後日譚 第74話
スノーを連れてから、俺達は『ペコペコ』に向かった。
既に店前にはボルスさん達の姿があり、俺達が最後のようだ。
「待たせて悪かった。ボルスさん、予約の方は取れたのか?」
「かなり無理を言ったが、もちろん取れたぜ! それに、今日はワイバーン以外にも珍しい肉が入荷してるみたいで、それも出してくれるってよ!」
「ワイバーン以外の珍しい肉? そっちも気になるな」
「まぁ期待しててくれや!」
ボルスさんは何やら自信あり気にそう答えた。
楽しみではあるけど、若干の不安もある。
「あの……僕たちも連れてきてもらっていいんでしょうか? 待っている間に詳しい話を聞いたのですが、ボルスさんとクリスさんの賭けで、クリスさんが奢ることになったんですよね? 僕たちは何もしていないのに、奢られるのは申し訳ないと言いますか……」
「気にしなくて大丈夫だ。それ以上の恩恵があったし、【翡翠の銃弾】にはエデストルの案内もしていなかったからな」
「案内のことは気にしないでください。ボルスさんが事細かに案内してくれましたし、クリスさん達からは初日に奢ってもらいましたので」
「ルディ、クリスが良いって言ってるんだから気にしなくていいニャ!」
遠慮しているルディに対し、胸を張ってそう言い切ったイルダ。
その通りではあるのだが、イルダはもう少し遠慮を覚えるべきだな。
「そうそう! 全部俺達が払うんだから、何も気にせずに楽しめばいいんだよ!」
「ラルフさんもありがとうございます。そういうことでしたら……何も気にせずに楽しませて頂きます!」
「ああ。遠慮されても奢り甲斐がないしな」
入口前でそんな会話をしつつ、俺達は『ペコペコ』の中へと入っていった。
まだ開店前のようで、お客さんは一人もいない。
「また営業時間前に開けてもらって悪いな!」
「いつものことだから慣れている。それにしても……今日は随分と大人数だな」
「全員大集合だからな! その分、しっかりとお金は落とすからよ!」
「まぁ……お金を落としてくれるなら構わない。それで注文はどうするんだ?」
「全員分のワイバーンステーキ。それから例の肉も出してくれ!」
「了解した」
ボルスさんが手際よく注文すると、店主は準備のために店の奥へと消えていった。
例の肉が何なのかはまだお楽しみのようだな。
「ふぃー! 今日は何も食べていないから腹がぐぅーぐぅー鳴ってるわ! めちゃくちゃ食べちまうかも!」
「こら、ボルス。奢ってもらうんだから、少しは遠慮しないと」
「いやいや、ガンガン食べてくれて構わない。ボルスさんにはそれぐらいお世話になったからな」
「奢られる機会なんて滅多にないんだし、ここで遠慮なんかしちゃ駄目なんだって! ルディもそうだぞ!」
「僕はもう気持ちを切り替えましたので、お腹一杯になるまで食べさせて頂きます!」
「その勢で構わない」
そんな遠慮論争をしていると、店の奥から大きなブロック肉を持って店主が戻ってきた。
その肉の大きさに感嘆に近い声が上がる。
「すっげぇ! 綺麗なサシも入っているし、マジで美味しそう!」
「右手のがワイバーン肉だよな? 左手の赤身肉が……例の珍しい魔物の肉か?」
「大正解! 左側の肉はなんと――」
「モーレンドラゴの肉だ」
「おおい! 俺に言わせろよ!」
良いところを店主に持っていかれ、叫んでいるボルスさん。
二人の反応からして、有名な魔物なのかもしれないが……残念ながら知らない魔物。
「モーレンドラゴって有名な魔物なのか?」
「えっ!? 知らないとかあるのかよ!? モーレンドラゴといえば、ヒヨルド聖王国で大暴れした有名な魔物だぞ!」
「生きる災害とまで言われて、全世界を恐怖させたのだが……確かにもう二十年くらい前だからな。若い人らが知らなくてもおかしくはないか」
「こんなところで年齢を感じることになるとは思わなかった」
ラルフやへスターはもちろん、ルディ達も知らないことにショックを受けているボルスさん。
モーレンドラゴは知らないが、話を聞く限りではとんでもない魔物ということは分かるし、ドラゴとついていることからもドラゴン系の魔物に違いない。
ワイバーン以上の魔物なら期待値は高いし、食べるのが楽しみだ。
唯一の懸念点は赤身肉ということだが……関係なく美味いはず。
いつもと同じように、目の前の鉄板で肉が焼かれ始めた。
目の前で焼かれるのも食欲が刺激され、食べたい欲が強まってくる。
「まずはワイバーンステーキから。冷めない内に食べてくれ」
皿に綺麗に盛り付けられたワイバーンステーキ。
俺は丁寧にナイフで一口大に切ってから、口のなかに入れる。
――美味い。何度食べても衝撃的な美味しさだ。
先程まであれだけ騒がしかったのに、俺だけでなくみんなが無言で食べ進めていく。
あっという間に食べ終えてしまい、量は結構あったはずなのだが、美味すぎるゆえに腹半分の満足度。
もう一枚食べたいくらいだが……俺達がワイバーンステーキを食べている間に、例のモーレンドラゴの肉が焼かれている。
匂いはワイバーンステーキと同じくらいの良い香り。
赤身なのがやはりネックで、空腹時の状態ではないのも大きなマイナスだと思う。
「モーレンドラゴのステーキも焼けたぞ。……すぐに食べられるか?」
「食べられる。食べさせてほしい」
「流石、若いと食べられるんだな」
「俺もまだまだ食えるわ!」
俺に対抗してきたボルスさんに笑いつつ、ワイバーンステーキの皿と入れ換えで、目の前に置かれたモーレンドラゴのステーキを凝視する。
それからナイフを入れたのだが、赤身肉とは思えないほどスッと切れた。
硬いというイメージが覆され、期待感が増している中――俺は口の中にステーキを入れる。
噛んだ瞬間、旨味が爆発したのかと思うほどの衝撃。
赤身だからしつこくないのに、旨味がとてつもないという良い矛盾。
ワイバーンステーキも美味しいのだが、モーレンドラゴのステーキも匹敵……いや、それ以上の美味しさかもしれない。
「――めちゃくちゃ美味しい」
「だろ!? この肉をクリスに食べさせたかったんだよ!」
「本当だ! ワイバーンステーキに匹敵するぞ!」
「ワイバーンステーキ以上に美味しいニャ!」
他の面々からももちろん好評で、直前にワイバーンステーキを食べているのにも関わらず、凄まじい速度で完食してしまった。
値段は結構張るだろうが、それ以上の価値があったと言えるだろう。
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