全ての始まり
「というわけで、これからは女子高生として生活しなさい」
その言葉を聞いた瞬間、僕は絶望した。
何故こんなことになったのかというと……。
僕の名前は月野有也という。僕と僕より少しだけ年上である姉の晴香は神童とよばれるほどの頭脳の持ち主であるが、運動の方はというと、僕だけ全然駄目だった。晴香は水泳以外のどんなスポーツもでき、学校では学級代表として生活していたが、運動の苦手な僕はもちろんいじめられ、蔑まれていつもボコボコにされていた。晴香はそんな僕をよく慰めてくれたが、彼女の性格ゆえいじめっ子たちに復讐するといったことは一切なく、学校内での僕の立場はなかった。
しかしそんな僕の中学校生活も卒業を間近に控え、高校こそは楽しもうと勉強を頑張っている僕は、私立の女子高を既に合格した晴香を横目に最後の追い込みをしていた。
だが、そこで月野家の二子に悲劇が訪れる。
晴香は、あと一週間で中学校を卒業だというところで不慮の事故。両足を骨折し、一年以上も自宅療養せねばならなくなった。
僕は、受験をした全ての高校が不合格。あんなに勉強していたのに、いったい何故……。もう、『職に就く』か、『中学浪人』という選択肢しかない。
僕が中学浪人するかどうか迷っていたとき、車椅子に乗った姉があることを思いついた。
「あんた、神童といわれたあんたがあれだけ勉強しておいてどこの高校にも受かれなかったんだから、もう諦めなさい。その代わり、私の学校に行かせてあげるから」
最初はこの言葉の意味がわからなかった。晴香は女子高に合格したはず……。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんは私立の女子高を受けて、合格したんだよね。どうやって僕が通うのさ」
「女装して行くのよ」
女装……? そんなみっともないことをしてまで女子高になんか行きたくない。それに、女装して女子高に行くなんて、許されることではないだろう。
「そんな恥ずかしいこと出来ないし、男が女子高に行けるわけない。無理だよ」
「あんたが男として行くわけじゃなくて、あんたが私に成りすますの」
姉は恥ずかしいという僕の思いを完全にスルーして答える。
「なんで僕がお姉ちゃんに成りすまして学校に行かなきゃなんないの」
「だって、授業に出席しないと、成績も下がるし板書写せないもん。それに、長期間学校に行かなかったら、みんな友達関係も出来ちゃって、私は孤立してしまうだろうし」
「そ、そんな理由だけで僕を女子高に行かせようとしているの?」
「もちろんよ」
「じゃ、じゃあ、姉ちゃんの怪我が治って、学校に行けるようになったら、僕はどうなるの?」
「それは、そのときにならないとわからないわ」
「そんなぁ……」
「というわけで、これからは女子高生として生活しなさい」
四月一日、入学式が間近に迫った日。両親の許しを得た(得させられた?)僕は初めてセーラー服というものを着た。
「有也、かわいい!」
「本当だ、晴香にそっくりだし、これなら有也が男だってバレないんじゃないか」
父親の英紀まで調子にのってこんなことを言っている。ふざけるな。他人事だと思って。
「あとは、カツラをつけて、下着まで女物にすれば学校でも大丈夫ね」
「し、下着まで? 冗談じゃない!」
僕の怒鳴り声に、晴香は動じない。
「だって、スカートめくれたりしたらどうすんの」
僕は言葉が出なかった。実の姉がこんなに変態だったとは。
「本当に女子高で女の子として生活するなら、今から慣れていたほうがいいかもしれないわよ」
母の佳奈子が口をはさむ。
「か、母さん、余計なこと言わないでよ……」
「有也、服全部脱いで。下着も女の子のを着ましょう」
「えっ、今?」
「そうよ。お母さんが言ったじゃない。今日からは、毎日家でも女の子の服よ、喜びなさい」
喜ぶわけがない。僕にそんな性癖はない。
しかし、服は脱いでいなかったはずが、いつのまにか姉の手によって下着まで女の子にされ、カツラもかぶせられていた……。
「……やっぱり僕、こんなの嫌だよ。お姉ちゃんだって、足を骨折しているだけなら、車椅子で行けるでしょ?」
「有也、女言葉で話しなさい。それに私がお医者さんから『家で安静にしておくように』と言われたことは知っているでしょう?」
最早抗いようがない。……僕は観念した。
「仕方がない……。僕、いや、私は、これから一年間、女として女子高に通うわ……」
うわぁ。言っちゃった。
「あら、自分から宣言するなんて、あんた私のこと本当に想ってくれているのね」
宣言も何も、半ば強制的に行かせるようなものだろうが……。
「じゃあ、四日からお願いね」
四日……? 明々後日に、もう地獄が始まってしまうのか……。僕は緊張と不安で胸がいっぱいだったが、何故か少しだけ楽しみでもあった……。
四月四日、いよいよ入学式の日。晴香は、入学式が終わったら家では男になってもいいと言ってくれた。
外へ出て、セーラー服姿で歩く。たくさんの視線を感じるが、気のせいだと思いたい。本当に大丈夫なのだろうか……。体全体がガクガクする……。
晴香の女子高に着くと、校門の柱には『中野女学園』と書かれていた。聞いたこともない名前だ。何故、あの頭のいい姉がこんなところを受験したのだろうか?
