第85話 VSオークジェネラル
迫ってきていたオークナイトとオークジェネラルは、ラルフの【守護者の咆哮】を受けて、三匹ともラルフに視線が釘付けとなった。
その隙を狙っていた俺は、一気に背後へと回ると、オークナイトの裏に隠れていたオークジェネラルに軽く攻撃を行う。
狙いはこの三匹を分断させることであり、ダメージを与えるのではなく、いかに素早く注意を惹くことができるかが問題。
そんな考えの元で放った突きは、オークジェネラルの腕を捉え――ることはなく、剣が肌に触れる前に俺に気が付いたオークは、手に持った斧で振り払ってきた。
銀色の毛をなびかせるオークジェネラル。
体格は通常種のオークと同じくらいなのだが、ルーンの彫られた一メートル近い斧を片手で振り回すことのできるほどの膂力を持っている。
それに、ラルフの【守護者の咆哮】をあっさりと解除してきたことからも、野生の勘が図抜けていい。
俺が想像していた以上に厄介な魔物かもしれないな。
ただ一撃を当てることはできなかったものの、当初の予定通りにオークジェネラルだけの注意を惹くことには成功。
オークジェネラルと分断したオークナイトは、一匹その場に残るオークジェネラルに気がつくことなく、釣られた餌に食いつくようにラルフの方へと向かっていった。
こうなったことで、俺とオークジェネラルの周りには誰もおらず、完全なる一対一の状況が生まれた。
俺達が意図的に作り上げたこの状況だが……。
オークジェネラルは焦るどころか、醜い顔を更に醜く歪ませながらニヤリと笑っている。
自分の半分ぐらいの体格しかなく、手にしている武器も細身の剣。
どんな間違いがあったとしても、絶対に負けることがないという強い意思をオークジェネラルから感じる。
舐めてくれているなら好都合なのだが、そういう感じでもないんだよな。
積み重ねてきた自信からくる余裕なだけで、先ほどの俺の突きを弾いたことからも油断は一切ない。
ペイシャの森の熊型魔物以来の強敵に、俺も思わず口角が上がってしまう。
息をするのも忘れてしまいそうな緊張感の中、オークジェネラルは一歩一歩踏みしめるように俺との距離を詰めてきた。
腕の長さと武器自体の大きさから、間合いだけは間違えないように注意し、俺はオークジェネラルの出を窺う。
あの斧では、確実に振りかぶるという動作が入るため、動きを注視していれば避けるのは容易い――そう思っていたのだが、まるで片手剣を振るかのように振られた斧は、一瞬にして俺の首を刎ねる軌道を描いて襲ってきた。
なんとかギリギリで身を屈めることで回避、そこからすぐにバックステップで一度距離を取る。
額に温かい感覚があり触れてみると、軽く血が流れていた。
本当に浅くだが、おでこを斬られていたみたいだな。
冷や汗が止まらないが、この命のやり取りが最高に面白い。
……あの速度で斧が振られるのであれば、距離を取って戦うのは得策じゃない。
俺は覚悟を決めると、超至近距離での戦いを行うため、オークジェネラルに一気に近づいていく。
一気に距離を詰めている俺に対し、オークジェネラルは焦る様子もみせず、淡々と水平切りで対応してきた。
これを前に転がるようにして回避し、オークジェネラルが追撃するような形で振り下ろしてきた斧を、地面を思い切り蹴って左に回避。
斧の持たれていない右手側から回り込むように近づき、俺はオークジェネラルの懐に潜り込むことに成功した。
真ん前で見ると圧が半端じゃない。
この細身の剣で攻撃が通るのか心配になるが、俺にはリザーフの実で強化した筋力がある。
手始めに腹部を狙って袈裟斬りを放ったのだが、オークジェネラルはこれをバックステップで回避してきた。
巨体に似合わない俊敏な動きで、更にバックステップ中に斧を槍に見立てて突きを放ってきやがった。
なんとか鋼の剣で軌道をずらし、突きを回避できたが……このオークジェネラル多彩すぎる。
よく見れば、斧の上の部分が槍のようにもなっていて、持たれていた武器は斧ではなくハルバードだったみたいだ。
体格、武器の攻撃範囲、肉体能力。
どれを取ってもオークジェネラルに軍配が上がり、俺の勝ち目がないようにも見えるが――オークジェネラルは動きを止めると、右手で腹部を軽く触った。
その右手にはべったりと赤い血が付着しており、俺の放った袈裟斬りが僅かながらに届いていたことを意味している。
俺の頭の傷と同じように、ダメージはほぼないといっていいだろうが、傷を負ったという事実にオークジェネラルが若干の焦りを見せたのを、俺は見逃さなかった。
