以外に聞かれれば騒ぎになることを言ったのに、気にすることもなく自慢の金色の髪を弄っている。
三女のイレミアナはエルダとは真逆の性格で思慮深く一見すれば穏やかで愛嬌のある子だ。しかし一度決めると決して引かない頑固な部分と酷薄な部分を合わせ持っている。ある意味家族の中で一番貴族らしい貴族だ。
「処理すべきです」
「アゲルのおっさん、懲らしめる感じ?」
「いえ中途半端な制裁は他の側近達を含めて敵意を煽るだけです。少なくとも側近達の中心であるアゲルには消えてもらいましょう」
イレミアナはまだ幼さを残す顔立ちに冷然とした表情を浮かべ、決定事項を報告するように告げた。エルダは渋い顔になり、姉上は頷いている。エルダは意外と情に厚いところがある。長い付き合いであるアゲルを殺すのは流石に抵抗があるのだろう。それに比べて一番年若いイレミアナは容赦がないし、アゲルは確実に消えてもらうと言う辺り強かでもある。
「アゲルが領の金庫番だからか」
「ええ、財務を抑えてしまえば他の側近達は如何様にも。彼ら直属の戦力は多くないですからね」
私の問いに満足そうにイレミアナが答えた。これではどちらが年上か分からないな。跡継ぎに向いているのは明らかに姉上かイレミアナだと改めて思う。
「アゲル以外の側近達も残してしまえば、次は我が身だと考えるんじゃないかしら」
姉上の懸念は当然だ。側近達の頭の中身がからっぽでないなら自分達は大丈夫などと考えない。彼らはどうするだろう。採れる手は大きく分けて二つだろう。
「強硬手段か搦め手、どちらでしょう。まあ彼らの性分からすると搦め手でしょうか」
「搦め手なら狙い所は恐らく貴方ね」
姉上が揶揄う様に私へ微笑む、自分の顔には心底嫌そうな表情が浮かんでいることだろう。跡継ぎとして私を担ぎ、姉上と争わせ勝利し代替わりしても領主の側近という地位を維持する。しかも跡継ぎ争いで後押しした分影響力は増す。狙いはそんなところだろう。
馬鹿らしい。私は跡継ぎに押されても感謝の念など欠片も感じない。そもそも積極的に継ぎたいわけでもないのに後押しされても迷惑なだけだ。私が今跡継ぎ候補としての務めを放棄していないのは単なる義務感からである。
「私は長男ですが、姉上やイレミアナの方が領主に向いているでしょう。それに二人なら婿を取るという形になるのだから取り入りたい連中からすれば、そちらの方が好都合かと」
「お兄様、そういう言動は外では謹んで下さいね」
「当然だ。言えるわけがないだろ。大騒ぎになる」
私が漏らした本音にイレミアナがやんわり注意してくる。イレミアナの言うことは私も十二分に理解している。この顔ぶれだからこそ言えることだ。性格が全く違うのに昔から仲は良く、本音で話せる関係だった。それは後継者候補の中でも優先順位の高い姉上と私が他に相応しい者がいれば、相続に固執しない姿勢だったことと、妹二人は最初から継ぐ気が無いことも大きく関係している。
「私は兄さんが一番向いていると思うけどね」
「そうね」「そう思います」
「でしょ?」
エルダが軽い調子で言ったことに対し、姉上とイレミアナが即座に同意した。不本意だ。そんな感情が表に出たのか姉上に笑われてしまう。
「グラウィは人をよく見ているし、上手く立ち回っている。それにやるべきことを理解してやっている。次期領主に相応しいと思っているのは本心よ」
「それにさあ、姉様やイレミアナが継いだら大変よ。姉様だと全てにおいて完璧を目指しそうで息苦しいし、イレミアナだと暗闘が激しいドロドロした政治になりそう」
やだやだと肩をすくめるエルダに姉上とイレミアナは苦笑する。言葉は悪いが本人達にも多少心当たりがあるのだろう。確かに姉上には完璧主義者なところがある。イレミアナに関しても、十代半ばにも届かない今でもこれだ。将来のことを考えれば権謀術数に長けた知恵者になるだろう。が、権謀術数を多用すれば周囲は疑心暗鬼になる。良いことばかりではない。
「比べて兄さんはなんか良い感じにするでしょ」
「……曖昧だな」
エルダの評は俺だけ方向性や特徴などの指摘がなく肩透かしを食らった気持ちだ。もうちょっと何かあるだろ?
「不安を感じさせないというのも上に立つ者の資質よ。下の者が安心して仕えられる領主であればその治政は安定するわ」
「それはそうですが」
「あとはもう少し自信を持てば……いえ貴方はそれで良いのかもしれないわね。さて、そろそろ行くわ」
姉上が話を切り上げ扉へ歩き始める。
「ご武運を」
「気を付けてね」
「側近達の件は準備しておきます。続きはお姉様が無事に帰ってきてからですね」
私達に軽く頷き姉上は戦場に向かった。あとは互いに出来ることをするしかない。イレミアナが言っていた準備だけでなくやることは多い。私個人は戦力にならないが、防衛でも多少は存在感を出しておこう。
騎士団には顔を出して激励しておくか。あと冒険者ギルドの支部長にも会っておくべきだな。アゲルを始め側近達には良い印象を持っていないはずだ。その反感が私達領主一族に向かわないように宥め、出来るならこちらに強く引き寄せよう。