校門をくぐると、そばを禿げ頭の男が通り過ぎていく。すると、後ろで怒鳴り声が聞こえた。
「こらぁ! 中野女学園の生徒が、先生に挨拶しないとは何事か!」
この高校は思ったより厳しいみたいだ。僕は会釈で謝ると、禿げ頭はこっちに近づいてくる。
「挨拶しろ……」
その威厳のある顔からは、そんな言葉が読み取れた。しかし、僕が声を出すと、男だということがバレてしまいそうで、挨拶なぞできなかった。
「おはよう……」
禿げ頭は、脅すかのように挨拶した。
「お……お、お……」
やっぱり言えない……。僕の頭はこんがらがっていた。
「おはようございます……」
「うむ。それで宜しい」
ほっ……。バレなかった……。緊張していたからか僕の心臓はバクバクと音をたてている。
禿げ頭のせいで気づかなかったが、校門のすぐそばに二階建ての建物がある。中がどうなっているのか知らないが、いったい何故こんな変なところにあるのだろう……。
建物の横を通り過ぎると、植物で囲まれた中庭があった。何人かの生徒と教師がいる。また挨拶しなければならないのかな……。そう思い、端に居た若い男に挨拶してみたが、返事はなかった。生徒には挨拶、挨拶とうるさいが、肝心の教師が挨拶しないじゃないか……。
色々歩き回ってみたが、どこに行けばいいのかわからない。その辺の教師に訊いてみればいいかもしれないが、なんとなく怒られそうな気がしてやめた……。
建物の廊下を歩いていると、後ろから女の子の声がした。
「晴香ちゃん」
最初、自分が呼びかけられているのに気づかなかったが、自分が今晴香になっているのを思い出し、慌てて返事する。
「なあに?」
「久しぶりだね!」
「そ、そうだね……」
「あれ? 晴香ちゃん、声低くなった?」
僕はギクッとした。僕の声は、男の中では高めでも、やっぱり女子の中では低めなのだろうか。
「そ、そういえばそうだね……。は、春休みの間に、ちょっと成長しちゃったのかな?」
僕は必死に言い訳をする。
「じゃあ、私も大人になるまでには、声低くなっちゃうのかなぁ。嫌だなぁ」
随分と失礼なことを言う子だな。それに、晴香が行くような学校の生徒にしては、少々幼稚な喋り方だなぁ……。
「ま、まあ、仕方ないよね。そ、それより私達はどこに行ったらいいのかな?」
「あら、聞いてなかったの? 一年生の教室に行くのよ」
「一年生の教室って、何組……?」
「それは知らないわ。でも、晴香ちゃん、多分私と同じクラスだったと思うわ」
「じゃ、じゃあ急ぎましょう!」
あの悪夢から四日経ったとはいえ、やっぱり女の子の喋り方は疲れる……。それに、春だというのにスカートだと足が寒い……。女の子の大変さが身に沁みて分かる……。
教室には、もうほぼ全ての生徒が集結し、先ほどの禿げ頭も居た。
「お前ら、遅刻だぞ!」
「は、はい、すみません……」
どうやら、学校内を歩き回っていた間にだいぶ時間が経っていたみたいだ……。さっきの友達ははなから遅刻していたのかな? でも、禿げ頭の反応からして、クラスは間違えていないようだ……。
「三回以上遅刻したら、『アレ』だからな! 『アレ』!」
いきなりアレ、アレと言われても、新入生の僕達にわかるわけがないでしょうが。この禿げ頭、性格だけでなく、頭も悪いな……。
「さて、馬鹿者どものせいで少し遅れてしまいましたが。皆さん、起立!」
禿げ頭の声に合わせて、股間まで起立してしまい、焦ったが、スカートを穿いているおかげでバレなかった。もし、ズボンだったらどうなっていたことやら……。まあ、制服にズボンを採用している女子高なんてこの世に存在しないと思うが。
「着席! まずは先生の自己紹介をします。私の名前は……」
黒板に『真田五郎』と書き、その横に『さなだごろう』と振り仮名をつけた。汚い字だ……。
「先生は真田五郎と言います! 一年間、宜しくな! 先生は国語をやらせてもらっています!」
あの字で国語教師か……。声もでかいし、唾もとんでいるし、品がないな……。
「こらっ、そこ! 足を開くな!」
真田がこっちを指した。そうか、女は足を閉じなきゃいけないのか……。
「は、はい!」
「お前、名前は?」
「つ、月野です……」
「月野か。まったく、挨拶をしなかったり遅刻したり足を開いたり……。お前には『メ』をつけておいたからな」
まいったな……。入学式が始まる前から目立っているじゃないか……。
そうこうしている内に、入学式の始まる時間がきたようで、真田の命令がかかり、廊下で整列する。上靴とかの面倒くさい制度がなくて、非常に楽だ。
講堂に入ると、たくさんの父兄が椅子に座っていた。まさか、僕の父さんとか母さんは、来ていないよな……。しかし、彼らは、案の定来てしまっていた。






