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呪われた仮面公爵に嫁いだ薄幸令嬢の掴んだ幸せ【書籍1巻&コミックス2巻発売中!】  作者: 花宵


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【コミックス2巻発売記念SS】あの日の裏側 Side.オルフェン

※注意

こちらのSSはコミックス2巻の発売記念として、書籍版をベースに書いています。


時間軸は、2巻に収録されている7話の裏側。

初夜前の出来事を、オルフェン視点で書いたものです。


WEBとは展開が異なる点がありますので、ご了承いただける方のみ、お進みください。


『オルフェン様、どうか助けてください! 殿下が……!』


 新しい寝室が完成し、隣の自室へ荷物を運び終え、ようやく落ち着けるようになった頃――通信魔導具を通じて、かつての部下から救援要請が届いた。


(珍しいな、ラウルスがここまで慌てているなんて……)


 しかし殿下という声が聞こえた瞬間、あまり良い知らせでないことは察した。そして話を聞くと、予想以上に地獄だった。


 やれやれと、オルフェンは頭を抱える。

 まさか戦闘訓練に使う魔獣の召喚数を一桁間違えたなんて、ありえない。おかげで訓練場が今、地獄絵図と化しているようだ。


『あの馬鹿王太子め……どうせ訓練が甘いとか何とか言って、笑いながら数を勝手に増やしたのだろう?』

『は、はい。おっしゃる通りです……』


 アスターの気まぐれに振り回されるのは今に始まったことではないが、あろうことかリフィアとのダンス練習の約束がある日に――。

 しかし、事態は一刻を争う。


『分かった、準備をしたらすぐに向かおう』


 オルフェンは急ぎ、漆黒の軍服に着替える。

 一目で『黒の大賢者』と分かるようにと、陛下が特別に作らせたこの軍服を着ると、身が引き締まると同時に、かつてアスターに振り回され、お守り地獄の日々が脳裏に蘇り、背筋が寒くなった。


(おのれ、アスターめ。リフィアとの至福の時間を邪魔しやがって!)


