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ナンパという名の拉致・監禁

 身体測定の次に十分間の休憩をはさみ、二時間目の授業が始まった。入学式の次の日だというのに、なんと教科は国語だった。あの真田である。てっきり、学校案内やら特別活動やらで授業はないと思っていたが。


 ノート、教科書等はもちろん持ってきていない。この授業内で配るようだ。


 僕は国語は得意だが、真田は苦手だ。入学早々目をつけられ、通知表に影響が出そうだ……。それに、この学園はこれでも進学校らしいので、中学校のときに得意だったからといってここでも成績が良くなるとは限らない。まあどれだけ悪い成績をとっても、それは晴香の成績となるのだから、僕にはあんまり関係ないが……。


 真田の授業は思ったより良かった。いきなり小説の読解だったが、板書もきっちり要点をまとめているし、板書とは別に口でも説明していた。僕が当てられたときも、正解すれば笑って「そのとおり!」と言ってくれた。案外こいつ、良い教師なのかもしれない。


 体感的にかなり早く終わり、休み時間になると、美希が話しかけてくる。

「ねえ、晴香、この休み時間で友達いっぱいつくりましょ」

「……?」

 何を唐突に言うんだろう。

「三年間もある学園生活、友達がたくさんいなきゃむなしいじゃない。……ね、だから」

 むなしいから、という理由だけで友達が欲しいのだろうか。僕にはそれが理解できないが……。

「いいよ」

 僕が承諾すると、美希は僕の手を引っ張って近くの眼鏡を掛けた子に話し掛けた。

「いきなりですみません。私は津川美希と申します。宜しければ友達になってくれませんか?」

 なんて直球なんだ。なんだかこっちが恥ずかしくなってくる。相手は戸惑っている。そりゃそうだ。

「ほら、晴香も自己紹介して」

 美希は僕の耳にささやいた。息がこそばゆくて、僕は思わず声をあげてしまう。

「ひゃっ!」

 ……我ながら、なんて女っぽい声なんだと思った。こんな声、今まで一度も出したこと無い……。

「……あっ……すみません……。私の名前は月野有也です……」

 僕の顔は真っ赤だ……。絶対変に見られているに違いない。というか、相手の顔からして明らかにそう見られている……。

「……晴香……?」

「あっ……」

 しまった……。男の名前を言ってしまった……。終わりだ……。僕は大きく溜め息をつく。

「……有也って、誰……?」

「……ご、ごめん、実は、私の本当の名前は『有也』なんだ……。女なのに男みたいな名前だったから、高校に進学したと同時に改名したの! さ、さっきは、つい、前の癖が出ちゃったんだ」

 ……酷い言い訳だとは自分でも思う。しかし、アドリブではこんなことしか思いつかなかった……。

「あっ、そうなの……」

 美希はそっけない反応しかしなかった。

「あはは、ごめんなさいね、晴香おっちょこちょいなところがあるから……。で、よければ友達に……」

「……えっと……あの……」

 相手の女の子はしどろもどろだ。目の前でこんなにごちゃごちゃやられたんじゃ仕方がない。

「私の名前は、佐藤君子です……。宜しくお願い致します……」

 行儀のいい子だな。僕と性格が合ってるな。友達になりたいな。僕の気持ちはだんだんと高ぶってきた。

「あの、よかったら、……今日一緒に帰りません?」

「え……はい……」

 美希は驚いた顔をしている。僕がはっきりと告白したからだろう。

「ご趣味は?」

「中学校はどこ?」

「成績はどれくらい?」

「あなたの友達は?」

 僕は質問をたくさん投げかける。この子は、いや、君子は、小さな声で答えてくれる。


 君子に質問攻めし終えると、僕はトイレへと急ぐ。急に尿意を催したのだ。美希は僕についてくる。

「ねえ晴香、あなた凄いじゃない! あんなに積極的に話し掛けられるなんて」

「まあね。なんか、私に合いそうなタイプの子だったから」


 ――三時間目の数学、四時間目の英語、五時間目の地理、六時間目の理科と主要教科フルコースな一日をなんとか乗り越え、女装学校生活二回目の下校時間がやってくる。君子を忘れずに誘い、三人で楽しく下校する。案外、友達と一緒に帰るこの時間が、一日で一番幸せかもしれない。

「こんな私を、わざわざ誘ってくれて、ありがとうございます」

 君子は、最初に喋りかけたときとはうってかわって明るく話す。大分慣れてきたようだ。

「君子、堅苦しい敬語なんか使わずに、もっとフレンドリーに喋ろうよ」

「お気遣いありがとうございます。でも、私はなんかこの方が喋りやすくて」

 ……美希がすっかりリードしてくれている。生まれたときから頼りなく、自分で自分のことができない僕にとっては、頼りがいのある友達だ(と思う)。


「――ねえ、晴香も何か喋りなよ」

 気づかないうちに僕は黙り込んでいたみたいだ。でも、学校に通う以外は何もしてないし僕に話題なんてなかった。昨日の痴漢のことを話してみようかな。

「うん。突然だけど、昨日痴漢に遭ったんだ」

 僕は軽い感じで言ってみせた。美希たちは想像以上に驚く。

「ええ、本当? かわいそうに、大丈夫だった?」

「最近、この辺では不審な事件が増えているみたいですね。私、そういうことする人許せない」

 ……二人には申し訳ないが、こんな感じの空気、僕は嫌いだ。なんか、うっとうしいというか、面倒くさいというか、暑苦しいというか……。中学校では、(幾人か友達はいたが)孤独だった僕は、友達が出来るのは嬉しくても、あんまりいちゃいちゃするのは苦手だ……。そんなことを考えているうちに、中学校であった数々のことを思い出し、泣き出してしまった……。

