第一話 田舎のムラビト
その日、山奥にある集落の村から1人の子供が呼び出された。
呼び出したのは村から遥か遠い東にある大きな王都に使える騎士。
騎士は王命により、とある子供を王都へ連れてくる使命を下って遥々やってきたという。
『我が使命はこの村にて語り継がれる伝説の聖剣を引き抜いた子供を王都へお連れする事だ!』
騎士は集まった村人の中心で叫び、村の村長に告げる。
『これは王命である! 早急に伝説の聖剣を引き抜いた選ばれし子供を連れてこい!』
王都による王命は絶対。
これは世界の運命であり、絶対的な宿命。
この王命を万が一にも断れば、こんな100人ほどしかいない村など一晩で滅ぼされてしまう。
村長は悲痛な表情を浮かべながらも聖剣を引き抜いた子供を連れて騎士へ渡した。
勿論、子供の腕にはまだ両手で支える事しか出来ない剣を手にしている。
『よくやった! これで人類に平和な日々が訪れるであろう!』
そうして、騎士は子供を馬に乗せて東へと向かっていった。
『・・・さよなら・・・』
馬に乗せられた子供が涙を流してボクに手を振る。
ボクも手を振り返したが、その子供が振り返る事はなかった。
これがボクの幼馴染との最後の光景となった。
◇ ◆ ◇ ◆
「オイ坊主ッ! 起きねぇかッ!!」
「・・・・ほぇ?」
馬車の程よい揺られ具合でいつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
風も涼しく気温も丁度いい暖かさのせいで、ついうたた寝をしてしまった。
「ったく。 そろそろ着くぞ。 検問も近いから入る準備しとけよ」
馬車を操縦している麦わら帽子を被った老人が呆れたように大きな溜息を吐く。
「う~・・ん・・・あ、そっか。 ボクはようやく」
身体を起こして外を見ると、馬車が進む先には見た事もない大きな壁と、さらに大きな城が見えた。
そこは王都【ユートピア】。
人類が誇る最初に誕生した楽園であり、始まりの勇者が選ばれた国である。
「それにしても坊主。 お前さんなんでこんな時期にユートピアなんかに来たんだ?」
「こんな時期? どういう事?」
「なんだ。 そんな事も知らないで田舎から来たのか?」
老人は荷物から一枚の紙を取り出してボクに見せてくれた。
そこには【 勇者パーティー大募集! 】と大々的に描かれたポスターだ。
「今日から王都では、ありとあらゆる腕に自信がある冒険者が集まって勇者と共に魔界へ旅経つパーティーを選出する大会が開催されんだよ。 おかげで平和な王都内は外国の有名な剣士から盗賊団まで出入りしてやがって国民が不安がってるって話だ」
「それは・・・怖いね」
「だろ? カミさんもしばらくは王都に行かない方が良いと言うんだが、仕事をしねぇと食っていけねぇからな。 心配するカミさんの腕を振りほどいて来ちまった」
「そっか。 それなら早く仕事を終えて帰らないとね」
「おぅともよ! それで? 坊主はなんでそんな王都が大変な時期に来たんだ? まさか勇者パーティーに入る為に来たんじゃねぇよな?」
「まさか! ボクは只の村人だよ。 剣術は少しだけ習ってるけど魔法を使う魔力もないボクも出来ないよ!」
「ほぉ? それにしちゃ随分立派な物を大事そうに抱えてるじゃねぇか」
老人が横目で視線を向けたのはボクが持つ布で覆った物だ。
中身が何か分からないように何重にも布を巻いているのだが、老人はそれが何か分かっているようだ。
「すごい。 お爺さんこれが何か分かるの?」
「へッ! 見くびってもらっちゃ困るぜ坊主! これでも昔は王都で鍛冶師をしてた腕前があるんだ! 布で覆われてるくらいじゃ武器の気配なんてすぐに分かる!」
「へェ~!」
「それで? 大会にも出る予定でもなく、魔法も使えないと来てお前さんはそんな物を持って何をしようってんだ?」
「うん。 ・・ボクは届けにきたんだ」
