1.そして始まる本当の物語。
――『カーネーションに口づけを(通称、カネロ)』という乙女ゲームがある。
昨今にしては珍しい、バッドエンド非搭載という珍しいタイトルだ。
アタシこと有栖和花は、ひょんなことから死んでしまい、そのゲームのヒロインであり聖女のアリス・エルカトレアに転生を果たしたのだった。物語開始時点で目覚めた際には、心の中で何度もガッツポーズをしたものである。
その理由というのも、この乙女ゲーの攻略対象である公爵家嫡男のルルドは、アタシが生前に愛してやまなかった『喜多野晴友』という声優が声を当てていたから。
当然、このゲームにおけるアタシの最推しはルルドに他ならなかった。
「でも、やっぱりおかしい」
アリスとして歩み始めたアタシは、即座にルルドルートを選択。
そして、着実に彼との仲を深めるに至った。
「……全然、シナリオと違う」
だけど、違う。
いくら『バッドエンド非搭載』とはいえ、あまりにも順調に進みすぎだった。仮にもゲームなのだから、いくつかの困難を様々なキャラクターと一緒に乗り越えていく。その上でヒロインは最愛の人物と結ばれる、これが俗にいうお約束というやつだった。
ところが蓋を開けてみれば、そこにあったのは何とも平坦なストーリー。
例えるなら、決定ボタンを連打していたら終わってました、という感じだった。
「いや、なんて『ゲー無』よ。それ……」
したがって、アタシの満足度は限りなく低い。
低かったのだけど、先ほどの一件でいよいよ事態が動き出した。
「ここは確かに『カネロ』の世界にそっくりだけど、何かが違う。きっとアタシが転生したことによって、シナリオのどこかがズレてしまったんだ」
そうでなければ平和な乙女ゲーの代名詞たる『カネロ』で、婚約破棄なんてイベントが発生するわけがない。アタシ自身が世界のバグ、だなんて考えたくはないけど。しかしこの問題を解決するには、まずはアリスとしてアクションを起こさなければならなかった。
「さて、そうなってくると。最初に確認するべきなのは、エリカね」
いかに平和な乙女ゲームといっても、もちろん恋敵は存在する。
それが先ほど話題に上がっていた少女――エリカ・オブライエンだった。庶民出身ながらも王都立学園に通う才女で、聖女であるアリスの親友ポジション。実際のシナリオの中では一応、ルルドを取り合って喧嘩をするシーンがあった。
とはいっても、さほど重い展開ではなく。
ルルドルートを選択した際、エンディングは二つに分岐するのだった。
「アリスがルルドから身を引く、友情エンド。……でもアタシが今回選んだつもりだったのは当然、ルルドと結ばれる、恋愛エンド。道筋こそ違ったけれど、エリカだってちゃんと理解した上で祝福してくれていたはず」
栗色の髪に、愛らしい黒の瞳。
幼い純朴な顔立ちをして、裏表のない性格。
そんなアリスの大親友がまさか、ルルドに告げ口をするとは思えなかった。元々ゲームをしていたアタシにとって、彼女は最推しのルルドに次ぐ推し。
だから、疑いたくなかった。
「でも、会ってみないと始まらない」
かといって、このまま婚約破棄されるのも違う気がする。
アタシは覚悟を決めて、エリカの住む家へと直接足を運んだ。
「もし。どなたかいらっしゃいませんか?」
何回か呼び鈴を鳴らして、大きな声で訊ねる。
だけど、ちっとも反応がなかった。
「もしかして、留守? あ、でも……」
不思議に思いつつ、アタシは玄関のドアノブに手をかける。
すると、あることに気付いた。
「……鍵、かかってないの?」
無人であるはずのオブライエン宅。
そうとばかり思っていたのに、いとも容易く扉が開いたのだ。
「……これって、もしかして!?」
そしてすぐ、嫌な臭いが鼻腔をくすぐる。
アタシはいてもたってもいられなくなって、安全を確認するより先に建物の中に飛び込んだ。何度訪ねたことのあるエリカの家。その時の記憶を必死に手繰りながら、リビングまで足を運ぶ。昼間だというのにカーテンを閉め切って、真っ暗になった不気味な部屋。
だんだんと強くなる臭いに眉をひそめながら、アタシは明かりをつけた。すると、
「ひっ……!?」
広がっていたのは、凄惨な光景。
事が起こってからまだ間もないのか、床に広がった赤に温もりを感じた。
倒れているのは三人。エリカの両親に、彼女の幼い妹。各々に致命傷となった箇所は異なっているが、一致しているのはその表情だった。
驚いたように目を見開いたまま。
まさか。何故、どうして、と。
これほどの惨状なのに、争った痕跡は少ない。
つまり彼らを襲った人物は、親しい人間ということ。だとしたら、
「……まさか!」
「いらっしゃったのですね。……アリス様」
「この声、やっぱり――」
その可能性に行き当った直後のこと。
耳に心地よい親友の声が聞こえ、振り返ろうとした。瞬間、
「――あ」
腹部に、何かが。
熱い。焼けるように熱い。
欠片ほどの容赦なく突き立てられた刃物は、抉るようにアタシを引き裂いた。
「アリス様がいけないんですよ? 私から、あの方を奪うから……」
「エリ、カ……?」
膝から力が抜ける。
そのまま親友へもたれかかると、そんな言葉をかけられる。そして、
「おやすみなさいませ。……永遠に」
アタシが最期に耳にしたのは、アタシの良く知る優しい『エリカ・オブライエン』という少女のものに違いなかった。
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