 事情を説明すると、リフィアはいつものように笑顔で見送ってくれた。

 絶対に夕方までに片付けて帰る。そう固く心に誓って、オルフェンは転移魔法を発動させた。



 ◇



 転移した先では、まさに阿鼻叫喚の光景が広がっていた。

 王宮の訓練場を覆う巨大な結界の中、視界を埋め尽くさんばかりの魔獣がひしめき合い、なおもその数を増やし続けている。


「……分裂種もいるな。しかも、よりによって増殖速度の速いタイプか」


 一目見ただけで、オルフェンは事態の深刻さを悟った。

 この魔獣は、一匹でも残せばそこから瞬く間に増殖する。終わらせるには、この訓練場にいる数百の魔獣を、同時に殲滅するしかない。

 少しでもタイミングがずれれば、また一からやり直しになる。耐久戦を見越した新人の訓練にしても、度が過ぎていた。


 悪夢の元凶を作った張本人を視界に捉えたオルフェンは、すかさず彼に向かって手をかざす。


「おっと、『プリズンガード』はやめてね。こう見えても私は今、あの結界を維持するのに大変なんだ」


 言われなくても見ればわかる。しかし自業自得だろと心の中で悪態をつきながら、オルフェンはにっこりと口角を上げた。


「安心しろ、閉じ込めても結界の維持は可能だ。プリズンガード!」

「ルーの馬鹿!」

「それは敵から守るための檻だ。たとえ魔獣が外に出てきても、君だけは無事だ。よかったな? 結界張りながら、しばらくそこで反省してろ!」

「私は星の導きに従ったまでだというのに!」


 きゃんきゃんと喚くアスターを放置して、オルフェンは魔獣の巣窟と化した結界に向かう。


 結界の外には、魔力を使い果たした新人たちが倒れている。中ではラウルスや他の団員たちがなんとかそれ以上増えないように抑えてはいるが、あまりにも数が多すぎる。


「オルフェン様! 来てくださり、ありがとうございます!」


 こちらに気付いて声をかけてきたラウルスの額には、汗が滲んでいる。

 他の団員たちの顔にも疲労の影が色濃く落ち、肩で呼吸しながら必死に耐えていた。誰もがもう、限界に近い様子だった。


「ラウルス、中の者を全員外へ避難させろ。あとは僕がやる」

「し、しかし! この数はあまりにも……それに、同時に焼き払わなければ終わらないのです!」

「分かっている。だから僕がやるんだよ」


 ラウルスたちを退がらせ、オルフェンは一人、魔獣がひしめく結界の中へと足を踏み入れた。

 波のように押し寄せる魔獣の群れ。

 不快な魔獣の咆哮に、オルフェンは舌打ちを一つ落とす。


「……悪いが、今日の僕は機嫌が悪いんだ」


 極大魔法を使えば、アスターの結界も壊れ、王城ごと更地になってしまう。

 だから手加減をしつつ、一瞬で魔獣を殲滅しなければならない。

 オルフェンは無限に増え続ける魔獣を風魔法で抑え込み、逃げ場なく追い詰めていく。


 一ヶ所に集めれば、焼き払うのは一瞬でいい。

 しかしアスターの結界を壊さずに、魔獣だけを倒せる魔力を調整するのが難しい。


 一時間、二時間と、無情にも時だけが過ぎていく。

 慎重に出力を上げながら、魔法を放ち殲滅するオルフェンの額にはうっすらと汗が滲む。


(くそっ、リフィアが待っている。こんなところで時間を食っている暇はない……!)


 それに……オルフェンはチラリと檻の中のアスターを一瞥した。

 檻の中のアスターは、こちらを見つめて歯を食い縛り、なんとか維持し続けている。


(結界を張り続けるのも、そろそろ限界だろう)


 焦りと苛立ちを抱えながら、それでもオルフェンは戦い続けた。

 やがて日が落ち、空に月が浮かぶ頃――ようやく、その時は訪れた。


「――よし、今だ」


 全ての魔獣を風魔法で結界の中央に圧縮し、魔獣だけを綺麗に結界内で焼き払う。

 一瞬でもタイミングを誤れば、結界ごと崩壊しかねない――何度も試行錯誤を重ね、ようやく掴んだ位置と間で、魔獣の動きを完全に封じた。

 オルフェンは掲げた右手から、調整され尽くした灼熱の炎を解き放つ。

 炎は結界の内側だけを正確になぞり、業火に包まれた魔獣は、一匹残らず消滅した。


 静寂の中、オルフェンは大きく息を吐き、乱れた呼吸を整える。


「す、すごい……あんな芸当、人間に可能なのか……」

「やっぱり、オルフェン様は規格外だ……」


 結界の外で見ていた魔術師たちの驚愕の呟きを聞きながら、オルフェンは檻の中のアスターへと視線を向けた。


「始末書の準備はできてるか?」

「……私の辞書には載ってないようだ。それより、ルー。やはりお前は強いな!」


 檻の中で、アスターはいつものふざけた態度はそのままに、どこか真剣な眼差しでオルフェンを見つめていた。

 その瞳の奥に、何か得体の知れない感情――安堵と、諦めにも似た色が混じっているように見えたのは、気のせいだろうか。


「(これで……未来は変わるか?)」


 ボソリと呟かれた言葉は風にかき消され、オルフェンの耳には届かなかった。


「何か言ったか?」

「いや! さすが我が親友! 新人魔術師たちも良い経験になったはずだ!」

「良い経験? トラウマの間違いだろ」

「ははっ! ならこれ以上の修羅場が来ても、もう怖くないな」


 軽口を叩き合う日常に戻り、オルフェンはすぐに帰宅の準備を始める。

 しかし後始末と報告に想定以上の時間を取られ、気がつけば日付が変わっていた。

 今はただ、愛する妻の元へ帰ることだけを考え、オルフェンは転移魔法を発動させた。





 オルフェンは自室に戻ると、魔獣の討伐で汚れた身を清めて汗を流した。


(約束を破ってしまった。リフィアはもう、寝ているだろうな……)