「届けにきた?」
「ボクの幼馴染の大切な物。 ボクの幼馴染は少しドジだからこれを忘れて王都に行ってしまったんだよ」
「ほぉ~。 それじゃあ坊主の幼馴染ってのは冒険者なのか?」
「ん~・・まぁ、そんなものかな?」
「? まぁいいか。 それじゃあ早めに届けてやりな。 その剣は何か神秘的な力を感じる。 きっと坊主の幼馴染も困ってるだろうぜ」
「・・・うん。 そうだね」
そうこうと老人と話している間に、王都の検問所が見えてきた。
しかし
何やら検問所周辺が騒がしくなっているようだ。
「なんだぁ? 何やら騒がしいな」
老人は馬車を止めて、近くで同じく検問所へ向かっている最中の商人に声をかける。
「おい! なにかあったのか?」
「あ、あぁ。 それが何でも冒険者がテイムしたモンスターが暴走して検問所の前で檻が壊されたらしいんだ」
「なんだってッ?!」
「アンタらも一旦離れたほうがいいぞ。 私達も―――」
その時だ。
検問所の方から女性の悲鳴が響き渡って来た。
慌てて逃げ惑う商人や旅人は荷物などお構いなしに逃げ惑っているのが見える。
そして同時に、獣の雄叫びと銀色の毛皮が見えた。
「ま・・まさか・・・あれはッ!!」
商人は腰を抜かしたのか地面に尻をついて身体を震わせる。
老人は汗を垂らして握り絞める馬の手綱に力が入る。
「チッ。 だから得体の知れない国外の人間を出入りさせるのは反対だったんだ! まさかあんなバケモンを王都に入れようとした奴がいるとはな!」
獣の雄叫び。
銀色の毛皮。
そして今にも周囲の人間を食い殺そうとするのが分かる殺気。
これほどのモンスターは人が暮らす区域では絶対に現れる事のないモンスター。
魔界へと通じるダンジョンと呼ばれるモンスターの巣窟にのみ出現する幻の魔獣。
「フェンリル! まさか生きてる間にお目にかかる日が来るとはな!」
王都の門から次々と衛兵や騎士が出撃してフェンリルの動きを止めようとしているが、フェンリルが一振りするだけで数十人の兵士が吹き飛ばされている。
「チッ! 仕方ねぇ! おい坊主! しっかり捕まっておけよ! 逃げるぞッ・・て、坊主ッ?!」
老人が馬車を引き戻そうと振り返ると、さっきまで馬車にいた少年の姿が消えていた。
周りを見渡すと、少年はいつの間にかフェンリルの目の前に立っている。
「ぼ、坊主ッ! バカッ! 戻れッ!! 死にたいのかッ!!!」
老人が叫び少年を引き戻そうとするが、少年は老人に向かって一礼だけしてフェンリルと向き合う。
周囲からすれば変な光景だった。
さっきまで衛兵や騎士がフェンリルの一振りで数十人が簡単に吹き飛ばされていると言うのに、なぜ少年は平然とフェンリルの前に立っているのか疑問だった。
しかし周囲はその疑問もすぐに振り払い、少年を囮にして再度逃げ出した。
「さてと、準備はいい? 師匠?」
少年は布を取り払い、隠れていた剣が表に現れる。
それを見た老人は目を疑った。
「なんだ・・あの剣は・・・ッ!」
剣には鞘がなかった。
刀剣がむき出しの剣。
一見何処にでもある普通の剣に見えるが、老人にはそれが何か得体の知れない別の武器に見えた。
神秘とか禍々しいとかそういった類の物ではない。
それは人間が手にしてはいけない何かだと悟った。
その気配はフェンリルも感じたのか、銀色の毛皮は逆立ち捕食者の眼は敵意へと変化している。
幻の魔物は本気を見せた。
人間など一飲みしてしまうであろう口を大きく開けて少年を噛み殺そうと襲い掛かったのだ。
「坊主ぅッ!!?」
老人は咄嗟に目を瞑り少年が噛みつかれる瞬間を見る事が出来なかった。
そして恐る恐ると目を開けると――――
「・・・・・・へ?」
フェンリルは真っ二つに斬られ倒れており、少年はすでに剣を布で巻いている最中だった。
「あ、もう大丈夫ですよ。 さぁ、王都へ入りましょう!」