第95話 紹介
風呂に入れ終わり食事のミルクをあげると、スノーはすぐに眠ってしまった。
「見てるだけで癒されますね……」
「洗ったら毛もフワフワになったしなぁ。顔をうずめたいけど、寝てるから我慢しなきゃ」
二人はスノーの寝ているところをずっと見ている。
寝ている姿を見ていたい気持ちになるのは分かるが、そろそろ『旅猫屋』に行かなければ閉まってしまうな。
「二人共、そろそろ錬金術師のところに行こう。ぐっすりと寝てるから大丈夫だろ」
「本当に大丈夫ですかね……? 突然目覚めて、鳴いたりしませんか?」
「別に一日空けるわけじゃないから大丈夫だ」
「それもそうだな! 俺らが冒険者な限り、付きっ切りって訳にはいかないし……。過保護になりすぎてもよくない!」
「……そうですね。分かりました。行きましょう」
少し心配そうなヘスターも連れ出し、俺達はスノーを寝かせたまま『旅猫屋』へと向かった。
今日は二人の紹介と、ジンピーのポーションを受け取る予定。
居住区左を離れ、俺達は商業通りへとやってきた。
もう日は落ちかけているため、早足で『旅猫屋』へと向かう。
「錬金術師のお店ってここですか? お洒落なお店ですね」
「人はいなそうだけど、これやってるのか?」
「看板に『OPEN』って書かれているし、やってるだろ」
確かに店内には人はいなそうだが、俺は『旅猫屋』の扉を押し開けた。
いつもの心地の良いベルが店内に響き、その音に反応したシャンテルが勢い良く出迎えに来た。
「いらっしゃいませ! あー、クリスさん――と、お仲間の方ですか!?」
「そうだ、紹介する。こっちがラルフで、こっちがヘスター。で、この店員が……」
「『旅猫屋』の店主のシャンテルです!! ラルフさん、ヘスターさん。よろしくお願いします!」
「ああ、よろしくな!」
「クリスさんから色々とお話は伺ってます。ヘスターです。よろしくお願いします」
三人は各々頭を下げながら挨拶をした。
よし。これで顔合わせはできたな。
「えっ! クリスさんって、私のこと話しているんですか? ――なんて言ってるんですか??」
「え、えーと……。め、めんど――じゃない。知識の豊富な方だと言ってました」
「知識の豊富な人! クリスさん、私のことそんな風に思ってくれていたんですね! ――それから、それから?」
ヘスターが変なお世辞を言ったせいで、酷くだる絡みされ始めている。
別にシャンテルについては特段話していないし……ここはヘスターを助けてやるか。
「面倒くさい奴だって話してたんだよ。初めて訪れた日に俺を痴漢だと勘違いした――」
「わわわっ!? その話はい、い、いいじゃないですか!! あの時のことは謝りますのでもう忘れてください!」
シャンテルは体を飛び跳ねさせると、俺の口を物理的に塞ぎにきた。
その動きを少し強めにチョップして止め、シャンテルに付き合っていると時間がかかりすぎるため本題へと入る。
「それで、ポーションの件はどうなんだ? まだできていないか?」
「……ふっふっふ。どうでしょうか? クリスさんはどっちだと思います?」
絶妙にムカつくドヤ顔で、そう聞き返してきたシャンテル。
この様子から、どうやらポーション生成には成功したようだな。
「知らん。早く結果を教えろ」
「ノリが悪いですねぇ……。ちょっと待っててくださいね。――じゃーん!! 見てください。しっかり完成してます!」
俺はシャンテルから一本のポーションを受け取り、そのポーションをじっくりと眺める。
黒に近い深緑色のなんとも怪しいポーションだ。
…………これ、飲めるのか?
「確かにポーションになっているな」
「極限まで抽出率にこだわりましたから、かなりの猛毒ポーションになっていると思います! 取り扱いにはくれぐれも……? あの、今疑問に思ったのですが、この猛毒ポーションって何に使うんですか?」
「俺が飲むんだよ」
「……へ? ぜ、ぜ、ぜ、絶対に駄目ですよ!! じ、自殺なんて――まだ早いです!! まだまだ楽しいことはいっぱいありますから!」
「自殺じゃねぇよ。俺のスキルは【毒無効】。毒が効かないスキルを持ってる」
「ど、どくむこう……? ……はぁー、なんだ。そういうことだったんですね! 心配させないでくださいよ!」
「とりあえずポーションは助かった。二人もたまに来るだろうから、仲良くしてやってくれ」
「あー、やだ! ちょっと待って! なんで猛毒のポーションを飲むんですかー!!」
一人で大慌てしたシャンテルにそう告げてから、時間も時間なため『旅猫屋』をすぐに後にした。
シャンテルはまだまだ話し足らなそうだったが、付き合っているとどれだけ時間があっても足りないからな。
「なんか色々と凄い人だったな」
「言った通りだろ? 面倒くさい奴だって」
「確かにあれは少し……面倒くさいですね」
ヘスターは笑いながらも、俺の言葉に同意した。
「まぁでも、錬金術師の腕と知識はそこそこ持ってるから、二人も仲良くしてほしい。……回復ポーションは実際に使ったか?」
「はい。良かったですね! 痛みもすぐに引きましたし、今後も利用したいです」
「確かにあのポーション凄かったな! ピリッときたけど、すぐに痛みが引いた! クリスに試用で貰った奴はもう使っちゃったから、さっきついでに買っておけば良かった」
「まぁ今度でいいだろ。それより心配だから、早く宿屋に戻るか」
何気なく俺がそう告げると、二人は何やらニヤニヤしながら俺の顔を見てきた。
一瞬、何のにやけ面か分からなかったが……。
「心配ってそういう意味でのじゃないぞ! うるさくしてたり、暴れてたら宿屋に迷惑がかかるからだ!」
「いいっていいって! そんな恥ずかしがらなくても! クリスもやっぱり心配してたんだな!」
「冷たくしてましたけど、やっぱり気にかけてたんですね!」
「違うっての。……まぁいいや。帰るぞ」
変な誤解をされ、茶化されたが――。気にしないことに決めた。
本当にそういう意図ではないんだが、いちいち相手にするのも面倒だ。
『旅猫屋』を出た俺達は、寄り道することなく『木峯楼』へと帰ったのだった。