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第1話 魔力を持たない薄幸令嬢①

「これはどういう事だ? 何故私の色を受け継いでいない! まさかお前……」


 生まれたての赤子を見て、エヴァン伯爵は妻の伯爵夫人に詰めよった。


「違います! この子は紛れもなく貴方の子供です! 瞳の色をご覧ください、貴方と同じアイスブルーの瞳です」

「そんなものを引き継いでも、意味がないだろう! こんな色なしの出来損ないなど、無能の役立たずにすぎないではないか!」


 魔力が強いほど濃い色の髪を持って生まれてくるヴィスタリア王国で、エヴァン伯爵家のリフィアは真っ白な髪を持って生まれてきた。


 色素の薄い白っぽい髪は平民の色という認識が強く、魔力を持つ者はほぼいない。居たとしても、貴族とは比べ物にならない程の微量の魔力しか持たないのが普通だった。


 それでも一縷の望みをかけて、八歳の頃に神殿で行われた魔力検査。測定して分かったのは、リフィアには全く魔力がないという事実だけだった。


「エヴァン伯爵家の面汚し」

「無能の役立たず」


 息を吸うように自然に吐かれてきた、毒を含んだ暴言の数々。それらが真実だと証明された瞬間、元から冷たかった両親はさらに冷たくなった。


「今日からお前には、西の離れで生活してもらう」


 リフィアは今は亡き曾祖父が物置として利用していた古い別邸に隔離され、最低限の食事と衣類を与えられて放置された。世話をするメイドは居らず、別邸の外に見張りの騎士が一人立っているだけだった。


 室内は骨董品にあふれホコリだらけで、歩く度にギシギシと床が鳴る。普通の貴族令嬢なら心細くて泣き出すだろう。しかしリフィアは肩の荷がおりたように、晴れ晴れとした顔をしていた。


(嫌な顔されてお世話されるより、気楽で全然いいわ!)


 掃除、洗濯、身支度と自分でやるのは、小さな体には中々大変だった。しかし時間だけはたっぷりある。やっているうちに少しずつ慣れていった。


 物置として使われていた別邸だが、一通り生活に必要な道具は古いながらも揃っていた。


 掃除をしている時に裁縫道具を発見したリフィアは、サイズが小さくなって着られなくなった衣服を再利用するようになった。

 破けた部分の補修に使ったり、掃除用の雑巾にしたりと、あるものを最大限に活用する。


(必要なものを持ち運べる入れ物が欲しいわね……)


 小さな体で、それなりの広さのある別邸を何往復もするのは大変だった。

 余った端切れをつなぎ合わせて小物入れを作ったりと、ないものは自分で作りながらたくましく生きていた。


 幸いだったのは、暇潰しには事欠かなかった事だろう。別邸には本邸の書斎に入りきれなくなった古い本や、曾祖父の私物と思われる本が置かれていた。


 隔離される前にマナーや読み書きをマスターしていたリフィアは読むのに苦労せず、逆に読書を楽しんでそこから新しい知識を得ていた。


 誰もいないこの別邸にやってくるのは、一日二回食事を運んでくれるメイドと、たまにボロ着を持ってきてくれる執事だけだった。


 しかし別邸に隔離されて五年後。二歳年下の妹セピアが来るようになって、リフィアのお気楽生活は幕を閉じた。


 よく手入れされた赤い髪は綺麗に結い上げられ、可愛いフリルドレスに身を包んだセピアは、本に出てくるお姫様のようだ。しかし性格は本の中のお姫様とは似ても似つかない。


「お姉様、食事を持ってきてあげたわよ」


 トレイに乗っていたのは、時間が経って石のように硬くなったパンに、しなびた野菜のサラダ、パサパサした魚のムニエルに、生臭い真っ赤なスープ。


 セピアが同伴してくる時は、こうして食事に嫌がらせをされるのが日常茶飯事になった。


 父親譲りの真っ赤な髪をしたセピアは優れた炎魔法の才能があるようで、両親に可愛がられている。


 嫌がらせをされるようになって一週間が経った頃、「よかったら、もう少し食べやすいものに……」とお願いした事がある。するとセピアは母を呼んできた後、泣きついてこう訴えた。


「食事を運んであげたら、お姉様に文句を言われて睨まれた」と。


 母は激怒して、リフィアの意見を聞くことなく頬をぶった。しかしそれだけでは収まらなかったようで、壁に打ち付けられ倒れたリフィアの体を今度は足蹴りし始める。


「食事をもらえるだけありがたく思いなさい! このエヴァン伯爵家の面汚しが! お前を産んだせいで、私がどれだけ責められたことか!」

「お母様、無能の役立たずでも勝手に殺してはお父様に怒られますわ。私はもう大丈夫ですので、どうかお気を静めになってください」

「ええ、そうね。セピア、私の可愛い子。貴方が生まれてくれて、本当によかったわ」


 母はセピアを愛おしそうに抱き締める。母の愛情を一身に受けながら、セピアはこちらを見てほくそ笑んでいた。


 痛むお腹を押さえながら、リフィアはその場から動けなかった。目の前の光景を見て顔をゆがめると、その頬にしずくを伝わせる。


 魔力検査をする前までは、少なからず母の愛情を少しは受けていた記憶もある。


 たとえそれが機嫌の良い母の単なる気まぐれだったとしても、初めてもらって食べたクッキーは甘くてとても美味しかった。


 そんな記憶に残るたまに優しかった母をここまで変えてしまったのは、魔力を全く持っていない自分のせいだとリフィアは感じていた。


(私は、生まれない方が良かったのね……この世に生を受けて、ごめんなさい。無能の役立たずでも、ここまで育ててくれて、ありがとうございました)


 食事をもらえなければ、ここまで生きる事も出来なかっただろう。たとえ愛されていなくても、必要とされていなくても、養ってもらった事実は変わらない。


 遠退いていく意識に少なからず死を感じながら、これで楽になれるとリフィアはそのまま眠りについた。

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