超二章 「豆崎羽乃と海部春賀」 その三
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その日の夜、豆崎は一人、ベッドの中で考えていた。
月明かりに照らされた部屋で、ふと時計を見てみると午前二時。ベッドについてから三時間が経つ。
その間、彼女はずっと同じことを考えていた。
『あるか? お前しかできない、かけがえのない仕事』
あの少年の言葉が、頭の中で何度もリフレインする。それほど、彼女にとっては衝撃的な言葉だった。
豆崎は、一つ、悩んでいることがあった。
本当は、将来、どうしたらいいのか分からないのだ。
興味のあることなんて無数。だけど夢はない。一体何に、手をつけ、一生を捧げなければいけないのか、全く分からない。
それで、なんでもできるようになろうと思った。勉強もして、スポーツもして、いろいろなことを経験しようと頑張った。将来、何になろうと思ってもそれが実現できるように。
だから自信を持って言える。自分は将来有望な人間だ。企業、政治、芸能、どの分野にも望まれる、理想の人間だ。
ただ、望まれるだけであって、彼女は何も望んでいない。自分には希望がない。それを誰かに知られたくはない。
そして、それを覆い隠すために、無理矢理な希望を作った。
「社会の役に立てる職業に就きたい」
詳しくは決めていない。曖昧な結論だ。だが、それを他人は褒めてくれた。偉い、しっかりしてる、将来有望だと。
ならばこれでいいと決めて、今日まで生きてきたのだ。
だが、そこで彼の言葉が、自分の一番大事で一番繊細な場所に突き刺さった。
「そんなの、ないよ……っ!」
気づけば、涙が頬を伝っていた。それを拭うべきか否かも分からず、豆崎は嗚咽を漏らした。
「あたしは……、あたしは、あ……うっ」
自分の存在が、一体何のためにあるか分からないのが、すごく怖かった。