 なるべく音を立てないように、オルフェンはドアノブを回し、静かに寝室へと続く扉を開けた。

 すると部屋を照らす柔らかな照明の中、ソファに体を預けて眠っているリフィアの姿が目に飛び込んできた。

 その膝の上には、読みかけの本が置かれている。


「……僕の帰りを、待っててくれたんだね」


 オルフェンは可愛い妻に歩み寄ると、その寝顔を覗き込む。

 だが、安らかな寝顔だと思ったその眉間には、深い皺が寄せられていた。

 苦しげな吐息と共に、リフィアの目尻から一筋の涙がこぼれ落ちる。


(悪夢でも、見ているのか……?)


 オルフェンは胸を締め付けられながら、その涙を指先でそっと拭った。

 帰りが遅くなったせいで、不安な夢を見せているのかもしれない。

 

 オルフェンはリフィアを優しく抱き上げると、ベッドへと運んだ。

 サイドテーブルの明かりを消して、そっと隣に潜り込む。

 しかし、初めて床を共にするのだ。疲れているはずなのに、緊張して眠れない。

 うるさく鳴り続ける鼓動で、リフィアを起こしてしまうんじゃないかとひやひやした。

 その時、リフィアの震える手が、すがり付くように伸びてきた。まるで消えそうな命を繋ぎ止めるかのように、必死に力を込めて抱きついてくる。


「……貴方がどのような姿をされていても、お慕いしております。オルフェン様……」


 ――ッ。

 その言葉を聞いた瞬間、オルフェンの時間は止まった。


 そこでようやく悟ったのだ。先ほどの涙は、自分のために流されたものだったのだと。

 呪いが完全に解けないことを、リフィアはずっと気にしていた。夢の中でまで、こんなにも苦しめてしまっていたなんて……。


(……リフィア、君は……)


 どんなに醜い姿でも、愛していると、そう言って泣いてくれているのだ。

 約束を破って遅く帰ってきた自分を、責めるどころか、こんなにも深く愛してくれているなんて。


(――僕はなんて愚かだったのだろう)


 嫌われるのが怖い、幻滅されるのが怖いと、オルフェンは自分の全てをさらけ出す勇気を持てずに怯えていた。

 リフィアはもうとっくに、すべてを受け入れる覚悟を決めてくれていたのに――。


「どうして君は……っ!」


 この上ない嬉しさと、胸を締め付ける苦しさ。

 そして自身の不甲斐なさがひしめき合って、心が激しく震える。

 オルフェンは衝動のままに、リフィアを強く抱きしめ返した。

 その愛おしくてたまらない存在を、自身の胸に深く刻み付けるように。


「寂しい思いをさせて、ごめんね。リフィア」


 喉の奥が熱くなり、涙を堪えた声が震えた。

 服越しでもいい。仮面越しでもいい。今はただ、この愛おしいぬくもりに応えたい。

 その震えを、止めてあげたかった。


(もう、迷いはない)


 リフィアが目を覚ましたら、伝えよう。

 この仮面を外し、ありのままの姿で。

 今まで隠してきた醜い姿と、心から愛しているという気持ちを――。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

このSSは、2巻に収録されているエピソードの裏側を、オルフェン視点から補足したものです。

書籍改稿の際、構成の都合で削ったシーンでもありまして、今回こうして昇華できて嬉しいです。


本日、コミックス2巻が発売されました。

リフィア視点で描かれる本編とあわせて、楽しんでいただけたら幸いです。


巻末には、うさ沢妹子先生による描き下ろし漫画も収録されています!

ぜひコミックス2巻も、お手に取っていただけたら嬉しいです。

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