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超一章 「超越主義妖怪豆女。その名も、豆崎羽乃!」 その二

            2



「だ、か、ら! パイロテクニクスなんですって! ウィルオーウィスプなんですって!」


「あ、翻訳。So pyrotechnics and will o the wisp的な?」


「海部、英語教師を馬鹿にしてないか? アングリィ。というかなんでお前はアフロなんだ。それに焦げ臭い」


「馬鹿にしてません! いたって超真面目です、先生!」


 豆崎は勢い良く机を叩き、立ち上がる。狭い室内に、透き通った彼女の声は良く響く。英語教師はそれをまあまあと宥めて彼女を座らせる。


「豆崎は生徒指導室、初めてだから落ち着かないのかな? 先生もその気持ちよく分かるぞー。ミィトゥ」


 冷や汗を浮かべながら作り笑いを浮かべる教師に、豆崎は不快そうな顔を崩さない。そのつぶらな瞳で、相手を必死に睨んでいる。迫力はまるで皆無だが。


 このままでは空気が止まってしまうので、海部は口を開いた。


「まあ、今回は豆子に免じて、許してあげましょうよ。せーんせ」


「豆崎の何に免じろというんだ。ホワット」


「可愛さ?」


「……。やめろ。なんと反応すればよいか迷う。ディフカルトゥ」


「いやん。えっちぃ」


「……。だから」


「いやん。えっちぃー」


「豆崎まで乗っかるのはやめなさい! ドオント!」


 体をくねくねさせ始める目の前の二人に、教師はごほん、と咳払いをする。


「そ、それで、今回のこれは、本当に豆崎が自発的にやったものなのかね? レアリィ?」


 教師の質問に、豆崎は間髪いれず「はい」と答える。


「その、強要された、とかではないのかね?」


「先生。それ、あたしが春賀にやらさせられたって言いたいんですか?」


「っ……。そ、そうじゃない」


 嘘つけ。明らかにさっきの「図星です」の表現だったじゃねーか。と目で訴える海部の視線を横目に、教師はまた咳払いをして、


「怪我人も出ていないことだし、それでも学園の全体的な授業妨害になったわけだが、今後こういった騒動を起こさないというのなら、学長は「今回は許す」と仰られている。いいな!?」


 まあ、ここに約一名、金色の短髪が真っ黒アフロに変わってしまった少年がいるのだが。


「ふーい」


「ふーい」


「くっ……。ま、まあ、いいだろう。……そうだ、豆崎」


「なんですか」


 返事の後すぐさま立ち上がり、さっさとこの場を去ろうと扉に手を掛けた豆崎は、教師の顔も見ずに返事をする。


「その、なんだ。私なんかには君のようなすごい人の気持ちなんて分からないが、な。でも、たくさんの期待によるプレッシャーで、全てを投げ出したくなることもあると思うんだ。そしてハメを外してみたくなったりするかもしれない。だがな、その、そういう時は私に相談してみてくれないか?」


 先に指導室から出ていた海部は、その言葉を聞いてうえっ、ととてつもなく嫌そうな顔をしている。扉の先でそれを見据えながら、豆崎は何も言わずに部屋を出た。


「お、おい、まめさ――」


 教師が声を掛けようとするが、豆崎は扉を勢いよく閉めることでそれを拒絶する。


 ひゅー、という海部の口笛をスルーして、豆崎はわざと足音を立てて廊下を歩き始めた。


「なんだ、怒ってんのか?」


「怒ってない……っ!」


 隣を歩く海部が豆崎の顔を覗き込む。そこには「怒っています。もうぷんすかぷんぷんです!」と言った具合に口をへの字に曲げた、辞書で「怒る」を引いたときに図解でついてきそうな顔があった。


 心なしか、赤いオーラが見えなくもない。


(あれえ!? めちゃくちゃ怒ってますよ!)


 海部はそうツッコみたかったが、触らぬ神には祟りなし、八つ当たりされたくないので、無言で彼女についていくことにした。







 しばらく歩いていて、急に豆崎の足が止まった。


 二歩手前で停止した海部が「どうした?」と聞く暇もなく、彼女は海部の目を見つめながら言った。


「春賀、あたし、おかしい?」


「は……。なんだよ、いきなり」


「あのことに気づいた時から、あたしは変わろうとした。あたし自身はそれが悪いことだと思ってない。でも、周りから見たら、あたし、酷く変なのかな」


 普段の彼女のキャラにしては珍しいネガティブさに、海部はちょっと考える。


「うん。おかしいな」


「え」


「変だな。酷く」


「ええ」


「普通、という概念を軽く超越した存在だな。イコール、普通じゃない」


「……もういい、あんたに聞いたあたしが馬鹿だったわ」


「ちっちゃいくせに生意気すぎる」


「もういいって言ってんでしょ! あと、あたしの身長に口出しするたあいい度胸ね……!」


「ここではあえて数字は言わないでおくが、百七十センチの俺より二十センチ小さい」


「割れてるじゃない! 小学二年生でも分かっちゃう計算じゃない、それ!」


 とにかく無表情で自分の欠点をずらずら並べていく海部に、豆崎はがっくりとうなだれる。読者に身長を知られてしまったことがショックらしい。ミステリーな女でいたかったのだろうか。


 だが、姿勢は俯いてはいるものの、今の彼女にさっきまでの暗い雰囲気は漂っていない。


「全く……。もう。あーあ、あんたと話してたら、超真面目に考えてたこっちがアホみたいに思えてきたわ」


「今さら自覚かよ」


「……!? い、言うわね……」


 とにかく! と顔を上げた豆崎は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、海部を見た。




「『超花火の狼煙』作戦は成功したわ! 来たる『全校超礼』に向けて、準備を進めるわよ!」




 放課後の廊下に、それは響き渡った。


 その声の迫力に気圧されそうになりつつも、海部も豆崎と同じような笑顔で彼女を見据える。


「はっ。それこそ今さらだぜ。端からその覚悟でお前についてきてんだっつの」


 その言葉に、豆崎は心底嬉しそうに「そう!」と答えると、自分の教室を目指して歩き出した。


 その背中を眺めながら、海部も彼女の後ろをついていく。




 そう。俺らの「超」は、これから始まる。



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