第82話 緊急依頼
昨夜入った緊急依頼と言っていたから、まだ街の近くまでは来ていないはず。
それに地図によれば、オークが下りて来たとされる山とオックスターの間には、インデラ湿原と呼ばれる沼地がある。
大きな湿原ではないようだが、オークは二足歩行の人型の魔物。
抜けるのには、かなり労力と時間がかかるはずだ。
だから俺達はインデラ湿原を抜けた先で待ち構え、一気に殲滅を図るのが得策だと考えている。
「なぁ、啖呵を切ったはいいけど大丈夫なのか?」
「大丈夫かどうかは知らないけど、やるしかないのは分かっている」
「なんじゃその曖昧な回答。群れってことはオークナイトとか、オークソルジャーとかもいるんだろ? こえーなぁ」
「それで済むなら全然マシだけどな。群れを束ねる者がいたら、確かにちょっと怖いけど」
過去の記録によれば、オークエンペラーなる魔物までいるらしい。
オークエンペラーは魔王級の魔物とされているため、ここまでの位のオークはいないだろうが……。
山から下りて来たという行動力から、オークジェネラルぐらいはいてもおかしくない。
もしくは、オークが山を下りなきゃいけないほどの魔物が、山に現れたって可能性だな。
まぁ理由についてはいくら考えていても仕方がないため、頭から消してオークのことだけを考える。
「クリスさん、作戦はどうしますか?」
「今のところは沼地を抜けた先に陣を構え、ヘスターの魔法で一掃してもらう予定でいる。沼地を抜けられたオークは、俺とラルフで対応する予定だ」
「それでは、私は沼地にいるオークだけを攻撃し続ければいいんですね?」
「ああ。抜けられてしまったオークのことは一切考えないでいい。【魔力回復】による魔法の連撃、期待してるぞ」
「は、はい!」
「まぁ俺にクリスまでいるんだから、緊張せずに存分に暴れちゃえ! 今回はヘスターが主人公だからな!」
ラルフがそう言葉をかけ、ヘスターの緊張を和らげようとしている。
俺にはいつもと変わらないように見えたが、長年一緒にいるだけあって、僅かな変化を感じ取ったのだろう。
「と言っても、これはあくまでも予定だからな。オークが下山してきたという情報だけでギルドも緊急依頼を出しているため、数も分からないし、敵の強さも分からない。数が多すぎたり、危険な魔物の存在を確認した時点で引き返す」
「……引き返す? 少しも戦わないのか?」
「戦って無駄死にするよりも、情報をオックスターまで届ける方が重要だからな。俺達が引き返すくらいの戦力ならば、流石に他の街にも要請を出すレベルだろうし、そこからは時間稼ぎに注力すればいい」
「分かりました! クリスさんの指示を仰ぎます!」
それから、俺達はインデラ湿原の前へと辿り着き、いつオークが現れてもいいように準備を整える。
オークの姿はまだ確認できず、やけに静けな沼地の様子が不気味に感じるな。
それから約数時間が経過したとき――。
米粒サイズのオークの姿を俺は視界に捉えた。
「二人とも、来たぞ」
「え? 本当か? ……俺にはまだ見えていないけど」
「数はどれくらいでしょうか?」
「前列しか見えないが、七匹は確実にいる」
キッチリとした隊列ではないが横一列に並んで、ゆっくりとこちらに近づいてきている。
これで後ろに何列を成していたら、逃げの手を選ばなきゃいけないのだが、三列……二十匹前後なら倒し切るつもりだ。
凝視してオークを観察し、俺は正確な数の確認を急ぐ。
「二列か……? いや、その後ろに数匹いるが――この数ならいくぞ」
「俺、まだ見えないんだけど! 目良すぎるだろ! 合計で何匹いるんだ?」
「十八……か、十九匹。通常種のオークが十二匹に、オークソルジャーが四匹。それからオークナイト二匹に……チッ、やっぱオークジェネラルがいるな」
「オークジェネラルですか……? 確か、討伐推奨ランクは単体でゴールド。個体によってはプラチナの魔物ですよね!」
「おいっ、本当にやるのかよ! 単体で討伐推奨がゴールドランクなんだろ?」
引き際の判断がかなり難しい。
俺一人では無理だが、二人の力次第ではいけると思える相手だ。
命を大事にするならば引くべきなんだろうが、シルバーランクの俺達がこのレベルの依頼を受けられることは滅多にない。
……熱を出しそうなぐらい悩んだが、俺はやはりいけると判断した。
「倒すぞ。焦らずに自分の仕事を徹底すれば大丈夫だ。オーク側には遠距離攻撃を行える相手がいない。上手いこと立ち回れば、一方的に攻撃を浴びせることができる」
「クリスがそう判断したなら異論はねぇよ。俺とクリスでヘスターを守るぞ!」
「私に任せてください! この日のために魔法の練習を積んできましたから」
「ふっ、本当に頼もしくなったな。とりあえずオークジェネラルが抜けてきたら、俺が受け持つ。ラルフは他のオークを頼んだぞ」
「了解!」
方針を決めたことで、全員の集中力が一気に高まる。
米粒ほどの姿しか確認できていなかったオークの姿が、徐々に大きくはっきりと見えてき始めた。
なんともいえぬ空気感に息が詰まりそうになるが、それと同時にワクワクしてくる。
パーティでの初めての依頼で、相手はこの圧を放っているオークの群れ。
俺が初めて倒した魔物もオークだったし、オークには変な縁がある気がする。
そんなことを考えていると、沼地を進んで近づいてきたオークも俺達に気が付いたようで、けたたましい雄たけびを上げてから、一気にスピードを上げて距離をつめてきた。
「来るぞ! ヘスター、射程に入った瞬間に、撃ちまくってくれ」
「もう射程です! いきますよ――【ファイアアロー】」
ヘスターの手に持たれた長杖の先端から、放たれた一本の炎の矢によって、オークの群れとの戦いが開戦されたのだった。