「あ、あ、あれ……?」

「あっ……ごめんなさい……」

 美希が丁寧に謝る。痴漢のことで泣いているとでも思われているのだろう。

「痴漢のことじゃないの……。なんか、色々思い出しちゃって……」

 受験した高校に合格できなかったこと、初めて女装させられて恥ずかしかったこと……今までの辛かった体験を次々と思い出し、涙はさらにあふれ始める。

「ご、ごめんなさい、いきなり泣き出してしまって……」

 二人は心配そうな顔で僕を見つめる。


 ……その後、僕が泣きやんでも、皆ずっと沈黙したままだった。別れるときも、小さな声で挨拶をしただけだった。僕のせいで雰囲気を悪くしちゃった……。


 ――なんで泣いちゃったんだろう。心がまいっていたのかな……。嫌なことはあっても、反面に、楽しいこともあったはずなのに。


 真っ赤に染まった目でうつむいていると、後ろから男の声がする。

「そこの姉ちゃん、俺たちと一緒にカラオケいかないか?」

 僕は意味がよくわからず、無言でうなずいてしまった。

「じゃあさっさと行こうぜ」

 声の主は、真っ黒な服で全身を包み、サングラスを掛け、煙草を吸い、ピアスを左耳にだけつけている、典型的なヤンキーだった。かたわらにもう一人いる。

 僕ははっと我に返り、ヤンキーの手を振りほどこうとする。

「姉ちゃん、そんなに俺の手を握り締めたいのかい?」

 ヤンキーは僕の手を両手で握り締め、引っ張ってゆく。駄目だ、力のない僕では抵抗できない。しかも二人もいるからどうしようもない……。僕は諦めて目を瞑った。


 ――かなりの時間が経っただろうか。ヤンキーは口を開く。

「ほら、もうすぐだぜ」

 そう言われて僕は目を開いた。ヤンキーは派手なネオンの店を指す。「スーパートリッキー」という文字がネオンで描かれている……。あれがカラオケ店なのだろうか?

 カラオケといえば、晴香が「ナンパされて、男と一緒にカラオケ行きたい」なんて言って、母さんによく叱られていたっけ……。ん? とすると、これもナンパか? ナンパってこんなに強引なものなんだ……。


 僕が諦めたかのような溜め息を出すと、もう既にカラオケボックスの中にいて、もう一人のヤンキーが下手糞に歌っていた……。

 ソファーに寝転び、目を閉じる。

「おっと姉ちゃん、お楽しみはもうちょっと待ってくれな」

 お楽しみ……? 楽しみなんて何も無いよ?


 眠たい……。僕を睡魔が襲う。ヤンキーの歌声(というか、ただのうなり声)がうるさくてなかなか眠れないが、僕の意識は少しずつ薄れていった。


「姉ちゃん、せっかく歌を披露してるんだから、寝てもらっちゃ困るぜ」

 ヤンキーに起こされた。あれ……? なんでこんなところに……? あっ、そうか、ナンパされて強制連行されて寝てしまっていたのか……。時刻は午後九時を差していた。もうこんな時間か……早くここから脱出したいな……。

「じゃあ、気持ちよくお目覚めのところで、お楽しみといきますか」

「は?」

 ヤンキーは僕の服を脱がし始めた。あの不審者と同じことをしている……。まずい。男だってバレてしまうではないか。


 下着がおろされたのと同時に、ヤンキー二人は声を上げた。

「ぎゃああ、こいつ、男だあ!」

 僕はニヤリと笑う。バレて相手が驚くのはちょっと楽しい。

「じゃあもう僕のこともわかったし、帰らせてもらえるよね」

 ふざけて言ったつもりだった。

「そんなわけないだろうが」

 ヤンキーの目つきが変わる。恐ろしい目つき。こいつらは、今までこの目で何を見てきたのだろう……。

「もう逃がさないぞ」

 ヤンキーは手枷てかせと足枷を僕に掛ける。勝手にしろよ。

「徹底的に拷問してやる」

 ありゃ? ちょっと怖いぞこりゃ。ヤンキーは僕に馬乗りになり、僕を殴り始めた。

「や、やめろよ!」

「うるせえ! 俺たちを騙した罰だ!」

「お前らが勝手に連行したんだろうが! これは拉致・監禁だぞ! 日本の刑法二百二十条によれば、不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に……」

「何をごちゃごちゃとわけのわからないことを言っている! てめえ、殺すぞ!」

 ヤンキーはナイフを取り出す。

「日本の刑法二百二十二条によれば、生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して……うわっ!」

 ヤンキーはナイフを僕の喉元にあてる。これにはさすがにまいった。このままでは、僕はどうすることも出来ずに拷問、いや、もしかして殺されてしまうかもしれない……。どうしようどうしようどうしよう……。僕の目から、またしても涙が零れ始める。

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