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第6話 薄幸令嬢の起こした奇跡①

 ゆっくりと、髪を撫でられているような感覚がして目を覚ます。


「すまない、起こしてしまったか……」


 リフィアの微睡む眼差しが、申し訳なさそうに放たれた声の主を捉える。その瞬間、一気に覚醒した。


「はっ! 私、眠ってしまっていたようで、申し訳ありません!」


 外からは鳥のさえずりが聞こえ、窓からは明るい光が差している。どうやら朝を迎えているようだ。


「ずっと傍に付いていてくれたんだな」

「はい! あの公爵様、おかげんはいかがですか?」

「熱は引いたようだ。それにいつもより身体が軽く感じる。君が看病してくれたおかげだ。ありがとう」

「よかったです!」

「食事も取らずに、看病してくれていたのか?」


 オルフェンがテーブルに並べられた手付かずの食事を見て、申し訳なさそうに尋ねた。


「公爵様がお目覚めになったら、一緒に頂こうと思っていて、私も寝てしまったようです」

「お腹空いたであろう? すぐに新しい食事を用意させよう」

「いえ、私はこちらで大丈夫です!」

「冷めて美味しくないであろう。そちらは処分して新しいものを……」

「いえいえ、こうすれば大丈夫です!」


(捨てるなんて勿体ないわ!)


 リフィアは用意された食事に向かって祈りを捧げた。


「貴重なお恵みを、ありがとうございます」


 冷めて固くなった料理は、まるで出来立てのように温かな湯気を放ち始めた。

 その光景を見て、驚いた様子でオルフェンは目を見張る。


「魔法で温めたのか?」

「いいえ、私には生まれつき魔力はありません。でも何故か昔から、こうして感謝をすると傷んだ食事もまるで出来立てのように美味しくなるんです」


(良い食材が使ってあるのね、とても美味しそうだわ!)


 目の前の豪華な食事に目を輝かせるリフィアの傍らで、オルフェンは左手を強く握りしめながら憤りを露にした。


「君はずっとそうして、生きてきたのか? 伯爵家に生まれながら、まともな食事すら出してもらえなかったのか……!?」

「魔力を持たない私は貴族としての務めも果たせませんし、食事を与えてもらっていただけでも感謝しないといけません。家族のために、何も返すことが出来なかったのですから……」


 ヴィスタリア王国の生活が貴族の持つ魔力で支えられているのは、本で読んで学んだ。


 かつて氷の大地と呼ばれていたこの地は、遠い昔に大聖女が枯れてしまった世界樹に祈りを捧げて緑豊かな大地へと復活させた。


 人々は二度と枯らさないよう世界樹を大切に守ってきたものの、世界樹にも寿命がある。それを何とか魔力で延命させているのが、今のヴィスタリア王国の現状だった。


 だからこの国では、魔力が高いほど高い地位や名誉を授かる事が出来る。

 魔力を持たない自分が、貴族としての役目を果たせない自分が、わがままを言う資格はないと、リフィアは理解していた。


「君が嫁いでくるにあたり、母上は多額の支度金を伯爵家に払っている。今までの恩はそれで十分返せたはずだ。君を虐げてきた者達に、それ以上の感謝は必要ないと僕は思う」


 リフィアにもそれは薄々分かっていた。それでも実際に言葉にして言われると、やはり心は痛んだ。家を出る時、誰にも見送りをしてもらえなかった。それは家族にとって、家の中の不用品を捨てるのと、同じ感覚だったのかもしれないと。


「たとえ体よく追い払われた身だとしても、ずっと憧れていた公爵様にお会いできて嬉しかったです。あの時は、本当にありがとうございました」

「リフィア、君さえよければ……妻として、これからも僕の傍に居てくれないか?」

「魔力を持たない私が傍に居たら、公爵様を不快にさせたりしませんか?」


 リフィアは不安そうに青い瞳を揺らす。そんなリフィアを愛おしそうに、オルフェンは仮面の奥から見つめていた。


「この髪を見たら分かるとは思うのだけど、僕は生まれつき多大な魔力を持っている。だから心配しなくていい。足りないものは、補い合えば良いと思うんだ」

「補い合えるほど、私は公爵様のお役に立てるのでしょうか……」


 ここでの生活は至れり尽くせりで、一方的に与えてもらってばかりだった。その恩に報いる程、今の自分に何が出来るのかリフィアは考えても答えが出なかった。


「好きなことをして、笑って僕の傍に居てくれると嬉しい。君の存在が、僕の心を温めてくれるから。少しだけ、昔話をしてもいいかい?」

「はい、かまいません」

「妻として、ここに女性が送られたのは君で三人目なんだ。一人目は、僕を見て恐怖に震えて泣いていた。二人目は、すごい剣幕で『化物、気持ち悪い、こっちに来るな』と怒っていた。手切れ金を渡すと、彼女達はすぐに出ていったよ。だからまさかこんな僕に、寄り添って看病をしてくれる女性が居るなんて思いもしなかった。君に不快な思いをして欲しくなくて、僕は君の手を振り払ってしまったんだ。あの時は本当にすまなかった」

「いえ、滅相もございません! あれは公爵様の優しさだったと、きちんと分かっておりますから」

「リフィア、君が僕の手を臆せず握ってくれて、あの時本当はとても嬉しかった。こんな身だから僕はいつまで生きられるかも分からない。君の幸せを願うなら、本当は縛り付けるべきじゃないのも分かってる……けれど残りの人生を、出来ることなら僕は君と共に歩んで生きたい。その……君の事が、好きになってしまったようなんだ」


 仮面の奥から真っ直ぐに注がれる熱の籠ったオルフェンの眼差しに、リフィアの胸が大きく高鳴る。

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