止まった時間
お気に召しましたら、評価いただけると幸いです。
夜中に目が覚めた。ベッド脇のLED照明に手を伸ばして点灯させて液晶時計を見ると、一時半を表示している。私は起き上がってトイレを済ませると、ダイニングの照明をつけた。
妻の典子は小田原の実家に帰っていて、明後日、帰宅の予定だった。冷蔵庫を開けると典子が用意したおかずがタッパーに詰められている。わたしは、生ハムを取り出すと、皿に盛ってテーブルに置いた。食器棚からグラスを取ると、氷を入れ、スコッチを注ぐ。口に含むと喉に酒がしみる。
そこで私は台所の時計を見た。
一時半……。
最初、時計が遅れているのかと思い、柱から外して電池を入れ直してみたが、秒針は震えて進まなかった。寝室に戻り、ベッド脇の液晶時計を確認すると、これも、先ほどと同じ一時半なのである。起きてからたっぷり十分は経っている。念のために携帯の時刻を見ると、やはり、一時半を表示したまま、変化しない。
それから、一時間は経ったであろうと思う頃になっても時計は微動だにしなかった。寝ぼけているわけではない。どの時刻表示も一時半で静止している。
テレビをつけてみた。チャンネルを切り替えても、どの局もカラーパターンが映っているだけだった。ラジオはどうかと思い、スイッチを入れ、選局すると、NHKが雑音がはいりながらも、アナウンサーの声を伝えている。
「……この奇妙な現象は確認されている範囲でお伝えすると、世界で同時に起こっています……」
私はポケットラジオをダイニングテーブルに置くと、ラジオのボリュームを上げた。
「……スタジオには国立天文台長の長谷川さんにお越しいただいております」
それから、その専門家の解説が始まった。専門用語が多く、難解な話だったが最後の言葉は明瞭に聞こえた。
「……ブラックホールから放射された重力波が、現在進行している、この時間が止まるという奇妙な現象を惹き起こしていると推測できます」
ラジオを切った。どうやら大変なことが起きているらしいことは私にもわかった。わたしは冷静になろうと努めた。重力波だって? 単に時計が止まっているだけではないか。
明日の朝になれば、何事もなかったように平穏な日常が戻るに決まっている。私はそう確信した。
元気をつけよう。わたしは、冷蔵庫から氷をだしてグラスに落とした。瓶のスクリューキャップを回して取ると、グラスに琥珀色の液体を注ぐつもりで、瓶をかたむけた……かたむけたそこで気がついた。液体が宙で止まっているのだ。
いや正確に言えば、瓶を持つ私の腕も、そして身体ぜんたいが、まるで金具をはめられたように膠着していた。
私は時間が止まるという意味をそこで初めて知った。
読んでいただき、ありがとうございました!