オークジェネラルは、ハルバードの柄の部分を地面に突き刺して何らかのスキルを発動させると、体の周りに赤いオーラが浮かびあがった。
動きの速度が更に上がったことから、身体能力を向上させる効果を持つスキルのようで、ハルバードをこれまで以上にぶん回し始めたオークジェネラル。
動きは早いし、威力も格段に上がっている。
ただ――。これまで以上に力に任せただけの攻撃に、俺は一切の脅威を感じない。
例えるなら、修行開始したての頃のラルフを相手にしているかのような、素人のような単調すぎる攻撃だ。
いくら攻撃が速くて強かろうとも、攻撃を読み切れるなら何も怖くない。
攻撃を読むことだけに脳を使い、オークジェネラルの猛攻を躱し続ける。
単調な上に一定の速度、せめて緩急だけでも使ってこられていたらまだ分からなかったが、俺はもうオークジェネラルの攻撃を全て読み切った。
上から振り下ろしの後は……下からのかち上げ。
そして、俺との距離が近いと――必ず突きを放ってくる。
俺はそのタイミングに合わせ前へと更に出て、放たれた突きを躱しつつ、逆にカウンターの突きを打ち込んだ。
放った突きは右肩に突き刺さり、先ほどの袈裟斬りとは違う完璧に捉えた感触。
「ウグぁグぐグ! グルァあアアア!!」
痛み、そして攻撃が当たらないもどかしさ。
そんな感情が爆発させるかのように、オークジェネラルはけたたましく咆哮した。
……だが、咆哮だけで戦況が変わるならば、誰だって苦労しない。
一見、攻撃パターンが変化したようにも見えるが、根本の部分は変わっておらず――水平斬りの後の、右肩に担ぐようにしてからの振り下ろし。
俺はモーションが大きいこの攻撃に合わせ、次は左の脇腹に突きを放つ。
この一撃も手ごたえがあり、刺さった脇腹からドクドクと勢いよく血が流れていくのが分かる。
それでもオークジェネラルは引くことはせず、次はとにかくハルバードを振り回すだけの、がむしゃら攻撃へと移った。
このがむしゃら攻撃だけは本当に適当に振っているだけのようで、決まったパターンが存在しないのだが……。
振り回せる数の限界が、七回と決まってしまっている。
六回目までは躱すことだけに専念し、七回目を振ってきたら――右の太腿に突きを合わせる。
「うガッ! ウガあアア! ウグラあアぁアアアア!!」
オークジェネラルは懲りずに咆哮を放ったが、先ほどの俺に対する咆哮とは違い、まるで自分に発破をかけているかのような咆哮。
赤いオーラも既に消えてしまっていて、三発の突きによる傷からか……俺に対する恐怖心が芽生えているのも分かった。
先ほどまでの見下すような醜悪な笑みはどこにもなく、その表情は正に狩られる者の顔。
気が緩みそうになる展開だが、あくまで能力は全てオークジェネラルが上。
そのことを強く意識してから、俺はこの長い戦いに決着をつけに動く。
ただの振り回しでは、俺に攻撃を与えることができないと察したのか、ハルバードを脇に挟むような形で持つと、じっくりと観察するように動かなくなった。
どうやら槍の部分での攻撃――それも、攻撃を仕掛けてきた俺に対し、カウンターで合わせるという戦法に切り替えたようだ。
……敵だからありがたいのだが、これは考えられる限り最悪手だな。
斧刃の部分がどうしてもスピードを緩めてしまうため、ハルバードは槍単体として使うなら及第点以下の武器。
あくまでもハルバードは斧の部分がメインで、槍の機能も成せるというだけだ。
俺は剣を構え、ゆっくりと距離を詰めていく。
いつ攻撃が飛んできてもいいよう、一分の隙も見せない。
俺が斬りかからなければ、カウンターは成功しないのだ。
オークジェネラルの間合いへと踏み込んで、一歩、二歩、三歩――。
ここで我慢がならなくなったオークジェネラルは、焦ったように突きを放ってくるが、体の位置、刃先の向きが固定されているバレバレの突きなんぞにやられる訳もなく……。
突きをあっさりと躱して懐へと潜り込み、初撃はバックステップで躱された袈裟斬りをお見舞いする。
突きを放ったせいでオークジェネラルは前のめりになってしまっており、回避のバックステップに移行できず、今度は完璧の手ごたえがあった。
斬った瞬間に鮮血が飛び散り、オークが悲痛な叫びに近い雄たけびを上げたが――俺は攻撃の手を緩めない。
更に斬り上げで下から上へと斬り裂き、両手がだらんと下に垂れたのを見てから、心臓目掛けて突きを放った。
心臓部に深々と刺さった鋼の剣。
斬り上げの時点で動けないほどの致命傷を与えていたが、この心臓部への突きがトドメの一撃となり、剣を引き抜くと――。
勢いよく、後ろへとオークジェネラルは倒れたのだった。





